2018/04 其1『幻影』
アクロとアーモボックスはアジアのとある国の空港へと降り立ち、入国審査を済ませる。
特異災害駆除機関、『トキ』の行動範囲は日本国内に限られた話ではない。
今回のように他国に発生したエニシの駆除を引き受けることもある。
日本は土地が狭く、その領土全域に十分なエニシ狩りを派遣することができる。
人の手の入らない土地であれ、ドローンや航空機の巡回ルートはそう難易度が高いわけではない。
故にエニシの発生を知らせるファレアティップ粒子の検出は世界中でも比較的に早く、その被害の少なさも世界で上位に入る。
だがそんな日本でも数ヵ月以上生存するエニシは発見される。
土地が広く、十分な対策を練ることのできない国ならばその規模はなおさらのこととなる。
そのため各国は近隣国家同士で協定を結び、他国へ自国のエニシ狩りを派遣するようにしている。
先進国としては多くの見返りが得られない協定となる。しかし対処しきれず、放置されたエニシは活動範囲を伸ばし、周囲の国の脅威と成長してしまう。
そのリスクを排除し、各国が自力で対処できるようにと導くのは先進国の使命のようなものだ。
ただデメリットだけではない。国の文化が違えばエニシのコアとなる物質も様々に異なる場合が多い。
モルギフトを制作する際に希少な特異性を持つエニシを発見できる機会も増える。
アーモボックス達に依頼された内容は発見されたエニシの特異性の調査、および駆除またはコアの回収である。
「飛行機は嫌いだ……鉄の棺桶だって、あれ」
「良い大人が青い顔をして項垂れてるなよ。さっさと行くぞアモカン」
「へいへい。コアの回収にならなきゃ良いな」
「まったくだ。お前の血弾じゃコアまで破壊されるんだからな。足手まといに拍車がかかる」
「んまっ! 酷いわねっ!?」
レアケースであるエニシと遭遇した場合、エニシ狩りは本部へと連絡し、指示を仰ぐ。
そして場合によってはエニシのコアの回収を最優先とした任務へと切り替わるのだ。
アーモボックスの血弾はあらゆるエニシを確殺する猛毒のウイルス弾丸、しかしその際にコアにすら影響を及ぼし、完全に破壊してしまう。
核となった物質を無傷で回収しやすいメリットはあるが、コアの回収時には血弾は使用できない。
血弾の提供ができないアーモボックスにできることは、ファレアティップ粒子の濃度からエニシの居場所を探り、アクロの背後でエニシの動向を観察、本部との連絡を行うといったものに限られるれる。
空港を出ると、その国所属の機動隊と合流する。軍用車両に乗り込み、今回のエニシに関する情報を聞き出す。
被害に遭ったのは森に囲まれたとある集落。命からがら逃げだすことに成功した現地人の情報提供により、事件の発生が発覚される。
昼に機動隊が現地に向かうも生存者は発見できず。発見された死体の破損状況から、エニシは人間を『捕食』したものとされている。
機動隊は集落にキャンプを設置、エニシを迎撃する準備を行った。
しかし結果は凄惨なものとなる。定時連絡が途絶え、後続隊の到着した後日の昼には集落に陣を張った機動隊の先陣チームは誰一人残っていなかった。
残された武装を調査した結果、相当数の発砲が確認されたことから該当エニシには重火器の類が通用し難いのではと言う結論に至る。
そしてそのエニシの脅威度が高いと判断した機動隊の上層部は、協定国の日本にある『トキ』へと協力の要請を打診した。
「なんでその状況で私達が呼ばれたんだよ。私の武器は銃だぞ」
「現地の写真データを見た担当があることに気づいたのさ。これね」
アーモボックスはスマホの画面を見せる。そこには荒れ果てた集落の画像が写し出されている。
「エニシに破壊されたと言うより、機動隊との戦闘で重火器の被害に遭ったって感じだな」
「そ、他の写真も見てもそうなんだけど、集落ではあちこちに銃弾が撃ち込まれている。機動隊がパニックになってがむしゃらに撃ったって思えなくもないんだけどな。この写真が分かりやすいかな?」
「……なるほどな。思ったよりも照準がばらけていない。機動隊の連中は闇雲に撃ったんじゃなく、エニシに向かって冷静に発砲している。だけど命中したのは後方にあった民家ってことだな」
「これだけの数を貫通させていたらエニシも無事じゃすまないだろうからね。銃弾を回避できる機動性があるタイプじゃないし、弾く装甲があるわけでもない。何かしらの絡繰りで銃が当たらないと見るべきだね」
「つまり、上手く当てろって私への焚きつけか」
銃が効かない相手と判断されたのならば、銃使いであるアクロが選定されることはなかっただろう。
だが今回の相手は銃が当たらない相手、なればこそ曲芸師の出番だと白羽の矢がたったのだ。
「ま、このまま現地で迎え撃っても機動隊の二の舞だ。ある程度の情報は仕入れておくべきだな」
アーモボックスは同伴していた機動隊の者から、現地の近隣にある他の集落の情報を聞き出す。
同じ森に似た集落は存在しており、エニシ発生後機動隊による避難活動が行われた。
現在は今向かっている駐屯地にて、共同生活を行う形で保護を受けているとのこと。
「んじゃ先ずはそこで情報収集だな。アクロは適当な装備や物資の確保をよろしく頼む」
「マシなレーションがあれば良いんだけどな。この国のレーションってメイドイン何処だ? イギリスだったら帰るぞ」
「カレー粉用意してあるからそれで我慢しなさい」
「いや、アレにカレー粉は勿体ない。カレー粉を水に溶いて飲んだ方が数百倍マシだ。ったく、なんで国外任務の時に国内産のレーションを持ち込んだらいけないんだよ」
「『トキ』と自衛隊が仲良くするとうるさい方々がいるのよねぇ……」
他国から自国を守るための自衛隊に否を唱える者は少なくない。
それと同様に正体不明であるエニシの脅威から国民を守る『トキ』もまた、国民の支持を得られきっていないのが現状である。
もしもこの二つが公に共同体制を敷けば、それぞれの反発派が手を組み、より一層声が大きくなる恐れがある。
どちらも国が必要と判断した上で用意した組織、ないものとすることはできない。
故に完全に独立した組織として区分けし、距離感を保つようにしている。
そのため『トキ』の施設や武器などは他国から輸入し、日本のエニシ狩りは自衛隊の持つ武装を使わないようにしている。
「私としてはこのP320が手軽だから良いけどな。日本製の銃は質が良くても生産ラインが足りなさすぎだ。別個で仕入れてたらどれだけ納期かかるんだよ」
「そりゃあ日本人は銃を携帯しないからな。拳銃大国と比べちゃダメだろ」
アクロは銃に対し執着を持たないようにしている。どの銃でも十二分に扱うことができるからだ。
しかし、銃の個性があることは知っている。新規の銃を使用する際には自分が馴染むまでに相応の時間が必要とされる。
それ故にアクロは銃が破損しても替えが効きやすいようにと、普及率の高い銃を好んで使う。
米軍が新規に標準仕様の銃として採用したシグ・ザウエルP320を持ち武器としているのもそのためである。
対するアーモボックスは殺傷能力のある武器を使わない。
支部や本部に立ち寄った際には射撃の訓練も行っているのだが、数年を通してまるで上達する素振りが見られないのだ。
生半可に武器を持つと自分の身を護ることが難しくなり、貴重な血液を無駄にすることになりかねない。
そう言った理由からアーモボックスの扱う装備はスタングレネード、スモークグレネード、後は幾つかの特殊工作道具となっている。
二人を乗せた軍用車両は現地から最寄りの駐屯所へと到着する。
実際には嘗て廃校となった学校らしく、敷地内には多くのテントが張られており、避難した人々で溢れかえっている。
「こりゃ早く解決しないことにゃ、ここへの食糧供給だけでも凄い費用になりかねないな」
「んじゃ情報収集は任せた」
「あいよ」
アクロは機動隊と共に軍のテントの方へと向う。残されたアーモボックスは気合を入れつつテントで行動している避難者達へと歩み寄った。
直接被害に遭った集落に訪れた者がいないかを訪ね、集落の話を聞いて回る。
どう言った生活をしているか、土地ならではの伝承は語られていないか、最近葬儀が行われた者はいないか。
「生活は他の集落とほぼ同じ。伝承とかはあるにはあるけど、該当のエニシのイメージにそぐわない感じだな。葬儀の方もエニシが発生する半年以上前にあったくらいか……」
小さな集落でありながらも、他の集落との交流もそれなりにあった。
エニシが発生する数日前に集落を訪れた者から聞いた話では、特にこれといった問題も浮かび上がらなかった。
一通り話を聞きまわったが、結局エニシに関する情報は得られなかった。
「そうなると今回のエニシの発生条件は……集落に住む者が何らかの出来事で縁のあった物を失った、そう考えるのが自然かな」
アーモボックスは数ヵ月前に日本で出会った少女のことを思い出す。
父の形見であった懐中時計を紛失したことでエニシが発生した。
このパターンの場合、伝承や人の死を介さずにエニシが発生することがある。
アーモボックスは最後に集落から逃げ伸びた人物に接触を試みようとしたが、既に別の病院へと搬送され、情報を得ることはできなかった。
その人物の容姿や特徴だけを確認し、アクロと合流する。
合流したアクロはアーモボックスに大きなリュックを投げ渡す。受け取ったアーモボックスはその重さにふらついた。
「また随分と用意したもんだね」
「人手を出す余裕がないとか言われたからな。その分多めに用意させた」
「まあ、そうだよねぇ」
エニシ狩りは常人とは違う。その戦いは訓練された兵士といえども、足手まといになる事の方が多い。
既に一チームが失われた機動隊の士気はかなり低い。無理な交渉をしたところで大した成果は得られないと判断したアクロはせびれるだけせびったのだった。
「そっちはどうだ?」
「ダメだな。ビックリするほど情報が得られない。こうなると個人の私物がエニシになったと考えて、現地で色々調べた方が早い」
「今から現地に向かったら結構な時間だぞ?」
「なら明日にしよう。朝なら機動隊の人達も送り迎えくらいはしてくれるだろ」
「別に私個人で戦えば十分なんだがな」
「そりゃあアクロなら負けないって信じられるけどな。でも特異性を見極め、場合によってはコアの回収をしなきゃならないんだ。そこまでできるかって言われるとアクロじゃなぁ……」
「こんの……まあ、私だって好き好んでエニシを分析したいだなんて思わないからな。出来高での追加報酬なんだし、アモカンの判断に任せるさ」
「――そいつはどうも。それにしても随分と丸くなったもんだな」
アーモボックスとアクロがコンビを結成したのはおよそ二年前。
既にエニシ狩りとしての才覚を発揮していたアクロの前に、一般人上がりのアーモボックスが現れた。
その血液の特異性、血弾の破壊力にはアクロも直ぐに価値を見出したが、アーモボックス個人のスペックには相当な不満を持っていた。
今でも不満があることには違いないが、当時は素人の意見だとほとんど取り合わず、エニシ狩りの大半はアクロの独断で行っていた。
「勘違いするなよ、私は変わっちゃいない。アモカンが足手まといだってのは今でも思ってる。――それでも、実績を出している奴の意見くらいは耳を貸す」
意見の衝突が絶えない二人だったが、それでもアーモボックスはアクロが納得するだけの功績を残した。
直接的には戦闘に参加できないアーモボックスでも、自分とコンビを組むだけの場数は踏んでみせた。ならば得意分野に関しては任せても良い。それがアクロの見解だ。
「おかしいな。その理屈だと、生活態度が改まってなきゃおかしいんだが」
「風呂上りは下着を着るようになっただろうが。髪もタオルでしっかり拭いてる」
「食生活は?」
「メニューにあればサラダも注文している」
「うーん。なんとも褒めにくい」
「そこは褒めろよ。オカンの小言に従ってやってるんだ」
「んまっ! 小言とか言わないの!」
二人は集落周辺の地図を借り、駐屯地にて夜のうちに打ち合わせをすませた。
そして朝陽が昇るのと同時に、エニシの出現した集落へと出発した。