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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
102/125

第二話

 マリ子が女子友達とのたまり場に使っているいつもの喫茶店。

「運命的ね」と目をうっとりさせた女性に、マリ子が手を握られていた。


「あらら……聞いてた? こっちが明夫よ。今あなたが手を握ってる超絶かわいい美女はマリ子っていうんだけど」

「あなたなんてよそよそしいわ。アコよ。明ける心と書いてアコ。今マリ子ちゃんに心が明けたところ」

 握られた手の力が強められると、マリ子は視線を真横による明夫へと向けた。

「僕の心は閉じてる。夜明けは来ない」

「アンタに会わせるために、ここで待ち合わせたのよ」

「会ってるよ。合わなかっただけ」

「外国人を混乱させたいなら、その答えは正解。私の質問に対する答えだったなら不正解」

「質問はされてない。意見を押し付けられただけ。推しは歓迎だけど、押しは勘弁だよ。最近の推し活は押し勝つになってる。実に嘆かわしい……」

「それ、私も思ってたわ。推し活はバフなのにステータスに使い始めてる」

「ほら! 共通点を見つけたわ。二人は最近の推し活に言いたいことがある。ほら、今ここで言い合えばいいのよ」

 マリ子は「さあ! さあ!」と意気込んで明夫の背中を叩いた。

「もう全部言った」

 明夫は叩かれ痛む背中を手で押さえながらマリ子を睨んだ。

「私もよ。ただ結論を確かめただけ」

「あっ……そう。これならもう医者もお手上げね」

「医者? マリ子ちゃんはどこか悪いの」

「喧嘩売ってるわけ? 言っとくけど、私は男でも女でもムカついたら殴れる女よ」

「男らしい。だから好きなのよ」

 アコがマリ子に執着しているのは、マッチングアプリでやり取りしてるうちに、中身に好印象を持ったからだ。

 女性なので女性の気持ちはわかるし、男に言われたらムッとすることもわかる。

 大切に気持ちを育て上げ、余計なことを排除していた結果。惚れられてしまったのだった。

 元来の男勝りの性格もここでは良い調味料になり、ネットと現実がうまい具合に融合した理想の相手がマリ子になってしまったのだ。

「私は女よ」

「いいえ、男装の麗人というのよ。あなたみたいな女性は」

「男の格好してないんだけど……。見える? スカートよ」

 マリ子は下着が見えるのも気にせず、ソファーの上で膝を立てた。

「かわいいレースね。私も同じのを買おうかしら。そしたらお揃いね」

「……明夫。明夫! ヘルプよ。なんか言ってやって」

「マリ子はお尻が大きいから、君にはサイズが合わない」

「それは私に対して言ってやってるでしょうが」

「僕は現実を見ろって言ってやったつもりだけど」

「私は現実をまざまざ見せつけられた気分よ」

「やってやったって感じ?」

「やられたって感じよ。ごめんね、うるさくして」

 マリ子は声が大きくなったことを自分でも感じたので、アコに気を使ったのだが、そんな心配は毛ほどもいらなかった。

「大丈夫。大きい声も、大きいお尻も大好きよ」

「嫌味って知ってる?」

「知ってるわ。小学校のときに習ったもの」

「天然って言われない?」

「ちゃんと両親に育てられたわよ。だから養殖よ」

「そのままでいいって言われたの? 両親に」

 マリ子は話が進まないとため息を落とした。

「ため息を付きたいのはこっちだよ。どう見たって、ギャルにカツアゲされてるオタクの構図だ。アニメの世界では主人公的な立場でも、現実世界では被害者だ」

 アコの外見は青い髪にホワイトメッシュ。外観からすると、マリ子と近い趣味だと思われるが、実のところアニメのキャラクターの髪型であり、中身は明夫そのもののような女性だった。

「現実世界の被害者はこっちよ。この話の通じなさ……ジム通いの元彼思い出すわ」

「わかるわ。強さを求める男の矛盾的弱さの話よね」

 アコが相槌をいれると、マリ子は驚きに目を見開いた。

「うそ。昔の彼がスポーツマンだったとか?」

「そうよ、テニスをやってたの」

「へー素敵。いいじゃない! そういう話よね。やっぱ女の子がするのは生々しい恋の話よ。で、やったの?」

「やられたわ」

「うー! それどっち? まんまと丸め込まれて「もう……」って照れるやつ? それとも? 殴りだしたくなるような思い出? それならすぐ言って、報復の準備は出来てる。仕返しできるなら、どの男でもいいって言ってる女はいっぱいいるから。メッセージ一つで攻め落とせるわ」

「死んだってことよ」

 アコが声のトーンを落としたので、まずいところに足を踏み入れてしまったとマリ子は頭を下げた。

「あっ……ごめんなさい。そんなこと知らなかったから」

「いいのよ。踏ん切りはついた。予感はしてたもの……。【狂い咲きのゴンタ】が入隊してきた時にね。彼は野心に満ちた男だった。隊長の座に座るためだけにピエロを演じ続けてきたのよ。でも、彼は狡猾な男だった。桜散る満月の晩に暗殺を決行。結果は失敗。計画に気付いた副隊長が身代わりになっていたの。鬼花二番隊の副隊長よ。そしてその補佐が私。妹のように可愛がられていた私は、彼の死の瞬間。自分の胸に滲み出した恋心に気付くの。でも、彼には将来を近いあった恋人がいた。最後の時間を恋人と過ごしてもらうために、私は身を引いた。恋人が副隊長に最後のキスをしてる場面で、私は一人復讐を果たすために戦っていたの。でも、結果は……殉職よ」

「待って……色々言いたいことはあるけど、まずひとつ。彼はテニスをやってたんじゃないの?」

「現世ではテニスをやってたのよ。その帰り、車に引かれ……妖怪と記憶を失った現代人が戦う。【戦国地獄】の世界へ転生することとなったの」

「明夫!!」

「隣にいるんだから怒鳴らなくても聞こえるよ」

「説明しなさい」

「僕を異世界にいる翻訳のお手伝いキュートな妖精だと思ってるんじゃないだろうね」

「思ってるわけないでしょう。ただのオタクだとしか思ってないわよ」

「ならいい。彼女はアニメの話をしてる」

「それはわかってるわよ」

「なら、問題は解決だ」

「してないから困ってるのよ……。仕方ない実績のある翻訳機を使うか」



「それで、どう翻訳すればいいの? その状況を」

 家の玄関。マリ子の腕に抱きついてるアコを見たたかしの第一声がこれだった。

 詳細はメッセージを送られて知っているのだが、まるで恋人のような仕草でマリ子に寄り添っているので、思わず面食らってしまっていた。

「理由は聞かないで……。たかしが男と腕を組んでても文句を言わないから」

「言わないけどさ……まあ、入ってよ」

 たかしは家の中へ入るよう催促すると、アコは手荷物をたかしに預けてマリ子と二人で部屋へと向かった。

 一連の動作を見た明夫は、喧嘩を売られたぞとたかしへ伝えた。

「彼女はお客だぞ。荷物くらいなんだ」

「あれは【終焉イチ秒前のキス】のワンシーンの再現だ。マフィアのボスから助け出すために、主人公の女の子が裏の世界で成り上がってボスの愛人の座につく。そうして自分を信用させ、油断したところで、鞄の中の爆弾を……ボンッだ」

「どんなゲームだよ……」

「乙女ゲーの主人公は自己犠牲を厭わない子が多いんだ。受動型の男向けの恋愛SLGとはまた別のベクトルで進化したんだ。この些細なベクトルの違いを大事にする。それは地中に根を張るひげ根のように広がる。わかる? 男のオタク文化は枝分かれで、女のオタク文化は根のように分かれる。たとえ同じ植物だとしても、咲く場所が変わるんだ。これが相慣れるようで相慣れない存在って言われる所以。オタク一つでS極とN極が存在しているんだ」

「だからどのゲームの話をしてるのさ」

「現実という名のゲームだ。たかしが毎日やって、毎日負けてるゲームの話」

「現実のゲームに負け続けてるのは明夫だろう。もしもマリ子さんとのことを言ってるなら、あえて負けてみせることも大事なの。勝ち誇るだけが男じゃない。それが恋愛だ」

「なるほど。じゃあ僕の荷物も頼んだ。爆弾は入ってないから安心して」

 明夫は肩を竦めると、たかしにリュックを預けて、部屋にいる赤沼と青木の元へ向かった。

 二人は今日明夫が女性と合うと知っていたので、感想を聞こうと待っていたのだ。

 駆け寄る姿を見つけるなり、赤沼は「明夫!」と叫んだが、すぐに声を小さくして「あれが恋人?」と聞いた。

「僕の恋人は電子媒体を介さないと出てこないんだ。あれは男と女が入れば出てくるそこらの量産型だ。僕が量産型に恋すると思う?」

「ほっとしたよ……僕らの友情はまだまだ続きそうだ」

 赤沼は仲間から抜け駆けするものがいなくなったと、宝くじで十万円が当たったくらいの喜びの笑みを浮かべた。

「こっちの友情は終わりそうだけど」

 たかしはアコの荷物を丁寧にソファーに置くと、明夫のリュックを乱暴に投げ返した。

「それはこっちのセリフ。もしもそのカバンにカードパックが入ってたとしたら、カードに傷がついた時点で僕らの友情は終わり。トレーディングカードは現金とかわらない。第二の日本銀行券と言ってもいい」

「だいたい今日は集まるだなんて――」と、たかしが怒りだそうとした瞬間、マリ子に呼ばれた。

「ちょっと……大変なことになったわ」

「わかってる。家のオタク指数が上がって、オタクが普通になったら。マイノリティはオレ達の方だ。家を乗っ取られた……」

「いいから、冷静になって。……あの子が私に惚れてる」

「そのセリフを聞いて冷静になれる男はいない。オレがいるのに、女の子に惚れたの?」

「冷静になって。あの子“が”私に惚れてるの。私が惚れてるのはたかしよ」

「マリ子さん……」とたかしはマリ子の手を握ると、真剣な目をして「僕が恋人だって言わなかったの?」と嫉妬混じりに聞いた。

「言ったけどお構いなし。たかしがベッドに誘う目と同じ目をしてた」

「理由は?」

「一つ思い当たる。私ならこう言ってほしいと思った返信をしてただけ」

「それが理由?」

「落ち込んでる時に、そうされたら女なら傾く。しかも下心なし。間違いなく私の理想の男を演じてたわ。だからよ……私もそんな男がほしいわ」

「待った……理想の男ってオレじゃないの?」

「おバカ……。誰に嫉妬してるのよ。私は京以外の女にはなびかない」

「余計心配になったんだけど……。たまに二人は怪しい雰囲気が漂ってる」

「たまにだと思ってるなら、まだまだ心配しなくていいわよ」

「それってどういう意味!?」

 たかしとマリ子が話し合ってる最中。明夫もアコに呼び出され、部屋の隅に移動していた。

「アレがまーちゃんのフィアンセね」

「まーちゃんってなに? フィアンセってなに? アレって誰?」

 明夫は現実の女と話すことなんてないと、最初から聞く耳を持っていなかった。

「なるほど。典型的なステレオタイプね。つまり古いタイプのオタク」

「古き良き時代のエッセンスを残してるんだ。僕はリメイクでお色気シーンが削除された作品を、リメイクだとは呼ばない」

「なら、これはリブートよ。つまり作り直すの。新たな視点で、新たな作品を」

「僕の人生は、クリエイターが作った言葉を、声優の喉から通った声だけが啓示なんだ。君はクリエイターでもなければ、声優でもない。僕の心は絶対に揺るがない」

「いい? よく聞いて。私が欲しいのはまーちゃん。邪魔になるのは一人だけ。あの名作泣きゲー【グリコの丘で花束を】の隠しエンドよ」

「なるほど……つまり百合Endだ。君がマリ子とくっつけば、たかしは僕の元へ戻って来る。それって最高だよ。何一つ矛盾はなく、それでいて斬新な切り口だ。君はシナリオライターになるべきだ。つまり、クリエイターだ。僕の啓示にふさわしい」

「目的は一致したようね。手を組みましょう」

 アコが差し伸ばした手を明夫は無視した。

「僕は現実の女とは手を握らない。もしも握ったら、画面の世界には入ることができなくなるからね」

「認めるわ……その思考は尊敬するべきものよ。あなたに敬意を払うわ」

「マリ子もそれくらいまともだったらどれだけ楽だったか……」明夫はため息を落とすと、キッチンに行って洗い物用のゴム手袋をはめて戻ってきた。「僕も認める。君とは敬意を払って握手をするべきなのかも知れない。でも、僕は異世界に夢を見る人間だ。今はこれしか出来ない」

 明夫は最後の一文でアニメのシーンを真似るような仕草で手を差し出すと、アコはゴム手袋越しに握手をした。

「光栄だわ。私も夢に生きる女。それにママが言ってたわ。ゴムをつける男は信用できる」

 明夫とアコに奇妙な友情が芽生えたことを、マリ子が知るのはずっと先のことだった。

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