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4.夏至の日

 僕の家は、氏神家の本堂から歩いて15分ほど離れた場所にある。

 今日から当主になったのだから、本堂に住めばよいのだけど、僕と鈴とそれから詩音さんだけで住むにはどうにも広すぎる気がして、僕は居住地を変えなかった。

 そもそも今与えられている住処でさえ、もう少し手狭になっていいと思っているのだ。


 因みに本堂には、今日から兄さんが住んでいる。

 要らないのなら、俺に寄越せとのことだ。

 なんなら当主の座も譲りますよと言ったら、要らねぇと不愛想に返されてしまった。

 あの人こそ、自分と付喪神の二人きりで従者の類すらだれも雇っていないのに、その上、引き籠りのきらいがあるのに、一体どうやってあの広大なスペースを活用するつもりなのだろう。


「さっきの顔嫌い。さっきの喋り方も嫌い。さっきの態度も嫌い。全部全部嫌い」


 鈴は不貞腐れた顔で言ったきり、そっぽを向いてまともに喋ってくれなくなってしまっていた。


「あー、鈴。灯り出してくれないか?」

「出せないもん」

「もん、ってお前」


 目も合わせてくれない。鈴は完全に不機嫌だった。

 わずか15分ばかりの距離とはいえ、夏至の日とはいえ、夜道は暗く、帰り路には一抹の心細さを感じさせる。

 僕はため息をついて、提灯を探す。


 足元を照らす光は、やはり心許なかった。

 視界が不自由なせいか、他の感覚はいつもより鋭敏だった。

 地面を踏みしめる音。涼やかな風が吹いている。夏の夜の匂いがした。星が嘘みたいに綺麗だ。

 鈴はまだ不機嫌でいるつもりのようだった。

 しかし本当に不器用だと思う。僕に不満があるのなら、もっと徹底すればよいのに、顔を背けながらも、右手は僕の左手を掴んで離さないのだから。


「鈴」

「…」

「悪かったって」

「別にいいよ」


 そう鈴は言った。そう言いながらも、まだ顔を背けている。


「なぁ、そろそろ許してくれない?」

「もうしない?」

「何を?」

「さっきみたいな喋り方とか、さっきみたいな嘘とか」

「するよ」


 提灯に灯されていた灯りが消えた。消したのは鈴に違いない。世界が暗転して、一瞬にして前後不覚。仕方なく僕は立ち尽くす。


「仕方ないだろ」

「何が?」

「僕たちは今日から、一族の主なんだ」

「だったら尚更、あんな奴ら殺しちゃえばよかったじゃん」

「それで、歯向かう奴は全員殺すのか?」

「うん。それぐらい簡単だよ?」

「簡単でも、僕はそんな真似したくない」


 真っ暗闇の中、鈴の表情は僕には伺い知れない。ふんと鼻を鳴らす音だけが聞こえた。


「どうしてあんな嘘ついたの?」

「ん?」


 僕たちの四方に4つ蒼い炎が浮き上がり、周りをくるくると回っている。熱を伴わない炎。ただの光源だろう。鈴が分かりやすく炎の形を模らせただけだ。僕が右手に持っていた提灯は気づけば存在ごと消えていた。一体どこに消し飛ばしたっていうんだろう。まぁ、確かにこれだけ明るければ不要だけど。

 それから、ぽとりぽとりと僕の足元に羽虫や、昆虫が落ちてくるのが良く見えた。たぶん、全部死んでいる。

 鈴は蟲の死骸を物悲しそうに見つめていた。


「炎なんて扱えるに決まってるし、毒だって」

「分かってる」

「どうして?」

「そんなこと言っちゃったら、あいつらたまらないだろ?」


 明るくなったから、僕はまた歩き始めた。ついさっきより随分歩きやすい、右手は開いていたし、足元は砂利の一つ一つまで良く見えた。


「たまらないって」

「誰かより完全に劣ってるって事実は、結構傷つくものだよ?」

「一月がそんな気を遣う必要ないじゃん」

「気を遣うだけで、協力してくれるなら、別に良い」

「要らないよ。あんな奴ら」

「それでも逆らわれたら、面倒だし。殺しても角が立つ」


 鈴は、またつまらなそうに鼻を鳴らした。


「別にいいけどさ」

「良いのか?」

「うん。いいよ」


 そう言った鈴はやはり不機嫌そうだ。いつもはぴんと張った耳も、わずかに垂れていて、視線も僕とは反対側、斜め下を向いている。


「だったらそろそろ機嫌治してくれよ」

「別に怒ってない」

「こっち向かないくせに」

「不安なだけ」

「不安?」

「一月は嘘上手になったよね」


 そういって鈴は僕の手を僅かに強く握った。鈴はやはり俯いている。


「上手くないよ。今日のだって、お前が助けてくれたから、騙せたんだろ?」

「ううん。一月は嘘も作り笑いも、丁寧な喋り方も全部上手になった」

「だとしても、鈴が不安になる必要はないと思うけど」

「うん」


 鈴は炎を全て消した。それで、あたりはまた真っ暗。それから立ち止まる。僕も鈴に付き合うしかない。


「灯り消すなよ。僕には何にも見えないぞ」

「いいじゃん」

「何がだよ?」

「ゆっくり話したい」

「なんだ?」

「例えばさ、一月、私のこと好き?」


 仕様もない質問だった。馬鹿みたいで答えるまでもないような質問だ。


「覗いてみればいい」

「いいから、口で言って」

「口で言うよりも多分もっとちゃんと伝わる」

「いいから」


 僕は正直に嫌だった。好きだよ。と言ってやるのは簡単だけど、たぶんそんな単純な気持ちじゃないのだ。不完全な言葉で思いを伝えてしまうよりも、心を覗いてもらう方がもっと正確に伝わるはずで、それは多分鈴にとって悪いことじゃないと思うのだ。

 けれど鈴は本当に不安そうだった。真っ暗で表情は見えないけれど小さく震えているようにすら見えた。だから僕は陳腐な言葉を口に乗せて不格好なことを言う。


「好きだよ」

 鈴は小さく頷いた。そうして全部が伝わるはずなんてない、たった四文字を噛みしめるみたいだった。

「でも、嘘でも騙されちゃうな。一月嘘上手だし」


 一息に言って鈴は黙った。鈴の周りに蒼い火がくるくると回りだして、また辺りを照らし出したと思ったら、鈴は何かを誤魔化すように速足に歩き始めて、僕も手を引かれて帰り路を歩いていた。


「だから、覗けばいいだろ?」

「やだ怖い」

「怖いって言っても」

「そういう気持ちはずっと覗いてないよ」


 僕は額に手をやった。意味が分からなかった。僕が鈴を嫌いになる理由なんてあるはずもないのに。


「私は嘘でもいいから」

「嘘じゃないって」

「嘘だもん」

「お前さ」

「だって、全部私のせいなんだよ? 私がいなかったら、私がもうちょっと弱かったら、一月はもっと自由だった。違う?」 


 もう何を言っても無駄みたいだった。鈴の中ででた結論はもう覆らないらしい。打つ手なし。最後の悪あがきで、無意味な言葉を表現力の乏しい語彙で修飾する。

「僕は結構本気でお前のこと、好きだからな」

 やっぱり陳腐だ。無価値で無意味。何も伝わってなんかいないだろう。

 だけど、鈴は、一体何が響いたのか、立ち止まって、僕に抱き着いて、

「私は一月のためだったら何でもできるし、してあげるよ。嫌いな人は全員殺してあげるし、殺しつくして、世界には一月のことが好きな人だけにしてあげる」

 となんだか無茶苦茶なことを言った。支離滅裂。会話がどうにも繋がっていない。

「僕の言ったこと分かってるか?」

「うん。ありがとう、でも違うんだよ」

 鈴は僕の胸に額をうずめながら言って、何が違うのか心が覗けない僕には知ることは出来なくて、詩音さんが待っているはずの僕の家はもうすぐで。

 

 取り敢えずは。

 取り敢えず鈴は機嫌を直してくれそうだと思った。

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