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2.1チャンネルスピーカーズ  作者: ふん
シーズン4
100/125

第二十五話

 深夜。

 衣擦れが一番大きく響くほどの静けさ。

 ぬるい夏の夜の風に遠慮するような小さな声が、不満の色に染まった。

「僕が彼女が欲しいって言った時は誰も手伝ってくれなかった」

 赤沼は一直線のおかっぱ前髪を揺らすと、部屋にいる男たちの顔を見回した。

 いま部屋にいるのは、たかしと赤沼と青木の三人だった。

 青木はさほど興味もなく「手伝おうとしたさ。赤沼の条件を網羅すると、恋愛シミュレーションのキャラクターがぴったりだっただけ」と答えた。

「張本人のくせに、他人事過ぎないか?」

 たかしはパッケージされたままのフィギュア箱の壁に重圧を感じながら、喋りづらそうにしていた。

 ここはいつものシェアハウスでもなければ、誰かの家でもない。

 オタク三人が共同で借りている貸倉庫の中だ。

 広い倉庫でもないし、物で溢れているので棒立ちでいるしかないのだった。

 ここに集まっている理由は一つ、マリ子も明夫も家にいるので、ちょうど集まれる場所がここしかなかったからだ。

「今の張本人はたかしの恋人だ。僕の手からはもう離れた。あとは友達の恋人の友達というジャンルを現実に召喚できるかどうか」

 青木の言っていることは事実で、女性とのやりとりはマリ子がしているし、その情報はたかしからしかこない。

 友達の恋人の友達という不思議なワードに魅了された青木が、その正体を気にしているのも事実だった。

「元から現実世界にいる女性だ。誰かと付き合ったからって、なにかが変わるわけじゃない」

「でも誰かのストライクゾーンからは外れる。逆にストライクゾーンギリギリになることもある。知ってるよ。くさい球は振りやすいんでしょう。野球アニメでやってた」

「その野球アニメ。雷をまとったボールを投げるやつだろう」

 たかしはアニメと現実を一緒にするなと言いたかったのだが、青木は話題に食いついたと勘違いしてテンションを上げた。

「サンダーボルトをかい? それともウォーターフォールブリンガーかい?」

「現実問題に引き戻せる方。どっちを頭部に当てればこっちへ帰って来る?」

「でも、実際問題。明夫の相手って誰だと思う? 言い方が悪いかもしれないけど、今まで明夫が現実の女性とどうなるかなんて考えたことがなかったよ」

 赤沼の疑問に青木は真剣な眼差しで答えた。

「出会ってない限り、ネットワーク界にいる電脳世界の住人だ。まだ可能性はある」

「僕は本気で聞いてるんだ」

「僕だって本気で言ってる。友達のデートについていく男だぞ。電脳世界の住人でもない限り、そんな奇行に付き合えない」

 青木はさすがに親友のデート同伴はマナー違反だと知っている。

 たかしがマリ子と付き合っていた時は、有耶無耶になり三人でいることが多かったし、ユリと付き合っていた時は無理やりデートに参加していた。

 常識で考えると、現実の女性が許容するわけもなかった。

「興味ないの? あの明夫だよ」

 赤沼は助けを求めるようにたかしを見た。

「興味はある。でも、あの明夫だからこそ……想像が全くできない」

「待った。なんでたかしも想像できなわけ。君は恋人と共犯者だろう」

「実は顔も知らないし、名前も知らないんだ。マリ子さんに内緒にされてて……」

「出たよ……」と赤沼は頭を振った。「現実の恋愛ゲーム。僕苦手なんだよ。プロフ写真と見比べて間違い探しをしちゃうんだ」

「それくらいなんだ」と、たかしも真似をして頭を振った。「現実の恋愛ゲームっていうのはな。一緒にスイーツを食べに行って、感想を求められることだ。美味しいか、可愛いかのね。しかもノーヒント。でも、彼女は今日のファッションにヒントが隠れてるって言うんだ」

「でも、そのゲームをクリアすれば永遠の愛が待っているんだろう」

「過去にどの女にした対処方法なのか聞かれるだけ」

「それってゲームに終りがあるの?」

「ないから結婚っていう選択肢がでてくるんじゃないの?」

「僕は今までの人生で、中に出すか外に出すかの選択肢しか出てこなかったんだけど」

「それはゲームだからだろう……。その選択肢……現実で気軽に使うと後悔するぞ」

 たかしが過去自分の大学で話題になった事例を話したのだが、オタク二人がピンと来るはずもなかった。

「たかしの大学には、講師じゃなくて飼育員が必要なんじゃないかい? 動物園が管理するのと一緒」

 青木は意味がわからないと、眉をひそめていた。

「今年たまたま妊娠騒動があっただけ。うちの大学の全員がそうだったら、少子化対策に貢献したって国から表彰されてるよ」

「そのゲーム知ってる! 主人公の子供だけで魔王を倒すシミュレーションゲームだろう。妊娠システムをいち早く取り入れたアダルトゲームメーカーだ。チームの解散が悔やまれるよ……」

「よかった。ちょうどその話がしたかったんだ」

「そうだろう。僕は十姉妹を育て上げ、辺境の魔王地を更地にしたんだ。血の繋がりシステムは最高だったね。とめどないシナジーで世界に平和が訪れた。最終的に僕は百人姉妹のお兄ちゃんだった」

「皮肉だ」

「なら、ここまで語る前につっこんでよ」

「早口が止まらなかっただろう……。とにかく――オレ達が出来ることはなんにもない。現段階ではね」

「本当に何にも知らないの?」

 赤沼は珍しくたかしにしつこく聞いた。

「わかった正直に言う……。マリ子さんの話がまったく理解できない」

「僕らに相談してみなよ友達だろう」

 赤沼はたかしの肩を組んだ。

「前も言っただろう……。狭い倉庫でこの距離感は誤解される」

「アニメだとやってるのに……」

 赤沼がアニメキャラクターのような仕草でため息を落とすと、たかしはこれだと閃いた。

「そうだ! 二人が力になってくれるかもしれない。二人共アニメキャラのジャンルに詳しいだろう」

「まあ……うん……それなりに網羅させてもらってるね。前クールに鑑賞したアニメを知ってもらえるとわかると思うけど、新旧の他にリメイクも鑑賞させてもらっているよ。リメイク前の作品をより深く知るために時代背景を探り、今年は昭和の匂いに触れた夏だね。でもここはあえて遠慮がちにまあまあだと言っておくよ」

 早口でまくし立てる赤沼だが、たかしはいつものことだと気にせず相談を持ちかけた。

「◯◯系女子についてなんだけど」

 たかしから『~~系女子』というワードが出た瞬間。

 赤沼と青木は顔を見合わせて頷きあった。

「無理。うちは類似惑星の言語は翻訳してないんだ」

「そんな違わないだろう」

「少なくともオタクの世界ではゆるふわは揶揄される単語であり、褒め言葉ではない。これだけで僕らの常識はもう通用しないのがわかるだろう」

「今どきゆるふわなんて言葉使うか?」

「オタクは最先端の風に吹かれながら、時代に取り残されるものなんだよ。明夫と親友なのにそんな事も忘れたのか?」

 青木はがっかりしたと肩を落とした。

「そもそも教えられてない。というか、青木のほうが詳しいんじゃないか? マリ子さんより前に、明夫の名前を使ってやり取りしてただろう」

「そうだよ。でも、正直別人だと思ってる」

「なんで、そう話をややこしくしようとする」

「別に僕は、原作に追いつきそうだからって作られたアニメスペシャルの謎解きをしてるんじゃない。でも、僕とやり取りしてたんだぞ。僕は妹好きの厄介オタクだと自負してる。そんな僕とやりとりしてたのに、今は君の恋人と毎日メッセージのやり取りをしてるんだ。そんな女性いる?」

「いたほうが二人のためじゃない?」

「絶対そう! いたほうがいい! いや、いるべきだ」

 赤沼は真剣な顔で頷いた。

「ジョークにするもいいし、現実逃避するのもいい。僕は僕の思ったことを言っただけ」

 青木は妹じゃなければ興味がないと、声のトーンが落ちていた。

「待った! 僕らに救世主が現れた日のこと覚えてる?」

 赤沼はあのことだと思いつくと目を見開いたが、青木の返答は期待外れのものだった。

「ネット支払いだ!」

「違う! いただろう、先に異世界への扉を開けた勇者が。『オタクに優しいギャル』という職業を作った伝説の勇者が」

「オタク特有の都合のよさを、更に都合よく使うつもりか? 明夫の相手がオタクに優しいギャル? なら妹属性もつけて」

「いいから聞いて。マリ子さんの相手だよ。そう考えるとギャルでも不思議じゃないどころか、しっくりくる」

 赤沼の言葉に二人は大きく頷いた。

 しかし、すぐに青木が口を挟んだ。

「でも、僕とオタクトークもしてたぞ。僕の親友の意見を反映させて、あまり深い話をしなかったけどね」

 青木は親友というワードをわざと強調させていった。

「その親友って芳樹だろう。アドバイスが当てになるか? 高校の時に女子大生といいことするために、アイドルだって言い張った男だぞ」

「知ってるよ。彼はやり遂げる男だ」

「逆に騙されて、愛を$に変えられてた。まあ今回は詐欺ではなさそうなんだけど……。それにしてもギャルとオタクね……」

「君の恋人は才能があるよ。年齢という現実の壁に叩きのめされた瞬間から、オタクに優しいおばちゃんになる可能性がある。居場所を求めるためにね」

「聞かなかったことにしておく……。本人の前で言っても、本人に聞かれそうな相手に言ってもぶっ飛ばされるぞ」

「褒め言葉だよ。ギャルと中性的と合法ロリ。たかしの女友達は凄い属性持ちばかりだね」

「友達として言っておくけど、それら全部の肩書は褒め言葉に入らない」

「うそぉ……最高の褒め言葉なのに」青木は心底驚いたと口をあんぐり開けた。「検索ワードだって上位にくるはずだ」

「恋人を検索ワードにかけるなよ……」

「一般人の方が恋人を検索ワードにかけてるよ。身辺調査にね。ディストピアって日本にあったんだ。未来は明るいよ。そのためには【グレッチェンの丘】に出てくるヴィランみたいなカリスマが必要だね」

「ディストピアだぞ。お先真っ暗だろう……」

「そんな世界に欲望と発展を広げるのがオタクの想像力なの。たまにたかしはオタクを見下すけど、オタクは日本政府が作り出したものなんだぞ。よく考えて。僕らの性教育はイラストでされただろう。生身の人間が相手なら、イラストの必要はないはず。でも執拗にイラストだ、だからこそ皆エッチな絵を描きたがる。政治家の理想郷だよ、今の日本は。拍手を送ろう。少子化と引き換えに、アニメという別次元枠の世界を構築している。証拠もある。政府の摩訶不思議な行動。あれはアニメ世界に行き過ぎて常識変換されてしまったんだ。あとはゴーサインが出るのを待つだけだ」

 青木が息継ぎも少なく言い切るのと、たかしのため息は同時だった。

「本当にもう……明夫の友達やれてるだけあるよ」

「一緒にしないで、僕は二人ほど酷くない。でも、羨ましいのは本当。大学生で同棲なんて普通に羨ましいもん」

「あー……」とたかしは最近のちょっとした憤りを話すことなく「まあね」と濁した。「でも、二人がやってるゲームみたいな展開ばかりじゃない」

「わかってるよ。だからアニメやゲームで補完するんだ」

「でも、想像する時はアニメの姿なんだろう?」

「当然。たかしが胸が大きいのを想像するのと一緒。都合のいい部分は、全員男は共通してる」

 自虐的なジョークに笑い合うと、笑いの隙間に一瞬の静寂が訪れた。

 その隙間に青木が「そういえば、なんでこんな場所で話し合いをすることになったんだっけ?」と聞いた。

「それは作戦会議だよ。明夫にもマリ子さんにも聞かれない場所」

「それは覚えてる。なんで聞かれたくなかったんだっけ?」

「それは――」たかしは一呼吸置いた。「――彼女が夏休み中に会いに来るからだよ」

章の終わりなので

一旦更新停止になります

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