異世界最強、なにもしない
鉄だーー、鉄の味がするーー。
真っ暗な視界がより鮮明にその味を主張する。遊びで包丁を舐めた時、レバーの味、血抜きが下手くそな生魚を食べた時。そんなモノとは比べ物にはならないくらいどす黒く、濃厚な鉄の味ーー、
血、ズタズタの口の中から絶えず流れる血液。鉄臭く、消して美味とは言えない、こんなものを自分から良しとして口に入れるのは肉食獣かサイコパスくらいなものだろう。
静かな場所、人の声など微塵も聞こえない。そんな場所にうつ伏せに倒され、顔から土を貪る身体は言うことを聞かない、血が抜け、力が入らないのもある、が、きっとそんなのは些細な問題だろう。
指を、肘を、膝を、手首を、足首を。動かそうとするが、から回る。縛られているという圧迫感はない。動かせと信号送る脳に身体はてなマークで返信をする、何千、何万、いや、もしかしたら何億と繰り返した信号をだ。その理由は簡単だった、いや賢き小さな俺の脳はきっと信じたくなかったのだ。
ーー無い
右肩から下が、左肩から下が、足が、太腿、中盤あたりだろうか、そこか下が無いのだ。人間が人間と成す最も重要な部位であろう四肢が、手足が、バッサリと、これまでの四肢と胴との友情などまるで無かったかのように、綺麗さっぱり半分の太腿だけを残し消えていた。
混乱し、途切れそうな意識の中、これまで使われなかったことを恨むかの如く小さな脳がエンジンをフル回転させ、混濁する記憶を整理し組み立てようとする。
「ーーっ」
痛い
やばい痛い
これまでの甘い人生では決して味わうことのなかった痛み。手を、足を、胸を、肩を、口を、目を、あー、手と足は無いんだった。
ーー分からない
何処が痛いのか、どういう風に痛いのか、何をどのように潰され、剥がされ、千切られ、削られ、折られ、切られたのか分からない、小さな脳みそをフル回転させた所で小さいものは小さい、思考できる最大値は決まっている。
ーー分からない
なぜ痛い、なんで痛い事になった、なぜこんな痛いことをされた、なんで俺が痛いんだ、俺が痛くされる必要あったか、痛みは何故こんなに痛いのか。
ーー分からない
痛みで考える事も無くそうとしている脳細胞に必死に精神が訴えかける。
ーー分からない
俺はーー、何もしていない、何もしないことが一番いいと思ったから。クラスでイジメがあった?知らない俺は何も知らない、何もしてないし関係がない。正義?そんな物は『異世界』の勇者様にでもくれてやれ。力を持たない正義を振るった所で悪には届かない、それどころかそんなことをしては逆に悪に目をつけられる。誰もが感じる事だ、生物が生き抜く手段。俺はそれに従って生きてきた、それが正しいと思って生きていた、いや、それが正しいーー。そうやって逃げて、避けて生きていけば、そうそう悪には目をつけられないだろう。
ーー分からない
自分の行動が分からない、小物に、置物に、モブに、一般通行男性に、そんなふうに生きていこうと思っていた、否、『元の世界』だったら、そんな姿勢を崩すことはきっとなかっただろう。
ーー分からない
痛みで全身が悲鳴を上げている。脳に向かって爆速でナースコールのボタンを押し続けているが、全く取り合わず、謎の思考を続ける脳にきっと身体は怒り心頭だろう。精神である俺も怒っているんだ、なぜ、何故、ナゼ。
ーー分からない
死ぬ時人間は脳から死んでいくのだろうか、それだったらこんなに頭が冷静なのも納得だ。身体がどう足掻いたって、精神がどう励ましたって、死ぬと分かっている。そう、小さくたって俺の中で1番頭が回る部位だ。だから。だからこそ
ーー分からない
きっとーーー、きっと、この『異世界』に浮かれていたんだ。脳も、身体も、精神も、俺も。
ーー
変われる、と、こんな一般市民でモブな俺でもこのゼロからなら、何か『元の世界』とは違う1を歩み出せるのではないかと、何か自分を変えれると、そう浮かれていたんだ。
ーー
あれだけうるさかった身体がしずかになってきた、血が抜け、力が抜け、顔が付いた冷たい土に溶ける。きっとこれが『死』なのだろうとせい神が感じる。
ーー
脳が、思こうをするのを面どうくさがる、楽にさせろと、今まで楽をしてきたぶん『し』の間ぎわ位はしっかりはたらいて欲しいものだ。大体こんなこのなったのはのうがしっかりはたらかなかったからであっておれはおれのせいしんは『もとのせかい』からかわりーはなかーーたーーそれーーーにーーーー。
ーーからだがのうが、せいしんがしんでゆく。
あぁ。つぎがあったら、もしもつぎがあったならー。
ーー俺は、ーーー
死にゆく体を洗うように、土に還すように、悪く言えば泥に隠すように、空からは大粒の雨が降ってきた。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
『ロースディア王国』
と聞けば誰しもが『繁栄』を思い浮かべる、「今一番住みたい国ナンバー1」を欲しものにする国だ。分厚く高い防壁が国を覆っており、一般的な男性がつるはしを持ち城壁を掘り進めたとて、貫通までには7日がかかるとの折り紙付きである。ロースディア王国がこのような人気を誇るのは城壁王国であるのにもかかわらず大きい国土、そして安全性。山を切り開いて出来た王国の土地は5段に別れており、『ー段目』に王城。『二段目』に貴族や身分の高い者。『三段目』に繁華街。『四段目』平民の住まい。そして『五段目』に異世界人の住まい、となっている。
そして、王国を強固なものとしているのが3年に1度『神』より選定され、加護を受け、大いなる力を授かる『神定者』の存在。
ロースディア王国創立初期より王国を支えてきた『神定者』。
それはどのような者に授かるかは不明で、身分、性別、種族に関わらず、力を授けられる。そして力を授けられたものは『神定者』となり国の繁栄のため力を尽くす。
「ーー」
パタン。
分厚い本の二、三ページ目まで読んだが興味が無くなりユイトは本を閉じた。本を読むのが苦手とかではない、別に眠くなったりはしないし漫画だったら読みやすいのにとか思ったりもしていない。そもそも漫画とかこの『異世界』にはない気がする。いや、あるのかな…。
皮で出来た本はしっかりしており、読まなかった残り200ページ前後の重みをずっしりと腕に感じていた。
「おわった?ねぇ!おわり?」
元気な声が上から降ってくる。ここの本屋には上の階はない。もちろん本棚の上に乗っている人も居ない。そう、ユイトの頭の上から声が降ってきていた。ていうか頭の上で人の髪を玩具にしている人物?こそが声の主だ。
「おーい…本屋では静かにってお母ちゃんに習わなかったか?あと髪で遊ぶな、将来に響く」
「できたー!いぬー!」
本を読んでいる間からずっとユイトの髪をぎいぎいと引っ張りながら、バルーンアートのように頭の上で生物を完成させていた。ちなみにいぬと言っていたが出来ていたものは完全にねこだった。すげぇ。
「イル、他に本を読んでいる人もいる、静かに、あとそれはねこだ」
「ん、ねこ」
返事は謎だったが、理解したようで、イルはまた静かに髪ーンアートに勤しみ出した。強く生きろ俺の頭髪。
イル、またはイルミナイト。と呼ばれるのはユイトの髪の上に乗った小さな女の子。『精霊族』と呼ばれる種族の子。金色の長い髪がユイトの黒い頭髪の上に広がり、他の人からみたら小さな金色の帽子を付けているようにも見えるかもしれない。金色の髪が包む小さな少女は白い大きなワンピースに丸いカボチャのような白いパンツを履き、金色の大きく丸い目はランラン輝き、せこせこと動く小さな手は少しずつユイトの髪の寿命を減らしていく。涙
『精霊族』といっても色々いるようでイルのように小さいタイプもいれば、人間以上に大きいタイプもいたり、なんだったら人型じゃない精霊もいるらしい。
「おやおや、今日も元気な髪の毛だねぇ」
「元気な髪の毛」
飽きた本を本棚にしまい、チクチクと感じる頭皮の痛みと色々な精霊に妄想も膨らませているユイトに声がかかる。声の主はこの本屋の店主チセさんだ。
この店には数回しか来たことが無いが、記憶がいいのか、はたまたこの蠢く黒髪は印象深かったのだろうか、二回目の来店時には顔と名前を覚えられていた。
ちなみにチセさんからはイルは見えていない。なんでも『精霊族』は気を許した相手か『闇』関係の魔法卓越した者にしか視認できないという。不思議だ。どちらかと言えば『精霊族』と聞き、イルの感じからもしても『光』というイメージが浮かぶが、なぜ『闇』なのだろうという疑問があるが、そこはまぁ魔法には魔法の事情があるんだろうと思う。深くは知らない。
「今日もお目当ての本は無かったかい」
チセさんが曲げた腰を直しながら、高い本棚を眺めながら聞いた。ユイトの身長は高くはないがその半分にも満たない背、本棚の下から上まで眺めたらひっくり返ってしまうんでは無いかと心配になる。
残念ながら、ユイトの探している本はきっとこの本屋には入ってこない、というかこの『異世界』から『元の世界』に帰る方法が載っている本など、それこそ国の秘密の書庫的な場所に隠されているだろう。こんな老舗の本屋には回ってくるはずがないのだ。
「はは、まあ気長に探しますよ」
人と話すことがあまり得意としない、『元の世界』と同じで何も変わっていない。挨拶もそこそこに軽く腰を折り挨拶を済まし、本屋の外へ出る。
薄暗い木造の本屋から石造りの歩道へと歩みでる。ここは王国の『3段目』と呼ばれる、主に商店や食事処が集まる地帯だ。人通りも多く活気は雰囲気でここが一般的なロースディア王国の主要とも言える地域と言っても過言ではないだろう。通り過ぎる者は何も人だけではない。他種族が入り交じり、このロースディア王国3段目を作り上げているのだ。普通、そんな他種族が交われば争いが生まれる、だが、このロースディア王国に限ってはそれが起こらないそれもこれも『神定者』の力によるものが大きいのだと聞く。
本屋の日除けから出て、明るい日差しに出たことにより、目に光が突き刺さる。太陽の光の力はこちらの『異世界』でも遺憾無く発揮されているようだ。『元の世界』で引きこもり気質だったはユイトはこうもサンサンと降り注ぐ太陽の光を浴びてしまうと身体がスリップダメージを受けてしまうのだ!みんなも分かるよね…。 タイヨウ イタイヨウ
「あー!まぶちー!とけるぅー!」
ほら、イルも同類だ、『闇』魔法に繋がりがあるらしいし、元気にしててもやっぱり根は引きこもり気質なのだ。よし、これからは部屋から出ず、うーばー〇ーつ的なものを頼んで引きこもり生活を送ろう、そうしよう。
「でもお日様の光浴びるとなんか元気でるよねー!えーと、アニサキスとかが出る!」
「小さき太陽の使徒め!部屋には入れられないな、俺が溶けてしまう。あと光合成して魚類から出るヤバい菌とか出す精霊はうちでは扱いきれません。ダンボールに入れて公園に捨てちゃう」
撤回、この小さき太陽キャとは相容れないようだ。悲しいね。
「お魚と一緒に捨てちゃヤダ!」
「ーー、」
せっかくのオタクの早口を半分位しか理解していない返答をいただいた所で、周りの目線が痛々しいのに気がつく。それはそうだ、周りの人にはイルの姿が見えていないのだ。傍から見たら、突然早口で喋りだした挙動不審の男という感じだろう。『元の世界』との評価とあまり違いがない気がするが気にしない。
そそくさと、痛い視線をくぐり抜け愛しのマイホームを目指す。こんな煌々とした太陽の光を浴びていたら命が何個あっても足りない。
憎い太陽の光を避け、商店と商店の間道へと逃げ込む。店のゴミや物置となっている細い道。普通の人だったら通りたくも無い道だが、太陽アンチのユイトは好んで日の光の当たらない細道を進む。
「ユイト狭いとこ好きだねー!」
「まあ、広いか狭いかで言ったら狭い方が好きだな」
光を放ちそうな、キラキラした金髪の少女の純粋なナイフが心を掠める。
「なんでー?」
「なんでって…なんか落ち着くだろ、安心感というか」
多分俺の前世は猫だったんじゃないかと思っている。ぴったりハマる場所は好きだ。でも天井は空いてて欲しい、というわがまま付きだ。
「イルはねー!ユイトの上が好き!えーと、安定感がある!」
「語弊を生みそうな言い方だな…」
頭の上で足を投げ出した体制で楽しそうに話すイルと会話をしていると不思議と元気を貰い口角も上がる。ただ、傍から見たらただ独り言を喋り、ニヤついている不審者だ。まあこんな細道を通るのはゴミ出しに来た商人かよっぽどの物好き、あるいは、
「ーーーっー!」
細道の奥から声が聞こえる。なにか言い争うような声。数人の人影が見える、大きい影のがふたつ、小さいのがひとつ、多分女性だろう。聞こえた声も女性のものだった。
「大丈夫だぁ、半獣人好きのモノ好きもいるし、安心しろぉ」
「だからぁ!安心も何もないつーの!稼げるって聞いてきたけど、こんなんじゃ話にならないわ!てか半獣バカにすんな!こちとら母さんから貰ったこのスベスベの肌に誇りを持ってんのよ!」
進むにつれて顔と声の主が明らかになってきた。大きな影二つは『獣人』顔はライオンそのもの。スーツの様なものを着ているがプロレスラーのように大きい体つきにはとても窮屈そうに思えた。
もう1人の男も『獣人』こちらは鹿の顔。ライオン男と同じくスーツの様なものに身を包み、体つきはライオン男に負けず劣らず屈強だが、何故か鹿男の方がスマートに見えてしまう。
対抗するは小さな体の女性。話によると『半獣人』。『人間』と『獣人』のハーフということだろうか、大きな『獣人』2人に言い寄られるも、物怖じせず立ち向かうのはキツイ目付きをした女性、いや少女の方が正しいかもしれない。
白く綺麗な腰の上辺りまである髪、前髪は目の上で綺麗に切りそろえられており、そのキツイ目付きをさらに鋭いイメージを受けさせる。そこまではただの目つきの悪い少女だがその頭には立派な角が二つ。その少女の目付きをイメージするかのごとく鋭く前に威嚇するかのごとく尖った角。
そんな刺々しいイメージがある少女が来ているのは白い学制服のような服装。首元には主張の激しい赤いリボンが付けられており、それと同じ色のスカートを履いている。足は黒いタイツを履いており白い髪と黒のタイツの相性の良さを体現している。
見た目的には『二段目』の学校に通っていそうな、いわゆるお嬢様のような見た目。それがこんな『三段目』の裏路地で詐欺まがいのことに会っているのだろうか。どうせ「短時間!高収入!」とか言うのに釣られたのだろう、可哀想に。
「半獣人の獣人と人間の素晴らしい所を掛け合わせた様な見た目、僕はとても好きです。しかもお嬢さんはとても美しい!僕たちのプロデュースにかかれば一日で十金貨ーー、いや十五金貨は容易いでしょう!」
鹿男が大袈裟に身振り手振りをしながら少女へと詰め寄る。ちなみに1金貨は『元の世界』で大体1万円くらいなので、あの子が吹っ掛けられているのは日給十五万円の仕事となる。絶対ろくな仕事ではない。まあさっきあんなに拒絶していたし心が揺れることは無いだろーー
「えっっーー!一日十五金貨ーー…!」
撤回、おバカさんでした、心グラグラ、ていうかもう風が吹いたら倒れるくらいの雰囲気。こうして悪い大人に騙される少年少女は増えていくのであった。完
そう、心の中で不幸なおバカ少女の人生に区切りをつけた所で、その横を通り過ぎる。『獣人』二人にチラリと見られたが、知らぬ、存ぜぬら聞いてませんの態度で通り過ぎる。
「で、でもやっぱり…」
「あー、面倒だァ、さっさとおいでよ、ほんとにわるいようにはしないからさぁ」
あっ…と声が聞こえて、少女がライオン男に捕まったのだと分かる。
これでいい、どんな経緯があれ少女は自分の足で自らここに来たんだ。こんな裏路地での取引、こうなることも予想していたはず、予想していなかったにしてもそれは彼女の人生だ。
俺が手出しして変えようとかそう言うことをするべきでは無い。
何もしない、何にも関与しない。自分のすること、行く道を往くだけだ。その道に必要となれば少女だって飲んだくれだって助けようと思う。
だけど今の少女は俺の人生には関係がない。だから無駄に関与しない。俺がー番正しい、これでいーーー
「えいっ」
無邪気な声がした、なんの悪意もないただの少女の意気込みのような、ゴミ箱に紙くずを投げるときにかける、そんな声。
そんな声で
そんな声一つで、儚い儚い命は摘まれた。
本当に儚く、道端の花を摘むように、
プチッと。
ーーーーーーーーーーーー
こんにちは、乃木です。
家のネット回線がお亡くなりになり、金も食料もなく、行き当たりばったりでメモ帳に書き始めました。
本当に初心者なので色々構成などおかしい部分、説明が分からない部分が沢山あると思います。アドバイス下さると嬉しいです。
暇な時に更新していく予定です。
読んでいただけたら幸いです。
お手柔らかに、よろしくお願いします。