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掴んできた手を見ると、医学者さんはすまなそうに手を離して言った。
その言葉に私は目を輝かせることになる。
「あー、すまん。だが何処に行くんだと思ってな。お前の持病、もしかしたら治せるかもしれない。」
「ほ、んとうですか!?」
詰め寄ると医学者さんは驚いて仰け反る。詰め寄りすぎたかもしれない。
慌てて謝ると医学者さんはすぐに許してくれた。
「私の持病を治せるって…、今までどのお医者さんも諦めてきたのに!」
「人間の医者はヤブ医者だからな、我のように医学者と名乗ることも烏滸がましいぞ。」
医学者さんは誇らしげに話している後ろで薬学者さんがやれやれとした顔をしている。どうやらいつものことのようだ。
嬉しさから柄にもなくはしゃいでしまう、なるべく表情は変えないように生きてきたのに。
嬉しい、この息苦しさから解放されるかもしれない。嬉しい。
「医学者さん、私の病気、治してください。お願いします。」
「我としてもその病が気になる、喉に詰まっているのが何なのか解剖してでも知りたいものだな。」
解剖という単語に薬学者さんの背中に隠れる、薬学者さんは大きい背の人だから私がすっぽり隠れる。
父の連れてきた博士も似たようなことを言っていて、実際色々実験をしている人だった。実験は良くないと言おうと思ったけど、繋がれた父の手が強く握られていて、唾液と一緒に言葉を飲み込んだのを覚えている。
その後は息苦しさを理由にその人から離れたけど。
「医学者…、子を怯えさせるのはどうかと思うよ。ごめんね、医学者は面倒な性質なんだ。許してやっておくれ。」
医学者さんを咎めてから私の方を見て、頭を撫でた。
許すも何も、私は怒っていないのだけど。冗談ならばこちらとしても良かったとしか思わないし。
「医学者、謝りなさい。」
「なぜお前に言われなければならないんだ。」
「医学者。」
私には2人の顔が見えなかった、薬学者さんの背が大きかったから仕方ないよね。
でも医学者さんが薬学者さんに負けてるみたい。時々本当に怖い人がいるけど、薬学者さんはそんな雰囲気があった。今だけ。
背中から冷気が漂ってくるみたいだった。医学者さんが少し顔を覗かせて見てきた。
「悪かったな、怖がらせて。」
「あ、え、いえ…。」
謝ると思ってなかったからはっきりした返事が出来なかった。それでも満足したのか医学者さんは薬学者さんに向いた。
「これでいいだろ、謝ったしちゃんと返事も貰った。だから睨むな。」
「まぁ、妥協点かな。本当はもっとちゃんと謝らせるべきだろうけど、そろそろ街に向かわないとモノが出てくるからね。」
「あぁ、もうそんな時間か。おい、街に連れて行くから行くぞ。」
突然声を掛けられて理解出来なかった私は首を傾げた。
「街?モノって何ですか?」
「街は私たちの街、色んな人が住んでいるんだよ。モノは危害を加える存在さ、大人でも行方不明にしてしまうんだ。闇に住まう純粋な悪意だよ。」
モノが出ると2人でもどうにも出来ないということか。怖いな、モノ。
薬学者さんと医学者さんに手を引かれて森を歩く。2人の光る石が少し低いところで浮いていて、地面が見やすくなっていた。
歩くと時々薬学者さんの銀髪が目に入ってくる。
「薬学者さんは、男の人ですか?それとも女の人?」
「え、どうしたんだい急に。」
つい口から出た疑問に2人とも目を丸くしていた。
だって気になる、髪の毛はサラサラだし声は中性的だし顔も男性的のようにも見えるし女性的にも見える。
「気になったので…その、髪の毛サラサラで声聞いても分からなかったから。」
「あぁ…、私に性別は無いんだ。長く生きると性別を変えることが出来るんだ、生まれた時の性別のままの奴もいるしね。医学者は男性固定だったか。」
医学者さんはオレンジの髪は短いし、目も切れ長。声も低めだった。
これはさぞモテるだろう、解剖とか言わなければ。
というか長く生きると言っていたが…一体何歳なんだろう?案外40歳とか?50までは行かないかな。
「あ、街が見えてきたね。」
その声に歳を考えるのをやめて、薬学者さんと医学者さんの見る方向を見た。
「あれが街、我々の街だ。モノに会わず来れて良かったな。」
「凄い明るい…、それに楽しそうな声。」
オレンジの光が石造りの壁の上から見えた。石造りの壁は見張りのものなのだろう、中に人がいて大きな門に近付くと動き出した。
壁は中に人が入れるくらいのスペースがあって、中の人はマスケット銃のようなものを持っていた。銃で撃てるように壁には人の目線くらいに穴がずっと続いていた。
「薬学者と医学者と…誰だ?」
私を指差して壁から聞こえる声、入れてもらえないなんてあるだろうか?
「この子は迷子だよ、病を患っている。」
「我が治療する。だから入れてやってくれ。」
「何だ、迷子で病持ちか。なら良いだろう、変な動きをしたら捕縛するがな。人間はモノになりやすい。」
そう言って大きな扉が音を立てて開いた、先には見たことのない風景が広がっていた。
やっと街。