2002~2015 其10『AA』
私の今の気分は最悪だ。その理由は言うまでもなくこのおっさんのせいだ。
「おい」
「なんです?」
「これは何の真似だ」
銃とナイフを抜き、おっさんを睨む。そのどちらにも本部から常に装着するようにと発信機が取り付けられている。そしてその発信機を見つけるための受信機を持ってニヤニヤしているのがこのおっさんだ。
「そりゃあいつも勝手にエニシに向かって走っていって、見つける頃には戦闘が終わってたりするんだもの。少しでも早く追いつけるようにする工夫だよ」
「……ふざけるなよ」
何に腹が立つのかと言えば、このおっさんは勝手に本部に申請し、私の許可なく私の武器に不要なものを取り付けさせた。すぐにでも粉々に破壊してやりたいが、本部からは取り外せば罰則だと念を押されている。
「ふざけちゃいないさ。アクロさんが勝手に動く以上、俺が追いつくには必要な方法だ。服とかじゃ脱ぎ捨てられる恐れがあるけど、獲物につけておけば捨てるわけにもいかないだろう?」
「っ、命を預けなきゃ行けない武器に余計な物を取り付けることの意味、分かってるのか?」
「ああ、うん。同じことをフラワーショップさんだったかな?その人にも言われたよ。でも連携を取るために必要な行為だと説明したら、あっさりと承諾してくれたよ」
こんな勝手な行動を了承する馬鹿な奴は誰かと思ったが、やっぱりあのハゲか!そもそもあいつ獲物とか使わないタイプのエニシ狩りじゃないか。
「連携なんて取る必要がない」
「あるさ。あると思ったから用意したん――だっ!?」
アーモボックスの胸ぐらを掴み、その体を持ち上げる。何を思い上がっているかは知らないが、こいつがしていることは私の邪魔だ。
「素人として足を引っ張ることはギリギリ許容してやってるんだ。でもな、自分の意思でやっているのなら話は別だ」
「ぐっ……勝手に許容してるんじゃないよ。俺は君のパートナーであって、君の道具じゃぁない」
「素人がプロに口出しすることじゃないって言ってるんだ」
「はっ、今まで未熟とみなされて、まともに仕事も与えられなかった奴がプロを名乗るのかよ」
アーモボックスを地面へと叩きつけ、掴んでいた腕でそのまま首を締めていく。成人男性だろうがモルギフトの力すら使えないような素人に力負けするようなことはない。
「多少周りから期待されてるからって、勘違いしているよな、お前。これが現実なんだよ、女の私の片手で何一つできずに絞め殺される程度がお前なんだ――ッ!?」
全身が痙攣するほどの衝撃を受け、咄嗟に手を放し距離を取る。アーモボックスの腕にはいつの間にかスタンガンが握られており、それを当てられたようだ。
「いつつ……服越しでもビリっときたな……。んで、何一つなんだって?」
「こんの……。上等じゃないか」
「上等なもんか、こんなやりとり下等も下等だよ、この馬鹿」
「馬っ――」
「戦闘のプロだか知らないけどな、こちとら人生三十年近く生きてる社会人のプロなんだよ。人と組む素人が偉そうにしてるんじゃないよ」
「何が社会人のプロだ」
「ほら、証拠!」
アーモボックスは懐から携帯電話を取り出し、それを僅かに操作したかと思いきや、私の方へと投げ渡した。私はそれを受け取り、映し出されている画面を見た。
「なんだこの名前の羅列……ああ、連絡帳か。これがどうしたって――」
この携帯電話は本部から支給される二台の内、組織に関係する者達の間でのみ使用するようにと使用を絞られている方の端末。つまりここに乗っている名前は全てトキに関係する者達ということになる。
「一ヶ月もあれば、それだけの人と連絡先を交換できる程度には社交的なんだ。んで人を舐め腐っているアクロさんの端末には、一体何人分の連絡先が入っているのかな?」
そんなもん師匠と女医と……あと武器を調達するスタッフ……いや、もう少しいたような……。
「これが実戦のなんの役に立つってんだ」
「あ、話題を逸した」
「逸してない」
「まあどうせ両手で数えられる程度なんでしょ」
「……それがなんだってんだ」
「トキに在住して十年も経って、君ができなかったことを俺は一ヶ月でそれだけできるんだよ」
「だからそれが――」
「君がいつまで経っても認められないのは、若さが原因なんかじゃない。人を頼る技術が未熟だからだ」
アーモボックスは全身が痛むのか、壁に手を掛けながらゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩いてきた。そして私の手に握られていた端末を取り返し、更に操作して私に渡す。
映し出されているのはメールの画面。宛先はバラバラで、一日に数十件以上もメールのやり取りをしている。
「うわ、気持ち悪」
「言い方!?……ゴホン。確かに君は実戦の技術は高い。だから君がいくら若くても、俺のように他人との交流ができるだけのスキルがあれば、とっくにパートナーは見つかっているはずなんだよ」
「お前エニシ狩りのパートナーを出会い系の相手かなにかと勘違いしてるだろ」
「してないっての。そもそも君は今まで誰かにパートナーになってほしいと交渉はしたことはあるの?」
「あるに決まってるだろ」
「じゃあ自分の実力を見せる以外で、組みたいと思わせるような努力はしたのかい?」
「っ、……それは……」
パートナーが決まっていない奴に対し、組まないかと誘ったことは何度かやってきた。だが誰もが色々な理由ではぐらかし、拒否をしてきたんだ。
「君は自分の実力が他のエニシ狩りに劣っているとは思っていないんだろう?」
「当たり前だ」
「なら原因は君のとっつきにくさじゃん」
「違う、私のパートナーが見つからないのは年齢のせいで――」
「言っておくけどさ。戦闘スキルが素人で三十近い俺だけど、アクロさんとのパートナー試用期間が終わった後に組むアテはもう見つけてあるからな?」
「――は?」
今、こいつはなんて言った?もう別のパートナーのアテがある?そんな馬鹿な話があるか。誰がこんな奴と組むと思ってんだ。
「嘘じゃないぞ。アイデン教官のようなフリーのエニシ狩りの人数人と連絡先を交換してあるし、『アクロバットとのコンビが合わないようなら、いつでも組んであげるよ』って口約束ではあるけど了承を貰っているよ」
「フリーと……!?いや、んなわけあるか!それこそアイデン教官くらいしか見向きしないだろ!」
「え、アイデン教官は誘わなかったけど、チャンスあったのかな?」
「いや、そこは誘ってやれよ……っ」
メールの中に見つけたのはフラワーショップの名前。そこにはパートナーとして試用期間を設けてほしいというアーモボックスの要望に対し、いつでも声を掛けて欲しいとの返事があった。
他にも似たような件名でフリーのエニシ狩りの名前があった。連中がこいつと組むのを嫌がっていない?どうして、社交性が大事だとかそんなふざけたことを言ってるのか?
「俺の戦闘経験のなさについては、経験を積ませればどうとでもできる人達だからね。俺の血液を戦略的に活かせる人材を考えれば、交渉自体はそう難しくなかったよ」
「それは……お前が凄いんじゃなくて、お前の血が――」
「じゃあ君の戦闘技術は俺の血以下って言うんだ?」
「そんなわけないだろ!」
私はエニシを殺すためだけに、人生の半分以上を鍛錬に費やしてきた。そこには少しの遊びもなく、真っ直ぐに磨き続けてきた自負がある。それこそフリーのエニシ狩りにだって負けるつもりはない。どこかでもらったエンガチョなウイルスに負けるはずがない。
「じゃあ俺の社交性については認めるしかないよね?俺は自分の血を交渉材料にしているけど、それを売り込むだけの能力もあるって」
「……仮にそうだとしても、私との活動には何の意味もない。足を引っ張るだけだ。私には何の得にもならない」
そうだ。こいつがいくら交渉上手だからといって、こいつ自身がエニシを殺せるわけじゃない。私の戦闘が楽になる要素はこいつの血だけで足りているんだ。
「ここまで話して理解できないとか、やっぱ才能ないなアクロさんは」
「なん――」
「言っただろ、その発信機は必要なことだって。それは君に足りないものを身につけさせるための道具だ」
「身につけさせるだと?」
「君が俺を通して実力を証明しようとしているように、俺は君を通して俺の良さを証明したいからね。アクロさん、いやアクロ、君には俺以外のエニシ狩りとも組めるように社交性を学んでもらう」
頭がこんがらがってきた。こいつは何を言っている?こんな発信機をつけて、一体どうやって私に社交性が身につくってんだ。不味い、なんかよくわからないが勢いに飲まれそうな自分がいる。
「こんなもんで――」
「おっと、フリーのエニシ狩り達との交渉を成功させている俺ができると言っているんだよ?十年間独り身だった君に否定できるのかな?」
「独り身言うな。その言い方だと私がアイデン教官みたいにアラサーに聞こえるだろうが」
「別に悪い話じゃないだろう?俺は実戦経験と指導力を証明できるし、君は今後パートナーを掴まえる能力が身に付く。このままパートナー関係が続こうが続かまいが、君にとってはお得なプランだ」
「それで命を預ける獲物に余計な物を――」
「えー、発信機一つで命を落とすくらい不安定なんですかー?アクロって繊細ー、雑魚ーい」
「こんの……」
……駄目だ。今はっきりと分かったことがある。私はこいつに口じゃ勝てない。口下手な私がそもそも言い合いに勝てる要素は薄いが、こいつは相性が悪すぎる。
「大体もう本部には話を通して、その発信機を付けることは強制されているんだ。ぐちぐち言ったところで、今すぐには取れないでしょ」
「……絶対にお前とのパートナーは解消してやるからな」
「あらやだ。今解消されたら困るのはアクロちゃんの方じゃない?」
「うるさい!なんだその喋り方!?オカマか!?アーモボックスのくせに玉無しなのか!?」
「んま!なんて言い方するの!?貴方の態度が子供だから合わせているのよ!?」
よし決めた。こいつとのパートナーを解消する時がきたら、絶対こいつの股間を撃ち抜いてやる。そのまま新宿二丁目あたりに捨ててやる。