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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン5
101/125

第一話

「あー! もう! くそくそくそ! アーンドくそくそくそ! 僕が橋をかけたんだから、余計な建設するなよ! ほら、見ろ敵が利用してるじゃないかぁ!」

 明夫の苛立つ声はリビングに響き渡った。

「信じられる? あれ」

 マリ子が向けた細い指先には、明夫がテーブルに拳を打ち付ける姿があった。

「まだ。慣れてないの? 田舎で鶏の鳴き声がするように、うちでは明夫の泣き声がする」

 たかしが向けた太い指先には、明夫が痛む拳に耐えきれずのたうち回る姿があった。

「そうじゃない。あれが数日後女に会うのよ」

「会わせるのは君。オレは関係ない」

「ちょっと……。あなたも賛成したでしょう」

 マリ子は薄情者だと睨んだ。

「賛成はした。でも、同意はしてない」

「その言葉。女に言われたら人生終わるわよ。セックスに賛成した。でも、同意はしてない。どう? その言葉一つで私と戦ってみる?」

「味方はしたい。でも、明夫だもん。会わせないことが世界のため。でも、マリ子さんが会わせる。恐怖の大魔王はその日にやってくる。とてもじゃないけど、オレは魔王を倒す勇者だなんて言えないよ。この現代社会でそんなこと声高々発信してたら、通報ものだもん」

「たかしに伝説の武器は早すぎたようね」

 マリ子は手放しで自分の案を褒めないたかしにがっかりした。

「逆。遅すぎたんだ。今伝説の武器を装備できるのは一部の限られた人間だけ。そこのFPSの建築に苛立ってる人なんて、まさにそう。いつだって伝説の武器を探してる」

「口を挟ませてもらうけど、このゲームに出てくる武器は全部現実ものだ。課金スキンだってよりリアルになるだけの本物志向。そのせいで、みんな自分の武器を自慢したがる。僕はお立ち台を作るために足場を建築してるんじゃないんだぞ!」

 明夫は一息で言い切ると、はあはあ息切れを起こしながらも、また一人ゲームにぶつぶつと文句を言い始めた。

「わかったわよ。あなたにはもう頼まない。女の本気を見せてやる」

「前にマリ子が女の本気を出した時は、ただ殴られた」

 まだ青息吐息だが、明夫はしっかり口に出して抗議した。

「あれはアンタがグーの音も出ないって煽ったからでしょう。だからグーで殴ったの」

「パーになったらどうするんだ」

「それ以上ならないわよ。もしなったら学会に発表する。なんならやってみる? 実験は繰り返しが大事だってアンタから借りた漫画に書いてあったわよ」

「あれは【Dr.ミレン】のミレンが孤独の作業を何十年も繰り返していた描写をまとめる一言だ! 【勝手にやっち魔王】のゴンダング将軍みたいな憂さ晴らしの言葉じゃない!」

「このチョキがハサミだったら、今すぐにでも首を切ってるところよ」

「PEACEに行こうよ……ふたりとも。せっかく久々に三人なんだぞ」

 なだめるたかしを、明夫は鼻で笑った。

「よく言うよ。僕を女の子と引き会わせようとしてるんだぞ」

「そうだよ。大学生の幼馴染を、女の子と会わせようとしてるんだ」

「たかし……自分がまともだなんて思わないでよ」

「その言葉をそっくりそのまま返すよ。何度も言ってるだろう。現実の女の子は【忍ばず忍者金ピカ】のくのいちみたいにおっぱいから毒を出したりしない。あれは小学生向けの月刊漫画雑誌。ファッション雑誌についくてる性の体験コーナーじゃない。だから現実にはいない」

「でも、たかしが僕に会わせた女の子ってコレだよ」

 明夫が眉間にシワを作ってマリ子を指すと、たかしは頷いた。

「そう。最高の女の子ね」

「あら、ありがとう。急な賛辞は浮気を疑うけどね」

「……可愛い女の子」

「美人ではないのね」

「いじめないでよ」

「ワンちゃんにおあずけしたくなるのと一緒。少し意地悪されるくらいが可愛いの」

 マリ子がたかしの前髪をかきあげて、寝る前の子供にするようキスをすると、さすがに恥ずかしいとたかしは身を捩って距離を取った。

「もう……照れちゃって」

「チューチューの次はモーモー。ここは動物園じゃないんだけど……」

 明夫は野良猫の交尾でも見るような、なんとも言えない表情浮かべていた。

「豚さんもブーブー文句言わないのよ」

「僕は音声作品でもない豚さんにはなんの反応もしない」

「げろげろ……」

「今度はカエル?」

「今のは単純に気持ち悪かっただけ。それにオタマジャクシを飛ばすのはたかしよ。私じゃない」

「なんだそれなら良かったよ。これ以上ここをカップル動物園にされたらたまったものじゃないからね」

 明夫はゲーム機の電源を落とすと、エナジードリンクを取りに冷蔵庫へ向かった。

 その隙に「本当に会わせて大丈夫かしら?」とマリ子が今一度不安になっていた。

「オレは逆に相手のほうが心配だけどね。本当にあの明夫と会いたがってるの?」

 幼馴染のたかしから見ても、明夫の恋愛観というのは謎だ。

 思えば初恋の話も聞いたことはない。実際には聞いたのだが、それはアニメキャラクターの話であり、毎年新規アニメが始まるたびにされるような話だ。

 マリ子がどう明夫のことを伝えているのかは知らないが、明夫の情報が男と大学生以外に知られているのならば、実際に会ってみたいと思う女性は研究者くらいだろうと本気で思っていた。

「会いたがってるわよ。男前でカッコいいって」

「本当に明夫のこと?」

「まさか自分のことをスケープゴートに使ったって思ってる? たかしはカッコいいよりは……。そうねぇ……うん、可愛い系かしらね」

「そこまで自惚れさせてもらえるほど、黄色い声援は浴びてない。だって明夫だよ。男前? カッコいい?」

 たかしの視線の先は、先程テーブルに叩きつけて痛む手をかばいながら、プルタブを開けるのに必死になっている明夫だった。

「恋する女の目にはそう映るの。あなたもカッコいいわよ。可愛いだなんて言ってごめんなさい」

 マリ子が急に雰囲気を作ろうとしたのだが、明夫の間抜けな気合を入れる声のせいで盛り上がることは出来なかった。

「ああもう! 貸しなさい!」

 明夫からエナジードリンクを奪い取ると、マリ子は片手で簡単にプルタブを開け、バーカウンターのウイスキーの入ったコップを走らせるようにして明夫に投げ返した。

「たかし。見た? これがカッコよさだよ。男らしさだ。君も見習うべきだ」

「見習うべきなのは明夫のほうだろう」

「いいかい? 主人公っては困ってる人を助けるものなの。どんなクズが題材な漫画でも、人助けるシーンがあるだろう。心入れ替えるか、その結果が原因でクズになったか関係ない。主人公なら人を助けるべきだ。期待してたのに、プルタブの一つも開けられないとはね」

「ありがとう。主人公だと思っててくれて」

「なにを呑気な……現実世界の主人公だなんて、マジックパワーを吸い取られる専門の中間地点の雑魚キャラみたいなものだよ。ヴァーチャルアイドルも配信者も、みんな視聴者にマジックパワーを吸い取られて疲れてる。僕の世界じゃマジックパワーをお金に変換する技術はまだないの。勘違いしないでよね。別に否定してるわけじゃないんだから。ただ仮想現実と現実の境目あたりが……。待った! 聞いた? 今の? 今のは意図せずにツンデレになってたよ。それもツンデレが標準装備に入り始めた頃のセリフだよ。本当に……古のオタクが羨ましいよ。まさしく今のコンテンツを作った土台になった人達だ。知ってるかい? 現代のオタクたちが熱を上げているコンテンツの屋台骨は、拙いながらもしっかりと残っていたんだ。だからこそ時代の戦火に焼かれても生き残ってきた。そして、今! ニュージェネレーション達が新たな肉体を与えている。オタクの思想は血となり肉となりいつの時代も残り続けるね」

「恥となって憎くなるの間違いだろう。過去にアニメの体型と勝手に合わせられて批判された女の子たちは、間違いなく明夫のことを憎んでるぞ。マリ子さん……本当に会わせるの? 警察も軍隊もいないところで?」

「今ちょっと後悔してるところ……。でも、聞いて。向こうもオタク趣味はあるの」

「それって、ちょっと流行りのアニメのキーホルダーつけたり、待ち受け画面にしてる程度じゃないよね?」

「あのねぇ……殺人犯を尋問してるんじゃないのよ。そんなこといちいち聞くわけないでしょうが。ただの共通点を探すメッセージのやり取りでわかったことよ。待った……たかしはそういう手を使ってるってこと」

「まあ……それとなく好きなアイスを買ったり」

「【ヴァンベルベン】のアイスだ」

 マリ子は思い当たる節があるとニヤついた。

「まあ……一介の大学生には高い投資ではあった」

「なら覚えておいて、今なら100円アイスで私の愛が買えるわよ。あと、【ファイアフレンズ】のライヴの当選権も」

「それって当たるまでじゃないよね」

「まさか――当たりが切れるまでよ」

「たかし……本当にこのマリ子でいいの?」

 たかしが明夫の恋愛観を理解できないように、明夫もたかしの恋愛観には振り回されていた。

 恋をしては積極的になったり、消極的になったり、身の程に合わない香水をつけたのも、初めてワックスを髪につけてボサボサになった頭も全部隣で見てきていた。

 そのたかしの笑顔のどれもが、明夫の心を踊らせることはなかった。

「マリ子さん”が”いいんだ」

「今のは100点ね。ベッドの上で言ったなら、先に寝るのも許してたくらい」

「今はアイス買わなくても許して欲しい」

「ダメよ。それに別に本気で買えって言ってるわけじゃないわよ。今更の関係にヴァンベルベンはいらないって意味。100円のアイスも高級なアイスも……お腹を下したら一緒ってこと。あと……アイスは夕ご飯にならないってことかしらね」

 マリ子はお腹を押さえると、ペンギンのような足取りでトイレへと向かった。

「たかし……アニメの女の子だって最近はトイレネタが多いよ」

「ありがとう。慰めてくれて」

 たかしは今日はもうマリ子と良い雰囲気にはなりそうにないとわかると、スマホで芳樹へ連絡を取り、そのまま出かけることにした。

 しかし、芳樹は赤沼の家で盛り上がってる最中なので、まったくメッセージ音に気付くことはなかった。

「頼む! 【にゃんみん】みたいな顔にしてくれ!」

 芳樹が床に頭を擦り付けている相手は、部屋主の赤沼じゃなくて京にだった。

「こういうのは私じゃなくて、マリ子に頼んだほうがいいわよ。そんなに得意じゃないのよ、メイク」

 珍しく困惑した表情の京は、ゲームのキャラクターメイク画面に向けられていた。

「でも、僕らも専門外だ」と赤沼は渋い顔をした。「昨今ゲーマー女子が増えたことにより、メイクの項目が増えてきた。でも、僕らオタクには全く理解不能。いじるたびに理想と離れていくんだ。【マジックソード・ウォー】の千年戦争シナリオを暗記出来る僕らにも出来ないことはあったとはね」

「それは大変ね」

 京は興味なく短く答えた。

「いいや、君はわかっていない」と青木は強い口調で京に釘を差した。「千年戦争の始まりには、女神の姉妹二人が関わっている。大変ね。の一言で済ませる出来事じゃないんだ」

「本当に大変なことになったわ……今からでもマリ子を呼ぼうかしら」

「ダメ!!」と男三人は口を揃えた。

 なぜ男三人の中に京がいるのかと言うと、キャラクターメイキングで明夫と会いたがっている女性を作るのが目的だったからだ。

 芳樹のせいで脱線しているが、要するに隠れて当事者達をからかおうと集まったのだ。

「そんな気にすることないと思うけど」

「君たち女の子は華やかな人生を送ってきたかもしれないけど、こっちはディスプレイを良くしてもモノクロの人生を送ってきたんだ。いきなり親友に彼女が出来てごらんよ。僕らは砕け散る。ゲームと一緒。まずは初心者の館だ」

「恋人として紹介するわけじゃないのよ。ただ趣味が合う友達としてどう? てことでしょう。マリ子がやってることは」

「そりゃ通用しねぇよ。砂漠のど真ん中で水を渡されたようなものだぞ。こいつらは濁ってても飲む」

 芳樹はバカにしたのだが、オタクの二人は特に反論もなく頷いていた。

「とにかくなるようにしかならないわ」

「オタクの恋愛なんてわからねぇよ。数式を解いてたほうが楽だ。……例えだ。問題集を取り出そうとするな」

 芳樹が睨むと、京は計算アプリを消した。

「数学みたいに答えがあるわけじゃないの。私達に出来ることは見守ることよ」

 京はどうせまた面白いことになると決まっていると思うと、マリ子からのお腹を壊したというメッセージに返信したのだった。

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