【短編】魔穿の暁歌
敵司令部の後方。暁歌希鬼は崖の上から天幕を見下ろしていた。
敵はドワーフ。
鉱石資源の尽きたドワーフの国グラッジは資源を求め、武士の国刀心へと半月ほど前から侵攻を開始した。
希鬼に下された初任務は敵の司令部を奇襲する遊撃作戦であった。
「桜、どうだった?」
背後に現れた気配に希鬼は言葉をかける。
「希鬼様。ここが後方の司令部で間違いありません。
三名の指揮官と護衛の兵士が数名。それから、恐らく外から雇われたと思われる異国の人間が槍を持っていました。」
「人間の?」
首を傾げたのは黒髪を風になびかせる暁歌希鬼。
黒色の道着と袴、黒地に赤い刺繍の羽織を被り、刀と脇差だけのおよそ戦に赴く人物の格好には見えない。
一方の桜と呼ばれた少女、名は東明 桜。髪は桜色の鮮やかなピンクであるがそれ以外は黒い一張羅で身を包む。忍と呼ばれる者たちと同様の格好である。
桜は黒い美女。暁歌希鬼の影であった。
「雇われ……帝国の冒険者か?」
「髪も青色でしたので恐らく」
「髪の色って……桜も派手な色だろう」
「私はいいんですよ。特別ですから」
「そろそろ始めるわ……」
「……ご武運を」
君主と家臣の関係である二人はそれぞれに戦う土俵がある。
桜は一つ黒い縄を取り出し、希鬼の長い黒髪を一つにまとめると、下がり、姿を消す。
「『狂化』」
希鬼の美しい黒髪は真紅に染まり、鮮血を彷彿とさせる。
それは狂化と呼ばれる身体強化魔法。理性と引き換えに高い身体能力を得る魔法である。
暁歌家の侍はこの魔法を好んで使う。
そのまま走り出し希鬼は崖を飛び降りる。
赤い軌跡が青い空に引かれ下の天幕へと凄まじい勢いで近づいていく。
「ガタロフ様。戦線は停滞気味です。
どうやら敵の密偵によってこちらの情報が漏れている様子」
「ふむ、確か忍びと言ったか? なんでも姿を隠す魔術を使えるとか……よし、本国にゴーレムの使用許可を取ってこい」
「良いのですか?」
「どの道この戦に負ければ我らの未来は無いのだ。出し惜しみなどしなくて良い」
ドワーフの集まる司令部では、そのような会話がされていた。
天幕の端で眠る。棒の先に両刃の刃を持った槍を抱える傭兵が、ふと天井を見る。
直後。切り裂かれた天幕から紅い死が天幕内に居たドワーフ達に降りかかる。
着地と同時の一撃は報告をしていたドワーフを縦に割く。
「な──」
反転、切り上げの一撃がガタロフなる人物の首を斬った。
鮮血が床に落ちるよりも早くその紅い死神は天幕内を駆ける。
「ぎゃああああ!」
「母さ──」
「やめ──」
「死にたくな──」
「────」
──キィィィン──
比喩抜きで瞬く間にドワーフたちは血溜まりに沈み。
金属音が鳴り響く。
それは槍の男と紅色の死神と化した希鬼が互いの武器を打ち合わせた音だった。
「帝国の冒険者か?」
「冒険者等と一緒にするな。俺は傭兵だ」
誰何、希鬼は後に飛び退き刀に着いた血を払う。
「失礼した。その二つの違いが我々には分からないのだが…… 戦争が終わったら帝国に勉強に行こうと思う」
「その必要は無いぜ。お前を連れ帰って女侍をペットにしたと帝国の仲間たちに自慢するのはきっと……最高に気分がいい」
「チッ……ゲスが」
この男。まず、女を舐めているし、刀心の侍が舐められている。
何より、お前は俺より弱いと思われているのが希鬼には無性に腹が立った。
希鬼は刀を頭の高さに、地面と並行に構え、腰を落とす。
「──!」
先に動いたのは希鬼。
しかし、男は突きをヒラリと躱すと、回避行動の回転の動きを利用し、遠心力乗った槍の薙ぎ払いが風をちぎる音を立てながら迫る。
靴底と砂利の擦れる音を立てて希鬼が飛んだ。
横方向への捻りで槍の上を転がるようにして着地する。
着地と同時に一閃が男に奔る。
男は体をのけぞらせる事で難を逃れたが胸を守るチェストプレートと切先とで火花が散る。
上体を反らし流れで地面に手を付き、後方に回転。バク転で距離をとった男は大きく踏み込み槍による突きを放った。
希鬼はそれを弾き、間合いを詰める。そこに蹴りが飛んできた。
避けられないと判断した希鬼は後方に飛ぶ事でダメージを軽減する。
「くッ」
呻き声をあげた希鬼に更なる追撃が迫る。
男は蹴り足で踏み込み、踏み込んだ方の足と同じ片手で突きを放った。
一連の動作は何処かの流派にある型なのではないか、と思う程洗練された流麗な動きだった。
しかしその突き、希鬼には二手目の蹴りにてダメージを軽減した事で有効打とはならなかった。
希鬼は半身になって槍を躱し、刀で下に突きを弾く。
二人は飛び退いた。
男が片手を槍から離し、腰に当てた。
「やるなぁ……ちと惜しいが殺すか。お前名前は?」
「貴様に名を知られては穢れてしまう」
「おっと、随分嫌われちまった。
ところでアンタのそれはもしかして狂化か? それは高い身体能力を得る代わりに理性をぶっ飛ばす魔術だと思ってたんだが……なんで機嫌が悪い程度で済んでんだ?」
希鬼が産まれた暁歌家は代々赤鬼とも比喩される武士の家系であった。
この世界には特殊な魔法や体質を持つ者が産まれることがある。
希鬼の産まれた暁歌家は代々『狂化の魔法を理性を保ったまま行使できる』者が産まれてくる。その中でも希鬼は特別な存在であった。
「…………血だ」
「なるほどな…………」
軽い調子で手をヒラヒラとさせるとその手には紙が広がっていて、紋様が描かれている。
「……そういう輩は他の魔術が使えないって相場が決まってるんだよ」
男がニヤリと笑った。
「『ライトニング』」
希鬼も嗤った。
迫る電光石火の一撃。
威力に劣りながらも、その速さで他の追随を許さぬ雷の魔法は希鬼を仕留めるための布石としては十二分。
当れば。
「『魔断』!」
──縦。一閃。
神速と呼ばれるに値する雷属性の魔術が飛んできたが、希鬼は武器に魔力を纏わせ魔術を斬る魔術。『魔断』で上段から両断。
「なにィ!?」
「死ィ!」
狂化以外の魔術を使えないと思っていた相手が雷の魔術を切った事に動揺し、反応の遅れる槍の男。
下から突き上げるような、首元を狙った突きに対して体を強引に捻る槍の男。
結果として左眼を切り裂かれるに終わる。
致命傷ではないが戦人にとって目とは命綱。
これが無くては余裕を保つことは不可能。
しかも、二人の領域において片側の失明など致命傷と変わらない痛手であった。
「糞が!」
男は背後から複数の紙をばら撒く。
その全てに『ライトニング』を使った時と同様に紋様が浮かんでいる。
礫が弾け、火が近場の木材に引火し、複数の雷撃が希鬼にせまる。
「ッ! 『魔断』!」
希鬼は足を止めて迎撃する他ない。
その隙に男は背中を見せて逃走を測る。
「割に合わん仕事だっ──」
油断した男は足元を掬われる。
気がつけば仰向けに転がされ、喉元に変わった形のナイフを突き刺されていた。──クナイだ。
「がッ──ぁ────ごぽぉ」
「任務完了」
槍使いの男にとどめを刺した桜に無傷の希鬼が悠々と歩いてきて刀を鞘に収める。
「ありがとう。桜」
「いえ、油断したコイツのお陰ですね」
二人は振り返り、この場を去る。
天幕の外には既に桜によって殺された雑兵の屍が累々と横たわっていた。
「初の任務無事終わったわ。貴女のお陰ね桜」
「はい、私は希鬼様のか──
──ズブリ──
──げ……ぇ?」
桜の腹から突如生えた槍の穂先。
腸と共に血が溢れ出ている。
桜は自身の腹を見た後。希鬼を見た。
その瞳に死への恐怖や絶望は浮かんでいなかった。
安堵する様に希鬼の無事を喜ぶ様に微笑んだ。
逆に、希鬼の表情には驚愕と絶望が浮かぶ。
物心着く以前から16の年月。苦楽を共にした桜は希鬼にとってただの従者ではない。
家族同然、姉妹と言って差し支えない親友である。
そんな桜の明確な死の予見を目の当たりにして冷静で居られるほど希鬼の心は鍛え上げられていなかった。
槍が、引き抜かれる。
「桜ぁ!?」
「チッ、そっちに当たったか」
首の傷が塞がった槍使いの男がふらっと立ち上がった。
地面には紋様の描かれた紙が一枚落ちている。
恐らくそれに回復の魔術の類が記されていて首の傷を治したのだろう。
気を抜くのが早すぎたのだ。
「とりあえずお前も……死ねや」
「きゃぁぁぁ!!!」
咄嗟に槍を引き抜かれた桜を抱き抱えようとして、男の追撃を無防備に受けてしまう。
左の肩を切り裂かれた希鬼は体勢を崩した。
「う、あぁ…………」
痛がるフリをして小太刀に手をかける。
「この程度で悲鳴をあげるのかよ。
コレなら嬲り殺せそうだな。ヒヒッ」
油断した。
この男は同格や格上との戦闘で有利を取るために魔術を込めた札を用意しておく様な用意周到な奴だ。
何故起死回生の一手がもう無い等と油断してしまったのか。
希鬼は覚悟を決める。
電光石火、早期決着。桜の命が掛かっている。
「足を先に潰しておくかぁ!」
魂を研ぎ澄ます。
「フッ──」
槍を振り上げた瞬間を見計らって小太刀の投擲。
男は直ぐに反応したが距離が近すぎた。脇腹に掠り体勢も崩す。そして希鬼は居合の構えを取る。
座した状態でも放てる唯一の技だ。
狙うは足。今度は逃走も許さず確実に殺すために。
狂化は解いていたが代わりに魔断を纏わせた一閃は確かに男の足を捉えた。
直前で反応し、飛び退いていた男だったが足首を切断され、着地も儘ならぬ状態になってしまう。
互角に切りあった槍使いの男も片足を無くしては立つことも一苦労。心の臓を目掛け一直線に突きを放つ希鬼。
男に刀を突き刺した直後太腿に激痛が走った。
「ッぁあああ!?」
「へへっ……毒を塗ったナイフさ……俺はタダじゃ終わらねぇよ?
解毒剤はさっき割れちまったからちょうどいいぜ。
あの世で……待ってる…………ぜぇ────」
男は脱力し、動かなくなったが。念の為首を跳ねておく。
桜の元に急いで近寄り、呼吸を確認する。
細く息をしている。が血が流れすぎていた。
吐き気と目眩に苦しめられながら桜を抱き上げ、森を目指す。
この近くにエルフの集落があったはずだ。
本国に戻るよりも近く、助かる可能性がある。
武器を拾う暇さえ惜しく、時間が足りない。
二人の姿は森の中に消えていった。
好評だったら続き頑張って書くわ。
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