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 ガコン、という何かが外れた音と同時に、両開きである書庫の大扉がいくつもの歯車の音を重ね合わせながら、ゆっくりとその口を開きました。

 完全にそれが開ききるまでの間、「遅い! 開くのが遅いんだよ!」と散々喚き散らす声が埃の充満した書庫の中に響き渡ってきます。

 ようやく完全に扉が開ききって、同時に書庫内の橙色の明かりが点くと、白衣に身を包んだ一人の若い青年が入ってきました。


 ぶつくさと文言を零しながら入って来た白衣の青年は、車いすに座っています。

 しかしそれはただの車いすではありません。車体の背後には箱型の機械が二つ積んであり、熱そうに蒸気を排出させながら上下交互にピストン運動を繰り返しています。

 車体脇にはそれぞれひじ掛けのようなものが付随されており、右側には備え付けられたラジオ、反対の左側には小型の保冷庫があります。青年の眼前には仕切りのようにテーブル板が付けられ、その上にはコーヒーのカップとケーキの乗ったお皿があります。


 ある程度自動で部屋の中まで進んだところで、白衣の青年がリモコンを懐から取り出してボタンを押して動きを止めました。同時に、白衣の青年の背後の扉がゆっくりと閉まります。


「まったく、なんて非効率的な遺物だ。今時時計仕掛けの絡繰りを使っているなんて、どうかしてるんじゃないのか?」


 背後を一瞥しながら一人文句を零し白衣の青年がリモコンのボタンを押すと、しゅーっという蒸気の音と共に白衣の青年の前に備えられていたテーブル板が真ん中半分で割れ左右に分かれて開きました。


 ぴょんと一つ飛びで車いすから降りると、白衣の皺をパンパンと叩いて直します。

「この際だからボクが上等な物に作り替えてあげようか……ってボクはそんなことに手暇を掛けている時間は無い身分だった」

 一人で自賛して一人で笑っているのを、彼自身恥ずかしいとも何とも思っていないのか、前髪をなびかせるように掻き上げると、改めて彼の目前にそびえ立つ本の山とその頂上でちょこんと座っているドールに目を向けました。


「ふむ」ひと言顎に手をやりながら呟くと、白衣の青年は何の躊躇いもなく本の山に足を掛けて登り始めました。

 彼自身運動は苦手なのか、何度か山から滑り落ちそうになりましたが、何とかドールの目の前まで登頂することができました。


「本当にこんなただの人形が動くのだろうか……」


 腕を持ち上げて離して落としてみたり、瞼をこじ開けて中の動かぬブルーマリンの瞳を観察して指で突いてみたり、その女の子の形が取られた人形を興味津々に触診している様はまるで子供か変質者の様。


「音は…………微かな金属の擦れる音のみ……」

 ドールの胸から顔を退けると、自らの白衣の内側をまさぐり始め、中から分厚い一冊の本を取り出しました。


「なんにせよ、実証してみなくては分からないな」


 呟いて本を適当なページで開いた白衣の青年は、そのままドールの膝の上に置きます。

「これで“機械の中の幽霊ゴースト・イン・ザ・マシーン”とかってオチだったらドロドロに溶かして蒸気機関のエネルギーにしてくれる」


 そう呟いた瞬間でした。

 ドールの閉じていた瞼がゆっくりと開き、膝の上の本を持ち上げると、ペラペラと捲って文字を追うように眼球が上から下へと流れて動いていき始めました。

 その光景に誰もが初めは驚いて身を引く中、白衣の青年は、ほう、とまるで何かに感心するような息を漏らして興味を示したのです。


「キミ、一体どういう仕掛けで動いているんだい? やはり数十年前の技術だからベースは時計仕掛けか……ならば人格のインプットはどういう仕掛けだ? というか、そもそもキミのその眼は、文字を追ってるように見えるが、ちゃんと理解はしているのか?」


 身体ごと引いてしまうような彼の押し問答に、しかし、ドールは人形なので勿論反応は寄越しません。

 それ自体彼も重々承知しているようで、特に気にした風ではありませんでした。代わりと言わんばかりに白衣の青年の声が溢れるように続きます。


「まあ、それはおいおい解体でもなんでもすればおのずと分かるか……それよりも、キミは他人の人格を、その、人の一生を綴った“人事目録じんじもくろく”を通して瓜二つにマネを出来る機能を持っているそうだけど、果たしてキミにボクをインプットすることが出来るのかな? それが今の所一番の興味深いところだよ」


 鼻に付くような言い方をされてもドールは勿論眉一つ動かしません。しかし懲りずに白衣の青年はドールの前でばっと白衣を広げて、「なぜなら」と言葉を続けます。


「ボクは、世界一、宇宙一、いや……未来一の天才発明家だからさ!」


「………………」

 静寂を有無とも言わさずに、白衣の青年は喜々とした表情で本の山を下っていきます。

 少しつまずいてから体勢を立て直すと、反転して自分が乗ってきた車いすを指しました。


「この車いすだって、ボクの発明品の内の一つさ。蒸気自動車と走行の仕組み自体は一緒だが、なんと言っても、小型蓄電装置を積んでいるから、内部の電力が切れない限り、リモコンのボタン一つで勝手に動くし、テーブルアームを動かすことも出来る。このラジオも保冷庫を作ったのだってボクだし、なんと言っても――――」


 わざとらしく言葉を切って、車いすのリモコンのボタンをいくつか押すと、またもや蒸気が噴出する音と共に、車いす背後に取り付けられた二つの機械の下側から、蜘蛛の脚のようなアームがいくつも出てきました。

 アームの先に取り付けられているのは、額縁に収められたいくつもの賞状や記念写真の数々です。


「太陽光の力や風の力といった、普遍的な自然現象を利用して発電し、しかもその作った電気を貯蓄出来る蓄電器を考案、開発し、成功に導いた男だからね!」

 白衣の男性は胸を大きく張って鼻先を突き出し、ふふん、凄いだろう。という息を吐きました。

「ま、ボクのレベルに他の皆が付いて来れないから、開発の負担が凄くて今にも死にそうなんだけどね」


 そう発する言葉とは裏腹に、彼はちっとも困っているというような顔はしていません。むしろどこか誇らしげです。


「まあ、仕方ないさ。齢三才にして一般教養をある程度習得し、五歳にして大学レベルの複雑な演算式を解き、十歳で飛び級で大学に入学。個人的な研究室を与えられて、いくつもの高度な研究論文などで優秀な成績を修め、数年の留年を果たしながら学校に居座り、十六歳の時には国家直属の研究員となって、いくつもの発明品を作ってその名を轟かせ、更には二十三歳で人間国宝と称されるほどまでになってしまった! 

 結果、二十六歳現在のボクは国家直属研究施設の最高責任者だ…………こればかりは生まれ持った才能としか言えないから、ボクに付いて来れないのも仕方がない…………だからキミも――――」


『それは実に凄いね』


 まくるように身の上話をし陶酔とうすいしていたのでしょう、白衣の青年は、自分の語りをぶった切るように言葉を重ねてきた目上に立つ、一体の人形をめつけました。


『でも、そんなキミよりボクの方が凄い』


 パンと、音を立てて開いていた白衣の青年の本を閉じます。その粘りついたような笑みは、どこか彼を見下しているようでした。


「……へえ、ボクをインプットしたのかい?」

『バッチリ』


「ふうん……面白いじゃないか。じゃあ、今現在ボクが頭を抱えさせている問題は何か、そしてそれについての対策案を手始めにご教授願おうか」


 声そのものは平静そのものですが、いかんせんこめかみに青筋がうっすらと浮かび、鼻孔を膨らませています。

 そんな人事目録にも記載されていないような難題を、しかし、ドールはふふんと流すように息を漏らして答えました。


『今ボクが直面している問題は、蒸気機関技術と電気技術の矛盾』


「…………つまり?」


『つまり、今現在の機械の原動力は七割方が蒸気機関、街の建物群には数多くの排気パイプが露出しているはず。よって、そこから毎日のように排出される黒煙、それによって自然と出来上がる人工雲』

「………………」

『それに合わせて先ほどキミが言っていた、太陽光での発電も合わせると……』


「聞いてたのか……」


『蒸気機関技術で出来上がった人工黒雲によって太陽が隠れるせいで、固定されている太陽光発電施設に十分な太陽光エネルギーが行き渡らない。しかし、だからと言って蒸気機関技術を止めるわけにもいかない。なぜなら、蒸気機関技術は、機械動力の七割を補っている大切な技術の一つだからだ。よってボクの解決するべき問題は、“如何にして現状を保ったまま太陽光発電を行うか”…………そうだろう?』


 本の山から白衣の青年の前に飛び降りてきて、下から覗くようにドールが目尻と唇の端をにっと上げながら答えました。

 そして初めて、白衣の青年は一歩、身を後退させました。


「ふ、ふむ、やるじゃないか……しかし、外観が少女だからか、そういうことをその顔で言われると少し引いてしまうな…………」

『おや、見た目がそんなに重要かい? 外見、年齢は対象をはかるにおいて十分な判断材料にはなりえないと思うが。実際問題、ボクは十歳で大学に入っている』

「入ったのはボクだが……なら、その対策案を述べてもらおうか」


 白衣の青年が続けると、前のめりになっていたドールが一つ短い息を吐いて姿勢を正しました。


『簡単さ。黒雲を払えないなら、黒雲の上に出ればいい』

「飛行船だろう? 飛行船で空を飛んでそこでエネルギーを得る。ボクと同じ考えだ……しかし、それは不可能だよ。何故なら、蓄電器と太陽光発電施設を載せるだけの耐久が今の飛行船には無い。黒雲どころか、電波塔の頂上地点位まで行ったところで墜落するのがオチだ」

『なら船隊を組めばいい。太陽光システムを一艇に載せられないのなら、いくつかの船をもってして一つのシステムを運べばいい。力の分散だ』


「力の分散……船隊……そうか、その手があったか!」


 一抹いちまつの暗雲が払われたように明るい表情を見せた白衣の青年は、顎に手を置いて何か考えているような仕草を見せました。


「ということは、それを実行するには力のベクトルの計算を行って船隊の陣形を作って、滞空時間、気圧なんかの計算もすべきか……」


 新たなきざしが見えたらしい白衣の青年は、独り言をぶつぶつと呟いた後、ぱっと、顔を上げて目の前のドールを見ました。その表情はどこか純真無垢な少年のように輝いています。


「すまない、ボクはやりたいことが出来た。今すぐにでも研究室に戻らなければならない。そこで何だが…………」


 言いにくそうにもじもじとしていると、代わりにドールが言葉を続けました。


『ボクにも一緒に研究室に行って研究を手伝ってほしい……と』


 ぱっと白衣の青年の表情が華やぎました。

「そ、そう! キミはボクに付いて来れる、ボクをインプットしたキミと、オリジナルのボクをもってすれば、どんな問題だって――――」


『断る』


 そうバッサリと斬るように言ったドールはあしらう様に白衣の青年に背を向けます。

「…………なぜ?」

『お生憎だが、ボクは研究で忙しい身なんだ。キミのお茶の誘いに乗ってやれるほど、暇じゃないんでね』

 その挑発的と取れる言葉に、白衣の青年はむっと唇を突き出しました。

「お茶だと? ボクは作業効率を上げるためにも一緒に研究をしようと提案したまでだ! そもそも、キミは研究なんかしないだろう! 人形なんだから!」

『なぜキミはボクに固執しようとしているんだい? 本当にボクのオリジナルかい? いつもならそもそも提案もせずさっさと研究に戻るはずだろう? 今のボクのように』

 ぐぐぐっと音がするほど、白衣の青年は歯噛みをして何かに耐えている様子。

『そんなにボクを誘うなんて…………もしかして、作業効率を上げるためだなんだと言っているけど、実は――――』


 わざとらしく言葉を区切ったドールは、首だけで青年に振り返ると、見下したような笑みを貼り付け、



『友達が欲しいのかい?』



 瞬間、白衣の青年の顔が真っ赤に茹で上がりました。

 それは、恥ずかしさからなのか、怒りからなのか。


「そんなわけないだろう! 友達とか……バカバカしい! あんなのはな、知能が同レベルの人間が集まって騒いでるだけだ! 集まれば集まるほど知能指数ちのうしすうが低下していってる! そんなことにすら気づけないバカ共と一緒にするな! ボクは唯一無二の人間だ! ボクのレベルにすら達していない者共と情をはぐくむつもりはない!」


 その必死な様子の白衣の青年を捕まえて、ドールは不敵に薄く笑うのです。


『それなら安心だよ、それこそボクだ。ボクは何にも染まらない……唯一無二の天才発明家さ』

「…………ああ、そう、そうさ! 世界一、宇宙一、未来一の発明家だ」

『それならもういいだろう、さっさと出て行ってくれないか、研究の邪魔だ』


 ドールはもう発明家を見てはいません。

 小さな女の子の曲がった背を向けて、彼の持ってきた人事目録を開き、読む動作を淡々と行っています。


「………………」


 その背中を見る白衣の青年の目つきは、恐らく自分でも気づいていないほど歪んでいるのでした。そして、彼の腰の脇で握られた拳は静かにひねる音を鳴らします。


「…………ボクとキミは一緒なんかじゃない」


 ぽつりとかすれた小声を呟きながら、白衣の青年は、車いすを手で押して書庫を去りました。


 轟音と共に、扉は閉められ、人が居なくなったので節電の為に橙色の蛍光灯が無慈悲に暗転します。

 暗い暗い闇の奥底。

 ペラ、ペラ、と飽くことなく紙を擦れさせる音が響きます。



『――ああ、やっぱり独りは寂しいな』



 バタっと何かが倒れる音がして、ようやく書庫の中は静かになりました。


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