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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
116/125

第十六話

 深夜3時。明夫はコンビニ弁当を食べながらニュースを見ていた。

 投票率過去最低のニュースが流れている。

 政治家は「国民の信任を得た」と言うが、実際は組織票や声の大きな支持者の影響が大きい。

「でも政治家は『国民の信任を得た』って言うんだよな」と明夫は箸を止めた。「本当に民意を反映してるのか不思議だね。国民の信任を得るなら、二次元の世界への扉があることを認めるべきだよ」

 そんな時、スマホに通知が来た。

【第3回アニメキャラ総選挙開催!あなたの推しキャラに投票しよう!】

 明夫の目が輝いた。これこそ現代社会の縮図だと思ったからだ。


 翌日、ボスのカードショップで明夫は友人たちに話を持ちかけた。

「君たち、アニメキャラ選挙知ってるかい?」

 赤沼は定食を食べながら「知ってるよ。1回目も2回目も参加してるんだ。だから仕組みも知ってる。SNSの声量で決まるやつだろう。結局、フォロワー数とかRTとか、そういうので決まるやつね」と答えた。

 青木が得意げにスマホを見せる。

「実は僕のフォロワー、3万人いる。影響力あるよ。皆妹大喜利のお題を待ってるだけだけどね」

「そこだよ!」明夫が立ち上がった。「声の大きさで決まるって、政治と同じだ! 僕たちは政治に毒されるアニメを救うんだ。本当に価値のあるキャラを推して、声量政治に立ち向かうんだ!」

 青木は暇だしやってみると言い、赤沼は面白そうだと頷いた。

「でも、どうせ大手のキャラが勝つんだろ?」青木が現実的な指摘をする。

「だから政治の手法を使うんだ!」明夫が興奮する。「選挙キャンペーン、世論操作、草の根運動……政治家がやってることを全部やる!」

「世論操作って……」

 突拍子もない言葉に、赤沼が眉をひそめた。

「いや、悪い意味じゃない! 正当な宣伝活動だ!」明夫が慌てて説明する。「ポスター作って、街宣車で……」

「街宣車はダメだろ」青木がツッコミを入れる。

「じゃあ、せめて選挙事務所的なものを作って、本格的にやろう!」

 かくして、三人の無駄に熱い戦いが始まった。



 数日後、明夫の部屋が一変していた。

 壁にはホワイトボードが設置され、【静香ちゃん必勝作戦本部】と書かれている。机の上には選挙ポスターの試作品が散乱していた。

「で、誰推すんだ?」青木が聞く。

「静香ちゃん」明夫が即答。

「誰それ?」

「知らないのかい? 【青春と憂鬱の狭間で】っていうアニメの主人公。OVAの名作だぞ。40年前のな」

 赤沼がタブレットで調べるが、検索結果が少なすぎて大した情報がなかった。

 当然青木も知らないと言う。「マイナーすぎるだろう。せめて妹モノにしようよ」

「だからいいんだよ! 政治でも泡沫候補が大番狂わせを起こすことがある。僕たちは静香ちゃんの草の根運動をやるんだ!」

 明夫が熱く語り始める。「静香ちゃんは普通の女子高生なんだけど、日常の中で感じる小さな疑問や悩みがリアルに描かれてる。これって、有権者……じゃなくて、視聴者の心に響くはずなんだ」

 赤沼が現在の認知度を聞くと、明夫は「たぶん……100人?」と答えた。

「え?」

「僕、作者を含めて二人は確実だ。あとは……コミケが充実してなかった頃の同人アニメを、誰が見たかという問題がある」

 赤沼がおかっぱ頭をかきあげて、額を押さえた。

「支持率ゼロからの出発か……」

「だから面白いんだ。僕らが静香ちゃんのプロデューサーみたいなものだ」

 明夫が勢いよく拳を振り上げた。

 青木は「で、具体的にどうするんだ?」と聞く。

 明夫がホワイトボードを指差す。

「まずは選挙戦略を立てる。ターゲット層の分析、メッセージの統一、宣伝計画……」

「本格的だな」赤沼が感心する。

「そして、僕たちの役割分担だ」明夫が続ける。「青木は宣伝部長、赤沼は分析担当。そして、僕は選挙本部長だ」

「選挙本部長って」青木が苦笑いする。

「真面目にやるんだ! 政治手法を完全に再現して、本当に効果があるか検証する!」




 一週間後、三人の政治的選挙戦が本格化していた。

 明夫の部屋はもはや選挙事務所だった。

 壁にはコミッションサイトで書いてもらったポスターが貼られており、【静香ちゃんに清き一票を!】【隠れた名作を発掘しよう!】【本物の価値を見極めよう!】と文字が書かれている。

「世論調査の結果が出ました!」赤沼が報告する。「えっと現在の支持率は……。まず、1位の麗華は35%。大手制作会社の組織票と宣伝効果です」

「やはり強い……」

 明夫はやれやれと頭を振った。

「2位の美月は28%。声優の炎上が話題になって、注目度が上がりました」

「よくある問題だ。時期が悪かった」

「3位の桜は22%。明らかに組織的な投票パターンが見えます」

「で、静香ちゃんは?」明夫が身を乗り出す。

「……0.003%」

「うーん、まだ泡沫候補の域を出ない」

 明夫はどうしたものかと頭を抱えると、青木がノートパソコンで動画サイトを開いた。

「でも、僕の政治風紹介動画が効果を発揮してる」と報告する。「【静香ちゃんが日本のアニメを救う!】っていうタイトルで、政治演説風に編集した。これは皆クリックするぞ」

「どんな内容?」

「『国民の皆さん、いや、オタクの皆さん! 今こそ立ち上がる時です! 大手制作会社の組織票に負けず、本当に価値のある作品に投票しましょう!』みたいな」

 赤沼が「政治のパロディとしては面白いな。僕らは負け陣営だけど……」と分析する。

 明夫は街頭演説ならぬ「LIVE演説」を計画していた。「今度LIVE配信で、静香ちゃんの演説をするんだ」

「演説って……本気かい? 僕らオタクが矢面に立つってどういうことかわかってる? 新しいミームの誕生ってことだぞ」

 青木が過去にオタクたちが熱を上げすぎた事例をあげて心配した。

「『同志諸君! アニメ界の民主主義は危機に瀕している!』から始めるんだ」

「それ、引かれると思うけど」

「でも、政治家だってこんな感じじゃん。熱く語って、聴衆を感動させる」

 三人は政治手法を完全に模倣していた。選挙ポスター、政策綱領(静香ちゃんの魅力まとめ)、支持者集会オンラインまで企画していた。

「今度、『静香ちゃんを支持する会』の設立大会をやろう」

 明夫は嬉々とした瞳で提案した。

「設立大会って……。もう意味がわからない」赤沼が呆れる。

「通話会議に20人くらい集めて、静香ちゃんの魅力をプレゼンするんだ。政治団体みたいに」

 青木は「だんだん本格的になってきたな……」と感心した。

 実際、三人の活動は徐々に注目を集めていた。

 SNSで#本格的すぎる選挙戦、#政治手法でアニメキャラを応援、というハッシュタグが、密かに話題になり始めた。

「でも、まだ支持率は上がらない……」明夫が悩む。

「政治でも同じだろう」赤沼は慌てるなと制した。「知名度がなければ、どんなにいい政策でも伝わらないってこと」

「じゃあ、もっと過激に行こう」青木が提案する。

「過激って?」

「政治家の手法を完全にパクって、『静香ちゃん以外に投票する人は、真のアニメファンではない』とか」

「それは炎上するだろ」明夫が慌てる。

「でも、炎上も注目度アップの手法だ。政治でもよく使われる」

 三人は一度否定したが、顔を見合わせると、同時に頷いた。

 そして、政治の手法を真似して、だんだんエスカレートしていった。


 順調に進んでいたと思われた選挙活動だったが、三人の活動が思わぬ騒動を引き起こした。

「おい、大変だ」青木が慌てて明夫に通話した。「僕たちの『静香ちゃん支持者の会』が炎上してるぞ」

「なんだって!? 何が起きたんだ?」明夫は慌てて聞いた。

「政治演説風の動画が問題になってる。『他のキャラの支持者は真のアニメファンではない』って部分が、差別的だって批判されてる」

 赤沼もグループ通話に駆けつけた。

「SNSで『アニメキャラ選挙に政治を持ち込むな』ってハッシュタグがトレンドになってる……」

 明夫の部屋で三人は緊急会議を開いた。

「まずい……まずいぞ……」明夫が頭を抱える。「政治手法を真似したつもりが、本当に政治的になってしまった」

「だとしたら僕らは何をしても裁かれない。チャンスだぞ。女性が男性を呼ぶときの敬称をお兄ちゃんに変えよう!」

 青木がバカな提案をする横では、赤沼がため息をついていた。

「僕ら『静香ちゃん原理主義者』って呼ばれてるぞ」と報告した。

「原理主義って」青木が苦笑いする。「確かに、僕たちの活動は過激だったかもしれない……」

 実際、三人の活動は度を超えていた。

明夫は「静香ちゃんに投票しない人は、アニメの真の価値を理解していない」と発言。

青木は「静香ちゃんvs既得権益キャラ」という対立構造を煽る動画を作成。

赤沼は「他のキャラの支持者の分析データ」を公開し、「非論理的な投票行動」と批判した。

「僕たちのやり方、政治家そのものだったかも……」

 明夫は、推しキャラに不必要な注目をさせてしまったと反省していた。

「対立を煽って、敵を作って、支持者を結束させる。これがまずいんだ」

 青木が分析すると、赤沼が疑問を呈した。

「でも、それって政治の常套手段じゃないか」

「だからって、アニメキャラ選挙でやることじゃない」

 さらに悪いことに、三人の活動は他のキャラの支持者からも反発を買っていた。

 麗華ファンから『静香なんて知らないキャラで荒らすな』と言われ、美月ファンからは『政治的すぎて気持ち悪い』という批判。桜ファンからは『過激派』扱い。

 明夫は「でも、僕たちの目的は純粋だった。……当初はね」と弁解する。

「隠れた名作を広めたかっただけだ。でも、広め方に問題がある。僕らは名前ばかり連呼して、静香ちゃんの名前をミーム化させてしまった」

 青木が同意する。

 三人は政治を模倣することで、政治の負の側面まで再現してしまったのだった。

「どうする?」青木が聞く。

「謝罪するしかない」明夫が決断する。「でも、静香ちゃんへの愛は本物だ。そこは曲げない」

「謝罪も政治家風にするか?」赤沼が皮肉を込めて聞く。

「それは絶対にダメだ」明夫が苦笑いする。

 三人は政治手法の危険性を身をもって体験していた。



 三人の騒動は予想以上に拡大していた。

「やばい……」青木が震え声で報告する。

「俺たちの活動が、アニメ系ニュースサイトに取り上げられてる。『政治手法でアニメキャラ選挙を荒らす過激派オタク』って見出しだ」

 明夫は「過激派……って」と呆然とする。

 赤沼がニュースを読み上げた。

「『彼らは政治的な対立構造を持ち込み、他のファンを攻撃的に批判した』」

「扇動って……」明夫が頭を抱える。

 三人は緊急対策を講じることにした。

「まず、謝罪動画を作ろう」明夫が提案する。

「でも、政治家の謝罪会見みたいになっちゃダメだ」

 しかし、謝罪動画の制作でも、三人は政治的な手法を使いそうになった。

「『批判を受けて、深く反省しております』から始めよう」明夫が提案する。

「それ、政治家の謝罪会見だろ」青木がツッコミを入れる。

「素直に『やりすぎました。ごめんなさい』でいいじゃん」赤沼が提案する。

「でも、それだと印象が……」明夫が政治的思考に戻りそうになる。

「そういうのがダメなんだよ」青木が制止する。

 三人は政治手法の呪縛から抜け出すのに苦労していた。


 投票最終日。三人は明夫の部屋で結果発表を待った。

「発表します!」画面のアナウンサーが叫ぶ。

「1位、麗華!得票率35%!」

「2位、美月!得票率28%!」

「3位、桜!得票率22%!」

 上位発表が続く中、「……18位、静香!得票率0.8%!」と発表された。

「やったー!」明夫が飛び上がって喜んだ。

「18位だ!圏内だ!」

 明夫は電卓を叩きながら興奮している。

「0.003%から0.8%……267倍だ!267倍の成長率だぞ!」

 そして、明夫の目がキラリと光る。

「つまり……民主主義は演出できるんだ!」

 部屋に重い沈黙が流れた。

「政治手法を使えば、0.003%だって0.8%にできる! 267倍にできる! これって……」

 青木と赤沼は明夫の言葉の意味を理解して、ぞっとした。

「民主主義なんて、やり方次第でどうにでもなる! 僕らが証明したんだ! これは次につながるぞ!」

 明夫は恐ろしい結論に辿り着いていた。

「明夫……」赤沼が呆れる。「0.8%を267倍にしたら200%を超えるんだぞ……」

 意味のない数字だと指摘され、明夫は逆にテンションを上げた。

「でもその次は……ちょっと待って」明夫はスマホで計算した。「待った……化け物か……500%を悠々と超えたぞ! これは5回目まで粘る価値が出てきたってことだ!」

 明夫のテンションの高さを冷ますように、青木がため息をついた。

「有権者は新しい風を求めてる。40年前のアニメじゃなくて最新のアニメだ。新しい価値観のね。つまり時代は妹ってこと」

「また妹?」と呆れた赤沼だったが「それ面白いかも。【妹が突然、総理大臣になったんだが俺だけ秘書に任命された件 俺の平穏なニート生活、ここに終焉。】だ」

 盛り上がる青木と赤沼の会話を聞いて、今度は明夫がため息をついた。

「まったく、君たちは何もわかってない……そんな総理大臣だなんて」

「まさか政治に目覚めたのか?」

「【この国のトップが妹なんて聞いてない! 〜家庭内政権争いが始まった〜 家庭内政治が国家を揺るがす!?】だろう? これなら、日本人以外もメインキャラクターに入れられる。それに、ファンタジーもありだ。総理大臣って書いてないからね」

 アニメキャラ総選挙の話は、すっかりいつものオタク談義へと戻ってしまった。

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