2018/05 其2 『美女と野獣Ⅱ』
「それで悠ちゃん、俺達の担当アトラクションは何処なんだい?」
喧騒が収まりかけたタイミングで、アーモボックスは悠に自分たちの班の担当を確認する。
「ええとですね。皆さんの担当はミラーハウスです。二番目がお化け屋敷で三番目がアイスワールド……」
「不人気そうなところばっかりだな」
「アクロちゃんの白兎があるから室内任務が多いんじゃないの? ジェットコースターとか当てるのも大変そうだし」
「馬鹿を言うな。軌道が見えてる乗り物に弾を当てることなんて朝飯前だ」
「それじゃあ苦手そうなアトラクションは?」
「売店だと目移りするかもしれないな」
「あー」
「それでですね、こちらがそれぞれの見取り図で……」
物資を入れる箱の上にそれぞれのアトラクションの見取り図を広げ、行動プランを練ろうとする悠であったが、ずいずいっと乗り出したベーテの一声に容易く圧されてしまった。
「正面から行きましょう。だってアトラクションなんですもの、正面から入らなきゃ失礼よね?」
「ベーテは楽しみたいだけだろ。ゴールの方に固まってるんだろうし、出口から入った方が早いだろ」
「あら、出口から入るなんて非常識も良いところねアクロバット」
「野獣に常識について言われる日が来るとは思わなかったな。ま、野獣の常識なんざどうだっていいけど」
「アクロバット。君は大きな勘違いをしている」
「今度はベルか。非効率なベーテのフォローでもする気か?」
「君のしようとしていることはディナーでデザートから配るように指示を出し、最後にスープと前菜を食べてしめるようなものだ。意匠が凝らされたものに対しては、その流れに沿うのが礼儀と言うものだとは思わないか?」
アクロは暫く考えたが舌打ちをしてそっぽを向く。
ベルは特にその行為に反応は示さなかったが、ベーテの方は勝ち誇ったような顔をしていた。
「ま、アトラクション型のエニシに関しちゃ入口から入った方が安全というのはあるけどな。妙なルールを強制させる特異性とかもあるし」
「アモカンまで言うか。ふん、私としちゃエニシを撃ち殺せればそれで良いんだ。勝手にしてくれ」
「はいはい。それで悠ちゃんはナビゲートするのかい?」
「はい。どちらかのリーダーの方にイヤホンマイクとカメラを装着してもらって、ここから案内をしようと思います!」
「それじゃあベル、こっちがカメラを装備するけど構わないかな?」
「もちろんだ。お嬢さんはアーモボックスと顔見知りなのだろう? その方が緊張も解れるし、私も戦闘に専念できる」
「そもそもアモカンがやらなきゃアモカンは何をするんだって話だけどな」
「んまっ! ちゃんとサポートしますわよ!」
アーモボックスはふてくされたような仕草をしつつ、慣れた手つきでイヤホンとカメラの動作確認を進めていく。
「アーモボックスゥ、そんなことよりモルギフトの優劣を決めましょうよ? 私としてはそのことだけが気がかりなのだから」
「勘弁してくれ。いくつも回らないといけないのに俺のモルギフトは不向きだ」
「じゃあミラーハウスだけで良いわ。それなら良いでしょ?」
「良いわけあるか。他を回るのにアモカンが行動不能になったら支障がでるだろうが」
「残りは私達が回るから問題ないわよ」
「問題あり過ぎだ」
盛り上がる四人を前に置いてけぼりを受けている悠だが、おそるおそる手を挙げて質問をする。
「あの……アーモボックスさんのモルギフトって?」
「使えば漏れなくアモカンが重症になるゴミな特異性だ」
「ま! 一応は使い道あるでしょ!?」
「そうだぞアクロバット。アーモボックスのモルギフトは戦術的に莫大な効果を誇る。本人の犠牲はつきものだが」
「……できれば使って欲しくないですね」
「緊急時以外には使わないように本部にも釘を刺されているからね。おいそれとは使わないよ。それに効果がミラーハウスに限られていれば良いけど、加減を間違えたら遊園地全体が大パニックになりかねない」
その言葉に三人がその光景を思い浮かべたのだろう。とても嫌そうな顔をしてみせた。
「あー、それはありそうだな」
「全体に広がったら、間違いなく死ぬわね貴方」
「下手をすれば私達も巻き込まれるな。使うなら後半にすべきだろう」
悠はそこまで全員が納得するアーモボックスのモルギフトの特異性を見てみたいと思う反面、彼にはそんな危ない真似をして欲しくないというジレンマに挟まれた。
結局勝ったのは後者、機会があれば見る機会はあるだろうと今後の楽しみにすることにした。
アーモボックス達は各自装備の点検を行う。アーモボックスも左腕の装置から弾丸を取り出し、カートリッジへと入れていく。
「ほい十七発、それとチャンバー内用の一発の合計十八発だ。銃は二丁持っていくんだろ?」
「ああ。アモカンはアモカンで弾薬の補充はしておけよ」
「おかわりなしだとありがたいんだがな。一応造血剤飲んどこ……」
アーモボックスはタブレットケースからカプセル薬を取り出し、一錠飲みこむ。
「アーモボックスさんって、一度に血弾を補充したりすると貧血とかにはならないんですか?」
「一応この装置内に多めに血液が循環してあるからね。カートリッジ一本分だけなら平常時と変わらないさ。ただ二回目からは献血タイムだから体内の血液が本格的に減り始める。今回の任務が終わったらまた別の場所で血を使うからね。こういう時は血を増やすお薬に頼るのさ」
「普段から飲んだりはしないんですね」
「お薬ってのはたまに飲むくらいじゃないと効き目が薄れちゃうからね。調子に乗ってると直ぐに強い薬に手を出すことになりかねない。必要な時に必要な効果を得られるように工夫はしなきゃ」
「普段からレバーを食えって言っているんだがな」
「痛風が怖いの! 三十以降の偏食は直ぐ体に来るんですからね!」
時間が経過し、各班が遊園地入口へと集まる。夕日は間もなく完全に沈もうとしており、それに合わせてエニシ狩り達の緊張感も増していく。
そんな中、一人の男性が拡声器を手に前に出た。
トキに所属するエニシ狩り、コードネーム『フラワーショップ』。
複数のチームで行う合同作戦の場に頻繁に呼ばれる纏め役のような存在である。
「えー皆さん、此度は集まっていただき、誠にありがとうございます。初めましての方々も数名いるようですので、自己紹介も兼ねてお話させていただきます。私の名は『フラワーショップ』、今回の合同作戦において指揮を取らせていただきます。とは言っても別段口出しすることはないのですがね」
彼がトキにこういった場の進行役を任されるのには二つの理由がある。
一つは状況判断の技術がずば抜けて高いということ。フラワーショップはこの場にいるエニシ狩り全員の情報を把握している。
モルギフトの能力、使用する武装、パートーナーや他チームとの人間関係、あらゆる情報を当然のように蓄えている。
そしてもう一つの理由、その強さである。
頭髪の薄い、細身で冴えないサラリーマン。そんな印象を受けるが、彼を知っている者ならば決して侮るような真似はしない。侮ったことを謝罪したくなるほどに、思い知らされることとなるからだ。
「皆さんの手元には、この遊園地のパンフレットを使った資料が配られていると思います。これは班ごとにアトラクションの上に張られているシールに書かれているナンバーが違います。各自数字の順番にアトラクションを巡り、エニシの駆除を行ってください。他の班の方々が追いついてきた場合には素直に協力してくださいね。それだけその班が遅いということですので」
笑いならが語るフラワーショップ。しかしその言葉でエニシ狩りの面々のモチベーションが向上していくのをアーモボックスは感じていた。
「手段は問いませんが、一応最低限の警告だけをさせてもらいます。こういった建造物型のエニシが存在する建物はその施設の特異性を発揮する習性があります。ある程度はその特異性に沿った形での行動を取らないと、危険な場合もありますのでご注意ください」
四班の面々がアクロに視線を向けるが、アクロは堂々とそれを無視する。
「皆さんはプロのエニシ狩り。いまさら初心を思い出させる必要はないと思います。ですがいつものことですし、こういう場で伝える言葉は伝えておきましょう」
フラワーショップは一度拡声器を降ろし、咳払いをする。
そして再び拡声器を構え、凛とした口調で言った。
「――勝利する者は有能だ。だが勝利を求めた挙句に死ぬ者は敗走者以上の無能だ。生き恥を払拭する覚悟のない者は戦闘の場に立つ資格すらないことを自覚せよ」
剣や銃を装備するだけの兵士ならば死を恐れ、敗走することは不名誉なこととされる風潮も歴史にはあった。
しかし適合者が稀となるモルギフトの所有者の代わりは容易く見つかるものではない。
エニシ狩りとして死ぬということは、エニシを狩る為の強力な武器であるモルギフトを腐らせることに他ならない。
それ故にエニシ狩りの周囲には撤退を是とさせる風潮が意図的に作り出されている。
その言葉の重みを一番実感しているのはアーモボックスだ。
自分の命さえあれば、その血はその日数分のエニシを確殺してみせるだろう。故に彼の行動プランには必ず撤退方法の準備が含まれる。
パートーナーのアクロのことはもちろん信用している。だが信用していたから撤退できなかったが許される世界ではない。
「さて、そろそろ――開園の時間ですね」
夕日が沈みきり、空に残っていた赤みが消えた。
それと同時に遊園地の各アトラクションが動き出し、陽気なオリジナルBGMが周囲に鳴り響き、各地の照明が点灯する。
既に役目を終えたこの遊園地は通電していない。それが嘘のようにかつての繁栄の姿を取り戻し、活動を再開しているのだ。
入口もライトアップされ、それを目視しているエニシ狩り達は誰もが中に誘われているのだと実感する。
これが遊園地のエニシの特異性。自ら人間を襲うために徘徊はしない。自らの懐へと人を誘うのだ。
「ご覧のようにエニシも私達を招いてくださっています。では皆さん。無料のフリーパスを貰ったことです。年甲斐もなくアトラクションを楽しませてもらいましょう。一班から順に突入!」
フラワーショップの合図と共に各班が内部へと突入し、アーモボックスをリーダーとした第四班も中へと入る。
既に先行していたエニシ狩り達の中には戦闘を開始している者もいた。
馬や馬車の回るメリーゴーランド、その乗り物全てがエニシ化しており、内部に潜り込んだエニシ狩りを高速で回りながら襲っている。
「外から撃てば良いんじゃないのか、あれ」
「よく見ろアクロ。外から狙撃しようとしている人の手前の柵、うねうね動いているだろ。多分中に入らないとエニシに攻撃できないんだと思うぞ」
「メリーゴーランドって迫りくる馬を避ける遊びだったのか。一度は楽しんでおけば良かったな」
「何その西部劇再現ツアー。怖すぎるでしょ」
左右に大きく揺れる海賊船型の大型ブランコ、バイキング。
稼働中の船の上に立ったままの状態で、海賊を模したシルエットのエニシと戦う者がいる。
「アモカン、あれ楽しそうじゃないか」
「俺が乗ったら動けずにしがみつくしかできないって……。遊園地のエニシの癖に安全性がなってないな」
「そりゃあ奴らは人間を襲う本能があるからな。夜の遊園地にはセーフティーなんて、ないに決まってる」
「昨今の遊園地は陽が沈んでも、ナイトパレードとかで安全に賑わっているんだけどね」
『アーモボックスさん、聞こえますか!?』
アーモボックス達が話しながら走っていると、アーモボックスの鼓膜を破りそうな音割れたノイズがイヤホンマイクから響く。
「うひょっ!? ゆ、悠ちゃん、声が大きい! もうちょっと小さめで!」
『ご、ごめんなさい! マイクヴォリュームのつまみ、回しすぎちゃいました……。ええとそのまま前進すればもうすぐミラーハウスです!』
「うん、もう目視できているよ」
『――冷静に考えると遊園地のパンフレットを持たされているんですし、ナビって要らないですよね……』
「世の中には地図を持っていても道に迷う人もいるから、一概には言えないけどね。悠ちゃんはこっちをモニタリングしつつ、各班のナビゲートの人と情報のやり取り頑張ってね」
『はい! アーモボックスさんの雄姿だけ見れないのは残念ですけど、頑張ります!』
「俺の雄姿は間近にいても見れないと思うなぁ……」
ミラーハウスの外見は一般的な西洋風の建造物。本来受付のいるカウンターには誰一人おらず、その入り口は稼働型アトラクションと比べて閑散としていた。
「よし、ついた。そういやアクロってミラーハウスの迷路ってやったことあるのか?」
「ないな。だが鏡が壁になっている迷路だろ? 何の問題もない」
「いや、その考えだとちょっと不味いっ――っておーい!?」
「さあ私達も行くわよル・ベル!」
「ちょっと待て、ラ・ベーテ、ミラーハウスと言うのは――」
男組の説明を無視し、ミラーハウスに突撃するアクロとベーテ。
「あだっ!?」
「きゃわんっ!?」
そしてものの数秒で二人仲良く壁に頭を強くぶつけ、後方に吹き飛んだ。
ミラーハウスをただの鏡だけの迷宮だと勘違いした者の末路である。
「ミラーハウスってのは鏡の壁だけじゃなく、ガラスの壁もあるんだよ」
「そういうのは先に言え! 何のためのミーティングだ!?」
「てっきり知っているものかと思っていたからさ。さっきアクロの話を聞いて、ひょっとしたら遊園地って初めてなのかなって思ったからさ」
「子供の頃から訓練尽くしだったんだ、初めてに決まっているだろ。いつつ……久々に負傷したぞ……」
「ふふ、流石は私達が宛がわれるだけあるわね!」
「むしろ人選ミスを感じているぞ、ラ・ベーテ」
再度気を取り直して四人はミラーハウスへと入る。
中はライトアップされた外観に比べ暗く、僅かな青い照明の灯りが不気味さを滲ませている。
即座にエニシが襲ってくるということはないが、視界を満足に確保できていないため四人の進む足は遅い。
手持ちのライトを使おうとしたが、反射が酷いためにやむを得ずにスイッチを切る。
「……狭いわね、ここじゃコンツェシュを振り回せないじゃない」
「銃も跳弾して危険だな。いっそ割ってしまった方が良いまであるが」
「それもそうだな」
アクロは迷うことなくP320を構え、正面に向けて発砲する。すると弾丸は透明な壁に阻まれ、数度の跳弾を行い、姿を消した。
壁には一切の痕跡も残っていない。その硬さは異質だと誰もが理解した。
ベーテも試しにとコンツェシュを壁に突き出してみるが、甲高い音と共に剣が弾かれた。
「エニシの特異性のせいかしら、鏡やガラスの破壊は不可能と見るべきね」
「ミラーハウスの特異性というより、迷路の特異性だろうな。ところでアーモボックス、気づいているか?」
「あー、うん。なんか迷路の幅、広くなってない?」
四人が進んでいくとその道幅は徐々に広くなっている。
従来のミラーハウスならばその鏡やガラス一枚の幅は二メートルもない。
しかし現在進んでいるミラーハウスの幅はどうみても三メートルを超え、天井の高さもかなり高くなっている。
それは外観からはありえない構造となっていた。
「空間が弄られているな。それともこちらの大きさが変化しているのか?」
「どっちでも良いんだけど……悠ちゃん、GPSはどうなってる?」
『その、四人は中央付近から全く動いていません……』
「そっかぁ……電波や映像が届くだけマシだと思いましょ……。次に此処に来る班に情報提供お願いね」
『は、はい! でも大丈夫なんですか?』
「迷路の特異性があるなら出口はあると思うよ。ミノタウロスのラビュリントスとかならまだしも、一般的なミラーハウスだしね。それよりも気がかりなのは道の幅が広がったってことだけど……理由を考えれば……スペースの確保だよなぁ……」
アーモボックス以外の三人がそれぞれの武器を構える。
アクロはナイフと自動拳銃のP320、ベーテは刺突剣のコンツェシュ、ベルは狙撃中のSAM-R。
その視線の先、人の形をした靄のようなエニシが鏡面に浮かび上がっている。
「人型――とは言っても影ならそう危険性はないな。広さも十分になったことだし、襲いに来たってとこだな」
「いや、油断するなアクロ。ここがミラーハウスだということを考えると……」
エニシが鏡面を移動したかと思うと、その数が次々と増えて行く。
そして鏡面からその体を実体化させ、迷路の中へと姿を現す。目視できるだけでその数十六体。その数はさらに増えて行く。
「増殖タイプか、面倒だな」
「ベルちゃん、それよりも……あっちの方がやばくない?」
実体化したエニシの姿がゆらゆらと揺らめき、黒い体は色を帯び始める。
その姿は四人がそれぞれ見慣れた自分達の姿へと変貌していく。
「見た目としちゃ綺麗に真似ているじゃないか。武器の再現は落第だけどな」
姿を模倣されたとは言え、四人を真似たエニシ達の見分けは容易である。
まず大きな違いとして、鏡像らしく左右が反転した姿であること。
次に装備している武器、ベーテのコンツェシュとアクロのナイフはしっかりと再現されているが、アクロのP320とベルのSAM-Rだけは再現されていない。
「ナイフとかは武器として認識できたみたいだけど、銃は仕組みを理解できなかったっぽいな」
「アモカンの腕の太さは見た目だけ真似た感じだろうな」
「でもル・ベルの体躯は十分脅威よね。偽物でも良い体しているわぁ」
「ラ・ベーテの方はダメだな。君の情熱を微塵も感じない。無数に揃ったところで君一人の美しさには程遠い」
「ええ。体の再現は見事でも、中身が全然伴っていないわね。違法コピーは犯罪だって教えてあげなきゃね!」
十分に数が増えたのか、四人の姿を模倣したエニシ達は次々と襲い掛かる。
その数は五十を超える。しかしアーモボックス以外の三人には少しも臆する気配はない。
それぞれが身につけたモルギフトに与えられた力を発動させ、臨戦態勢へと移行する。
「さて、俺は応援してるから頑張れ!」
その中でアーモボックスはサムズアップをして三人の間に隠れるのであった。