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二話

 詠士の世界は、白一色だけで構成されていた。

 部屋もベットも、詠士の体でさえ白で染まっていた。

 生まれた時から詠士の体が世界に負けていたせいである。

 詠士はその白の世界から一歩も外に出る事は許されなかった。

 許されたとしても、自分の足で出ることは叶わなかっただろう。

 歩く事さえままならないほど、詠士の体は壊れていたから。


 白いシーツの上で横たわる毎日。

 望めば本やゲームなどの娯楽品は与えられる。

 本の世界に没頭する事で自分の境遇を忘れたり、白以外の世界を情報機器を通して見る日々を過ごした時もあった。


 だが、そんな物では詠士の心は満たされなかった。

 何を望もうとも、詠士が本当に欲しがった物は決して手に入らなかったからだろう。

 本の世界に出てくる英雄のような強靭な体、ドラマのようにハプニングが起きる人生。

 しかし、一番の望みは両親に会うことだった。


 詠士は生まれてからこの方、自分の両親の顔を見たことはなかった。

 二人が会いに来てくれなかったのは、詠士のように病弱な子供は要らなかったからだろうか。

 それどころか、その存在さえ目の中に入れるのも嫌だからだったからだろうか。

 AI搭載型自動機械(ポテスロイド)が労働の主力となっている今、身の回りの世話は機械がほぼ全てしてくれる。


 それでも誰かしら、人と会話する機会はあった。

 しかし、面会に来る事のない両親と会話する機会は一度も訪れる事は無かった。

 その誰かに両親について尋ねても、返ってくる言葉は『ご両親は貴方を愛しているから』の一言。

 たったそれだけ、その一言だけが詠士と両親をか細く繋いでいた。


 それは本当だったのだろうか?

 生まれた時点で敗者となった詠士を見限ったのではないのだろうか?

 詠士は何をしていても、その考えを頭から引き剥がすことが出来なかった。

 両親が自分の事をどう思っているのか、知りたくも知りたくなくもあった詠士唯一の願いであった。

 しかし、ついぞ詠士が両親の真意を知る日は来ない。



 ある日、突然詠士は死んだ。

 何の兆候も脈絡もなく、いきなりだ。

 元々死人のような詠士だったが、肉体的に完全な死を迎えたのだ。


 詠士は死ぬ前に、もし自分が死んだらどんな気持ちになるのだろうか考える事が間々あった。

 死という逃げられない終わりに対する悲嘆?

 ボロボロな肉体から逃げられる解放に対する歓喜?

 それともこんな人生を強制した何かに対する憤怒?

 そもそも死んだらそんな思考すら持てないだろうという自分に対するツッコミは無視して考え続けていた。


 しかし、現実は違った。

 死を迎えても普段どおりであったのだ。

 脳というCPUが無くなっても、思考を巡らすことが出来てしまった。

 ただ、何よりも空虚であった。

 詠士を高ぶらせる感情は沸き起こらず、自身の死に対する興味すら持てなかった。

 結局、それが空虚な人生を過ごした詠士には相応しい感情だったのかもしれない。


 『両親は僕の死を悲しむのだろうか』

 死んだ詠士の、唯一の気がかりがそれだった。

 たとえ詠士に顔を見せる事がない両親でも、死体を引き取らないわけにはいかないだろう。

 骸と成り果てた詠士を前にどんな感情を見せるのか。

 それを見なければ死んでも死に切れない。

 詠士が死してなお、意識を保った理由がその答えに対する執着だったのかもしれない。


 だが、死んでも詠士の望みは叶えて貰えなかった。

 機械によって運ばれてゆく骸の後を追おうとした詠士だったが、部屋から一歩も出る事が出来なかったのだ。

 死んだ場所から離れることのできない詠士の脳裏に『地縛霊』の三文字が浮かび、己を嘲笑した。

 機械化が進んでもなお心霊主義的な思想が残っていたことや、実際に自分がそれに成り下がってしまったことに対してである。


 しかし、詠士はそんな考えをしている一方で、冷静に己の肉体の行き先についても考えていた。

 順当に行けば、遺体を洗浄し、引き取り人の元へ運ばれていった事だろう。

 詠士の最期の望みも、これで終わりを迎えてしまったということだ。


『もうどうにでもなれ!!天国でも地獄でも僕を連れて行けばいい』


 しかし、詠士が発した無音の叫びにも、世界は何の反応も示してはくれなかった。


 時間の概念が曖昧になっていた詠士には、それからどのくらい時間が過ぎたか分からなかった。

 一日、二日、一週間、一ヶ月。一年。

 もしかしたら、ほんの数秒しか過ぎていなかったのかも知れない。

 それでも詠士は、自分の世界の真理とやらを理解する事は出来た。

 詠士が与えられた世界は、生きても死んでも空虚で無為な世界だったということを。



 それ(・・)が現れたのは、詠士が空中を浮遊しながら慣れ親しんだ無意味な時間を過ごしていた時だ。

 ベッドや小物が片付けられた相も変らず白一色の床に、突然複数の線が現れたのだ。


 それは今まで見飽きた白色を塗りつぶすかのように、目も心も奪う美しい青色で床に大きな模様を描き始めていった。

 知識の乏しい詠士には見慣れない模様である。

 強いて言うなら、ファンタジーを題材にした作品に登場する魔法陣や仏教の曼荼羅マンダラ、それに幾何学的文様のアラベスクが融合した何とも奇妙な模様だ。


 最初は小さかった模様それは、止まる事を知らないように模様を描き続け、ついに床だけではなく壁や天井にも描かれていった。

 詠士はその光景をただ見守る事しか出来なかった。

 幽霊になったからとかではない。

 その神秘的な光景に、生まれて初めて(既に死んでいるが)味わう、到底表現出来そうにないほどの感動で身動きが取れないでいたからだ。

 もし詠士が健康な体を持って生きていたとして、ここまでの感動を味わう事が出来ただろうか。

 もしかしたら詠士が今日この日までここで漂う事しか出来ない日々を送っていたのも、最期にコレを見るためではなかったのではないか。

 そんな思いが自然と湧き上がってくる。


 もう部屋に模様が描かれる余地がなくなってきた頃だ。

 詠士はついその模様に手を触れてしまった。

 綺麗な模様コレを実体がないからこそ汚す心配もいらないと思い、なぞる様に模様に触れてしまったのだ。

 詠士が触れた瞬間、今まで幻想的な青い光を放っていた模様それは瞬く間に空間ごと詠士の体を貪食に喰らいついてきた。


『……!?』


 詠士が声にならない悲鳴を上げる。

 もう喉は模様に喰らわれ、声が出ないのだ。

 貪るように侵食してゆく詠士の体。

 もう触覚はないはずなのに、詠士はかすかな痛みや熱を模様から感じていた。


 ついに顔まで模様に喰われてしまった。

 しかし不思議とこの模様に取り込まれること対する嫌悪感や抵抗感は詠士にはなかった。

 いきなりで驚いたが、この模様に取り込まれればあのまま浮遊するだけの世界から抜け出せるかもしれない。


 それならむしろ喜んで、模様に喰われたい。

 詠士の体は失っていくというのに、体の欠損と反比例するように心は満たされていった。

 視界が消える。

 もう詠士の目も喰われてしまった様だ。

 詠士の意識も次第に闇へと……



 誰かが泣いていた。

 黒い長方形の箱に寄り添いながら号泣する人。

 その傍らにはもう一人、静かに泣きながら号泣している人の肩へ手を伸ばす人もいた。

 皆、箱と同じように黒い服を着ている。


 その光景を見た詠士の心奥底で、さざ波が立った。



 ======



 気がついた時には、詠士は今までテレビやネットでしか見たことのない荒野にいた。


「えーと、何? 何が起きて……それにここは?」


 つい呟いてしまった。

 四方を見渡しても、そこは今までとは違う白以外の世界。

 しかし、それ以上に詠士を驚かせる事があった。


(立……ってる。浮いてるんじゃなくて、立ってるのか!?)


 以前は立つことも儘ならず幾度となく頬を噛んでいたというのに、今は何の気負うこともなく立つことができているのだ。

 本当に足があるのか、詠士は恐る恐る下へと目を向ける。

 視線の先には地縛霊時代に身に着けていた入院服ではなく、見慣れぬ半ズボンとそこから生え出ている骨太な足があった。

 簡単に折れる枯れ木のような白々とした足ではない。瑞々しさを持った健康的な足なのだ。

 健康な人から見れば他愛のない光景なのだろうが、自身の足で立つということは詠士にしてみれば夢にまで見た光景なのだ。

 

 もし、他に気に掛けるものがなければすぐさま足を撫でながら詠士は号泣していたことだろう。

 しかし、この摩訶不思議な状況がそれを許さない。

 立つことに感動している詠士の視界に、自分とは異なる足の存在があったからである。

 他にも誰かが倒れていたのだ。

 傍を見ると、女性と少女が詠士の横で倒れていた。


「ひ、人!?それよりも、だ、大丈夫ですか!!」


 詠士はこのような状況を今まで考えた事が一度も無く、慌てふためくことしか出来ずにいた。

 あたふたしながら胸のあたりを見ると、かすかに上下に動いていた。

 少なくとも呼吸はしているのだろうと詠士は検討をつけたが……


(何をすればいいんだ!?誰か、他に誰かいないのか?)


 しかし、頭を振り回しても周りは荒野。人がいる気配は欠片もない。

 詠士は次の行動に移せないまま逡巡するだけだが、何のことはなかった。

 すぐに問題がなかったかのように、二人とも目を覚ましたのだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 とりあえず、二人を起こそうと詠士は手を差し伸べた。  

 その差し伸べられた手を少女は握ると、震えながらも立ち上がる。

 しかし、女の方は手を払いのけるとこれまた足を震わせながら気丈に立ち上がった。


「えっ、あっ……ごほんっ。その、いきなりで悪いんですが。この状況が何なのか、分かりますか?

あっ! こういう時は自己紹介が先と聞いたことが。すみません、僕の名前は詠士(えいじ)仙石(せんごく)詠士(えいじ)といいます」 


 二人にこれといって怪我が見当たらないことに安堵したものの、女に拒絶されたことに動揺を隠せないまま詠士は言葉を並べた。

 それはそうと、一般の常識とは無関係だった詠士には初めて出会う人と接する時の対処法に疎かった。

 あの白の世界しか知らない詠士である。仕方ないと言えば仕方ない。

 混乱の最中にいたためか抱いている疑問と困惑を思いのまま口走った後、握手は万国共通と古い本に書かれていたことを思い出した詠士はおずおずとだが彼女らに再び手を差し出した。


「エイジ……君は、エイジっていうんだね。僕の名前はカレン。カレン・ペレンニウスだ。そうだね、君には話さなきゃならない事が沢山あるんだけど、まずは――」


 少女は何の躊躇もなしに、差し伸べた詠士の手を握り返した。

 場違いながらも、死ぬ前も含めて初めての握手に思わず感動を覚える詠士であったが、そんな感動も少女の次の言葉で掻き消えてしまう。


「ようこそ、エイジ君。ここは『神の(エルト)箱庭(オーラリア)』。キミが英雄になる世界だよ」

「……、えっと?」


 詠士には、少女の言っている意味が全く理解できなかった。

 神の(エルト)箱庭(オーラリア)

 英雄になる世界?

 しかし、何よりも彼女がようこそ(・・・・)と言ったことに引っかかった。


「まぁ混乱するのも無理はないよ。まずはお茶でも飲んでゆっくりと話をしようじゃないか。ムメ、お茶の用意を」

「カレン、それは無理ですよ。ここは(ガーデン)ではありませんから。そもそも家も家財道具も全て貴方が消してしまったんですよ。こんなことになるなら――」

「あ、ああああ。もういい、もういいから。それに僕だってどうなるか分からないって言った……うぅ、僕が悪かったから。そんなに睨まないでよ」

「……」


 彼女の正体について難しく考えようとしていた詠士は、そのやり取りを聞いて難しく考えようとした自分が馬鹿馬鹿しく思えてならなかった。

 まだ詠士の中で状況なぞ全く掴めていない。

 しかし、カレンを名乗る少女は何やら詠士に話を聞かせてくれるらしい。

 他に選択出来るものもなし、考えるならば先に情報を得てからだと自分に言い聞かせた。


「ごほん、じゃあ話をしようか。お茶を出せれなくて申し訳ないけど」

「いえ、お構いなく」


 詠士は別に喉の渇きを覚えていない。

 そもそも、こんな荒野で呑気に茶を楽しむ余裕もない。


「そうかい? まあいいや、じゃあまず何から話そうかな。……いざ、話そうとすると上手く言えないもんだね。よし、なら僕とムメの事から話そうか。さっきも言ったけど、僕の名前はカレン・ペレンニウス。そして向こうで膨れっ面をしているのが、ムメ・ミニストリアーレ。僕の従者だ」

「従者?」


 詠士にはあまり聞き覚えのない単語である。

 勿論、意味は分かる。

 しかし、それはもはや昔を題材にした小説内でのみ使用されるような、近代社会では廃れてしまった単語である。


「そうだ。そしてこの僕は何を隠そう、この世界の女神の一人なのさ」


 貧相ではないが立派でもない胸を精一杯張るその姿は、女神なんていうあやふやな物ではなく詠士と同じようなただの女の子だ。

 詠士が想像するような女神とは、彼女は遠くかけ離れた存在である。


「その顔だと信じていないようですね。ですが、カレンの言っていることは本当ですよ。今は力を失ったためにそう見えないのかもしれませんが」


 褐色肌で銀髪という、現実では到底お目に掛かれそうも無い容姿をした女性が詠士に言ってきた。

 カレンといい、このムメという女性といい、見た目はまるで小説やゲームに出てくる登場人物のようである。


「えっ、本当だ! ほとんど力失ってるじゃないか。でも、こんな奇蹟起こした対価と思えば安い……のかな?」

「安いでしょうね。下手をすれば存在そのものがなくなっていたでしょうし」


 詠士をおいて、二人とも和気藹々としている。

 そういった活気とは無縁だった詠士は、何となく疎外感を感じるのである。


(それにしても、幽霊になったかと思えば次は神様か。もう何でもありだな)


 詠士はカレンが女神であるという戯言を一旦受け入れることにした。

 もし神がいるのであれば、人である詠士の考えが及ばないほどの力を持っている可能性は否めない。

 加えて、一度は霊に成り果てたことで奇異な事柄を受け入れる柔軟さを詠士が手に入れられたからだろう。

 カレンが女神だと仮定した上ならば、彼女が言った言葉も分かる。

 理解は出来なくとも、情報を整理するための要素にはなるのだ。

 嘘か真かは情報を整理する上で考えればいい。


「分かりました。一応、カレンさんが女神だと信じる事にします。それで何ですが、先程『ようこそ』と言ったのは――」

「うん、僕がキミをこの世界に呼んだんだよ。キミにして欲しい事があるからね」

「呼んだ?いえ、それよりもして欲しい事……ですか?」


 カレンの意味ありげな言葉に、『英雄』の単語が詠士の頭をよぎる。


「そう、キミに成して欲しい事。だけどそれを理解してもらうには、長い説明を先にしなくちゃならないんだ。こんな暑い中でお茶も無しに語るのが大変なほど長い話だ。でも、キミのこれからの為にも聞いてもらいたい」


 詠士にとって、それはむしろ望むところだ。

 まだ知らないことは多い。

 少しでも今いる立場を知らなければ、今後についても考えられない。


 それに、一番大事な事がある。

 詠士の体の事だ。

 こうやって立ち続けられている時点で、詠士が記憶している体とは大きくかけ離れている。

 これがカレンに呼ばれた結果なのか。

 それとも、カレンが意図して詠士に健康を与えてくれているのか。

 自分の体はどうなっているのか、詠士は何としても聞き出す必要があった。


「ずっと立っているのも疲れるものなんだろ? 座って話そうじゃないか。ふぅ、それにしても暑いね。じゃあ、まずはこの世界についてから話そう。質問は後にしてくれよ。その方が楽だ。


 率直に言ってしまうと、ここはキミがいた世界とは別物なんだ。キミから見れば“異世界”だね。実は僕にもキミがどんな世界から来たのか分からない。もし星を飛び出して、多くの星々で生活を営むような世界から来たのなら、銀河や宇宙そのものを世界として見るかもしれない。でも、ここは違うよ。今、僕たちが座っているこの大地ある所が、世界なんだ。


 この世界の名は、既に言ったけどエルト・オーラリア。神が天上から見下ろす、神のための箱庭を意味する名だ。誰が付けたのかって聞かれたら、神が名付けたとしか言いようがないから、きっとそういうもんなんだよ。


 そしてこの世界には八大種族と呼ばれる八つの種族がいて、それぞれの領域の中で暮らしているんだ。この種族たちが神たちのメインプレイヤーたち。それぞれの種族には、それぞれの神がいる。僕もその内の一人、只人種(ヒューム)を司る女神だよ。


 只人種(ヒューム)

 精霊種(ニンフ)

 獣人種(ビースト)

 有翼種(アーラ)

 小人種(ムント)

 魔鉱種(メタッレイオン)

 海人種(イクトゥス)

 神素種(パルティエ)


 これらが八大種族さ。只人種(ヒューム)はキミや僕のような見た目の者たち。これについては後で説明するから、今は置いとくとして。


 精霊種(ニンフ)は簡単に言えば、知性を持った植物たちだね。

 大小様々な種族だけど、多くの者たちは緑が多いところを好むみたい。


 獣人種(ビースト)は、主に獣が人化した者たちだ。外見は比較的只人種(ヒューム)と近い種族だね。でも、似ているからといってその成り立ちが同じじゃないんだ。只人種(ヒューム)は特別で、僕が色んなものを混ぜて捏ね合わせて作った種族なんだけど、獣人種(ビースト)はその神が望んだことでそういう風に進化した者たちだ。見た目は似てても全く違う種族だってことは覚えていた方がいいよ。


 えーと、次は有翼種(アーラ)だね。これは簡単。翼があって、知性を有した者が有翼種(アーラ)だ。正確には言語で意思疎通できる者だよ。高いところや緑ある場所、それとキラキラしてるものが好きだから、よく小人種(ムント)と争っているみたいなんだ。


 じゃあ、次はこの小人種(ムント)。この子たちは所謂、小人だ。成人でも只人種(ヒューム)の子供程度の背丈しかない。洞窟や地下といった薄暗い所を好むけど、世界中を歩き回っている者たちも多い種族だから、他の種族の領域でも普通に見かけることの出来る種族だ。その中でドワーフっていう小人種(ムント)が、よく有翼種(アーラ)と争ってるらしいんだ。彼らは金属や宝石の扱いが上手いし、鉱物を採掘して魔鉱種(メタッレイオン)に輸出したりもしてる。


 魔鉱種(メタッレイオン)。この種族は鉱物に生命と知性が宿った種族だ。

 金属系や宝石系もいるけど、最も多いのは水晶系の者たちだ。他の種族とは違って、魔鉱種(メタッレイオン)の国は一つだけしかない。その国から出てくる魔鉱種(メタッレイオン)は基本いないから結構謎に包まれてる種族なのは間違いないね。あそこの神は喋る事すらしないしよく分からないんだよ。


 海人種(イクトゥス)は海に住む者たちのことだ。陸から離れた小島の上で暮らしたり、海中に水中都市を作ったりしてる種族が海人種(イクトゥス)》。見た目は魚と人を合したような者が多い印象かな。外交的でよく他の種族の所に行くようだけど、一番仲がいいのは獣人種(ビースト)らしいね。


 最後に神素種(パルティエ)。この子は他の種族とはちょっと違っててね。他の種族は肉体とか物質に依存する生命体なんだけど、神素種(パルティエ)の本質は精神体なんだ。一応、肉体も持つけど生きるのに必要じゃない。現象の概念を象る者たちで、非常に小柄なのも特徴だね。悪戯好きだけど、基本的に他者には危害は加えない可愛らしい子たちだ。


 じゃあ、次はこの種族の関係を説明しよう。


 さっき説明した中にもあるけど、小人種(ムント)有翼種(アーラ)は敵対関係にあるんだ。

 そして、この小人種(ムント)魔鉱種(メタッレイオン)有翼種(アーラ)精霊種(ニンフ)は比較的良好な関係を築いていて、協力関係のような物があるらしい。獣人種(ビースト)海人種(イクトゥス)も相互のやり取りのお陰で仲が良いようだね。あと神素種(パルティエ)だけは、何処ともそういった関係を築いてないんだ。これは統一された意思ってのを彼らが持っていないのもあるけど、何処かと組んだりするメリットが全くないのもあるからだろうね。


 ひとまず、ここで区切るとして何か質問はあるかい?」


 今までの人生では受け入れられない事を一度に言われたせいで、詠士の頭は混乱の最中にあった。

 奇々怪々な話を受け入れようと決意はしたものの、その話を整理するには些か話の核が掴めなさ過ぎるのだ。

 自縛霊と化した経験が無ければ、詠士は理解する事自体諦めていただろう。


「ちょ、ちょっと待ってください。今、僕の頭の中で整理しますので。……ここって人以外もいるんですね」

「うん? その『人』というのは只人種(ヒューム)のことかい? もしかしてキミのいた場所だと、一種族だけで世界が構成されていたのかい?」

「ええ。動物とかはいましたが、人以外に文明を築ける生き物は知りません」


 詠士は頭の中で簡単にだが、カレンが説明した事を整理することにした。


 精霊種(ニンフ)→自然物の擬人化 

 獣人種(ビースト)→獣が人になった者

 有翼種(アーラ)→翼と知性を持った者

 小人種(ムント)→メジャーな小人たち

 魔鉱種(メタッレイオン)→自立式鉱物

 海人種(イクトゥス)→海洋生物の擬人化

 神素種(パルティエ)→精神体?


 精霊種(ニンフ)有翼種(アーラ)小人種(ムント)魔鉱種(メタッレイオン)獣人種(ビースト)海人種(イクトゥス)が協力関係、もしくはそう捉えてもいいような親密な関係。

 有翼種(アーラ)小人種(ムント)が敵対関係、神素種(パルティエ)だけ何処にも属していない。


 今はこのぐらいの認識でいいだろう、と詠士は思うことにした。

 詳細は追々(おいおい)自分自身で知っていけばいい。

 百聞は一見に敷かずである。

 この話を聞かせてくれたカレンは別に他の種族を貶している訳ではないのだが、只人種(ヒューム)に肩入れしているようだ。

 無知な詠士にそれとなく偏った知識を教える可能性があることも、詠士は十分承知していた。


「では、次は只人種(ヒューム)について教えてもらってよろしいでしょうか。他の種族との関係も、神素種(パルティエ)だけ(・・)が何処とも関係を築いていないのであれば、只人種(ヒューム)は何かしら関係があるって事ですよね?」


 詠士がそう言うと、カレンもその後ろで静かに立っているムメも苦虫を噛み潰したような表情になった。

 詠士は自分が何か不味いことでも言ってしまったのか不安に駆られた。

 二人の様子を見て、最悪の状況というものを想像してしまったのだ。

 もしかして、只人種(ヒューム)は――


只人種(ヒューム)は……一応、他の全ての種族と敵対関係にある」


 詠士が思っていたようにヤバイ状況にいる、只人種(ヒューム)


「昔、只人種(ヒューム)の中に現れた勇者と呼ばれる者が他の全ての種族に対し宣戦布告しました。只人種(ヒューム)の中では一騎当千を誇る強さに驕ってしまったのでしょう。近隣にある他の種族の村や人を戦争という名分で襲いましたが、すぐさまそれぞれの種族の軍の前で屍を晒すこととなりました。驕った只人種(ヒューム)の代償は高く、挙句の果ては只人種(ヒューム)同士での争いまで起こり始める始末。一応他種族は軍を引いてくれましたが、只人種(ヒューム)に対する心象はその愚かな行動に対して相応のものとなったのです」


 何故かカレンの代わりにムメが説明し始める。

 カレンに対してはこの話題は駄目だったのかと、詠士はチラチラとカレンの様子を伺ってみた。

 しかし、非常に重要な話でもあったため、すぐに意識をムメの説明へと向ける。


「幾つか質問してもよろしいですか。まずその勇者という人がどうして全種族に対して戦争を仕掛けてしまったのか。それと、戦争の敗北が何故只人種(ヒューム)同士での争い事に発展したのか。他の種族が軍を引いた明確な理由も」


 詠士にも聞こえるくらいの舌打ちがムメの方から聞こえる。

 細目をさらに細めて、詠士を見て……いや、睨んでくる。 

 元々無愛想そうなムメではあったが、今は輪に掛けて底の知れない恐ろしさを撒き散らしていた。


「ふぅ……まあいいでしょう。まず何故勇者が戦争を全種族に仕掛けたのか。これはただ単に、その勇者が増長していたのが原因でしょうね。当時、只人種(ヒューム)の中で勇者と言えば、『神に勝る強さの持ち主』とまで言われていたぐらいです。只人種(ヒューム)の中での言葉だというのに。それで調子に乗った勇者が、無謀にも全種族に戦いを――」

「あの、他の種族に戦争を仕掛けたのは分かりましたが、戦争を仕掛けたきっかけは何なのかを教えてもらえませんか」


 ある日、その勇者がふと全種族に戦いを仕掛けようとでも思ったのだろうか。

 もしそうであれば只人種(ヒューム)は恐ろしい爆弾を身に抱えてしまったんだな、と詠士はまだ見ぬ只人種(ヒューム)に同情を覚えた。

 ただ自身の強さを理由に大戦争を起こすようなのが本当にいたとしたら、それは本当の大馬鹿者だろう。

 しかし、周りがそれを止めないものなのか。もし止めなかったら、相応の理由がそこにあったのではないのだろうか。


「ちっ、ちっ、ちっ!!」


 ムメがさっきから詠士から顔を(そむ)けて腕組みしながら、詠士に向かって舌打ちの連射をしている。

 止めて欲しいと、思わず信じてもいない神に祈ってしまう詠士。

 詠士にとってはこの程度の悪意でも、慣れてない身として辛いのだ。


「それは、僕のせいだよ。僕が彼に余計な事を言ってしまったから」


 今まで黙っていたカレンが言う。


「どういうことですか?」


「それは、キミをここに呼んだ理由にも関わってる。……この世界には、僕のような神でさえ変えられない物があるんだ。

 絶対の不文律。この世界の名が神の(エルト)箱庭(オーラリア)なんて名になっているように。理由も分からないまま、決定事項として決まっている事がある。その内の一つが、戦争だ。小さな戦争じゃない。大きな、大陸全土を巻き込むほどの大戦のことだ。

 実は、僕等(神々)でさえその全容を掴めていないモノなんだけど、一つだけ分かっていることがある。その戦争によって、いくつかの種族は、数は分からないけど滅亡するってことだ」

「その……その種族間での戦争のせいで、滅ぶってことですか? それとも、そのよく分からない不文律によって、神が直接滅ぼすのですか?」

「ごめん、それも分からないんだ。ただ、神自身が自分の司る者たちを滅ぼすとは考えにくいから……たぶん戦争をしている間にだと思うけど」


 カレンの説明を聞いた詠士は、首を捻った。

 戦争によって国は滅ぶことは多々ある事だろう。

 しかし、種そのものが滅ぶことは考えにくい。

 例えば、戦争そのものではなく敗北した種族に対し長期間の迫害の結果ならば、滅ぶ種も出てくるかもしれない。

 しかし、それでも詠士の中では腑に落ちない。

 そもそも神すら分からない不文律なんてものの存在を、今の詠士が理解できるはずもない。

 第一、詠士にとって神は絶対の存在を意味している。

 にも関わらず、まるで更なる上位の存在がいるようではないか。


 カレンの言った言葉について考えていた詠士だったが、すぐに(かぶり)を振った。

 あまりこの話に衝撃を感じられない自分を、詠士は何処か離れた所から見る事が出来たからだ。

 詠士は戦争なんて体験した事がない上、この世界でまだ八大種族にすら会っていない。

 詠士にとっては、あまりにも現実離れした話なのだ。


 今の詠士には、己の事だけを考えるだけでも精一杯である。

 そんな現実離れした話に無理についていく必要はない、と詠士が判断してしまうのも無理はない。

 詠士はあまり戦争(その事)について深く考える事を止め、カレンに話すよう促すと黙って聞くことに決めた。


「僕はこの事をカレに、勇者に話してしまった。彼は只人種(ヒューム)という種族の枠を超えるほどの強さを持っていたけど、それだけじゃ勇者にはなれない。困難に立ち向かう心の強さ、そして何より同胞の為に無理難題に立ち向かえること。それを持つことの出来る者が勇者なんだ。


 勇者(カレ)が何を考えて、いきなり戦争を起こしたのか僕には分からない。確かに力を誇る為に色々とやることがあった子だけど、それだけが原因じゃないと思う。何か考えがあったんだろうね。どちらにせよ、僕がこの事を彼に話さなければ、彼は戦争を仕掛けることは無かっただろう。

 ……このまま、さっきの君の質問に答えてから本題に入ろうか。勇者(カレ)が戦争を全種族に仕掛けたのは、僕にも分からない。どうして隣にいる獣人種(ビースト)精霊種(ニンフ)にだけ仕掛けるのではなく、全種族に仕掛けたのか。(カレ)はその理由を教えてくれる前に逝ってしまったから。


 そして、今も只人種(ヒューム)同士で争っている理由。この原因は複数あるんだ。まず、戦争を仕掛け敗北したのが勇者だってことが問題だったんだ。この勇者は僕を奉る教団によって選出され、僕の加護を得て勇者になったから。そんな勇者(カレ)が大戦争を引き起こし、結果として多大な損害を只人種(ヒューム)に与えたからね。教団の権威は地に堕ち、あまつさえ架空の神を奉った宗教も出始める始末。


 各国の王たちはそれぞれ違った宗教に改宗したり、出した損害を埋めるために教団が持っていた利権を食い荒らそうとしたり。僕を信仰してくれる王と新たな宗教を信仰する王との間での戦争、自分らの富を増やすための戦争、戦争によって培われた憎悪による戦争。最初は些細な諍いが、もう手がつけられないほどの戦争の嵐になってしまったんだ。はぁ……今更僕が嘆いても何もならないけど。


 えっと、後は他の種族の軍が引いてくれた理由か。これもいくつか理由があるんだ。まずは、僕が他の神に頼んだって事。皆も勇者が起こした戦争は、言われていた大戦ではなく本当の戦争はもっと後にやってくるって認識を持っていたから、それぞれの指導者に軍を引くよう伝えてくれたんだ。その日が来る前に、一つの勢力が消えてなくなるのはよろしくないって思ってくれたんだよ。それに、実は他の種族も戦いにばかりかまけていられなかったって事さ。食料不足や一部で起きた地揺れの処理とか、他の種族もそれぞれ問題を抱えていた時期だったから。もしかしたら勇者(カレ)もそういった他の種族の窮地を知っていたから攻め込んだのかもしれないね」


 カレンは思い出したくない事を思い出しているのか、目を強くつぶりながら話した。

 詠士もそれを聞き、理があったかもしれない勇者の行動に納得し、しかしそれでも只人種(ヒューム)の滅亡に見合ったのかを考えると割に合わないのではなかろうか。

 深く溜め息を吐く。

 今この場で結論が出そうにない事柄を考えても仕方無いことだ。


「カレン。そろそろ本題に入りませんか? このような事を話すのであれば当分ここから動けなくなりますよ」

「うーん、そうだね。ゴホン! エイジ、キミには英雄に、只人種(ヒューム)を救う英雄になって欲しい。さっき言った通り、只人種(ヒューム)を滅ぼしかねない大戦が起きることは決定事項なんだ。互いに争いあっている現状では、何をしても只人種(ヒューム)に勝ち目はない。だからキミに、只人種(ヒューム)が滅ばないようにどうにかしてもらいたい」

「……なるほど」


 カレンが最初に言った英雄の意味が詠士にもようやく分かった。

 詠士は考える振りをして、カレンをちらりと見る。

 そこには鼻息を荒げ、興奮からか上気しながら笑みを浮かべた顔があった。

 考える時間は与えてくれるようだが、どうやらカレンの中では答えが既に決まっているようだ。


 詠士の答えも、もう決まっていた。

 本当は詠士の体について質問をしてからが望ましかったが、それでもカレンに述べる答えは変わらない。


「僕を連れて来た理由は分かりました」

「っ、じゃあ――」

「申し訳ありませんが、僕ではとてもそんな役目は担えません。その英雄は、他の誰かになって貰って下さい」


 実に人のよさそうな笑みを浮かべながら、詠士は言い切った。

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