2002~2015 其9『AA』
十二月の始めからエニシ狩りとしてアクロバットさんと一緒に行動し、今年も終わろうとしている。けれど状況はとてもよろしくない。
まあそのなんだ、全くと言っていいほど信用されていない。現地に向かい、弾丸を渡したら役目は終わりって展開が繰り返されているだけで進展は特にない。適応するモルギフトがなかったのもあるけど、やっぱり素人としか見られていないのが原因なのだろう。
「あら、アーモボックス。鬱憤が溜まってそうな顔ね?メンタルケア受ける?」
「あ、女医さん……」
今はブラッドガントレットのメンテナンスで本部へと戻り、オーバーホールの間の暇つぶしに本部内をぶらついていた。アクロバットさんはというと、一人で外出して音信不通……交流する隙が微塵もないんですが。
「報告は聞いているわ。あの子ったら、アーモボックスの実用期間だっていうこと分かっているのかしらね?」
「ははは……。でもモルギフトもなしのただの一般人ですから、彼女の気持ちも分からなくはありません」
「だけどそのままじゃ困るのよね。貴方がエニシ狩りとして採用できるかを見たいのだから」
そう、俺の血液がエニシに効果的であることは既に判明されている。そこを今更確認していく必要はない。今証明すべきなのは俺が戦線で一緒に行動できるかどうかなのだ。
アクロバットさんのモルギフトと俺の血弾の相性は良くても、俺個人が使えなければ戦線に出すのは危険と判断されてしまう。
「今の形でも悪くはないと思うんですが……」
「自分で歯切れ悪く言ってるじゃない。どんなに強い力があったところで、エニシ狩りはペアで行動できないと意味がないのよ。自分がミスをした時にそれを補えるパートナーがいなければ、そのエニシ狩りの安定性はガタ落ちなんだから」
アクロバットさんは強い。どうにかこうにか数度の戦闘を目撃することができたが、はっきり言って人とは思えない強さだ。
自分よりも何倍も巨大なエニシを相手に、怯むことなく立ち向かう。銃だけに頼らず、ナイフや肉弾戦、補助武器などの使用も的確に判断できている。そんな中で一般人のおっさんがうろちょろしていたら邪魔でしかないのだろう。
だがエニシ狩りにとって必要なことは死なないことだ。例え任務に失敗したとしても、生還することを義務とされている。それだけエニシ狩りの育成は労力を費やしているのだ。
今は問題ないが、このままでは彼女が何かミスをした時に取り返しがつかない結果になる恐れがあるのだ。
「説得力がなくてですね……」
「でも実戦を経験しないことにはずっと説得力なんてつかないわよ?」
「ですよねぇ……」
「もう、股間には立派なモノがついているのに、弱気ね」
「いや、それとこれとは――って何を言ってるんですかね!?」
唐突な下ネタに素のツッコミが出てしまった。この人、割とそんな雰囲気だから違和感ないけど、それでも驚くことは驚く。
「そうそう、その元気が大事よ。あの子は九ミリだけど貴方のは四十五口径なんだから、規格のデカさを見せつけてやりなさい!」
「それただのセクハラですよね!?そもそもなんで人のサイズを知ってやがるんですかね!?」
「なんでって、ブラッドガントレットの端子を取り付ける手術をしたの私だし、麻酔で眠っている殿方の股間を確認するのは女医の権利よ?」
「全国の真面目な女医さんに謝って!?」
人が眠っている間になんてことをしてくれてるんだ。今度から腕の手術になる時は他のお医者さんを指名するか部分麻酔にしてもらおう……。アクロバットさんがエロ女医って言っていた意味、ようやく理解したな……。
その後の会話も下ネタをガンガン混ぜてきたから、逃げるように撤退した。あの人、身内認定した相手には自重しないタイプなんだな……。残念系美人と言うべきなのかは悩ましい。
小腹が空いたので食堂へと向かう。いつもならあてがわれた部屋で自炊をしようと思うのだけれど、エニシ狩りとして各地を転々とする以上事、自室にはあまり食材を置けなくなってしまったのだ。自然と店屋物やインスタントにシフトしがちになり、アイデン教官が俺の食生活に目をつけていた理由も伺える。
「あ、アイデン教官」
と、噂をしたらなんとやら、アイデン教官がちょうど受け取った食事を持って席につこうとしていた。トレーの上には大盛りチャーシューメンとライス、カツ丼と味噌汁……誰かの分も一緒に運んでいるのかな?教官をパシろうとはさらなる上役なのだろうか。
「ア、アーモボックスッ!?……ど、どうしてここに?」
「ブラッドガントレットの整備の日でして、ぶらついていたら小腹が空いていましたので……」
「そ、そうか。そういえば今日戻ると聞いていたな。調子はどうだ?」
「うーん、まあボチボチと言いますか……。あ、二人前を運んでいるということは、他の誰かと待ち合わせ中ですよね?」
「っ!?そ……いや、先程までそうだったのだが、急遽用事が出来たと言われてな!すまないが代わりに食べてもらえないか!?」
「え、それはありがたいですけど……良いんですか?」
「もちろんだとも!私一人ではとうてい食べきれないからな!むしろ渡りに船だ!」
まあ下手をすれば三人分くらいあるしな。これを廃棄するのは食堂のオバちゃんに悪い。チラ見したオバちゃんも良くわからないサムズアップをしているし、ここは素直にご厚意に甘えるとしよう。
ただこの歳で大盛りチャーシューメンとライスは……流石にきつかったのでライスは残しておにぎりにしてもらって後で食べることにした。
「ふぅ……美味しかったけどやっぱり普通盛りくらいで良いかな……」
「そ、そうだな。ライスまでつけるとは、アイツニモコマッタモノダ……」
アイツって誰だろうか。気軽に呼び会えるということは仲の良い相手なのだろうか、これだけの量を食べるということは男性……やっぱりアイデン教官くらいになると彼氏とかもいるんだろうか……でも職場と結婚してるって言ってたっけ。
「でもアイデン教官は流石ですね」
「ん?何がだ?」
「以前俺の食生活を気にしていたじゃないですか、エニシ狩りとして活動をしてからというもの自炊する暇というか場所がなくて……」
「あ、ああ!そうだろう!?店屋物や弁当で済ませるにしても、健康を意識した食生活は大事だからな!」
「ですねぇ……アイデン教官の旦那さんになる人は幸せそうですね」
「んっ!?」
アイデン教官がお茶を盛大にこぼしてしまった。あれ、これ俺のせいだよな?やば、会話のセンス間違えたか!?年が近いからってこういう話題は控えるべきだろ、俺!?
「す、すみません!職場と結婚したって皮肉を言うほど忙しいのに、変なことを言ってしまって」
「い、いや、気にするな……。こういう話題を振られたことがなかったのでな、少し驚いてしまっただけだ」
で、ですよねー。アイデン教官相手に結婚相手がどうこうって弄るような命知らず、いるわけないですよねー。うん、今度から自重しよう……相手は上司、相手は上司……よし!
「ところでアイデン教官にご相談したいことがあるのですが……アクロバットさんのことで……」
「アクロのことか……。あまりプライベートな内容は話せないぞ」
「ええ、愛称で呼んでいると言うことはそれなりに付き合いも長いんですよね?」
「まぁな。経歴については……本来エニシ狩りを目指すならば、高校を卒業してからの進路として十八歳からの訓練となる。私はその口だが、あいつは十歳の時から訓練を行っていた。だから十八歳で異例としてエニシ狩りとしての正式採用が決まった。今から二年前だな」
「改めて聞くと凄い経歴ですね。……色々と想像してしまいます」
本来エニシ狩りになるには六年前後の訓練が必要となる。身分証で確認したアクロバットさんの年齢は現在二十歳、彼女の境遇については色々と推測ができる。
「生半可な想像はあまり推奨しないがな」
「通常の親御さんが子供に戦闘訓練を強いるとは思いません。恐らくは機関の人が彼女を引取り、訓練していたのでしょう。その年齢から脇目も振らずに鍛錬する理由は……復讐心、エニシに家族を殺されたとか……だと思います。ですが特例として若くしてエニシ狩りになるも、その年齢が理由でパートナー候補が見つからなかった。機関としては実力が分かっていても、パートナーを持てないエニシ狩りに危険度の高いエニシを任せることはできない。多分その二年間は彼女にとってもどかしさを感じ続けるものだったんでしょう」
「……う、うむ。生半可ではないのだな……」
「その状況下で俺のようなパートナーとして不安しか残らない特例をあてがわれたことで、かなりの不満を持っていると思うんです。それを解消したくても、俺個人にできることがなかなか……」
ストイックに生きている彼女に対して話術で取り入るようなことはできない。かといって自分の実力を示そうと躍起になったところで、素人の自滅を見せるだけでは何の意味もない。実力を示せなければ評価は得られず、いつまでたっても信用されることはない。
「確かに両者の立場では距離を縮めることは難しそうではあるな。本来エニシ狩りにおけるパートナーとは、互いに実力を認めあった上で成り立つ関係だ。それが出来ていない以上は、本来あるべき姿になることの方が難しい」
「そうですよねぇ……。あ、ちなみにアイデン教官のパートナーってどんな方なんですか?」
「私は『フリー』の資格を持っている。パートナーはいないぞ」
フリー、エニシ狩りの中でも個で優れた者が得られる称号のようなもの。基本的に高難易度のハントにのみ出動する立場で、作戦の指揮を任されることが多い。特定のパートナーを持たず、他のチームに加わっての合同行動を行う。
これは『相方を選ばずとも最高の結果を出せ、他の者達のサポートもできる』と言う高水準の腕前であることを示唆している。つまるところすっげー熟練者ってことだ。
「はえー……凄いですね。参考にできないなぁ……」
「別にフリーだから通常のパートナー持ちより優れているというわけでもない。特定のパートナーと組むことでその実力を格段に伸ばせる者達もいるのだからな。私の場合は誰がパートナーでも安定した成果を出せると判断されているに過ぎん」
「それは俺でもですかね?」
「……流石にそれは難しいな。私の戦い方では君の血を活かし難い」
「ですよね」
フリーと呼ばれる実力者だろうと、足手まといと組んだら能力は下がらざるをえない。アクロバットさんはまだ俺の血を活かせる分、相性自体は良いはずなのだ。
「まあ……悪くはないと思うが……今度専用装備の案でも……」
「ん?なにか言いました?」
「なんでもない。結論としては今までにない組み合わせなのだから、試行錯誤しながら共に歩むほかないだろう。上手くいけばそれで良し、そうでなくともアクロは自分の能力の高さを示す機会になるし、君自身もさらなる活路を見いだせるだろうからな」
「な、なるほど……」
結局のところ、俺はエニシ狩りとして現場に出てはいるものの、それは試用期間みたいなもの。アクロバットさんにとっては高難易度のエニシを相手にする好機なのだから、そこまで二人の関係に期待する必要はない……と。
「ただ……このまま試用期間が終われば、アクロは再びパートナーを探す必要が出てくるだろうがな」
「それって……適正年齢まで似た日々が続くってことですよね」
「月日が経てば彼女の特殊さも薄れはする。そこまで悲観的になる必要はない」
はたしてそうだろうか。エニシ狩りになるために訓練している者達は合同での訓練で一種の仲間意識が芽生えていたりするだろう。将来のパートナーになりうる相手として互いのことを観察し、相互理解を進めているはずだ。
彼らがエニシ狩りとなった時、孤独に戦ってきたアクロバットさんをパートナーに選ぶかどうかと言われると……悩む材料はきっと多いだろう。
「……悲観的……ですかね」
「……ふむ。君の所感を聞こう」
「アクロバットさんは確かに強いです。一人で大丈夫だという自信もあり、実力もある。彼女が他のエニシ狩り達と同じ年齢になった時、他よりも頭一つ飛び抜けた人材になると思います。ですが彼女は一人でいることに慣れ過ぎている。素人目にもそう感じてしまうということは、経験を積んだ人達にとってはよりはっきりと見えてしまうのではないでしょうか」
アクロバットさんは強いが、命を預けるパートナーとしての魅力は少ない。素人である俺に対してだけの態度ならばいざしらず、時折他のエニシ狩りと交流する時も同じように振る舞っている。
彼女は人によって態度を変えない裏表のない性格なのだろうが、その性格がいかんせん問題があるように感じるわけだ。それによって生まれた孤独は時の経過で和らぐどころか、きっとより深い溝を作り出してしまう気がする。
「なるほど。言いたいことはわかる。確かに同じ年代のエニシ狩りと肩を並べた場合、彼女は間違いなく浮くだろう。あの性格だ、格下のパートナーに対する態度はそうそう改めるとは思えんしな」
「多分フリーとしても扱われないんじゃないでしょうか?」
「……そうだな。フリーになるためには単純に超人的な能力が必要になる。アクロバットはかなりの高水準ではあるが、持っているモルギフトは全て弾丸に影響を与えるものだ。むしろフリーになる可能性があるのは君の方だろう」
「え、あー……そうか。戦況に応じて手配する専用装備としてなら色々な相手と組めますものね……」
俺は誰か個人のパートナーではなく、既に組んでいるチームの強化パーツ的な運用の仕方ができる。むしろモルギフト適正がない以上はその運用の方が向いているまである。
「君はまだエニシ狩りとしての経験が浅い。悩むこと自体悪いことではないだろう。無茶をしない範囲でなら色々と取り組んでみるのも悪くないはずだ」
「そうですね……頑張ってみます」
「……まあその、なんだ。悩みや愚痴ならば酒の肴にでも聞いてやるから、根を詰めすぎないようにな」
「いやぁ、それは悪いですよ……」
「悪いことなどあるものか。適当な愚痴だけならいざしらず、君の悩みは考え抜いた末に抱いているものだ。あれだけ邪険にされておきながら、彼女のことを心配できるような男の愚痴や悩みくらい聞かずして何が上司か」
アイデン教官が優しく笑う。うわぁ、すっごく良い上司だなぁ……以前の職場とは大違いだ。命をかけて戦い抜く人の余裕って感じがひしひしと伝わってくる。
「わかりました。その時は甘えさせていただきます!」
「ああ。……も、もちろん愚痴以外でも付き合いとしての誘いも……だな……」
「そうですね。問題が解決した時には、是非奢らせてください」
でもこの人凄く忙しそうだからなぁ……プライベートな時間を奪ってしまうのも気が引ける。飲みに誘うよりかは銘酒でもプレゼントした方が喜んでくれそうだ。各地を転々とするわけだし、そういったお土産を用意するのも悪くないのかもしれないな。