許しの微笑み
終わった。
これでいい。
熱い痛みがほとばしる。
思えば長い日々だった。
「姫」と呼べば
「何?」とかわいらしい笑顔を向けてくる。
あの日、姫の笑顔を消したのは私。
「あの人に会いたい」
姫の部屋からすすり泣きが聞こえる。
部屋の戸口に私がいたことに姫は気づいていなかった。
時代が人を動かすのか、人が時代を動かすのか、両方なのか。
姫はうなだれ、下を向いている。
くノ一は庶民にもなれば侍女にもなる。
私の持ち帰った情報が姫とあの人を別れさせた。
幸せとはなんだろう?
と思うこともある。
誰かの不幸の上に誰かの幸せが成り立つのか?
わからない。
私の仕事は終わった。
次の仕事が待っている。
主のもとへ帰らねばならない。
次の日、私は姫に暇を申し出た。
「淋しいのう。だが、そなたにはそなたの事情があるのだろう。しかたあるまい」
姫は私に二度と会えないことを知っていたのだろうか?
「元気で」
私が知っている幼い無邪気な微笑みではなく、落ち着いた優しく温かい微笑みだった。
姫のもとを去り、新たな命を受け、仕事についた。
その日、私には手負いの傷があった。
左腕から血が流れている。
敵方に斬られた傷だ。
時間がない。
約束があった。
私は追っ手が後ろにいないか確認しながら約束の場所を目指した。
気づくべきだった。
追っ手の気配がなぜ、後ろに感じないのか。
だが、その時の私は約束ばかりに気をとられ、他のことを考える余裕がなかったのだ。
約束の場所は建物の中。
戸を開けた時に背中に熱い痛みが走った。
左肩から右腰を斬られた。
そういうことか、どうりで後ろに追っ手がいなかったはずだ。
待ち伏せしていたとは。
意識が遠のいていく。
助からないことはわかった。
これでいい。
もう、いいの。
仕えていた姫の笑顔を思い出す。
仕事とはいえ、私は姫が好きだった。
姫の笑顔が好きで本当は好きな人と幸せになって欲しかった。
暇を申し出た時の姫の笑顔の意味が今、わかる気がした。
時代の波に流されても、
立場に流されても、
事情に流されても、
自分が自分に流されないための笑顔。
時代も立場も事情も、何もできない自分を含めて許すための笑顔だったのだ。
私も自分を許したい。
くノ一として生きた人生を。
私を斬った者たちを。
死ぬ瞬間に本当の気持ちに気づくなんて、おかしいものね。
私の口元が緩んだ。
きっと私の死に顔は微笑みをたたえているだろう。
全てを許す微笑みを。