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2018/05 其1 『美女と野獣Ⅱ』

 封鎖された道路、そこにトキの身分証を提示してアーモボックスはレンタカーを潜り込ませる。

 同乗するアクロは横目で立てかけられている看板を一瞥する。


「ガス漏れ検知……か、エニシが出たってより国民を避ける効果があるってのはどうなんだ」

「そりゃあ命を狙う化物がいますって告知したら恐怖は煽れるけどな。『いつまで放置しているんだ、怠慢だ!』なんて言う輩がいるんだよ」

「ガス漏れは良いのか」

「工事を行うって名目ならある程度の期間は確保できるでしょ。むしろ数日で終われば早いまであるさ」

「この場合非難されるのはガス管の会社か? それとも保守運営の団体か?」

「普通に市じゃないか? 些細なことでクレームを入れるような人って殆ど管轄外のところに怒鳴り込む場合多いし」

「何にでも不満をぶつけるやつは不満をぶつけさえすれば十分だったりするしな……あれだな」


 アクロ達の視線の先にあるのは大きな観覧車の見える遊園地。実際には遊園地だった場所である。

 この場所は数ヵ月前に閉園され、間もなく解体業者による工事が始まるとされている。


「しっかし、合同ハントなんて久しぶりだな。人の良いエニシ狩りさんと組めると良いんだけど」


 今回エニシとなったのは遊園地そのもの。物型とは違い、建造物型のエニシと呼ばれるカテゴリだ。

 建造物型エニシの特徴として、敷地内の様々な箇所に分身体を生み出し、複数のエニシが存在しているかのような危険地帯となる場合が多い。

 ファレアティップ粒子の検出を感知し、派遣されたエニシ狩りがエニシの規模を確認。

 様々なアトラクションの装置がエニシ化しており、手に負えないと判断。

 即座に本部に連絡し、各地のエニシ狩りを集め現在に至る。


「私としちゃあ、邪魔さえしてくれなければなんでもいいさ。射線上に入る奴は一発くらい誤射してやりたいけどな」

「んまっ、物騒ね!? アクロちゃんがそんなだからいつまでもエニシ狩りのコミュニティが発展しないのよ!?」

「馴れ合いがしたくてエニシ狩りになったわけじゃないからな。余計な感情移入はパートナー同士でだって死活を分かつ問題になるんだ」

「パートナー同士くらい仲良くすべきだとは思うんですけどねー」

「パートナー同士で馬鹿みたいに仲が良いエニシ狩りとか、あいつらくらいしか思いつかないけどな」

「……あーそうね。ほどほどが大事よね、うん」


 遊園地の入口前には集会用テントがいくつも設置されており、既に何人かのエニシ狩りが集まっている。

 案内役の指示に従い車を停車させ、二人は車を降りる。


「アーモボックスさん! アクロさん!」


 その二人の姿を見つけ、駆け寄ってくる一人の女性。

 二人はその人物との接点は薄い。だがしっかりと見覚えがあった。

 今年に入ってから出会った一人の高校生の縁人、白山悠である。

 父親の形見であった懐中時計を紛失し、それがエニシとなった時にアーモボックス達と接触。

 そして無事エニシをハントし、懐中時計を取り戻すことができた人物だ。


「お、悠ちゃん! おひさー!」

「はい! お久しぶりです!」


 アーモボックスと悠は久々の再会に喜び、互いに手を取り合い握手する。

 悠は年相応の喜びを見せ、アーモボックスは年甲斐もなくと言った感じである。


「……誰だ?」

「……ぐすん」


 アクロは全く覚えのないといった顔で首を傾げ、悠はそのアクロのブレない態度にショックを受ける。


「あーもぅ! 白山悠ちゃん、懐中時計のエニシの縁人だった子でしょ!?」

「……ちょっと思い出せないな」

「ほら、焼肉食べ放題の子!」

「ああ、思い出した。あそこの焼肉は美味かった」

「私焼肉の子ですっ!?」

「ごめんね悠ちゃん。こういう奴なんだよ……ってどうしてここに?」

「はい、高校卒業後に特異災害駆除機関に入ろうと進路を決めたんです! 今は訓練学校で勉強中です! 今回は案内役として呼び出されています!」


 特異災害駆除機関に所属する方法は大きく分けて二つ。

 一つは専用の訓練学校へと進路を進め、一定期間の訓練を行い卒業すること。

 新規のエニシ狩りやその身の回りの世話をする役職、それらを養成する場所も国によって設立されている。

 もう一つは実力を認められ、直接のスカウトを受けて所属する方法。

 アクロは少しばかり特別ではあるが訓練の末にエニシ狩りとなった前者、アーモボックスは一般人でありながらその特殊さ故にスカウトを受けた後者である。


「ということはなんだ。こいつは私達のせいでこの安月給の道を選んだってことか?」

「やっぱり安いんですね……。でも大丈夫です! お二人に影響を受けたのも事実ですけど、人と縁のある物が人を襲うなんてやっぱり縁のある人からすれば辛いなと思いまして……」

「うんうん、そうだよね。いや、分かるよその気持ち」

「アーモボックスさんならそう言ってくれると思いました! ちなみに今回お二人の担当なんですよ! 実はリストでお名前を確認した時に、ちょっとお願いして交代してもらったんですけど……えへへ……」

「やっぱり知った仲がいると安心するからね。それじゃあよろしくお願いするよ」

「はい! でも私もいつかお二人みたいなコードネームとか欲しいなぁ……」

「あら、悠ちゃんはエニシ狩りを目指すんだ?」

「一応望みがあるうちは頑張ろうかなと……でも基礎訓練だけでひぃひぃです……」


 モルギフトを与えられたエニシ狩りは各国を飛び回る。そのために本名ではなくコードネームを名乗ることを義務付けられている。

 しかしそれをサポートする者達は普通の公務員扱いであり、本名のままである。


「頑張ってね。でも悠ちゃんがエニシ狩りになっちゃったらなんて呼ぶことになるんだろうね」

「バーベキュー子」

「焼肉要素が消えてないっ!?」

「あーもぅ! 長いでしょ!」

「そこですかっ!?」

「じゃあバベ子」

「無駄にゴロが良いっ!?」


 二人は自分達の待機用テントに向かいながら、悠を通して今回のミッションの詳細を聞かされる。

 今回は四人一組のチームとなり、エニシが活動を始める日没を持って正面から突入。

 チームごとに担当されたアトラクションポイントへと向かい、その場所のエニシを無力化。

 その後は第二、第三ポイントと移動し、他のチームへの協力を行う。

 その過程でエニシのコアを発見した場合、回収を優先して行動するといったものだ。

 参加チームは全部で十二、アーモボックス達は第四班となる。


「また回収か。遊園地のエニシのコアになるのってなんだ? マスコットキャラか?」

「可能性は否定できないけどな。もしくは一番の売りのアトラクション……縁人がここの従業員だった場合は担当の場所ってこともあるよな。客なら思い入れのある場所もか」


 建造物型のエニシの場合、コアとなるのはその建造物内の何かとされる。

 しかし縁人によってそのコアとなる物の優先度は変化するため、今回のように縁人の特定が難しいエニシの場合には手あたり次第となる。


「でも見分けってつくんですか?」

「うん。複数の分身体を生み出すエニシの場合、大抵コア持ちは『あ、こいつだな』って分かる場合が多いね。たまに全部見た目が一緒だったりする特異性もあるから断言はできないけど」

「今回は様々なアトラクションに変化しているから……比較的見分けはつくってことですね?」

「そゆこと。そのコアもエニシ化して動いている可能性がある以上、アクロはカートリッジを使い分ける必要があるね」

「そういえば分身体のエニシって弱点であるコアがないんですよね? どうやって倒すんですか?」

「建造物型のエニシの分身体は通常のエニシに近い存在ではあるけど、コアによる再生能力が失われている状態でね。普通の生物として攻撃をすれば、しっかりとダメージを受けて動かなくなる場合が多い。血弾も有効だからいつも通りで大丈夫だね。他のエニシ狩りとしては急所がなくなっているわけだから、ちょっとばかり大変だろうけどね」

「私としては血弾を撃つ名目が増えるからな。ちょっとしたボーナスゲームだ」


 三人は天幕に『四』と書かれたテントへと到着する。

 左右のテントでは既に他のエニシ狩り達が打ち合わせや装備の点検を行っている。

 アーモボックスは自分のテントに入ろうとしながら、ふと思ったことを質問する。


「そう言えば悠ちゃん。俺達と組むのってどんなチーム?」

「ええと、チームAAと組む方々はもう到着していて、チーム美女と――」

「アーモボックスウゥゥッ!」


 突如怒声と共にテントから飛び出してきた存在に吹き飛ばされ、そのまま地面へと倒されるアーモボックス。

 周囲の者が気づいた時にはその人物はアーモボックスの上に馬乗りとなり、その手に握った武器をアーモボックスの首筋へと添わせる。

 闘牛士が使うとされる刺突剣(エストック)、その中でも十六~十七世紀にポーランドにて使用されていたコンツェシュと呼ばれる超長剣である。

 コンツェシュは刺突に特化した剣であり、その刃での切断は不向きとされている。

 しかしその刃の輝き具合からして、横にスライドさせるだけでもアーモボックスの首の血管は容易く切れるだろう。

 コンツェシュを添わせているのは一人の女性。

 フラメンコの踊り子、バイラオーラのような深紅の衣装。そして化粧越しにもはっきりと分かる絶世の美女。


「うわぁ、噂をすればなんとやらだったな」


 アクロはその光景に動じるどころか、ため息を吐く。

 一方アーモボックスは倒されながらも両手を上げ、涙目で降参のポーズをとっている。


「ひ、久しぶり、ベーテ」

「会いたかったわよぉ、アーモボックスゥゥ……さあ、決着を付けましょう? 今すぐ、完膚なきまでに!」

「へーるぷ、へーるぷ! ベルちゃん、へーるぷ!」


 続いてゆったりと現れたのは筋骨隆々たる肉体を持ち、ゆうに二メートルに届く男。

 いかつい顔をさらに威圧的に見せる濃い髭に、サングラスをつけたカウボーイファッションがアウトローさを滲みだしている。


「ラ・ベーテ、情熱的なのは素敵だ。だがその状態から勝負を始めてはアーモボックスに不利過ぎるのではないか?」

「……それもそうね。不意打ちは卑怯だったわ。止めてくれてありがとうル・ベル」


 ベーテと呼ばれた女性はアーモボックスの頬を優しく撫でたかと思うと、そのまま噛みついた。


「痛い痛い!?」

「ラ・ベーテ、止まってないぞ」

「つい隙だらけだったから。甘噛みよ甘噛み」

「私の眼には頬への口づけにも見える。嫉妬させるような真似はしないでくれ」

「――ごめんなさい。耳にすれば良かったわね」

「何処でも噛んだらいけませんわよっ!?」


 非難の声を無視してベーテは立ち上がり、アーモボックスから離れる。そして入れ替わりとなってベルと呼ばれた男性が手を差し出し、アーモボックスを起き上がらせる。


「うちのパートナーが失礼した。君達の名を聞いた時からずっと昂っていてな。隙だらけの様子で入って来たものだから歯止めが聞かなかったのだろう」

「待機用テントに入るのにも神経使わないとダメとか、人生辛すぎるよ……」

「ところで、そこのお嬢さんが固まったまま動いていないのだが」


 アーモボックスが視線を向けると、そこには混乱と驚きで思考回路がフリーズし硬直した悠の姿があった。

 ひとまずどうにか正気に戻し、テントの中に入る。


「え、ええと……こちらがチームAAのアーモボックスさんとアクロ――バットさんで――」

「お嬢さん。紹介は十分だ。私達は以前にも組んだことがある」

「そ、そうなんですか。ええと……チーム美女と野獣の……」

「私がコードネーム『ル・ベル』、こっちがパートナーの『ラ・ベーテ』だ」

「その……随分と分かりやすい風貌なんですね……いえ、その、悪い意味というわけではないのですが……」


 悠はベルの風格に圧され、気持ち半分アーモボックスの方に近寄っていた。


「悠ちゃん、悠ちゃん。こっちの女性の方が野獣だからね?」

「そうなんですか!?」

「がるるる」


 ベーテはわざとらしく愛嬌を振る舞い、唸って威嚇するふりをする。


「美女と野獣に登場する美女の名は『ラ・ベル』。ラは英語で言うTheなんだけど女性名詞を差す時に『la』を使い、男性名詞を差す時に『le』を使うんだ。だから彼はコードネーム『美女(ル・ベル)』で彼女が『野獣(ラ・ベーテ)』。ついでにベーテはフランス語で野獣って意味だよ。本当は美女ってのは女性名詞だからラ・ベルでも良いんだろうけど、名付けた人がちょっとばかり皮肉を入れていてね」

「や、ややこしいんですね」

「そうでもないさ。こっちの女はさっきのアモカンへの飛び掛かりを見りゃ分かるが野獣そのものだ。こっちの男は中身が乙女だ」


 アクロは面倒くさそうに補足を付け加える。チーム美女と野獣と初めて出会う者は大抵見た目のままに認識してしまう。

 なるべく早めに誤解を解いておかないと後々問題になることもあるのだ。


「別に私は乙女と言うつもりはないのだがな。だが彼女の内に潜む猛獣の姿と比較するのであれば。確かにうら若き乙女と称されても仕方ないのかもしれないな。……そうだお嬢さん、これを渡しておこう」


 そう言ってベルは白と紫の花の押し花で造られた栞を差し出す。


「わぁ、綺麗」

「トルコキキョウ、花言葉は穏やかと感謝。出会いへの感謝と互いの良き関係を願って」

「……乙女ですね!」

「だろ」

「男でも花言葉を使う者はいると思うのだがな」

「手製の押し花の栞を持ち歩く奴はなかなかいないぞ」

「手作りなんだ……。それはそうと、さっきのやり取りは一体……?」


 悠としてはいきなり刃物を相手につきつける光景は相当なショックがあった。

 だが今目の前にいる四人は既に穏やかな感じとなっている。いや、ベーテだけはアーモボックスの方を、獲物を見つめるような目つきで見ているのだが。


「私達の関係を初めてみるお嬢さんには、どことなく心配を与えてしまったかもしれないな。特に増悪の孕んだ関係とかではない。以前組んだ際にこちらが少々負けた気分にさせられた程度だ」

「そ、そうなんですか……」

「私は負けてないわよ! 勝負がはっきりとついていないのが嫌なだけ。決着をつけるわよ、アーモボックス!」

「だからなんで俺なんですかねぇ!? 実力だったらアクロの方が近いでしょうが!」

「だってその女、銃使いじゃない。銃使いだったらル・ベルと張り合わせるのが筋でしょう?」

「それは同感だ。私も近接戦闘しかできない蛮族とは関わり合いたくない」

「待てアクロバット。ラ・ベーテは獣であって蛮族ではない。彼女の戦いは人であることを認めない。揶揄するのであっても言葉は選んで欲しい」

「……ついでにこの細かい乙女とも張り合いたくないな」

「私もトリガーハッピーな君とやり合いたいとは思わないさ。どうせ今でもアーモボックスの弾丸を湯水のように使う夢を見るのだろう?」

「お、ベルちゃん、良く知ってるね!」

「おい、アモカン!」


 悠は暫く考えた後、多分エニシ狩りの人達は皆こうなのだなと納得することにした。

 後にその判断が新たに誕生するエニシ狩りの扱いを粗雑な物にすることになるが、それはまた別の話となる。


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