2002~2015 其6『AA』
雑談で時間を潰し、ふと時計を見るといい時間になっていた。例のド素人の認定試験が終わった頃か。
「あらアクロ、未来の相棒の結果が気になるのかしら?」
「気にしているのは今日の食堂の隠しメニューの種類だ。折角の食券、使うならコストを重視しなきゃならないからな」
隠しメニューは存在するが、完全に食堂のおばちゃんの気まぐれだ。それこそフォアグラやキャビアが出る時もあれば、興味を持っただけで作った野菜だらけの地方料理だったりもする。そして一番の問題として、隠しメニューは注文してから出てくるまで完全にその存在が極秘だと言うことだ。
「別に私が確認してあげても良いんだけどね」
「それはルール違反だろ。バレたら二度と隠しメニューを頼めなくなる」
隠しメニューを注文する時は一人でなければならず、食べる場所も周囲から見えない位置で食べることが食堂のルール。そう、これは完全なギャンブルでもある。大事なのは食堂に漂う匂い。定番メニュー以外にどの匂いがするかでメニューを予想することが勝負の鍵だ。
「たまにどうでもいいことで真面目になるわよね、アクロって。――あら、アイデン教官」
医務室に入ってきたアイデン教官の表情は気難しい。その理由はいくつか考えられるが……さて、どれだろうな。
「彼はいないか。やはりすれ違ってしまったか……」
「その様子だと一緒に食事はできなかったようね?」
「いや、明日は彼の部屋で彼の料理を食べる約束は取り付けてある」
「あら、なら……ああ、そう。今日は食材の準備とかもしてないし、試験当日だものね。彼は食堂を使うと言ってたけど、タイミングを合わせられなかったのね」
「まあな。先にこっちに来ているかなとも思ったが、そのまま部屋に戻ったようだな」
こういう時のエロ女医の頭の回転はたまに恐怖を覚えるよな。まるで見てきたかのように分析してくる。
「そんなことよりも、彼の試験結果はどうだったの?」
「それは私の知るところではない。試験官はフラワーショップが行なって、結果を知っているのはその面談に立ち会った数名だけだ」
うげ、フラワーショップか。どうもあのおっさんは苦手だ。パッと見は冴えないおっさんなんだが、その実力はトキの中でも指折りのエニシ狩りだってんだからな。
何よりあの常に笑顔なのが苦手だ。施設内で出会った時も、エニシ狩りの現場ですれ違った時も、フラワーショップは同じ顔で笑っていた。
「それじゃあ聞き出すのは難しそうね。気になってたのに」
「別に隠すようなことではありませんから、お尋ねになってくだされば教えますよ」
「――っ!?」
エロ女医が椅子から転げ落ちる。アイデン教官もそこにいたフラワーショップの姿に思わず距離を取って構えている。私はというとビックリし過ぎて動きそこねた。
ドアは開けっ放しだったとはいえ、まるで気配がなかった。エロ女医はともかく、私やアイデン教官は現役のエニシ狩り、並大抵の隠密は簡単に見破れるってのに、だ。
「大丈夫ですか?驚かせるつもりは……ちょっとだけありましたが、怪我でもされると流石に罪悪感を抱いてしまいます」
「だ、大丈夫です……。でもできれば心臓に優しい登場の仕方をしてくださると、ありがたいですわ」
「失礼。私の名前が聞こえましたので、つい反射的に気配を消して近づいてしまいました。それで彼の試験でしたか」
「フラワーショップ、結果はもう出たのか?」
「学生の受験と違って、採点するのは一人分ですからね。時間も掛かりませんよ」
それもそうだ。大人数での試験なら解答用紙の採点やら、定員ギリギリの範囲で誰を落とすかの議論もある。だけど今回は一人なんだから、採用するかしないかだよな。ま、就活も後日に連絡くるわけだけど。
「そうか。では聞かせてもらえるだろうか?」
「まずは筆記ですが、これはアイデン教官の教え方が良かったのでしょうね。二十点満点でしたよ」
まじか。配点少ないとは言え、満点取るってのは正直に凄い。座学を一度たりとも眠らずに聞き続けて、自己勉を毎日何時間もやらなきゃまず無理って話だぞ。私にはとてもじゃないが無理だ。
「授業を受ける姿勢は満点だったからな。何よりだ」
「そして面談の結果ですが……人格としては問題なかったので、当たり前のような質疑応答はなしにしました。代わりに過去にエニシ狩りが遭遇したエニシの画像を元に、どのように対処するかをシミュレートしてもらうテストをちょっと多めに行いました」
そのテストなら私も同じように受けている。エニシは忘れ去られた物が変化する化物だ。そのシルエットからコアの正体、その特異性を推測することは必要な能力となってくる。
まあ雑に撃ち抜きゃその辺は適当でも良いとは思うんだけどな。少しでも楽に倒せるならって程度だ。
「サポートに徹するのであれば、分析能力は欲しいところだろうな」
「それで、一つ確認なのですが……アイデン教官。貴方は彼に実際のエニシの情報はどれほど与えましたか?」
「カリキュラムに乗せてあるエニシの情報ならば座学の時に行なったな。それ以外の情報は皆無だ。試験内容に含まれる可能性がある以上、私の独断で他のエニシの情報を与えることはできないと判断したからな」
「……彼の話を信用していないわけではないのですがね。やはり間違いはないと」
「何か含みがあるな。どういうことだ?」
フラワーショップは封筒を取り出し、その中身をアイデン教官に渡す。その内容はエニシの資料、面談に使ったものだろう。
「そこにある五体のエニシですが、レートはまばらです。外見で簡単にその特異性が見分けられる個体もあれば、見た目だけでは判断が不可能な個体もあります。ですが驚いたことに彼は全てにおいて最適の解答を行いました。当時担当していたエニシ狩りの報告で、『こうするべきだった』と判断した内容をね」
「それは……本当か?」
「嘘は付きませんよ。まあ別にここまでなら、ただ有能なだけだったのですがね。私でも同じくらいの解答はできましたし」
ついでのように自慢か。本当にウマの合わない奴だ。元々どこかの研究施設の研究者だって話は聞いているが、胡散臭さしかないんだよな。
「では何が問題だったのだ?」
「最後の問、六問目には『深海の瞳』の映像を見せました」
「っ!?」
その名のエニシのことを私は先生から聞かされたことがある。私がまだエニシ狩りになる前、突如海に現れた巨大なエニシ対して大規模な合同ハントが行われた。そこには先生を含めた国内で最強格と呼ばれたエニシ狩り達が全員集結するほどだったそうだ。
だが結果は悲惨なもので、多くの死傷者を出しておきながらまともな成果は何一つ上げることができなかったと聞いている。
そのコアが何なのか、特異性がどういったものなのかすらわからないまま、トキの本部が下した決断は『保留』。討伐作戦の中止だった。
「モルギフトの戦闘にも慣れ、隣国からの支援も申し分ない。これ以上はなく、当時の誰もが万全の体制で臨んでいたと思っていた。しかし、私達は失敗した。貴重な戦力、人材、多くを失い、屈辱とともに受け入れた敗北という名の撤退命令……。今でも夢に見るときがあるほどです」
エニシを狩る組織として発足したトキ、その歴史においてこれ以上にない敗北を喫したエニシ『深海の瞳』。このエニシは通常のレートから外され、アンランクドとして語り継がれている。時間が経過すればするほど危険になるエニシ、それでも放置せざるを得ないと言うふざけた化物だ。
「私は直接の参加はしなかったが、その凄惨さは痛いほど伝わってきていた。……それで彼はどのようなプランを立てたのだ?」
「――彼は迷わず言いましたよ『戦いません』とね。倒すことを想定として、プランニングをしてもらう場だと言うのに」
問題としての傾向は、これまでに観測されエニシ狩りによって倒されてきたエニシの情報だった。つまりそのド素人にとっては『深海の瞳』も倒されたエニシだと伝わっていたはずだ。そこで戦いませんと言う答えは、エニシ狩りの資質を求められる場で取る選択肢じゃない。
「……それはただ臆しただけではないのか?」
「それもあるにはあるでしょうね。ですが海の中ならば人から引き離し隔絶した状態で様子を見ることができるだろうと、現在の我々が取っている方法と同じも対応も挙げていました。皮肉なものです。ほとんど何もわからないはずの素人が、一番正しい答えを導き出せているのですから」
「では彼は……」
「一応念の為、貴方に確認を取っておくようにと言われましたのでね。この様子ならば貴方は彼に何の入れ知恵もしていない。不正がないのであれば、彼は文句なしの合格です」
まじか。てことは結局あのおっさんが私のパートナーになるってことなのか?いやいや、冗談じゃないぞ。
「不服なようですね、アクロバット」
「そりゃあな。いくら模範解答をしたからって、戦闘能力皆無の一般人だぞ?」
「そうですね。貴方の見解ではその限りなのでしょうね」
「何が言いたいんだよ。説教なら自分の教え子にしてくれ」
「既に戦場に出ているものに説教するほど、暇ではありませんよ。ああ、ですが忠告くらいはしておきましょうか。彼はこれから実戦を通して、エニシ狩りとしての資質を品定めされることになります。ですがそれは貴方も同じことです。そのことはゆめゆめお忘れなく」
フラワーショップはそのまま医務室を出ていった。そんなこと、言われなくたって分かってるっての。足手まといを引きずりながらも結果を出せば良い。そうすりゃあの素人が死んだり逃げたりしても、私の評価は残り続ける。
今まで機会が与えられなかったから、私の力を証明することができなかった。これはその機会、無駄にするつもりなんてない。私はエニシを殺す為にエニシ狩りになったんだ。必ずものにしてみせるとも。