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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
104/125

第四話

「落ち込むなよ。人の家でよ」

 芳樹が公子を睨みつけると、同じような目つきでたかしが芳樹を睨んだ。

「ここはオレの家だ」

「親友の家っていうのは、友達のたまり場。それは家のようなものだろう。手軽に実家とひとり暮らしの両方を味わえる。実に大学生に適した場所だ。ここがベストプレイスだ。そうだろう」

「オレにとってはただの家だ。公子さんもそんなに落ち込まないでよ。ちょっと時間が合わなかっただけなんだから」

 現在マリ子は京を連れてアコと会っているところだった。

 最初は公子も誘われていたのだが、社会人である彼女は夏休みを満喫中の大学生の遊ぶ時間とは会わず、退勤後まっすぐルームシェアハウスに向かっても間に合わなかったのだ。

「別に落ち込んでないよ」

「でも、その格好……」

 たかしは小さい体を更に縮こませるように座っている公子を心配していた。

 体育座りの彼女は、まるで母親の帰りを待っている小学生の背中のようだったからだ。

「なに?」とけろっとした表情見て、たかしは「服が伸びるよ……」と別の場所を指摘した。

「わかってないなー少年。体育座りはシャツの中にインするの。これ常識よ」

「オレは怒られて育った」

「たかしのお母さんっておっぱい大きいでしょう」

 公子がニヤリと右の口端を釣り上げると、なぜか芳樹が反応した。

「そうなのか!?」

「関係あるの?」

「なあ……そうなのかって」

「大いにあり」

「なあ! って――おぉ……おっぱいだ」

 無視された芳樹が身を乗り出すと、公子の胸元に膨らんだ大きな二つの塊があることに気付いた。

「膝だろう……」

「たかし……オマエはおっぱいを見たことがあるだろう。女のおっぱいがUMAじゃないと知ってるはずだ。じゃあ、言ってみろ。これは膝か? それともおっぱいか?」

 芳樹が勢いよく向けた人差し指の先では、マリ子と胸と見紛うほどの両膝がシャツの襟から顔を出していた。

「膝だよ」

「これはおっぱいだよ」

 公子が真剣な顔で言った。

「公子さん?」

「これはおっぱいだぜ、たかし。それも実に見事なおっぱいだ。オレにこんな素質があったとは……」

 芳樹も公子と同じように体育座りして、足をシャツの中に入れて、両膝をシャツの襟から出していた。

「随分ごつい胸だと思うけど」

「おい! この子に酷いこと言うなよ! これから大事に育てていくんだからよ。オレだけのおっぱいを」



 その頃。赤沼の家でも、オタク三人による同じような会話が繰り広げられていた。

「ほら、見て。実に見事な胸だ」

 明夫がスマホゲームのガチャによって手に入れたキャラクターを自慢していた。

「確かに覚醒システムで強くなるのはいい。でも、覚醒システムで強化されたキャラが、軒並み巨乳化されるのは納得いかないよ。そうだろう? 青木」

 青木はお気入りのキャラクターが、覚醒システムで絵が変わったことにより、好みの見た目じゃなくったことに憤りを感じていた。

「彼女の胸がしぼもうが、地球と同じサイズになろうが、戦女神の腹違いの妹ってことには変わりない。それって素敵なことだよね」

「わかったよ。現実世界で考えよう。僕の妹の胸が、大学生になっていきなり大きく成長したらどうだ?」

「……それって素敵なことだよね?」

「例題を間違えた……そうだなぁ……」赤沼は身近な女性を頭に思い浮かべるが、一番最初に浮かんだのは妹、次に母親だ。いつものメンバーが頭によぎるのは実に早かった。「京さんの胸がいきなり成長したらどうする」

「豊胸手術を疑う」

「印象が変わるってことだよ! どうしてそこに辿り着かない!」

「僕にとっては一番大事なのは妹ってこと。辿り着いた先はパラダイスだったってわけ。この中で青木だけだよ。一般人の熱に当てられて右往左往してるのは。僕らは声優とアニメ・ゲームの公式SNSに一喜一憂してればいいの」

「おかしいよ! 二人ともさぁ! カードショップのボスまで良い雰囲気なんだぞ。これってどういうことかわかる? 僕らの居場所が消えるってこと。まるで木々を倒された森に住んでる動物の気分だ」

「森の動物代表になるんだったら、くまさんって呼ぶぞ。それに、僕らの居場所はここもだ」

「君たちを連れてくると妹がいい顔をしないんだ」

 赤沼は主に青木が原因だと視線を送るが、その視線の意味に青木が気付くことはなかった。

「妹さんの顔は元々いいだろう。妹ってだけで、容姿の八割にバフがかかる。おっぱいよりも妹という付加価値のほうが重要だってここが今ここで証明された」



 いつもの喫茶店のいつも席。

「そう、つまり付加価値なの。友情から生まれた真っ白な百合というのは、これから品種改良され、愛という種を落とすのよ」

 マリ子の腕に抱きついたままうっとりとした表情で語るアコを、それはもう大変満足そうに京が見ていた。

「早く芽吹いてほしいわ」

「種を飛ばすのは男の仕事。恋の花を咲かせるのかはこっち次第」

「だからこうして栄養を与えてるの」

 アコが肩に頬ずりすると、マリ子はため息を落とした。

「マリ子って自分が甘えるのは好きなのに、甘えられるのは苦手なのね」

「男と女の恋愛なら、男に甘えられたもの勝ち。でも、女同士なら甘えるほうが勝ち組」

「じゃあ、私は負け組ってこと?」

 いつも甘えられる立場の京が言うと、マリ子は口元を緩めた。

「私を落としたんだから勝ち組に決まってるじゃん。それより――なんか言うことないわけ?」

 京を連れてきたことにより、多少は愛の矢印の方向が変わることを期待していたマリ子は、変わらず自分に好意を寄せるアコに困っていた。

「私はこの光景を見られるだけで満足よ。これこそが見たかった光景」

 京は期待以上の人材だと、唇をすぼめてキスをねだるアコに向かって拍手を送った。

「いい? 京を見て。中身も男前だし……ほら、見た目も完璧な男装の麗人。完璧アコのタイプよ」

「男装はしてないんだけど」

「ジーパンとシャツ一枚で、それだけかっこいい佇まいしてたら、それはもう男装の麗人なの」

「確かに」とアコは頷いた。

 チャンスだと思った「でしょう!?」と声が裏返った。

「こういうタイプがメスに堕ちる瞬間って最高よね」

「確かに」とマリ子が頷いた。

「マリ子……」

 話題がズレていると指摘しようとした京だったが、それより先に二人が盛り上がりだしてしまった。

「京は絶対盲目的な恋をすると思う。いつものように一歩引いてる余裕がなくなったとき。その時のテンパった京が見たいわ」

「前期最終講義のテストの時、持ち込み用の資料を忘れて焦ったわ。見たでしょう。顔面蒼白になった私を」

「恋に溺れる姿がみたいの。藁にもすがる思いってやつよ」

 マリ子が勝手に京を主演にさせた妄想でうっとりする横では、アコが難しそうに眉をひそめていた。

「どっちかというと恋愛経験豊富なおじさんに惹かれそうじゃない。初老一歩手前の大学教授とか」

「あのねぇ……初老ってじじいって――うっそ……エッロ……」

 アコが自身がプレイしているソーシャルゲームの画像を見せると、マリ子の反応は正反対のものになった。

「彼の名前は、近藤武。オタクが集まるSNSではゴムちゃんって呼ばれてるわ」

「コンドームだ」

 マリ子は本名をもじった下ネタのあだ名に、それはもう嬉しそうに反応した。

「そう、公の場では紳士と呼ばれてるわ」

「京ぉ……ゴムちゃんは絶対いい。唾を付けといたほうがいいわよ」

「もう既に、マリ子のつばが付いてるわよ

 大声で喋るマリ子の口から出た唾は、遠慮することなくアコのスマホにかかっていた。

「やった。イケオジげっと!」

「私もゲットされちゃった」

 アコは自分の手の甲にかかった唾を、婚約指輪を見つめるように見ていた。

「ちょっと待った!!」

 マリ子はあこの手を手に取るとまじまじと眺めた。

「もう……そんなに見つめなくても左手の薬指は空いてるわ」

「細くない?」

 思わなかった返答に、アコは思わず「へ?」と返した。

「細いって言ってるの。アコも京も」

「前にも言ったでしょう。私は太りにくい体質なのよ」

 京が今更なんだとコーヒーを一口飲んだので、マリ子の視線はアコへと向いた。

「私は推し活でお金を使ってるから。あと、コスプレ衣装。だから食費に回せないの。大学生の稼ぎじゃ限度があるわ」

「帰るわ!」

 マリ子は財布からお金を取り出すと、自分の料金分をテーブルに叩きつけた。

「マリ子……」

「止めないで、京」

「お金足りてない」

「止めないで、京。それが限度」

 ツカツカと歩いていく後ろ姿を見送る京とは違い、突然のことにアコは呆然としていた。

「気にしなくていいのよ」

 京が声を掛けると、呪いの人形のようにぎこちなくアコの首が回った。

「でも、あれは普通じゃないわ」

「マリ子は元々普通じゃないわよ。口説くなら覚えておいたほうがいいわ」

「なに? 私を応援してくれてるわけ? ははーん、ライバルポジを狙ってるわけね。最近のアニメはそっちがヒロインなのが多いこと知ってるんだ」

「いいえ、私はいつでもマリ子の味方よ。ただヒロインは多ければ多いほどいいと思うわ。そのほうが絶対楽しいもの」

 京はにっこり微笑むと、アコと不純な動機の友情を深めようと矢継ぎ早に質問を始めた。



 マリ子がルームシェアハウスに帰ってしばらくすると、明夫も帰宅した。

 そして背中を丸めているマリ子を見て、浴びせるようにため息をついた。

「落ち込まないでよ。人の家で」

「ここは私の家でもあるのよ」

「不本意ながらね。愚痴でも悩みでも聞かないよ。文句も質問もだ。それでも君は話しかけてくるだろうから、先に答えておく。マリ子が悪い」

「こういう時ゲームのイベントじゃ、話を聞く流れになると思うけど?」

「なるほど。学習したようだ。じゃあ話してみてよ」

 明夫は買ってきたばかりのお菓子の箱をテーブルに置くと、中身は放置でおまけの玩具を眺めだした。

「京とアコよ……。あの二人と一緒にいると、私が1.5倍太ったように見えるの」

「現に君はムチムチしてるよ。特に太ももがね。でも、気にすることはない。たかしはそれがいいって言ってた」

「ありがとう」

「僕じゃない。たかしが言ってたんだ」

「密告ありがとうってことよ。なんでオタクって細いわけ?」

「太ってるオタクもいるよ。ボスなんかオタクにおける太っちょ部門代表だ。ちなみにボスの胸囲は、マリ子と同じくらいある」

「ボスといえば……テンチョーも細いのよね。っていうか、信じられる!? あの二人が上手くいきそうなの」

「マリ子が仕向けたんだろう。おかげでボスは前にも増して毎日ギトギトだよ」

「うわ……早速テンチョーをオカズに使ってるわけ?」

「唐揚げばっかり食べてるからだ」

「もう……唐揚げとか言わないでよ……。せっかくダイエットするって決心をして帰ってきたのに、唐揚げ食べたくなるじゃない」

「そこは唐揚げじゃなくてザンギだって訂正するべきだよ。アニメキャラクターにおける大事なアイデンティティーだ。訂正役はね」

「正直違いがわかんない。もう無理。このまま太って床に大穴を開けるのよ私は……」

 マリ子はソファーの上で膝を抱えて小さくなってしまった。

 ちょうどその時、昼の来客時に切らした飲み物を買ってたかしが帰ってきた。

 昼の会話のせいもあり、肩越しに見えるマリ子の膝が胸に見えた。

「うわ! おっぱい!? じゃなくてマリ子さんか」

「それって脂肪が私だっていいたいわけ?」

「それは死亡フラグだ」

 明夫が自分の言った言葉にくすっと笑うが、殺気立ったマリ子に睨みつけられると、食玩を手に持って部屋へと逃げていった。

「さては……またドキュメンタリーでも見た? モデルの一週間に密着とか」

「いいえ。現実の友人たちの体型を見て、私はデブだって気付いただけ」

「そんなことないよ」

「私のむっちりした太ももが好きなくせに」

「明夫だな……。それは誤解だよ。ゲームに出てくる女型モンスターのミノタウロスをさ、最近明夫が好きっていうから、こんな太いのよりマリ子さんの太ももが好きって言っただけだよ。むっちりしてるのはミノタウロス。知ってる? あのミノタウロスはゴーレムを踏み砕くんだ。マリ子さんにそんな事できる?」

「じゃあむっちりした太ももは嫌いなの?」

 マリ子はソファーに座り直すと、自分の太ももをパンパンと叩いた。

「なんで義務教育は大事なこと教えないんだ。確定申告の仕方とか、車の運転とか、女の子のどっちを選んでも不正解の質問の答え方とか」

「大事なことは体で覚えるからよ」

 マリ子は膝枕を促すと、預けられた卓也の頭を優しく撫でた。

「ドッキリなら、早くバラしてくれないと心臓が持たない……。オレが精神的に弱いって知ってるだろう。またガス溜まりになっちゃう……」

「お礼よ。私のむっちり太ももは、あなたのむっつりに助けられたってこと」

「怒ってないってことでいいんだよね」

「元から怒ってないわよ。京にアコを押し付けるための適当な考えだったんだけど、帰り道……ふと思ったのよね。たかしも細い女の子が好きなんじゃないかって。そしたら不安になってきた。そこへ明夫が茶々を入れてきたかたムカついてたの」

「オレはむっちりした太ももが好きなわけでも、細い女の子が好きなわけでもないよ。マリ子さんが好きなんだ。仮に太っても痩せても、髪を伸ばしても切っても、その変化まで全部が愛おしいんだ。だてに二回好きになったわけじゃない」

「今の私には100点の答えね。お礼の効果かしら?」

 マリ子はたかしの額をくすぐるように撫でた。

「そこで相談なんだけど……。お礼ってさぁ、その……むっちり太ももの方でもいいんだけど……」

 たかしが言いながらマリ子の太ももに手を乗せると、その手が優しく握られた。

「やっぱりむっつりじゃない」

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