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2002~2015 其4『AA』

 それから数日後、俺はジャージ姿でこの施設の訓練場にいる。目の前には女医さんが手配してくれた訓練コーチの方がいらっしゃいます。


「私が此度の訓練の監督を任されたコードネーム『|アイアンメイデン《IRON MAIDEN》』だ。長いのでアイデン教官と呼んでくれて構わない」

「はい、わかりましたアイデン教官!」


 アイデン教官は俺と同じくらいの年齢の大人びた女性だ。こうして対峙しているだけでも、『あ、この人相当な修羅場くぐってるな』と素人でも感じるほどの威圧感がある。

 バシっと結んだ長いポニーテール、軍服とトレンチコートを合体させたような格好。アクロバットさんと言い、エニシ狩りの人達はトレンチコートが好きなのだろうか。


「良い返事だ、よろしい。さて、これから新人にはエニシ狩りを目指す上で、必要な訓練を海兵隊式も真っ青な勢いで容赦なく叩き込む……わけにもいかないので、程々にやっていく。流石に三十路前の一般人をいきなり軍人よりも過酷な訓練に放り込もうものなら、無残な死体を増やすだけだからな」

「あ、はい」


 イメージトレーニングでは相当な地獄を見るものだと思ったけれど、アイデン教官はとても常識人なようで……心の底で少し安堵。


「肉体的な訓練に付いては基礎的な体力作りを主体に行なってもらう。私が主に面倒を見るのは座学、エニシ狩りにとって必要な知識を叩き込む。こちらは容赦なくいくので覚悟しておくように」

「サー、イエス、サー!」

「そのノリは嫌いじゃないのだがな、うっかりそのノリで手を出してしまいそうになるから控えてもらえると助かる」

「あ、はい」


 体力作り、それは誰もが知っている定番のジョギングだ。訓練場の周りをえっほえっほと走り続け、気持ちのいい汗を流していく。


「肉体労働とは無縁の生活をしていたと聞いていたのだが、思ったよりは体力があるようだな」

「前の病院では病院にあったランニングマシーンを利用していましたから、入院前よりかは体力が付いてますね」


 ただ体力が付いていると言っても、数キロも走れば息は上がる。いきなりスポーツマンのように一時間以上も走るなどはできません。


「ひぃ、ひぃ……」

「そのくらいで良いだろう。継続的に続け、体力をある程度増やしたら今度は筋肉もつけていきたいところだな」

「そうですね。やっぱり色々とたるんでますし……、こうムキっと……」

「三十路前の体であまり無理はしないようにな。社会人と言うのは大抵、二十代を慌てふためきながら生きている。三十代は健康を意識し始める余裕が出てくる年頃ではあるが、十代の自覚しか持っていない手合が多い」


 間違いなくその手合に含まれてますね、俺。病院でランニングマシーンを使い始めた時は直ぐに膝を痛め、先生に『数日安静ね。病人らしくなってなにより』と笑われた実績がある。

 今フルマラソンを走ったとしても、いきなり体力が激増するようなことはないのだからジックリと頑張っていかないとね。

 ただアイデン教官、その気遣いは嬉しい反面、こう、しみじみとした実感が籠もっているような感じがありますね。怖くて言えないけど。

 シャワー室で汗を流した後、今度は多目的室のような場所で座学の授業。インドア派の人間からすれば、こっちの方が楽だったりする。


「――トキで使われている通信手段などは以下の通りだ。組織としての構造は凡そ把握できたか?」

「警察とは親密なのに、自衛隊とはあまり協力関係にないのがちょっと以外でしたね」

「本来なら国内の治安を守る組織との連携は必要不可欠ではあるのだが、世論がそれを許さなくてな……」


 天災や人間と言う明確な脅威から国民を守る自衛隊ですら、その支持率は高くない。正体が不明とされているエニシを相手にしている組織ともなれば、胡散臭がられるのも無理はないのだろう。


「そういう人達って実際に被害でも遭わないと、意見を変えるようなことがないですからね」

「残念ながら、エニシに命を狙われ瀕死になった者でも反対派がいたりするぞ」

「うっそ!?」


 自分達の命よりも優先すべきものがある。それは素晴らしい言葉のようにも聞こえるのだが、それに巻き込まれ迷惑を被る者達が大勢出てしまうことはいかがなものか。


「次に説明することは、エニシ狩りとは何か、だ。勿論名前の通り、エニシを狩る者ではあるが、エニシはこの世界に存在するいかなる生物よりも強い。それに対抗する為には人間社会で生み出された戦争の道具だけでは足りない。そこでトキが開発した対エニシ用兵器、モルギフトの恩恵を得る必要がある」

「モルギフト……」


 女医さんからは詳しく聞きそびれたけども、アイデン教官はモルギフトについて詳しく説明してくれた。二千三年、エニシに対抗する特異災害駆除機関、通称トキが発足。その数カ月後に開発されたと言われるモルギフト。エニシから摘出したコアと呼ばれる心臓を元に造られた超兵器らしい。


「エニシの持つ強力な特異性、それを抽出して人間でも発現できるようにしている」

「ゲームの世界によくある敵の能力を使えるようになるアイテムって感じですかね」

「そうだな。勿論ファンタジーな世界とは違い、私達にはスキルポイントや魔力と言った特別なリソースは存在しない。モルギフトを使うことで失われるのは体力、精神力となる」


 ゲームの例を出してみたけど、あっさりと馴染んでいる。実はこっそりゲームとかで休暇を過ごすタイプなのかな。


「体力はわかりますけど、精神力ってのは曖昧ですね」

「こればっかりは実際に体験してみないことにはわからないだろうがな。これがモルギフトだ」


 アイデン教官が見せたのは左手薬指に付けられている指輪。妙に黒いなぁって思ったけど、婚約指輪じゃなかったのね。


「見た目としては……地味ですね」

「好きな者は特注して派手な物にする時もあるが、兵器にデザイン性を求めるのもな」

「あと聞くのもどうかと思うのですが、どうして左手の薬指に?」

「……職場と結婚したと言う皮肉を込めている。それくらいに忙しいのでな」

「うわぁ……」


 アイデン教官の流し目にちょっと悲しい気持ちになってきた。そりゃあいつ発生するかも分からないような化物、それを日夜ハントする仕事に終わりがなければ婚活なんてできないよなぁ。


「実際にその効果を確かめて見ると良い。そうだな、そこにあるダンベルで私に殴りかかってみろ」

「えぇ……そこになんでダンベルがあるのか気になりますけど、それ以上に人をダンベルで殴るのはちょっと気が引けると言いますか……」

「問題ない。私のコードネーム、アイアンメイデンはこのモルギフトの特異性から与えられた名だ。文字通り鋼鉄のような肉体になり、ダンプカーの正面衝突だろうと無傷で過ごせる」

「いやいや、その話が本当だとしても、女性を殴るのはちょっと……」

「そうか……。では仕方ない、私の手を触ってみろ」


 差し出された手を恐る恐る触ると、なるほどこりゃ硬い。一瞬銅像に触ったかと思ったくらいだ。だけどアイデン教官の手はなめらかに動き、逆に俺の腕を掴んできた。


「うおお!?まるでビクともしない!?」

「特異性を得るだけでなく、その身体能力も超人として大幅に強化される。私の場合、モルギフトの特異性としての筋力強化もあるが……他のエニシ狩りもかなりの身体能力を得ることができる」

「おお、凄いですね……自分がそうなるイメージが全く沸かないですけど……」

「新兵、君でもモルギフトに選ばれれば高い身体能力を得ることは可能だ。だが君に求められているのはその血に宿る特異性なのだから、あまり無茶なイメージはしない方が良い。より高い能力を得るには基礎的な身体能力も鍛え上げなければならないわけだからな」


 つまるところ、モルギフトから得られる身体能力の強化は倍率補正のようなものってわけだ。身体能力を五倍にするとして、元が一か十では強化後にも大きな差が生まれることになる。頂きに手を掛けるにはちょっと時期が遅すぎたって感じですかね、うん。


「でも凄いものですね、モルギフトって。こんなに細い腕でも、全然敵う気がしないです……」

「その感覚は大事だぞ、新兵。エニシ狩りにとって最重要なのは生存することだ。エニシ狩りは簡単に替えが効く仕事ではないのだからな」

「ええと、モルギフトに選ばれるってとこですか?」

「そうだ。このモルギフトはその特異性ごとに適応者が変わる。私が死んだ場合、またこのモルギフトに適応する者が現れるまで、この力を人類が使う機会は失われることになるのだ」


 仮に適応者が見つかったからと言っても、実戦に投入できるかどうかは別の話となってくる。その人物が戦闘を行うに足る練度を積んでいるのか、強大な力を得るに相応しい人格の持ち主なのか、様々な条件をクリアする必要がある。

 悪人が超人的な力を得てしまえば、社会的にも大きな問題が発生してしまう。だからトキは細心の注意を払ってエニシ狩りの選別を行なっているらしい。


「大変なんですねぇ……」

「大変だとも。特に海外にその技術を流す時には、その国の重要人物にこれでもかとモルギフトの危険性を叩き込まなければならない。安易に軍事利用に使おうものなら、自国で超人の犯罪者が発生してしまうことになるとな」


 日本はまだ頭が平和主義な印象があるが、これが軍事力に力を入れる国なら超人になれるモルギフトの存在は注目せざるを得ないオーパーツだ。軍事利用しようとして、そのままうっかり民間企業とかに流れて悪用されようものなら、アメコミ映画の世界の誕生ということになるわけだ。


「そのモルギフトの製造方法を完全には公開せず、基盤だけ日本で作るとかはできなかったんですか?」

「文明の利器ならば、国家間の成長競争に勝つ為にその手段も取れただろうがな。エニシは世界中で発生しており、今もこうしている間に多くの犠牲者が生まれている。人命を優先する関係上、国家同士での腹の探り合いをする暇などなかったのだ」


 銃火器だけでは対処しきれない化物が増え続ける状況で、日本だけがその対抗策を生み出せる状態では、その製造のペースがとてもじゃないが間に合わないということなのだろう。

 人類共通の敵であるエニシの為とはいえ、なかなか未来的に恐ろしい要素が埋め込まれたものだ。


「複雑ですねぇ……」

「ノブレス・オブリージュを遵守しろというつもりではないが、力を持つものには相応の振る舞いが義務とされることは事実だ。この座学はエニシ狩りとして必要な技術を学ぶだけではなく、必要な心構えも刻み込んでいく。体作りの方では手加減をせざるを得ない分、こちらはガッチリと行かせてもらうぞ」

「お、お手柔らかにお願いします……」



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