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四話

 容赦なく突き刺さる日差しの中を歩く三人の旅人がいた。

 先頭を意気揚々と歩く背丈の小さな旅人に比べ、最後尾にいる者の姿は何とも情け無い。

 一歩歩くごとに後ろを振り返り、背を丸めながらトボトボと歩いているのだ。


「ほら、いい加減諦めてさっさと行くぞ」


 先ほどから後ろばかりを見ていた詠士に、その前を歩くアリサが叱責する。

 詠士にとって、あのオアシスはまさに天国であった。

 倒れるほど歩き続けた体に染み渡る水。

 あそこはその偉大なる水様を誰にでも分け与えてくれたのだ。

 後ろ髪を引かれる思いでそこから離れなければならなかった詠士が、もう小さくなっているオアシスを見続けようとしても仕方無いのかもしれない。

 決して、また重荷を背負い、倒れるまで歩かなければならない現実から目を背けようとしている訳ではないのである。


「はぁ、分かりました。ちなみに、次の休憩地までどのくらい掛かりそうですか?」

「歩き出したばかりなのに、もうそんな事を聞くのか。……本当に聞きたいのか?」


 詠士の弱音とも取れる問いに、アリサは意地の悪そうな顔をしながら逆に聞き返した。

 その顔を見た詠士は、不安に駆られた。

 もしかしたら次の休憩地も遠くにあるのかもしれない。

 そう思うと、一歩踏み出すたびに足が重く感じ始めていくようであった。

 目的地もそこまでたどり着くまでにかかる時間も分からないまま歩き続けるのは辛いものだと、詠士は始めて知った。

 しかし、目的地が遠くにあると分かってしまうのもまた辛いことも同時に知る事が出来た。


 低く唸りながら聞くことを躊躇う詠士の姿に、アリサは軽く笑いながら言った。


「大丈夫だ、安心しな。次はそんなに遠くない」

「本当ですか!!でも、それならそんな顔しなくても……」

「いんや~、普通なら休んだ後は坊主が嫌がっていたぐらいの距離を歩くんだがな。ここからは少し厄介な場所を通る。さっき休んだのは保険のようなもんだ」


 長時間歩かずに済むと聞いて一度は安心した詠士だったが、アリサの保険という言葉に反応した。


「保険、ということは何か起きる可能性もあれば何も起きず進める可能性もあるってことですよね?」

「ああ、まあ運次第だがな。それでも日中、特に昼間ぐらいは出にくいはずだからあまり心配しなくてもいいぞ」

「『出にくい』ってどういう事でしょうか?」


 アリサが何気無く言った言葉に詠士が敏感に反応した。

 何か良からぬ事が起きるのではないかと、先程感じていた不安とは別種の物が湧き上がるのを詠士は感じた。


「そうだなぁ。何かと言えば、ブランカって魔物のことなんだが……坊主はそれも分からんだろ?」

「まあ、はい」

「だから何が出るとか気にすんな! 聞いた所で坊主に何が出来る訳でもないだろうしな」

「それはっ……そうですが」


 詠士は何も言えず言葉に詰まると、肯定の言葉を呟いた。

 確かに詠士が何を心配しようとも結局は何も変わらない。

 そのブランカという魔物が出てきたところで、出来ることはアリサの指示に従う事だけなのだ。


「はぁ、分かりました。……そういえば今向かっている都市について結局聞いていませんでしたよね」

「そうだったか? なら、話してやるか。まずは、都市の名前からだな。これから行く都市はアルフォリアって呼ばれてる所だ。まあ、自由都市としか呼ばれないこともあるし、統一されてるわけでも無いんだがな。そういえば自由都市については坊主、何も知らなかったんだよな?」

「ええ。でも考えてみれば緩衝地帯としての機能を持つ場所は必要かもしれませんし、そんな都市が存在して当然なのかもしれませんね」


 詠士は只人種(ヒューム)?のアリサと小人種(ムント)の師匠を見た。

 種族が異なったとしても全く交流を持っていないとは限らない。

 むしろ大陸が続いているのであれば、交流が無い方がおかしいと言っていいはずだろう。


 種族ごとにが土地が分けられている以上、それぞれの土地からしか採ることができない資源があったとしてもおかしくない。

 そういった資源を金銭か物々交換か、もしかしたらその両方を用いて種族間でやり取りが行われている可能性が高いのではないかと詠士は考えていた。

 それに領地と領地が直に接していれば何かしら問題が起こるかもしれない。

 そういったことを避ける為にも、両者の間に中立地帯を設けることは詠士からすると至極当然のように思えた。

 しかし、アリサは詠士が何を言っているのか理解できなかったのか頭を掻きながら言った。


「緩衝地帯? 坊主が何を言いたいのかよく分からんが、別にあそこは意図して造られた訳じゃないぞ。あそこには迷宮がある。それを目当てに色んな奴が集まって出来たのが自由都市だ」

「迷宮?」


 また詠士には聞き慣れない言葉が出てきた。

 アリサも詠士の無知を知ってか迷宮についての説明をすぐに始めた。


「正式な名称は別にあったと思うんだが、みんな迷宮って言っててな。まあ、言っちまえば摩訶不思議な塔ってところだ。いつからあるのかは知らんが、それの中には外じゃ手に入らんもんが沢山ある。魔物、宝玉、金属、あらゆるお宝があそこにはあるんだ。その迷宮を中心に自由都市は成り立っている」

「なるほど、ゴールドラッシュみたいなものですか。しかし、そのような宝の山なら力づくでも土地やその迷宮の所有権を主張する輩が現れそうですね」


 アリサは詠士に向かって、ニィと意地の悪そうな笑みを見せた。


「確かにいたぞ、軍を引き連れた只人種(ヒューム)の貴族がな。だが、迷宮目当てで来た連中は多い上、多少なりとも腕に覚えのある連中だ。その上、そいつが来たときにはもう防壁も築き終えていたしな」

「まさか、その貴族が返り討ちにあった……ですか?」


詠士は苦い顔をしながら、アリサを見つめる。


「そうだ。どうやら迷宮の話を聞きつけて急いでやってきたらしいが、それでも一万五千近くの兵を掻き集めてきた。対して、こっちは四千程度。同じ只人種(ヒューム)同士なら苦戦しても都市を守れるかどうかってぐらいの人数だな。だが、結果は圧勝。そりゃまあ色んな種族の、その中でも戦う事を生業とする連中の集まりだしその位当然だがね」

「当然なんですか?」


 詠士に戦の事は分からない。

 だが、数の多い方が圧倒的に有利だということくらいは考えつく。


「確かに混成部隊の弱点が無いわけじゃないが、少なくとも四万くらいの兵がいなきゃ話にならないんじゃないか。追撃戦も合わせて、半数近くが奴らの領域に戻れなかったらしいしな。で、結局その貴族は何とか逃げ帰れたようだが向こうでゴタゴタがあって、その家は無くなったってオチさ」


 話を聞いた詠士は、頭の中でその戦争を再現してみようと試みるも四千や一万という人の単位を上手くイメージ出来ず早々に諦めてしまった。

 詠士にとって、人が多くいる光景はあまりにも現実味を帯びないのだ。

 しかし只人種(ヒューム)側が意気揚々と自由都市に向かい、軽く一蹴されるイメージだけはついた。


「弱いですね、只人種(ヒューム)は」


 額に皺を寄せながら、詠士がポツリと呟いた。

 アリサの言葉を信じるなら、他の種族と対等に戦うには相当の数をもって挑まなければならない。

 おそらく前世と違い、個より質がこの世界では重要なのだろう。

 もし戦争をするならば大軍を率いる必要があり、それに比するだけの犠牲者も出るという事だ。

 只人種(ヒューム)を率いるとしてもそんな覚悟を詠士は持つことが出来ず、今は想像すら出来なかった。

 

 只人種(ヒューム)の英雄にさせられかけた身である詠士は、その話を聞いている途中で湧き上がってきたどこか薄ら寒いものを拭うことが出来ずにいた。

 詠士がカレンの話を断ったのは、己が非力であることと今まで人と十分に接した事すら無い自分に誰かを率いるという能力がない事ぐらい分かっていたからであったが、もしあの時頷いていたらその先は地獄だったかもしれない。

 少なくとも何千、何万の命の重みを背負わされただろう。


(無知は罪なり……か。自分には知識が足りなすぎる。今後このままでいたら――)


 そう思うと、炎天下の真っ只中にいるにも関わらず詠士は身震いを抑え切れなかった。


「おい、大丈夫か?」

「え、ええ。あまり、その、大勢の人が死ぬなんて想像したことがなかったので」

「は~ん。なら、坊主は只人種(ヒューム)の所へは行けないな」

「それはどういう……?」

「あそこは年中互いに戦争を仕掛けあってるからな。かなり大規模なもんだと、死ぬ奴が数万程度じゃ収まりきらねえらしい。そんな所、坊主が行ったら卒倒しちまうだろ」

「……」


 詠士は苦虫を噛み締めたように顔を歪めると、頭を振った。

 もう関係のないことであるしこれ以上このことについて考えたくない、と詠士はこの事を積極的に排除し始めた。


「ま、戦火を逃れようとする奴らも出てきてるって噂だし、わざわざ行く必要もねえだろう。てか、坊主はアタシらの荷物持ちだから行かせねえがな」

「大丈夫ですよ。右も左も分からないのに、わざわざそんな所に行きませんよ」


 むしろ、詠士は用があっても行くのを拒んでいたであろう。


「そうか、ならいい。どう見ても戦火の中で生きていけるほど坊主は逞しく無さそうだからな。ん? 師匠?」


 突然、二人を先導していた師匠の歩みが止まった。

 黙ったまま師匠はジェスチャーで二人にしゃがむよう指示すると、遠くにいた四本足の動物の群れに向かって指を指した。

 生前に図鑑で見た『鹿』という動物に似ている。

 それが数十匹と群れを成して、草を食べている。


「あれがブランカですか?」


 まばらにしか草が生えない中で隠密行動なんぞ無いに等しいのだが、小声で詠士が尋ねた。


「なわけあるか。あれはディーアって獣だ。気性は荒くないから、危険は無い。それよりもあいつ等の少し後ろを見てみろ」


 アリサに促された詠士は、目を細める。

 だが、何も無い。

 正確には、背丈の小さな草があるだけだ。


「何もないように見えますが、あそこに何かあるんですか?」

「地面の方だ。地面に潜んでる」


 アリサに言われた通り、次は地面に集中する。

 しかし、やはりおかしいと思えるような所はない。

 ほんの少しだけ、地面の色が違うくらいか。


「あの――」

「しっ!! 動くぞ。ほら、見とけ」


 詠士が問う前に、もう答え合わせが始まるらしい。

 詠士はすぐに視線をディーア達に向けた。

 平和そうに草を食んでいるディーア。

 このディーア達に何が起こるのか、拳を握り締めながら固唾を呑みながら詠士は待った。



 轟音。

 まるで鉄筋コンクリートで建てられた三階建てのビルが崩れ落ちるような音が突然轟いた。

 音の正体は、巨大なミミズもどき。

 手も無く足も無く、目があるのかも疑わしい紐状の生き物である。

 そして、何より目につくのは巨大な口。頭頂部がそのまま口になっているのだ。

 牙や歯は無いようだが、噛まてなくても簡単に飲み込まれそうである。


 そのミミズもどきが轟音と共に地中から飛び出すと、ゆっくりと食事をしていたディーアの群れをそのままの勢いで飲み込み、再び地中へと帰って行った。

 ほんの一瞬の出来事であったためか、飛び出てきた時の音と地面にぶつかりながら下へと潜っていく音が反響して聞こえてくる。

 ミミズもどきがいなくなった地上には、群れから離れていたのか数匹のディーアしか残っていない。

 そのディーアも突然のことで驚きふためいて、何処かへ走り去っていく。


「……」


 詠士は言葉を失った。そして、心の奥底から湧き上がる激情に身を震わせた。

 想像を遥かに超える出来事が、今、目の前で起きたのだ。

 あのミミズもどきの大きさを測るには、今まで見てきたものが小さすぎて測れそうにない。

 しかし、驚くべき事にそれほど大きな生き物が地中から空高く飛び出してきたのだ。


「あれが、ブランカだ。あんな成りして食える所は少ない上に美味くもない、此処等の邪魔者だ」

「え? あれを食べた事があるんですか? いや、それ以前にあんなのを倒せたんですか?」

「別段、そこまで難しい事じゃない。結局奴らがやれるのはアタシ等を飲み込む事だけだ。あの巨体で押しつぶしてから飲み込もうとはしないで生きたままでな。しかも間抜けなことに、飲み込んでも暫くは消化を始めないんだよ。

 だから、飲み込まれても直ぐに中から外に向かってデカイ穴を開ければ簡単に奴らは死ぬし、アタシ等も助かるって訳さ。見ての通り、奴らは土も一緒に飲みこむから中でゆっくりとはしてられないけどね」


 さも簡単そうに言ってのけるアリサ。

 だが自慢するようなことでもないのか、その言葉には含むものは何も無い。

 アリサの中では、それが当たり前の事なのだ。

 それでも先程の光景を見て興奮でもしたのか、アリサはただ楽しそうに笑っていた。

 詠士もそんなアリサを見て、身震いしながら笑みを浮かべた。

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