2018/03 『土蔵の中』
「到着っと、それじゃあ探しましょうかね」
アクロとアーモボックスは指令により、ファレアティップ粒子が観測された町へと足を運ぶ。
駅から眺める景色は平穏な街並み。夜にのみ活発となるエニシのことを考慮すれば、日の照らす昼が平和なのは自然なことではある。しかし、自分達の住む場所に化物が発生するといった奇怪な現象が普及しつつある現在でも、人々の暮らしが比較的変わりないのは良いことだとアーモボックスは朗らかに笑う。
「綺麗な女性でも見つけたのか。公の場でにやけるな」
「違いますぅー! 俺達が平和を守ってるんだなぁってしみじみしてたんですぅー!」
「そんなもの、普段から実感しておけ。ああ、お前は戦闘しないからな。実感が湧きにくいのか」
「んまっ! 棘のある言葉! しっかり応援しているでしょ!?」
「そうだな。まさかチアガールの使うボンボンを自作して応援してくるとは思わなかったよ」
アクロは恨みがましくアーモボックスを睨む。その視線をアーモボックスは滑らかに泳がせて合うことから逸らした。
「いやあ、手持ち無沙汰だったからな」
「危うく怒りで集中力が途切れて、久しぶりに死ぬかと思ったぞ」
この町に来る前の仕事で、アクロ達はバスケットボール型のエニシと戦った。
本場アメリカでのプロ選手が書いたサインボールだったらしく、その動きはプロが操作するボールの如くトリッキーな動きだった。
その中で『アメリカっぽく応援すればなんか反応あるんじゃね?』とアーモボックスはチアガールの様に応援して見たのだが、結果はアクロの集中が途切れ、一撃を貰うこととなっていた。
幸いアクロの怪我は打撲程度で済んだ。ついでにアーモボックスにもそこと同じ個所に、アクロからのボディブローが見舞われた。
「すーぐ八つ当たりしちゃうんだから、修行が足りないなぁアクロちゃんは」
「こんの……。まあいい、約束通り次の飯はお前の奢りだ。調査ついでに飯屋も探すぞ」
「はいはい。うーん。この辺は思ったより濃くないな。少し歩いたところかな」
ファレアティップ粒子、エニシがその体を構築し始めるのと同時に空気中に散布される特異な粒子である。
その拡散性は非常に高く、エニシが活動可能になる時には町一つを覆う程の量が確認される。
だがそれ故に、各地に設置されているファレアティップ粒子を探知する装置が機能し、エニシの発生を迅速に嗅ぎ付けることができる。
ただ運用コストなどもあるため、全ての地域に配備することはできていない。
それ故に装置を詰んだ偵察機やドローンなどの使用も併用されている。
しかしその装置では詳細なエニシの位置は特定できない。ファレアティップ粒子が濃過ぎるためである。
改良を重ねてはいるが、その進捗は芳しくない。しかしエニシ狩りの者達にとってはさして困ることでもない。
彼らがエニシと戦うための装備、モルギフトと呼ばれるエニシの特異性を使用可能になるアクセサリーの副次効果には、ファレアティップ粒子の濃度を感じ取れる機能がある。
モルギフトは本来エニシの核から作られ、使用の際には微弱ではあるがファレアティップ粒子が検出されることもある。
それ故に、他のエニシのファレアティップ粒子に過敏になり、感知できるようになるのではないかといった推測が立てられている。
道を進み、分かれ道へと差し掛かる。二人は道を見比べ、同時に別方向を指差す。
そしてアクロは舌打ちし、アーモボックスの指差した方角へと進んでいく。
「くそ、こっちだと思ったのに」
「まだまだ距離があるからな。仕方ないさ」
モルギフトの副次効果には身体能力の向上などもある。アクロは身体能力の向上の恩恵を大きく受けているが、アーモボックスは皆無。
しかしファレアティップ粒子の濃度を見分ける感性については、アーモボックスのそれはアクロも認めざるを得ないほどに優れている。
それは単独且つ短期間で、エニシの発生場所を特定できるほどだ。
アクロが正確に検知できるのは半径一キロメートル。アーモボックスはその十倍である。
「ったく、エニシの位置を探知するモルギフトが欲しいよ」
「アクロの性格的に適性なさそうだけどな。今のとこ、射撃補正の能力ばっかりじゃん」
「銃に染まった生き方だったからな。もう少しレンジャー系の訓練にも浸かっておけば良かった」
「俺も一つでも良いから肉体強化の恩恵が欲しいよ……」
モルギフトは誰にでも使用できるものではない。その人物に適性がなければ使用できない。
その条件は定かではないが、基本的には当人と噛み合う類が適合しやすいとされている。それ故に異なる方向性のモルギフトを複数持つ者はほとんどいない。
とはいえ同系列でも複数のモルギフトを持つエニシ狩りはそれだけで稀である。こと『七つ』ものモルギフトを持つアクロはそれだけでエニシ狩りの中でも異才を放っている。
しばらく道を進むとアクロの目線が一点に注がれる。視線の先にあるのは一軒のラーメン屋。
アクロは暖簾の近くまで歩み寄り、周囲の匂いを嗅ぐ。
「よし、ここにしよう。暖簾に染みついた匂い的にアタリの部類だ」
「ラーメンかぁ……夜なら良いけど昼からはちょっと重いかなぁ……」
「なら冷やし中華でも頼んでろ。やってるっぽいぞ」
「まだ三月なのに!? うわっ、本当だ!?」
店内に入ると、鉢巻を頭に巻いた中年の男性が読んでいた新聞紙を下げ、出迎えてくれる。
「らっしゃい、お二人さんかい?」
「とんこつチャーシューメン大盛。あと餃子と炒飯。ああ、炒飯も大盛で」
「あの、表ののぼりにあった冷麵ってやってるんです?」
「あるよ。常連さんが冬でも食いたいってごねるからな。身震いするほどにきんっきんに冷えてるぜ」
「……ネギ塩ラーメンで」
程なくしてテーブルに運ばれてくる料理。アーモボックスは自分の分をスマホで撮影し、メールで送信する。
エニシにのみ毒性を持つウイルスを保持する彼の特異な血液は、特異災害駆除機関『トキ』をもってしても未だその正体が完全に解明されていない。
食事による変異は確認されていないにせよ、アーモボックスの体内に取り込む飲食物は全て報告する義務が課せられている。
ちなみにこの光景を以前女子高生に見られ、『うわ、あのおじさんSNSにアップしてるよ』とか笑われたのは今でもアーモボックスの心に傷を残している。
「うん。美味いな。帰りにも食いたいところだ」
「普通同じ店に二連続で行く?」
「流石の私でも今度は普通盛りにして、もう一品別のラーメンを頼むさ」
「結局とんこつラーメンは食べるのな。ほんと、それだけ食べて太らないのって素敵よね」
「モルギフトで身体能力を強化した分、消費されるカロリーが増えるからな」
「まあ素敵。でも俺の記憶が正しければ、アクロみたいにドカ食いするエニシ狩りとか見たことないんだけど?」
「アイデン教官は小食に見えて一日七食以上食べているぞ」
「マジで!? そういえば結構携帯食持ち歩いていたけど……忙しいからってだけじゃないのね」
「……あ、これ言いふらしたらダメな話だった。忘れておけよ。バレたら殺されるぞ」
「なんで人にそういう危険情報を押し付けますかねぇ!?」
二人が雑談しながら食事を勧めていると、一人の老人が店に入ってくる。
最初に視線を向けたのはアーモボックス。そしてその反応を見てからアクロも老人を見る。
「らっしゃい、いつもので?」
「ああ、頼む」
老人は適当な雑誌を手に取ると、アーモボックス達の隣の座席へと座る。
そして雑誌を読もうとしたところ、アーモボックスに向けられている視線に気づいた。
「何か?」
「ああ、すいません。実は私この辺に来たのが初めてでして。お爺さんはこの辺の地理には詳しいですか?」
「まあ人並みにはと言ったところだが」
「この辺で最近、亡くなった方っています?」
「はて……ああ、いたな。わしが来た方角、向こうだな。ある程度進むと古びた大きな屋敷がある。そこの婆さんがこの前救急車で運ばれたのを思い出したよ。サイレンを鳴らさずに帰って行ったから多分手遅れだったんだろうな」
「なるほど……ありがとうございます」
「お兄さん、役所の人――には見えないけど。葬儀屋かい?」
「いえいえ、こう見えても地方の調査をして回っている公務員ですよ」
「へい北極冷麵お待ち!」
老人の目の前に出されたのは冷気の漂う冷麵。スープの中には同じスープを凍らせたであろう氷がいくつも浮かんでおり、乗せられている刻みチャシューの脂がみるみる白くなっている。
「常連のお客さんってお爺さんだったのね……」
「芯まで凍り付く美味さじゃぞ。……くうっ、身震いする味じゃ!」
「そりゃ凍り付くし、身震いもすると思いますけどね……」
「……アモカン。あれ、シェアで頼まないか?」
「マジで?」
ラーメン屋を後にした二人は、老人から聞いた話の通りに道を進んで行き、それらしき屋敷を発見した。大きな門と塀に囲まれた年代物の屋敷。周囲には僅かながらに雑草が目立つ。
「うう、体が冷える……先に食べたラーメンの熱が綺麗に奪われてるよ、これ」
「だが美味かった。夏にまたこの辺でエニシが湧いてくれたら是非とも食べたいところだな。……くしっ!」
「アクロちゃん、結局七割食べたからね。自販機でコーンポタージュでも買う?」
「どうせすぐに体を動かすんだ。問題ないさ。それで、間違いないっぽいな」
呼び鈴を鳴らすも反応はない。だがエニシ狩りである二人はこの屋敷の内部からより濃いファレアティップ粒子を感じ取っている。
「ああ、ここだろうね。玄関の門は施錠されているけど……非常時だし仕方ないか」
アーモボックス達は門の横にある塀にまで移動し、周囲を確認する。
人目がないのを確認すると、アクロはモルギフトによって強化された身体能力で、軽々と塀の縁まで飛び上がり、登り切ってみせた。
暫くして、正面の門がアクロによって開錠される。アーモボックスはそれを確認し、一礼しながら中へと入る。
中の様子は正面に大きめの母屋。左右には納屋や土蔵が見える。
「さてと……これだけ濃いと、もう生まれてるんじゃないのか?」
「それにしては比較的綺麗だよね。エニシが暴れた痕跡がない。こういう場合、考えられるのは……」
アーモボックスは土蔵の方へと歩みを進める。土蔵は年季を感じさせ、重量感のある扉と大きな閂が印象的となっている。
そして二人は確信する。この中にエニシがいると。生まれたてのエニシは知能が低い。
それ故に初期にいる場所の状況を普通のものだと認識する。土蔵の様に閉じられた空間に発生した場合、そこから出ようとするには外があるのだと認識するまで成長する必要がある。
「屋敷の人が亡くなってからまだ人が来てないんだね。それでエニシも大人しいままと」
「それじゃ早速仕留めるか」
アクロはホルスターから銃を抜き、南京錠へと向け発砲する。九ミリパラベラム弾は正確に命中するものの、その表面を僅かに凹ませるだけで破壊には至らなかった。
「人の家で迷わず鍵を発砲して壊すとか正気ですかね!?」
「忍び込んでいる時点で何をいまさら。しっかし、良い鍵使ってるな。九ミリじゃダメだ、打撃で壊すか」
「あーもぅ! ちょっと開けるからアクロは下がってなさい!」
アーモボックスはアクロを下がらせると、持参した荷物から工具を何点か取り出す。
そしてこそこそとピッキングを始める。
エニシは人と縁のあった物が、人の手から離れた時に発生するとされている。
その中でエニシが発生しやすい条件の一つに持ち主の死がある。
親戚から疎遠な者、孤独死した者の遺品は直ぐには処理されにくく、人の住まなくなった家などはエニシが非常に発生しやすい。
それ故にエニシ狩りの一部の人間は、空き家に忍び込む技術などが自然と身に付いているのだ。
最新の鍵にもなればディンプルキーなどが使われており、まず素人では開錠できない。
しかし古びた南京錠であればその大半はシリンダー錠。仕組みを知った上である程度の経験を詰めば比較的容易に開錠することができる。
アーモボックスは真剣な表情のまま南京錠と格闘し、十五分程度で南京錠を開錠してみせた。
「開いたか」
「ど、どうよ!」
「遅い。泥棒は開錠に十分以上掛かったら諦めるって聞いたぞ」
「泥棒じゃないからいいんですぅー! 弾丸は何発使う?」
「土蔵から出てないってことは生まれたてだろ? なら一発で十分だ」
「予備は要らない? この前も水筒型エニシ相手に血弾を無駄撃ちしたよね?」
「あれは水筒の層が思ったより厚かったんだ。……じゃあ二発だ」
特殊な弾頭を使用し、貴重な血液を含ませることで運用コストが厳しいアーモボックスの血弾は、一度装置から取り出すと再度戻すことはできない。
しかし戦闘力の低いアーモボックスが戦闘中に弾を取り出し、アクロへと血弾の受け渡しをするのはそれ相応のリスクが発生する。
敵の強さを検討し、その時に使う血弾の弾数を見積もるのがこのチームのお決まりとなっている。
アクロは受け取った血弾を先にカートリッジへと装填し、その上から通常の弾丸を込める。
特異性を持って自衛を行うエニシを初撃で仕留めることは難しい。確実に血弾を命中させるプランを練り上げるまでの間は、様子見がてら通常の弾丸で戦うようにしているのだ。
「飛び出してくるかもしれない。アモカンは入り口から離れてろ」
「言われなくとも。まだ夕方前だし、そこまで心配する必要もないと思うけどね」
エニシは陽の光を好まない。かといって西洋にいるヴァンパイアのようにそれが弱点だというわけではない。
未だに様々な説が説かれているが、自らの姿が黒を主体としているために、闇夜に紛れようとしているのではというのが有力となっている。
しかしアーモボックスはエニシとなった姿を縁人に見られたくないといった、大切にされてきた物達の淡い願いではないかと思っている。
以前そのことを酒の席でアクロに話した結果、鼻で笑われたことは記憶に新しい。
アクロは片手で指折りをしてカウントを行う。残り三秒となった段階で指折りを止め頭の中でカウントを再開、そのまま扉に手を掛け、カウントゼロに合わせて一気に開いた。
「……」
アクロは土蔵の中に銃を向けたまま、内部を観察する。差し込んだ陽の光が浮かび上がらせたのは壺や箪笥などの古い家具や雑貨品。しかしエニシの姿は見えない。
アクロは土蔵の中に手鏡を差し入れ、外側から見えなかった天井を確認しつつ内部に入る。
しかし天井にもエニシの姿は見えない。再度周囲を確認するもそれらしき姿は見えない。
いないということはない。扉を開いた時に漏れ出した高濃度のファレアティップ粒子がエニシの存在を物語っている。
知性の低い生まれたてのエニシが、自らのテリトリーの内部に人が入り込んでも姿を現さない理由は二つ。一つは差し込んでいる陽の光を警戒している。もう一つは潜伏することに長けたエニシであるということ。
「いないな。別の場所にいるようだ。あーあ」
アクロは銃を下げ、土蔵を出ようとする。その瞬間、土蔵の入り口を覗いていたアーモボックスはその光景を目撃した。
壺の中から伸びる一本の黒い腕がアクロへと迫っていた。
「アク――」
アーモボックスが声を上げようとした瞬間。その表情の変化を合図にアクロが銃を降ろしたまま数発発砲する。それは白い軌跡を描き、地面へぶつかったかと思うとまるでピンボールの弾のように跳ね上がり、迫りくる腕を貫いた。
アクロの持つモルギフトの一つ、『因幡の白兎』。対象の反発係数を限りなく1にする特異性。
それにより運動エネルギーが消費されず、如何なる角度、場所においてもその銃弾は跳弾することとなる。
アクロは僅かな時間だけ効果を保持し、跳弾を一回のみ発生させた。特異性が解除されればその銃弾は本来の破壊力を取り戻すことになる。
「ギィァッ!?」
銃弾に貫かれた痛みで黒い腕が悶える。
アクロは振り向きざまに状態を確認。壺に向けて一発の銃弾を打ち込む。
壺が割れ、中にいたエニシの全身像が露となった。
「……手だけ?」
アクロ達が確認したのはエニシと思われるものの腕、それだけである。
熊手のような先の曲がった爪が並び、根元部分にはエニシの眼が存在している。
その正体を掴むことを考えるよりも、痛みに苦しんで隙だらけな好機を活かすべく、アクロは銃を発砲した。
撃ち込んだのはアーモボックスの血弾。しかしその発砲音に反応してか、エニシは素早く体を捩って回避する。
エニシはそのままアクロへと飛び掛かる。だがそのエニシの後方から一発の銃弾がエニシへと命中した。
アクロの『因幡の白兎』は発動後、任意のタイミングで解除することも可能である。
持続時間が長いほど気力や体力を失うという欠点はあるが、狭い空間で放った『因幡の白兎』はその中を縦横無尽に跳ね回り、目的へと接するその瞬間まで勢いが衰えることはない。
アクロは銃弾が回避される気配を感じ取り、因幡の白兎を解除しない選択を取った。
弾は土蔵の中を跳ね回り、やがて再びエニシへと向かってくる。
後はモルギフトにより強化されているアクロの動体視力を使い、そのタイミングを見極め解除すれば確実に命中することとなる。
「ギィイァアアアアアアッ!」
先程の痛み以上の苦しみを伝える断末魔が響く。地面を転がり、暴れる。
そして暫くして、その体は風化するように崩れて行った。
それを見届けたアクロは呼吸を整え、息を吐く。数秒間とはいえ、特異性を保持し続けることは多くのスタミナを消費する。最初に使用した一回だけの跳弾の白兎は一発毎におよそ五十メートルを走った程度。最後に使用した連続跳弾の場合は数キロを走った程度の疲労感が襲ってくる。
モルギフトの恩恵により体力の底上げも得ているアクロではあるが、多少の疲れは残る。
アーモボックスがエニシの断末魔を確認し、土蔵の中へと近づく。
そして崩れ去ったエニシの中に含まれていた物体を発見した。
「孫の手か。なるほど、痒い所に手が届くから伸びる腕となったのか」
「あんなもんに掻かれたら痒い所が痛くなるだけだろうがな」
「……これだけ色んな雑貨がある中で、孫の手がエニシになったのか」
アーモボックスは落ちていた孫の手を拾い上げ、その細部を確認する。
年代物というほどではない。恐らくは数年、古くても十年ほど前に購入された物だ。
「ただの偶然だろ」
「どうだろうね。もしかしたらこの屋敷のお婆さんにとって、最も強い縁を持てる道具だったのかもしれない」
アーモボックスはラーメン屋で食事をした際に、常連客である老人からこの屋敷に住む女性についてある程度の情報収集を行っていた。
一般的な家庭であり、何人かいた子供達はそれぞれが立派に成長し独立した。
孫ができ始めた当初は頻繁に顔を出していたが、その孫の成長と共に疎遠になり始めた。
その後、夫と死別。一人でこの屋敷を管理し、やがて女性も最期を迎えることとなった。
「強い縁を感じる道具だとして、なんで土蔵に放り込んであるんだよ」
「幾つか推論はあるけど……確かめてみる?」
「どうやってだ?」
アーモボックス達は母屋へと忍び入り、その内部を見て回った。
そこは老人女性が一人暮らしをしている雰囲気が滲んでおり、今にも本人が部屋の奥から現れて来そうな感じだ。
「特にこれといったものは見当たらないぞ?」
「それだ。見当たらないんだ。色々な私物はあるけど、子供や孫達の痕跡が全く、写真も一枚もない。喧嘩して疎遠になったのか。それとも、寂しさを感じないために処分したのか……多分後者だ。子供たちが成長して立派に生きているのを自分が寂しいからと呼び出したくないがために……ってところだな」
「それで、その孫の手とどういう関係があるんだ?」
「多分これは記念品、古さから見て、初めて孫からプレゼントされたとかの思い出の品なんだろう。目に付く場所にあったら子供達や孫達のことを思い出し、寂しくなってしまう。だけど捨てるには忍びない。だから土蔵に保管していたんだと思う」
「最後に捨てきれなかった未練が、一番の縁になったってことか。少しくらい子供に甘えればよかったのな」
「これだけ立派な屋敷に住んでた人だから、きっと厳格な家庭に育ったんだろう」
二人は土蔵へと戻り、孫の手を目立つ位置にそっと置いた。
土蔵を開けば、真っ先に目に付くような場所に。
アーモボックスは孫の手を長めながら、ゆっくりと土蔵を締める。
「そう遠くない内に、この屋敷の持ち主の子供らが荷物の整理にくることだろう。その時にここにあることの意味を考えてくれたら、少しはここに住んでいたお婆さんも浮かばれるんじゃないかな」
「業者に頼んで処理させるかもしれないけどな」
「それだけ薄情なら仕方ないさ。そういうこともあるって話だ。それにしても思ったより早く片付いたな。正直そんなにお腹空いてないんだよなぁ……」
「そうか? 私はもう普通に食べられるぞ」
「んじゃ一品だけ半分シェアって形で良い? 俺が食う分は全額俺が出すんで」
「それは良いけど。とんこつラーメンか冷麵になるな」
「胸焼けか、凍えるかの二択かあ……」
「そうだ、両方を四分の一ずつ食べれば良いだろ」
「それ、俺が両方金を出すことになるんですけどね?」