2002~2015 其7『AA』
試験の結果を聞いて、嬉しさはあったけども同時に不安も湧いてきた。面談の時に映し出された怪物の映像に、少なからず恐怖心を植え付けられたからだ。
慎重なことは大事なこととは教わったけども、ただの臆病では平和を守るエニシ狩りとしてはやっていけない。写真で見るのとは比べ物にならない死の恐怖を味わいながら、心を鍛えていなければならないのだろう。
「どれだけ覚悟を決めても、素人の抱く覚悟なんてたかが知れているよなぁ……」
これからエニシ狩りとしての装備を受け取ることになる。もしかすれば件のモルギフトやらの力を得ることでいくらかの自信が湧いてくるのかもしれない。そう思いながら女医さんの所へと向かった。
そこには女医さんだけではなく、アクロバットさんの二人が控えていた。どうもアクロバットさんの視線が刺々しい。理由は何となく分かるけども、そう邪険にしてほしくはないものである。
「まずは合格おめでとう。用意していた装備もお蔵入りにならずに済んだわ」
「ありがとうございます。って専用装備?」
「そりゃあ貴方は拳銃の扱いも知らないし、剣だって振れない。でも丸腰で現場に言ってまともなサポートなんてできないでしょう?」
「そりゃまあ」
銃の訓練を受ければ多少は撃てるようになるかもしれないが、相手は獣以上にすばしっこい個体もいるエニシだ。警官のアルバイトを雇ったほうが数十倍はマシな働きをしてくれるだろう。近接武器だって、家庭料理で包丁の使い方に慣れている程度でしかない。それこそ主婦の方々……よりかは流石にマシだと思いたいが。
「そこでこちらに用意したのが貴方の専用装備。の前にまずは各種ハンドグレネード一式!」
「おぉ!って爆発物!?」
「爆発物もあるにはあるけど、一番のメインはスモークグレネードね。エニシ狩りの仕事は夜に活発になるエニシをハントすることだから、通常のハンドグレネードやスタングレネードはお休みの一般人の心臓に悪いもの」
「それもそうですね」
エニシは忘れ去られた物が成る怪物。つまるところ人の生息圏で発生することが多い。夜に活動するエニシと戦う際には市街地が戦場になることだってありうるのだ。
「後は簡単な工具一式。組み合わせ次第で簡易的な罠とかも作れるから、資料とかで勉強はしておくこと」
「ワイヤートラップとか、そんな感じですかね」
「そそ。貴方の肩じゃそんなに大遠投もできないでしょう?」
それもあるが、爆発物をうっかり投げそこねることの方が正直怖い。罠ならしっかりと知識を付けておくことで、遠隔でも起爆することができるようになる。ちゃんと資料を読まなきゃだ。
「意外と性に合ってるかもしれないですね」
「そしてこれが貴方の専用装備よ」
女医さんが机の上に置いたジュラルミンケースを開く。そこには巨大な銃のシリンダーのような機械が入っていた。
「これは?」
「ブラッドガントレット。名前の通り、血の篭手ね。貴方の利き腕じゃない方、左腕に装着してもらうわ」
ブラッドガントレットの説明を聞くと、これは俺の血管と連動して常にガントレット内部に血液を循環させることができる仕組みらしい。そこに専用の弾薬をセットすることで弾薬に新鮮な血液を流し込み、必要なタイミングで俺の血を利用したウイルス弾を用意することができる。
まあいくら俺の血がエニシに効果があると言っても、その場で注射器を使って血を採取して刺しに行くわけにもいかないからな。合理的と言えば合理的だ。
「この後だけど、貴方の腕の方に接続する端子を取り付ける手術を行うわ。それで三日ほど拒否反応等の確認を行って、晴れてエニシ狩りデビューね」
「……」
補佐役に徹するとはいえ、本格的な訓練なんて積んでないド素人が化物退治に参加する……やっぱり意識しちゃうと体が強張っちゃうよなぁ……。
「そう気張らなくて良いわよ。貴方個人に期待している人なんて誰もいないんだし、積極的にヘマしにいかなきゃそれで御の字よ」
「それはそれでどうかと思うんですが……」
「まあ経過観測の三日の間に貴方に適性のあるモルギフトも選んでもらうんだけど、もしもそのモルギフトの恩恵でずば抜けた戦闘能力が得られたら……その時はまた専用の訓練を受けてもらうことになるわね」
「それはええと……戦闘に加われって意味でですかね?」
「そうね。今回は貴方のパートナーであるアクロに合わせてブラッドガントレットを用意したけど、貴方個人が戦えるようになるのならそれに合わせた専用装備も検討した方が良いでしょ?」
やっぱりと言う気持ちと、パートナーの正体を明かされたことでドキっとした気持ちが半々くらいだ。今回の説明にアクロバットさんがいたということは、そういうことなのだろうと感づいてはいた。
「あら、驚かないのね。私しれっとサプライズするのが好きなのに」
「そうじゃなかったら私がなんでいるんだろってなるだろ。それくらいわかるだろ、エロ女医」
エロ女医て、まあ仕草がいちいち色っぽいことは事実なんだけど……ぶっきらぼうな人だな、アクロバットさんって。
「……ええと、よろしくおねがいします?」
「よろしくするつもりはない。お前は言われた雑用をこなし、私に弾丸を提供する。それだけだ。お前はコードネーム通りの『アーモボックス』だ」
「アーモボックス……」
弾丸はアモ、アーモという。つまりは弾薬箱。それが俺のコードネームなのか……らしいっちゃらしいな。結構格好良いし。
ただアクロバットさんの反応的に、俺を認めようという意思はないようだ。そりゃあ三十路前のおっさんが突然相方になると言われたら、年頃の女の子としては複雑な気分になっちゃうかもしれないよなぁ。うん、ここはこっちが大人の対応をしよう。こういうのは徐々に打ち解けていけば良いんだしね!
「あらアクロ、早速新人いびり?」
「特別なえんがちょって理由だけで特別視はしないって言っているだけだ。なんの結果も出していないそいつを正規のパートナーとして認めたわけじゃない」
「えんがちょて」
アクロバットさんが話は終わりだと言わんばかりに部屋を出ていく。そして一度だけ振り返り、俺を睨んだ。
「自分の役目をきちんと理解しろよ。余計なことはするな」
うーん。これはなかなか骨が折れそうだなぁ。アクロバットさんがいなくなってから、ふぅとため息を吐いた。
「随分と嫌われちゃったわね?でも貴方のせいじゃないわよ」
「アクロバットさんの気持ちも分かりますよ。そりゃあいきなり三十路前の素人と組まされたら、プロとして舐められないようにあれくらい言うでしょうし」
「あら、大人の対応なのね」
「信用は自分の実績で勝ち得るものですからね。頑張れるだけ頑張りますよ」
そう、アクロバットさんにとって有益な人物になることができれば、あの態度だって改善するだろう。人を変えるにはまず自分から、行動を持って示せば良いだけなのだ。
「大変でしょうけど、頑張ってね?それはそうと、昨日アイデン教官と一緒に食事をしたそうね?」
「……よく知っていますね」
「どう?ベッドまでいけた?」
「行くわけないでしょ!?」
この人いきなり何を言い出すんだ!?対人関係の距離感雑すぎませんかね!?女医さんはケラケラと笑いながら、コーヒーを注いでいる。
「まあ知っているけどね。アイデン教官から貴方の自炊スキルの高さは報告受けていたから。栄養管理の助言は必要なさそうね」
「……ああ、そういうことですか」
アイデン教官は俺の食生活を気にしていた。独身の未婚男性の食生活だし、信用がないのは分かっていたけども、女医さんにも相談を持ちかけていたとは。やっぱり怪物退治のプロともなれば、自己管理は必須のスキルなのだろう。意識していかないとな!
「そういうことよ。そういうことにしておいてね?」
「……?」