ながめがよいこのごろ14
ガタガタと地鳴りが始まった。空にもひびが入っている。向こうの方や他の人たちの仮想はもう既に壊れてしまっているだろう。
仮想空間制御装置『egg』には仮想主の意思を正確に読みとる技術が導入されている。それを開発したのも私。故に、その正確さは一番良くわかっている。
仮想空間の崩壊は、仮想主が元の世界に帰りたいときに自動発動するように設定したもの。皮肉にも、私は意思ある世界、つまり元いた世界を愛していたのだ。今思い出しても酷い思い出しかなかったのに、なぜか帰ってもいいと思えてしまう。べつにあの学校に絶望していたわけではない。うんざりはしていたけれど、如月──いや、ロゼッタとの日々は楽しかった。
でも。
あの頃の私はいつよりも真剣で毎日を駆け抜けていた。必死だった。全力だった。私は、あの頃の一生懸命だった私をどこかでいとおしく思っていたのかもしれない。
「………もうすぐここもそして学校も全て崩壊するわ。馬鹿よね、今さら帰りたいだなんて。結局私も自分勝手なのね」
開き直るように笑う私につられてか、彼も少し楽しそうに笑った。
「ああ、君はいつも自分勝手だったよ。出会ってすぐに名の無い僕に名前をつけて、そうかとしたら違う名前になった。けれどね、悪かないよ。楽しかったよ。君の身勝手が僕の全てを色づけてくれたから」
地鳴りはさらに大きくなり、目に見えるすぐそこの地面まで崩れて落ちてゆく。私の乗っている崖の先が宙に浮かんだ。彼がここに飛び乗るように移り、そして同時に私を抱き締めた。
「好きだよ。好きだ。たとえ僕がファントムだったとしても、崩れる仮想に呑み込まれたとしても、必ず君の世界の僕が君を愛すから。何度だって力になるから。──だから、教えてよ。君の本当の名前を。絶対に、必ず、君の名前を呼びにいくから──」
空と地が一つになった。崩れた瓦礫は宙を舞い、崖もとっくに足を離れた。彼の体は暖かな光を帯び、ゆっくりと仮想に溶けてゆく。
「私の、私の本当の名前は──!」
声は届いただろうか?彼は覚えてくれただろうか?彼の体が完全に0と1に還元された後、私の体も分解が始まった。私はもう見納めになるであろう、私の仮想を目に焼き付ける。意思無き人たちの何よりもクリーンで透明な………ながめがよい世界。
「ああ………なんて、なんてつまらない世界なの!」
笑って笑って、涙をこぼす。
私の涙すら、すぐにデータの渦に呑み込まれてゆく。
フッと体が軽くなった。朦朧とした意識の中、最後に自分の仮想に別れを告げる──ありがとう、愛しき世界よ。
くるくるとまわる渦の中、私は浅い眠りに入った。