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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
118/125

第十八話

 昼休みの大学キャンパス。

 芝生の広場に設置されたベンチで、明夫、赤沼、青木のオタク三人がスマホを囲んで熱烈な議論を交わしていた。

 通りすがりの学生たちが眉間にシワを寄せて振り返るほど、彼らの興奮ぶりは異様だった。

「やっぱりミカサちゃんの美しさは別格だよな。液晶の限界まできたって感じ」明夫がスマホ画面を二人に見せながら、うっとりとした表情を浮かべる。

「いやいや、それを言うならリリカの魅力こそ至高でしょう」赤沼が反論する。「あの絶妙なプロポーションと表情の豊かさは、現実の女性では絶対に再現不可能」

 青木が深くうなずきながら画面をスワイプする。「君たち、視野が狭すぎる。真の美女というなら、やはりフィーナ様を語らずして何を語るというのか。あのグリケルの妹だぞ」

 三人の周りには、まるで宗教的な祭壇のようにスマホが並べられ、そこには様々なアニメキャラクターの画像が表示されている。

 彼らの表情は真剣そのもので、まるで学会発表でもしているかのような熱意に満ちていた。

「考えてもみてよ」明夫が立ち上がって両手を広げた。「僕達が住むこの三次元世界において、果たしてアニメキャラクター級の美女に出会う確率はどの程度かってことを」

「統計的に言えば、ほぼゼロだ」赤沼が知ったかぶりで分析する。「現実の女性の美しさの分布を考慮すると、アニメキャラクターのような完璧な容姿を持つ人間の存在確率は——」

「0.0001パーセント以下だな」青木が適当な計算をしながら割り込む。「つまり僕達がアニメの世界に没頭するのは、極めて論理的で合理的な選択だということになる。少なくとも、そこに妹キャラがいる限りは」

 三人は同時にうなずき合い、再びスマホの画面に視線を戻した。

 周囲の学生たちは呆れ顔で通り過ぎていくが、彼らにとってはそんなことはどうでもよかった。


 彼らの会話は大学構内を出ても続けられ、いつものボスのカードショップまで食い込んでいた。

 そこへ、缶コーヒーを片手に現れたのが芳樹だった。

 彼は三人の様子を見て、深いため息をついた。

「おい、お前ら……」芳樹の声には明らかな呆れが混じっている。「またアニメの美女談義か?」

 明夫が振り返って笑みを見せた。

「金髪親友。来たならちょうど良いタイミングだ。君も現実というものの限界を認識する時が来たはずだ」

「はあ?」芳樹は眉をひそめた。「何を言ってるんだ、お前ら。そんなもん、ただの絵じゃないか」

「絵?」赤沼が憤慨したような表情を見せる。「この美の結晶を前にして、よくもそんな暴言を——」

「暴言も何も、事実だろうが」芳樹は三人の前に立ちはだかる。「何度も言ってるけどな。現実見ろよ、現実を。オマエらが画面の中で崇拝してるそれは、所詮は人間が描いた妄想の産物だ」

 キャンパスの空気が少し張り詰めた。

 明夫、赤沼、青木の三人は、まるで神聖なものを冒涜されたかのような表情で芳樹を見つめている。



「妄想の産物だって?」明夫が立ち上がって芳樹に向き合った。「芳樹、君は根本的に誤解している。アニメキャラクターこそが、人類が到達し得る美の極致なのだ」

「そうだよ!」赤沼が熱心にうなずく。「現実の女性の美しさなんて、せいぜい上位10パーセントでも、アニメキャラクターの標準レベルにすら届かない」

 青木がスマホを芳樹に向ける。「統計的に見ても、世界の美女の9割はアニメの住人だと言っても過言ではない。妹以外の女性が唯一輝ける場所がアニメだ」

 純粋な顔で言ってのける三人を見て、芳樹が眉をひそめた。

「オマエらよ……そんなにアニメキャラが好きだからって、トレーディングカードまでやる必要ねぇだろう。毎月なんぼ使ってるだよ」

 明夫が急に真面目な顔になり「それは禁句だ」と、低い声で言った。

「え?」

「トレーディングカードなんて、ただの紙幣刷ってるようなものだよ」赤沼が深刻そうに言う。「一枚数十万円とか、もはや錬金術だよ」

 青木が深くうなずいた。

「そうなんだ、カード会社は合法的に紙幣を製造してる。我々は美少女を求めて、気づけば破産してるという——。もしくは実業家がする株、ラッパーがする金のネックレスのように、オタクの新たな資産運用の形がトレーディングカードなのかもしれない……」

「そこまで言うか?」芳樹が苦笑いする。

 芳樹は缶コーヒーを一口飲んで、呆れたような笑いを浮かべる。「お前ら、本気でそんなこと信じてるのか?そりゃあ確かに、アニメキャラは完璧に描かれてるけどよ——」

「完璧、その通り! さすが親友キャラだ!」明夫が勢い込む。「現実の女性には不可能な、完璧なプロポーション、完璧な表情、完璧な——」

「待てよ」芳樹が手を上げて遮る。「ちょっと待てよ! 落ち着けって! 浜辺のかもめだって、もっと行儀よく口を挟んでくるぞ……。しかも、食い物を手に入れたらどっかにいくぶん、あっちのが利口だ。そして……このオレはもっと利口かもしれない」

 芳樹は自分のスマホを取り出し、カメラアプリを開いた。

 そして、フィルター機能を見て、軽く眉をひそめる。

「なあ、これ……」芳樹がスマホの画面を三人に見せる。「最近のスマホのカメラって、自動で顔を補正するんだな」

「当然だろう。ギャルよりオタクが使ってる機能だよ。最新スマホのせいで何人がグッズ写真の沼に片足を突っ込んだと思ってる。しかも、グッズ展開は容赦なく重りを売り込んでくるんだ」赤沼が当たり前のように答える。「でも、エフェクトが多すぎるよね。美肌効果、輪郭補正、目の大きさ調整——」

「待てよ」芳樹の表情が変わる。「ということは……現実の女性も、このフィルター使えば——」

 青木が興味深そうに芳樹を見る。「何か気づいたらしい。僕の親友が」

 芳樹は少し戸惑いながらも、自分の口から発せられる言葉に、自ら興奮し始めた。

「いや、考えてみろよ。このフィルター技術に、VRゴーグルを組み合わせたら——」

「おお?」明夫が身を乗り出す。「続けてみて」

「この技術を……」芳樹の目が輝き始める。「プールで使えば、天国じゃね?」

 三人が一斉に芳樹を見つめる。

 しばらく沈黙が続いた後、明夫がゆっくりとうなずく。

「芳樹……君は天才かもしれない」

「ちょっと待てよ」赤沼が慌てて立ち上がる。「それは技術の悪用では——」

「悪用?」芳樹がニヤリと笑う。「これは科学の進歩だろ? 現実をより美しく見るための——」

「科学的探求心だ」青木が真面目な顔でうなずく。「確かに、現実とバーチャルの境界線を探る実験として——アニメ化エフェクトを使えば……!?」

「そうそう、実験だ。オマエらはアニメ化エフェクトでも漫画化エフェクトでも好きに使えばいい」芳樹が調子に乗る。「純粋な学術的興味からの実験——」

 明夫が手を叩く。「これは二次元のへの扉を開く、新しい研究テーマになりそうだ」

 四人の表情が、急に真剣になった。

「よし、具体的な実験計画を立てよう」明夫が無駄なリーダーシップを発揮し始める。「まず必要なのは、リアルタイム画像処理技術の応用だ」

 赤沼がもっともらしく分析する。「OpenCVライブラリがどうたらこうたら……顔認識から始めて、特徴点の抽出、輪郭の検出——」

「待て待て」芳樹が手を上げる。「お前ら、そんな難しい話してないで、もっと簡単に考えろよ。スマホのアプリでいいじゃないか」

 青木が首を振る。「親友……。その考えは甘いよ。既存のアプリだと、我々が求める『アニメキャラクター化』のレベルには到達できない」

「そのとおりだ」明夫がうなずく。「僕達が目指すのは、単なる美肌補正ではなく、完全なる二次元化だ。新人類誕生計画とも言える」

 オタクたちの突然の暴走に芳樹が困惑する。

「二次元化って何だよ……。オレはただ、美人の姉ちゃんだらけの海に行きたいだけだ」

「簡単に言えば」赤沼が説明を始める。「現実の三次元の人間を、アニメキャラクターのような二次元的な美しさに変換する技術」

「具体的には……」青木が調べたばかりのオタク知識を披露する。「目の大きさを1.5倍に拡大、鼻の高さを0.8倍に調整、あごのラインをシャープにする」

「 それ、整形手術と変わらないんじゃ……?」芳樹がツッコミを入れる。

「全然違うよ」明夫が真剣に答える。「これは視覚的な変換だ。二次元に行くとき僕達の体にも変化が起きる。VRゴーグルを通して見ることで、現実の人物がアニメキャラクターのように見える——」

「なるほど」芳樹は何度も頷いた。「つまり、現実は見えてないけど、見え方が変わるってことか」

 芳樹の皮肉を気付かず、三人は「その通り!」と同時に声を上げる。

 赤沼がノートに落書きしながら言う。「まず、顔認識アルゴリズムの精度を上げる必要がある……って、よく分からないけど、とりあえず髪の毛の色も変更可能にして——」

「髪色変更は必須だ」青木が興奮する。「ピンク、青、緑——アニメの定番カラーは全て網羅しないと。妹キャラって一番髪色をチャレンジしやすいポジションだって知ってた? 奇抜な髪型髪色を試すならまずは妹キャラから。だから、妹キャラってぶっ飛んだ性格が多いんだ」

「ぶっ飛んでるのはオマエらだよ……すっかり現実に戻ったぞ。オレは。さらば水着ギャル。さらば水着をさらう波。

さらばオタクども」

 芳樹は、話に熱が入り周囲が見えなくなったオタクたちを置いて、一人カードショップをあとにした。



「なにやってんだよ……」

 突然現れた声に、四人が振り返る。そこには呆れ顔のたかしが立っていた。

「たかし!」明夫が嬉しそうに手を振る。「いいタイミングだ。我々の革新的な研究について説明しよう」

 たかしは三人の周りに散らばったスマホと、興奮した表情を見て、深いため息をつく。

「どうせろくでもないことだろ?」たかしが冷静に言う。「三人が集まって真剣に話し合ってる時って、大抵ヤバいことだからな」

「失礼な!」赤沼が抗議する。「僕達は純粋な学術的探求を——。オタクを学問してるだけであって」

「学術的探求?」たかしが眉を上げる。「三人の学術的探求って、いつも最終的にはおかしな方向に行くだろう……。芳樹から連絡も来てる。オタクを見捨てた。助けたいなら今スグカードショップへ行け。こんなアホな脅迫文貰ったの初めて」

 青木がネットで拾った知識を披露する。「たかし、時代は変わったんだよ。AR技術とAI画像処理を組み合わせれば——って、詳しくは知らないけど、すごいことができるはず」

「待て」たかしが手を上げる。「まず、簡単に説明しろ。一体何をしようとしてるんだ?」

 明夫が立ち上がる。「要するに、現実の人間をアニメキャラクターのように見せる装置を作ろうってことだ。この技術が確率すれば、周りは皆アニメのモブキャラだ」

 たかしが沈黙する。しばらく考えた後、ゆっくりと口を開く。

「……なるほど、確かにヤバいな」

「だろう! さすがたかし。僕が小学校から」

「ヤバいのは頭。それってスマホを見続けるってことだろう? 現実世界をVRゴーグル付けたまま生きるのは困難だぞ。なんで皆やってないと思う? 変人だと思われるから」

 たかしの言葉に我に返った青木と赤沼だったが、明夫だけが食い下がった。

「たかし、偏見を持たずに聞くべきだよ。この技術が完成すれば——って、完成するかどうかは分からないけど」

「完成したら何だよ?」たかしがため息をつく。

「世界が変わる」明夫が目を輝かせる。「現実と理想の境界がなくなり——」

「境界がなくなったら困るだろ」たかしがツッコミを入れる。「境界線がなくなったら、人権もなくなるってこと」

 たかしはいつまでも遊んでないで、早く帰ってこいよと言い残すと、夕飯の材料を買うためにスーパーへ一人向かった。





 数時間後、たかしは明夫を置いて家に帰り、マリコと会っていた。

「今日、変なことがあってさ」たかしがコーヒーを飲みながら話し始める。

 マリコが興味深そうに顔を上げる。「変なことって?」

「明夫たちがまた妙な研究を始めたんだ」たかしが苦笑いしながら説明する。「現実の人間をアニメキャラクターに見せる装置とかなんとか」

「へえ」マリコがスマホを取り出しながら答える。「面白そうじゃない」

「面白いって……心配になるレベルだよ」たかしがため息をつく。「芳樹まで巻き込まれてたし」

 マリコがスマホのカメラアプリを開く。「ねえ、たかし。最近のアプリって、すごく高性能なのよ」

「何が?」たかしが首をかしげる。

「これ見て」マリコがたかしに向けてシャッターを切る。

 画面に映ったのは、驚くほど美形に加工されたたかしの顔だった。

 肌は陶器のように滑らかで、目は大きく輝き、まるで少女漫画の王子様のような仕上がりになっている。

「うわっ」たかしが思わず声を上げる。「これ、オレ? うそ……知らなかった。芸能事務所に入るべきだよ」

「そうよ」マリコが楽しそうに笑う。「今度は私も撮って」

 マリコが自撮りモードに切り替える。画面に映った彼女の顔は、まさに量産型美女そのものだった。

 大きな目、小さな鼻、完璧な輪郭——まるでアニメキャラクターのような美しさだ。

「すごいな、これ」たかしが感心する。

「そうでしょう。ほら、もっと顔寄せてよ。ブレちゃうから」

 マリ子はたかしの頬に自らの頬を寄せると、ポーズを取って何枚写真を取った。

 その時ちょうどよく帰宅した明夫は「こっちの世界へようこそ」と笑顔でたかしをからかった。

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