むかーしむかしのそのまた昔。
まだ蒸気機関や電気なんてものが存在せず、今ほど科学の力が発達していなかった頃。
ある1人の偉大な発明家が、1体のそれはそれは可愛らしい女の子の人形を作りました。
発明家の作る人形は普通ではなく、なんと、自律的に動くことの出来る人形でした。
初めは皆その世紀の大発明に驚き、本当に人形なのか? と疑ったものです。
しかし、その一切瞬きしない様はそれそのもので、発明家が腕を外しても見せたことから、それが完全に人間ではないと納得せざるを得ませんでした。
最初はその人形に警戒心をむき出していた人々でしたが、本を手渡された時にページを次々と捲る人形の尊さを感じさせるような動作と、人のマネをそっくりとするそれらの動作は、人々に感動を覚えさせ、瞬く間に世界中の人気者となったのです。
「この大発明をぜひ、わたくしめに譲ってはいただけないだろうか! もちろん金は出す。一生死ぬまで働かずに済むほどの金を用意しよう!」
そんなことを言って、持ち主の発明家から人形を買い取ろうとする大富豪の姿もそう珍しいものではありませんでした。
しかし、いくら発明家の前に甘い樹液を垂らして見せたところで、発明家は頑として首を縦には振りませんでした。その問答は発明家が死ぬ寸前まで行われたとか……。
その発明家が死ぬ寸前、最後の最後に訪れた富豪もまた買い取ることは出来ませんでしたが、発明家自身、死期を悟っていたからでしょう。遺言を彼に託しました。
――――私が死んだ後、あのドールに魂や意思を与え、自立させることが出来た者にのみ、人形の所有権を継がせる。
その遺言は瞬く間に様々な人々の目に耳に届き、発明家の死は悲報ではなく、ほとんどの人間が、朗報と捉えたことでしょう。
発明家亡き後、人形を我が物にしようと、彼女が格納されている書庫へと次から次へと人々は押し寄せ、自分の人生のこれまでを綴った書物、“人事目録”を作り上げ、それを読ませてマネをさせることで自立を与えようと奮闘しました。
しかし、作った発明家譲りなのか、人形はどんな人事目録を読まされマネをしようとも、頑として自立を得ることはありませんでした。
そのまま何も変わらぬ時だけが無垢に過ぎていき、科学の力が発展していくと共に人形の前に人が姿を現すことは滅多に無くなってしまいました。
発明家が亡くなってからもう数十年。
未だに彼女は魂を与えられないまま。
1体ぽつりと寂し気に、埃舞った書庫で待ち続けています。