ながめがよいこのごろ11
「あなたはいつも、『創造』の時間はここに来るの?」
永遠に広がる絶界を微笑と共に眺めているロウは僕の方を振り返らずに聞いた。
「いいや。ここへは初めてだよ。いつもは思い付いたところに旅に出るんだ」
僕がそう答えても、ロウは特に何の反応も示さず、微笑みながらただ下ばかり眺めていた。
風が彼女の長い髪を弄ぶ。
充分な間の後にロウはもう一度僕に問う。
「………今まではどんなところに行っていたの?」
そう言ったその声には少しの躊躇いが含まれていた。少しの怯えが含まれていた。まるで、聞いてはいけないとわかっているかのような、戸惑いが含まれていた。
おそらく──いや、必ず。僕らは核心に近づいている。
僕は努めて明るい声で答えた。
「フランスの凱旋門、アメリカの自由の女神、チャイナの万里の長城、エジプトのピラミッド、ペルーのマチュピチュ、ジャパンの原爆ドーム………他にもたくさん!思い付くだけ見に行ったよ。人の歴史に刻まれた、人の生きた証を」
彼女は震えていた。両手で自分を抱き締め、足の先まで力をいれ強張り、身を丸く縮めている。少し強い風が吹けば落ちてしまうかもしれない。
もう彼女は微笑んでいなかった。
僕は止めなかった。まるでおどけるようにして、話し続ける。
「──けれど、おかしいんだ。僕が見るどんな本にも地図にもそんな場所は載っていない。そもそも『フランス』や『ジャパン』が何かも分からない。でも、僕は知っていた。君も知っているはず。それらは必ずどこかに存在する、いや、存在した、ということを。──ねぇ、おかしいでしょ?」
「………やめて」
「僕が行ったあの場所は君の言う『人が人らしい』世界だったのかもしれない。人が意思をもって理想をぶつけ、この手で夢をつかんでゆく、そんな世界だ──なら、ここは?いや、僕らの学校は?町は?意思も名前もない彼らはどのようにして生まれたの?」
「………お願い、やめて」
「あの時、君は『見つけた』と言った。『やっと見つけた』と。見つけるというのは探すことから始まる。そして探すということは見つけたいものが必ずどこかにあるという仮定から始まる。つまり、君はどこかで確信していたんだよ、僕のような存在を。同時に願ったんだよね?元の世界に帰ることを──」
「やめてってば!」
彼女の声に答えるように空気が揺れる。風はもう吹いていない。
遠くの方でガタンっ、という大きな音がした。