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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
109/130

第九話

 たかしがゼミ帰りに家へ戻ると、玄関に大きなスーツケースが二つ転がったままになっていた。

 リビングからは、明夫とマリ子の声が聞こえる。どうやら二人は旅行から帰ってきたばかりのようだった。

「ただいまー、たかしぃ〜」

 マリ子がいつも以上に色っぽい声を出して近づいてくる。

 たかしの腕に柔らかい胸が押し付けられたが、その後ろで、目も合わせずに自室へ入っていく明夫が気になった。

 いつもなら、明夫は何かしら軽口を叩いてくる。それが今日は無視。

 あまりに違和感があり、たかしはリビングへ歩きながらマリ子に聞いた。

「なんか……明夫の様子、変じゃないか?」

「え、そう? 旅行楽しかったわよ? ねね、たかし。久しぶりに一緒にお風呂入らない?」

 マリ子は温泉の成分ですべすべになった腕で、ヘビが巻き付くようにして、彼の首を抱きしめた。

「は?」

「私のこと、もっとちゃんと見てくれてたらいいのに〜。ね、見てた?  見てた?」

 たかしは一瞬戸惑いながら考える。

 一見髪は切っていない。旅行なので当然だ。

 化粧が変わった可能性も考えた。温泉で肌の調子が変わり、ベースの化粧を変えたのかもしれない。だが、前からこんな感じだった気もしている。

 たかしは気付いた。これは“女子のマイナーチェンジ当てクイズ”

 つまり――現代のスフィンクスだと。

「ねぇ気付いた?」「どこが変わったかわかる?」

 そんなよくある男女の違いのワンシーンに困惑するたかしだったが、その間もマリ子はやたらと距離を詰めてくる。

 タンクトップの肩紐をわざとらしく直したり、うっかり落としたスマホを拾うふりをして胸元を強調したり、露骨すぎる演出に、たかしは引き気味だ。

「え、いや、マリ子さん……?」

「なに? もしも……理由を聞いたら殺すから」

 マリ子はにこっと笑って、キッチンへ消えた。

 そこへ明夫が一言、無表情に口を開いた。

「あれがあの女のやり方だ」





 ことの発端は、ひょんな会話だった。

 明夫とマリ子が行くことになった一泊の旅行。

 マリ子は充実アピールのための写真を撮り溜めし、温泉そのものに興味のなかった明夫は、宿というフィールドを利用し、好きなアニメの旅行のシーン回ばかりを抜粋して見ていた。

 お互いに興味のないはずの二人。しかし旅館での夜、問題が起きた。


「マリ子ってさ。たかしに愛されてる自信あるの?」


 この明夫の一言が発端だった。

「は? あるに決まってるじゃん恋人なんだけど」

「たかしの人生の半分以上を知ってる僕からすると、君はたかしに合ってない」

「アンタはこの世界に合ってないわよ、なに……喧嘩売ってるわけ?」

「たかしは、マリ子より僕のほうが大切なんだってこと。君は最近そこを忘れてる」

「面倒くさい男ね……なにが言いたいわけ?」

「決着をつけようってことさ。僕らはたかしに、どちらかを選ばそうと思っていた。結局有耶無耶になったけどね。帰ってからが本番ってわけ。もう一回選ばせないと」


 という話し合いが行われていたとは夢にも思わず、たかしはいつもと様子がおかしい二人に困惑していた。



 寝れば解決というわけでもなく、翌朝も同じようなことが行われ、困り果てたたかしは、赤沼と青木に相談することにした。

 夕方。ボスのカードショップでは、赤沼と青木のカードバトルを見ながら早速困りごとを打ち明けていた。

「明夫の様子が変だって? そんなことなかったと思うけど……。なぁ、青木」

「変といえば、ここにいないことくらいかな。喧嘩でもしたの?  珍しい」

 青木が心配しているのは、言い合いはしょっちゅうしている二人だが、喧嘩まで発展しているのはあまり見たことがないからだ。

 こういう場合は大抵たかしが折れて謝って終わる。

 というのは、オタクの二人も知っていた。

「ずっと無視されるんだ。今までこんなこと一度もない……」

「簡単だよ。どちらかを選ばそうとしてる」

 青木の言葉に、たかしの顔がこわばる。

「選ぶって……なにを?」

「誰を、だよ」赤沼が冷静に訂正する。

 青木は手元のカードをパチンとテーブルに叩きつけた。

「僕の推理によると、マリ子さんがやたら色っぽく接してくるのは、たかしに選ばせるための“恋愛ゲームの終盤イベント”ってこと!」

「またゲーム脳かよ……」たかしは呆れた。

「明夫が無視するのが証拠だよ。【放課後のひみつ】ってゲームやったことない? あれに隠し攻略対象に妹がいるんだけど、思春期の妹に無視され、主人公が気になるところからルートに入る。これは序盤も序盤のイベント。普通は公式サイトに出てる女の子に会いたいから、すぐに家を出るコマンドを押しちゃうけど、30分何もボタンを押さないで待つと、『お、お兄ちゃん……一緒に学校へいかない?』って妹の台詞が入るんだ」

「負けそうだからって、早口で説明するなよ。早く次のカードを出せ」

「違う。妹が話題だから食いついただけ」

 青木は、カードの山から一枚引き、テーブルの上に叩きつけた。

「【甘え上手な誘惑姫セダクション・シスタープリンセス】、再登場ッ!」

「またそのカード? もう対抗する魔法カードがないよ……」

 赤沼は困ったと自分の手札とにらめっこを始めた。

 長くなると思った青木は「いいかい?」とたかしの顔を見た。

「マリ子さんは今、“恋愛エンディング直前のフラグ立て”に入ってる。妹でもないのに図々しくだ。つまり、勝ちだとわかるイベントの一枚絵を欲しがってる」

「トラップだ!」赤沼が叫んだ。

「マリ子さんの罠ってこと?」

「違うよ。トラップで青木に対抗するってこと。青木は妹カードを傷つけることはしないから、トラップを伏せておけば様子見の攻撃はしてこない」

「オレの話は?」

 たかしは不満に眉を寄せた。

「明夫が無視するってことだろう」と、青木が長考のターンに入ったので、今度は赤沼がたかしの悩みに答えだした。「で、マリ子さんが誘惑してくると……。最後にもう一回聞いていい? 相談なの? それとも自慢?」

「相談だ。だから明夫のことしかアドバイスを求めてないだろう。女のことを聞くなら、赤沼に相談するんじゃなくて、フランス語の教科書でも見るよ」

「逆に聞くけどさ。たかしに思い当たることはないの?」

「思い当たることか……。マリ子さんとバイトを代わることが多かったから、夏休みあんまり明夫と遊べてなかったな」

「それだよ」

 赤沼は大きくなずいた。

「それだよ。って……小学生じゃなくて、大学生だぞ。ちょっと遊べなかったくらいなんだ」

「たかしが忙しいイコール――ボスも忙しい。そうなると、この店は悟が仕切ることになる。そうなると空気が変わるんだよ。オタクは男の娘との、もしかしての恋を期待する。つまり、たかしとマリ子さんが店長さんとボスとダブルデートをしてた間。明夫は居場所をなくしてたってこと」

 たかしはカードの山を見つめながら、思い返していた。

 ――夏のバイトは、確かにマリ子とシフトを代わってばかりだった。

 その目的も、マリ子とのものばかり。去年までなら、アニメ型イベントの一つにでも一緒にって楽しんでいた。

「明夫の気持ちをなにも考えてなかったかも」

「そのセリフどうする? 明夫の気持ちなんて宇宙人の気持ちを考えるのと一緒だって慰めることも出来るし、BL的に持っていくことも出来るよ。最近このボスのカードショップでは、男の娘ものが流行りだから、その手のネタにはことをかかない」

 赤沼は、今期アニメに出てくる男の娘キャラが描かれたカードスリーブを広げて見せた

「たかしはセリフ無き主人公向けの性格なんだよ」

「どういう意味だよ」

「いつも選ばされてるってこと。根本は僕と一緒。選択肢が出てくると安心するタイプ」

「最初はオレが選ぶ立場だった」

「でも、選べなかったんだろう?」

「痛いとこをつくじゃん……。媚を売られる良い気分を味わおうと、少し引き伸ばした結果、あの二人での旅行だ」

「恋愛経験がないから恋愛相談には乗れなくても、友達の悪いところくらいはすぐわかる」

「待った……これって本当にオレが悪い?」

「言い方としては――相手が悪い。明夫とマリ子さんに勝てるようなら、相談に来てないだろう。……で、まだ?」

 赤沼は、自分の手札を見たまま動かない青木を急かした。

「降参だ……僕は甘え上手な誘惑姫を傷つけることはできない。伏せトラップに対抗する手段もない。せめて【癒やしのホットスプリング】があれば……」

 本気で悔しがる青木に、赤沼は冷めた視線を浴びせた。

「毎回思うんだけど……なんで妹デッキにするわけ? デッキに組み込むんじゃなくて、コレクションにしとけば、こんなしょうもない降参のしかたしなくて済むと思うけど?」

「そんなの監禁デッキだろう。外の空気を吸わせないと」

「外の空気って、カードショップだぞ……新鮮な空気から最も外れた場所にある。それこそたかしの宿の話みたいに……そうだ! 宿だ! 宿だよ、だかし!」

「だから、その宿は明夫とマリ子さんの二人がいったの。オレの相談を聞いてなかったわけ?」

「違う! 別の宿だ。ギャルゲーで話題になっただけだから、一般ではそんなに有名になってないよ。ほら、予約も余ってる」

 赤沼が見せたのは、とある宿のホームページ。

 この宿の一室が、ギャルゲーの背景に使われているのだ。

 当時はトレース問題で話題になったが、今では一部の愛好家から聖地巡礼として扱われている。

「へえ、リーズナブルじゃん。僕も行こうかな」

 青木は、テーブルに置かれたスマホの横に自分のスマホも置き、ゲーム画面の画像と実際の宿を比べた。

「なるほど……これなら、明夫とマリ子さんどっちを誘ってもいい。帰ってから二人に選ばせればいいんだ。どっちがこの宿に同行するかって!!」

 たかしはその場で宿の予約を二人分取ると、二人にお礼を言って店を出ていった。

 その後姿を見送った青木は

「いいなぁ……マリ子さんは。ただで旅行に行けて」と羨ましがった。

「普通はマリ子さん旅行に行けるほうを羨ましがるだろう」

「だって、マリ子さん妹じゃないもん」



 

 ガチャ、と玄関のドアを開けた瞬間、たかしは耳を疑った。


「——だから! 明夫には無理だって言ってるの!」

「無理かどうかは、たかしが決めることじゃないの?」


 リビングから聞こえるのは、マリ子と明夫の声。どうやらまた口論しているようだ。が、今回の内容はいつもと少し違っていた。


「たかしは私のことが好き。それ以外ないでしょう。だから私に使うの」

「マリ子はわかってないんだ。たかしは、僕がむくれると、いつも物を持って謝りに来るんだ。小学校の時はウェハースチョコ。中学の時は玉型チョコ。高校生の時はカードパックだ。大学生の今カードパックの箱買いは硬い……」

「食玩じゃないのよ……カードパックに至っては、二、三年前の話じゃない。引くわ……。たかしだって男よ。何度も男の部分を確認してるもの。だから、私のために残りのバイト代を使うの」

「僕に使うに決まってる。カードパックを箱買いしても、アクションフィギュアを買えるお金は残るからね」


「おい、ちょっと待て!!」


 たかしの声が重く響いた。

 言い合うふたりの間に、たかしが入る。

 沈黙。

 目を丸くしてこちらを見るマリ子。

 口を固く結ぶ明夫。

「……もしかして全部聞こえてた?」

 マリ子がおどけるようにして言うと、たかしは無言で頷いた。

「理由は思いつかないけど、マリ子が悪い」

 明夫が無理やりな他責で乗り切ろうとすると、たかしはスマホを叩きつけるようにテーブルへ置いた。

「せっかく……この宿……予約取ったのにさ」

 その言葉に、ふたりの顔色が変わった。

「うそ!? すごい綺麗! 秘湯じゃない!」

「うそ!? 【春花恋歌】の秘湯の宿だ! 僕が行く!」

「私が行くの。なぜなら、私は温泉に浮くおっぱいがあるけど、明夫にはないから。私とたかしは、眠れない思い出を作るのよ」

「おっぱいはいらない。なぜなら、この温泉に行くシーンのヒロインは貧乳だからだ。僕とたかしは、アニメもなったギャルゲのワンシーンを視聴しながら、僕との一生忘れられない思い出になるんだ」

 まるでデジャブのように、どっちが行くか揉めるのを見て、たかしはいつもの運命だと、結局選ぶことにした。

「もう決めた……」

「えっ?」と驚くマリ子。

「誰を連れてくかって?」と自分だと確信する明夫。

 たかしは背を向け、ドアノブに手をかけながら言った。

「一番、喜ぶやつを連れて行くことにするよ!!」

 そうして二人ではない誰かにチケットを渡しに行った。



 数日後の日曜日。

 たかしは宿に到着していた。

「この部屋だ」とたかしは、ドアを開けて中に入った。

「……驚いた」

 ふすまを開けた瞬間、青木は言葉を失った。


 たかしが選択したのはイエス/ノーの簡単な選択肢ではない。

 自分で用意した。第三者――つまり青木を誘うという選択肢を選んだのだ。


 畳の匂い。磨き上げられた床。ふすまを開けると、そこにはゲームのヒロインが笑顔で立っていた部屋と、まったく同じ掛け軸があった。

 青木は「こんなに良い部屋だなんて……」とうっとり目を細めた。

「言葉に抑揚をつけるなよ。ただの友人。男二人。変に思われるぞ」

「僕、一生忘れない……」

 青木はたかしの手を握った。

「やめろよ……そんなセリフ。ほら、飲み物も無料だって」

「見てよ、たかし。ギャルゲに書かれてるパッケージと同じだ。ほら見て――」

 青木は持ってきたノートパソコンで、恥ずかしがることもなくギャルゲを起動すると、事前にセーブしてあったシーンを読み込んだ。

「やめろよ。仲居さんが来たらどうする……」

「今夜は眠れない思い出になるね」

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