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2002~2015 其5『AA』

 ◇


 例のド素人が訓練を始めてからおよそ二ヶ月が経過した。どこかで身の程を知って脱落するかと思いきや、未だに続いているというのが驚きだ。


「まぁ、戦闘訓練とかを実際にやってるわけじゃないしね。座学程度じゃ脱落しないわよ」

「そうか?私からすれば座学の方がよっぽど難しかったぞ」

「それは貴方が小さい頃から体鍛えてたからでしょ」


 否定はしないが、勉学もそれなりに努力はしてきたつもりだ。どちらも努力してより苦手だったのが座学の方だったのだから、私としては座学の方が辛い。


「例の奴っていいとこの大学とか出てたりするのか?」

「出てないわね。地元の短大の学費をアルバイトで稼ぎながら、最低限の学力と資格を学んだ程度ね。高校の成績も確認したけど、中の上くらいかしら?歴史や地理の成績は高かったから、暗記は得意そうね」

「そりゃ素晴らしい才能だこと。こちとら武器の知識とかならすんなりと入ったが、それ以外はすぐに忘れる自信がある。実際認定試験の時は夢に出るまで強引に詰め込んだし」


 エロ女医が鼻で嗤う。イラっとくる顔だが、ここで突っ掛かったところでこいつの頭には勝てない。そもそもこいつにストレスをぶつけて発散できたことは殆どない。どうしたものかと考えていると、アイデン教官が医務室へと入ってきた。


「女医はいるか?」

「あら、アイデン教官。例の彼の訓練はもう終わったの?」

「ああ。午前の体力作りが終了し、昼食を挟んでから座学だな」

「体力作りねぇ、中学生の体育授業みたいな言い方ね」

「部活動くらいはあるとは思うがな。兵士としての訓練ではなく、サポーターとしての基礎作りだ。荷物を持って一時間も小走りできれば十分ではある」


 そんな退屈そうな訓練によく午前中いっぱいも付き合えたもんだ。私ならノルマを適当に課してから放置するね。何が悲しくてアラサーのおっさんのジョギング姿を見続けなきゃならないんだ。


「エニシ狩りの認定試験も間近だけど、どうなの?」

「上からは身体能力試験はパスで良いと言われている。ただし適性試験は従来よりも審査を厳しくするだとか」


 エニシ狩りになる為の認定試験は大きく分けて二つの項目に別れる。

 一つは身体能力試験。エニシと戦うだけの身体能力を持てるかどうかを見極めるものだ。エニシと戦えるだけの能力があるかどうかをシンプルに見る。モルギフトで身体能力の向上が見込めない場合もあるから、某国の特殊部隊くらいの練度が大まかな基準だ。

 まあ身体能力を向上させるモルギフトに選ばれていた場合、ある程度のライン緩和があるから実際のところはそこまで厳しいわけでもない。私はモルギフトの適性抜きで突破したが。

 そしてもう一つが適性試験。『こいつにモルギフトを託して大丈夫なのか』を見る試験だ。貴重なモルギフトを与える以上、簡単に死なれたり、犯罪者になったりするような輩は勘弁してくれって感じで常識や人格やらを問われる。

 筆記と面談で行われるのだが、私の場合面談が結構危なかった。エニシを殺したい意思が強すぎて、敵わない相手が現れた時に退けないのではとか、色々言われたもんだ。

 あの男を見た感じ、犯罪者になるような感じはないが、エニシ狩りとしての資質があるようにも思えない。平和ボケしたおっさんに怪物退治ができるのかって所感だ。


「百点満点中七十点以上が合格ラインだったわよね。どれくらいになるの?」

「八十五、または九十になるそうだ」

「あら、どっちにしろアクロが落第するラインじゃない」

「ほっとけ」


 私の結果は身体能力試験九十八、適性試験七十二だった。ぶっちゃけ身体能力の方は百いけたと思ったんだが、試験官に余計なケチを付けられて減点を受けてたからな。

 だがそうか、そのラインなら上の連中も割と冷静なんだな。新兵器になりそうな男だからと、とりあえず体良く実戦に放り込むつもりとかではなさそうだ。適性のない奴がパートナーとか考えただけでもゾッとする。


「私の所感では半々だろうな。座学を受ける態度も真面目で、予習復習もしっかりとしている。筆記の方は問題ないだろう」


 筆記と面談、配点は半々ではなく、筆記は二十から三十しか貰えない。こりゃいよいよ持って厳しそうではあるな。


「上から誘ってみろとか言っておきながら、随分と厳しくしたのね」

「使えるのならば使いたいが、貴重なサンプルであることも事実だ。遊び感覚でエニシと戦わせて失われるリスクは避けたいのだろう」

「あー、それもそうね。彼が使えなくとも、その血が使えることは間違いないんだし……。ところで私に用事が会って来たのよね?食事でも誘ってくれるのかしら?」

「それだ。お前に少し相談があってだな、上手い誘い方とかはないものか?」


 思わずアイデン教官の方を二度見した。このクソ人付き合いの悪そうな教官が人を食事に誘う?エロ女医も驚いたのか、咥えていた電子タバコをポロっと落としていた。


「誰を誘うかによるわよ。例の彼でも誘いたいの?」

「……まぁ、そうだ。テンプレートなことを説明する座学だけでは、エニシ狩りとしての在り方を理解させるのは難しいと思ってな。それで昼食や夕食に何度か誘ってみたのだが……全て断られた」

「どんな風に誘ったの?」

「普通に、この後飯でもどうかと……」

「どんな感じ断られたの?」

「もう自室の炊飯器で米を炊いていると……」


 わかる。そりゃ断る。私だって滅多に自炊はしないが、炊きたての米の美味さは大切にしたい派だ。その時に食う分しか炊かないし、炊きたて一時間以内に絶対に食いたい。


「わかるって顔してるわね、アクロ」

「炊きたての米と強面の教官の誘い、比べるまでもないだろ」

「それを上司の前で言うか、お前」

「その威圧を止めろよ、そう言うところだぞ」


 そりゃあ失言の一つや二つする程度で、殺気と間違いそうになる怒気を放つような奴と飯を食いたくはないだろうよ。


「社交性があれば米くらいは我慢すると思うわよ。どちらかと言えば遠慮されているだけじゃないの?」

「そうか……遠慮する必要などないのだがな……」

「美味しい店があるーとかで誘えれば良いんだけど、食堂じゃちょっとね。あ、いっそ手料理でも……いや、やっぱりなしで」


 何ヶ月か前、エロ女医がアイデン教官の部屋で宅飲みをしたと聞いたことを思い出した。具体的な話は何一つ聞いていないが、私の部屋に備蓄しているカップ麺を涙ながらに感動しながら食べていたことからおおよそのことは理解できる。


「ならいっそそいつに飯を作らせたらどうだ?自炊してるらしいけど、きちんとできてるか見たいとかで」

「……お前は時々天才になるな、アクロ」

「食券一枚な」

「良いだろう」


 アイデン教官が投げた食券を受け取る。ぺーぺーのエニシ狩りは自費でメニュー毎に決められた金額を支払う必要があるが、ある程度の上役は施設内の食堂を自由に利用できる食券を支給されている。つまりこの食券は最高で特盛うな重四千円分にも匹敵することになる。


「相談されたの私なのに」

「ならさっさと名案を出すべきだったな」

「よし、それでは早速……いや、まずは台本から考えておくか……。失礼する」


 台本て、飯を一緒にするだけなのにどれだけ綿密な計画を建てるんだよ。生真面目なのはしっているが、あれほどだったっか?


「うーん、アイデン教官ってひょっとしてあの彼を気に入っちゃってない?」

「なんだその冗談。忘年会で優勝できるレベルだぞ」

「あら、イケメンとは言えないけど、可愛い感じじゃない?」

「ナヨナヨした新人を泣かせてゲロ吐かせて、ゴミのような目で見下ろすような女だぞ。一般人のおっさんを気に入る要素がどこにあるんだよ」

「いやー、アイデン教官、結構保護欲をくすぐる相手とかに弱いと思うわよ?」


 ◇


 いよいよエニシ狩りの認定試験当日がやってきた。この日に備えて結構頑張ったつもりではあったけど、身体能力試験はパスで良いと昨日知らされた。

 まあ体力はついたけどさ、地元のマラソン大会に出場するランニング好きのサラリーマンとどっこいどっこいくらいだろうしなぁ……。


「新人。あれだけ真面目に座学に取り組んでいたのだから、筆記の方は問題ないだろう。重要なのは面談の方だ。適性試験の為具体的な内容は教えられないが、私が教えてきたことの意味を正しく理解していれば、自ずと模範的な回答は導き出せるはずだ」


 朝からアイデン教官も激励に来てくれている。この人の時間相当奪っちゃってる感あるんだけど、これで落ちたら本当に申し訳ないよなぁ……。なんかこう、厳しそうな感じを出してはいるものの、凄く気を使われてるというかなんというか。


「アイデン教官に教わったことを無駄にしない為にもがんばりますよ!」

「落第したとしても、君が今後この組織に協力する上で必要な認識を学ばせることはできたのだ。そう気負う必要はない」

「あ、はい。じゃあリラックスしていきます」


 オーラ的には鬼教官って感じなのに、どうも優しい。お客様感覚になっちゃうんだよね、もう少し厳しいくらいが身も入るんだけれども。


「……そう、だ。新人、君は確か自炊をしているのだったな」

「え、あ、はい。自室に簡易的なキッチンとかもありますし……」


 食堂はあるらしいのだが、現在のところ俺は無職に近い。血の提供による協力費はそこそこ貰ってはいるものの、いつ用済みになるかも分からない不確定要素に依存するわけにもいかない。なので極力節約できるように自炊を心掛けている。

 施設を出ることは許可されないけども、担当の人にお願いすれば週一くらいの間隔で外から物資を買ってきてもらえるのだ。どうも激安スーパーが近くにあるらしく、重宝させてもらっている。


「自分で食事を作れることは、確かに立派だ。だが栄養面をしっかり考えているか?」

「ええまあ。二十歳前後の頃は好きな物だけ食べてましたけど、やっぱり……」

「そうだな……」


 互いに三十路前後、食生活を見直し始めるお年頃なのです。いや、アイデン教官若々しいけどね。美人だし、強いし。


「ええと、ところでなんでまた急に自炊の話に?」

「い、いや……ふと気になっただけだ。規則正しい生活を送っていても、食を疎かにしていては……大変だからな!」

「そ、そですね」

「……そ、そうだ!今度君がきちんと自炊ができているか、確かめさせてもらおう。構わな……いな?」

「問題ないですけど……写真とかを送れば良いんですか?」

「え……あ、そうか、その手が……いや、だが……そ、そうだ!味も大事だ!極端な味付けをしてないかなどは直接食べてみないことには分からないからな!」


 なんだろう。どうしてこの人はそこまで俺の手料理を食べたがっているのだろう。手料理に飢えている?いや、なんか違うな。同僚に『あのおっさんの方が料理美味いんじゃない?』とか煽られたとか?ちょっとありえるな。


「まあ、わかりました。では明日アイデン教官の分も夕食を用意する感じで良いですか?」

「……っ!ああ、そうしてもらおう。だが今日は自炊しないのか?」

「今日認定試験ですし、昨日は復習で手一杯でして。冷蔵庫に食材がないんですよ。なので今日は食堂を利用しようかなと」

「……そうだったな。そうだ、食堂を利用するのは初めてじゃないのか?なんなら私と一緒に――」

「大丈夫ですよ。休みの日に利用させてもらっているので、勝手は分かっています」

「――そうか……」


 食堂も満足に利用できないのではと思われているのだろうか。それだけ頼りないアラサー男にこれまで気を使っていてくれたんだなぁ……。よし、試験頑張ろう!

 まずは筆記試験、普段は何かしらの用途に使われているであろう部屋で一人ポツンと試験用紙と向き合う。高校受験を思い出したけど、正面にいる名前も知らない試験監督さん以外に誰もいないんだよな。


「制限時間は二時間です。それでは始めてください」


 お、これはアイデン教官ゼミで出たところだ!なんてふざけてる場合じゃないな。真面目にやろう。とは言え、ほとんどが暗記さえできればどうにでもなる問題ばっかりなんだよな。計算問題とかもあるにはあるが、電卓持ち込み可だし、解き方を間違えなければただの作業だ。

 配点が少なめとだけあって、そこまで難しくはないんだよな。『最低限の知識くらい頭に入れてるよな?』くらいな。ケアレスミスさえしなければ筆記は全問正解が当たり前な感じだろうか。

 時間もたっぷりあるし、二度三度見直しをして、記入ミスとかもしっかり確認。いやぁ、本当に受験の時を思い出すなぁ……。あの頃は結構緊張していたけど、今はほとんど自然体。


「終了です。お疲れ様でした。次は面談ですが、指定された部屋に移動をお願いします」

「わかりました」


 手応えはバッチリ、あとは面談……こっちは流石に緊張してくるなぁ……。ま、なるようにしかならないんだし、落ち着いていこう。

 少し移動した先の部屋へと向かい、扉をノックする。


「入りなさい」

「失礼します」


 中に入ると、そこは視聴覚室のような感じの部屋。大きなスクリーンとプロジェクター、社会人の時もたまーに見たよなーとか懐かしむ。

 スクリーン側には長机と椅子が設置されており、四人の面接官達が座っている。年齢は三十代から七十代くらいまでと幅広い。温和そうなおっちゃんに、重役っぽい人、なんだか達人っぽい爺さんに、後はノートパソコンを操作している若手の人。

 司会進行は温和そうなおっちゃんが行い、若手の人がパソコンを操作してプロジェクターに映像を写す担当のようだ。


「これから見せるのは過去に観測されたエニシの映像です。それらを見て、もしも貴方がエニシ狩りとして対峙した場合に取る行動方針を説明してください」


 なるほど。面談と言うよりは状況判断能力を確認するといった感じか。確かにエニシ狩りとして適性があるかどうかを見るのであれば、実際のエニシを前にどのように判断し、行動するのかを知るのが一番手っ取り早いか。いや、でも説明の仕方とかで人格とかも一緒に見られているかもしれないし、油断はできないぞ。


「若いの、あまり深く考えんでもいいぞ。人格の方ならこれまでの訓練への取り組み方の報告とかで既に評価済みだ。少なくともお前さんが悪人になると危惧している神経質はおらん」

「……はひ」


 達人っぽい爺さんに思考がピタリと読まれてら。やっぱりこの人もエニシ狩りなのだろうか、アイデン教官よりも強そうってオーラがひしひしと感じてくる。と言うかこれまでの訓練への取り組み方とかも評価基準になってたとか、言ってくれればもう少し必死さをアピールしたんですけどね!?割とスポーティな感覚でランニングしてた記憶しかないんですけど!?


「ではまず一枚目から」


 そんな内心の焦りなんて知ったことかと、温和そうなおっちゃんは若手に指示を出してスクリーンに映像を写し出させていく。ええい、まずは目の前のことからだ!


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