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2018/05 其6 『美女と野獣Ⅱ』

 アーモボックス達がお化け屋敷に入ってから数分後、映像による通信が途絶えた。だが幸運にも音声の受信だけは正常で、悠は中の状況を大よそ把握することができていた。

 そしてすぐさま他の班へと連絡し、現在ではお化け屋敷の周囲を多くのエニシ狩りが囲んでいる。


「お化け屋敷の特徴の一つとして、中からの叫び声が聞こえてくるというものがあります。そのおかげでしょう」


 フラワーショップはイヤホンマイクを調整し、悠の所有する端末と同じチャンネルの音声を拾うように設定する。


「一応念のため……第四班、聞こえますか、アーモボックス君……」

『こちら第四班、現在コアと思しきエニシと戦闘中。装甲は予想以上に硬い。姿はダンシングジェイソンのホラー版。武器は鉈と手斧。動きは攻撃動作以外ゆっくりとしている。現在入口にてベーテが攻撃準備中、他二名は内部を移動しつつ時間を稼いでいる。繰り返します。こちら第四班、現在コアと――』


 フラワーショップの呼びかけには答えず、アーモボックスからの通信は淡々と内部の情報を報告している。

 同じ内容の報告を一定時間おきに数度繰り返し、また暫くして近況を報告する。


「アーモボックス君も外には声が届くと読んで、良い仕事をしていますね。しかし厄介な特異性ですね」


 外を囲むエニシ狩り達だが、誰一人として内部に入ることができない。

 入口も出口も、壁や備え付けの窓、天井からも侵入することができないでいる。


「フラワーショップさん。ダメみたいです」

「この遊園地のアトラクション全てに言えることですが、内部に人がいてそこから外部の者が新たに入ろうとすると妨害される傾向にあるようですね」


 お化け屋敷だけではない。観覧車のように都度人が乗れるアトラクションを除き、多くのアトラクションが追加の戦力を阻害するかのように進入禁止となっていた。

 幸いなのは外部から見えるアトラクションに限っては、狙撃と言った遠距離攻撃ができたという点だろう。


「では、入れる様になったら入れるだけの戦力を持って突撃、でよろしいですか?」

「そうですね。その場合中の者達の生存は絶望的ということですし、私が先頭で入るとしましょう。その際には本部に連絡し、回収は不可能と判断したとお伝えください」


 フラワーショップはアーモボックスの血弾の威力を知っている。もしもあのチームが死の危機に瀕した場合、回収よりも始末を選択すると理解している。

 その場合、チームAAの対エニシの殺傷能力は国内でも有数の高さを誇る。それこそフラワーショップと同等以上だと。


「フラワーショップさんでも難しいと?」

「そうですね。第四班がどうしようもないということはそうなります。それはアーモボックス君のモルギフトすら通用しないということなのですから」

「アーモボックスのモルギフトですか……私は詳しく知らないのですが、相当希少なモルギフトだったと聞いています」

「ええ、非常に希少なエニシから回収されたモルギフトですからね。ただアレを使いこなせる者は彼しかいません。他の者では今自分の持っているモルギフトの方がマシだと言わざるを得ないようなものですし」

「は、はぁ……」


 そのモルギフトの詳細を尋ねるべきか悩んだ男だったが、フラワーショップが再びイヤホンマイクの方に神経を向けていることを悟り、口をつぐむ。


『こちら第四班、そろそろ仕掛けます。暫く報告を中断します。こちら第四班、そろそろ――』

「どうやら動きがあるようですね。まあ彼のモルギフトも素晴らしいですが、彼自身の機転の利かせ方も私は評価しています。今は信じて待つとしましょうか」


 フラワーショップは人懐っこい笑顔のまま、後続のエニシ狩り達へと指示を出す。

 アーモボックス達の実力は信じている。だがそれはそれ、これはこれ。現場を仕切る者として行うべきは最悪の事態に備えての準備を淡々と行うこと。


「まあ、今の彼の声は悪巧みを考えている時の奴ですからね。恐らくは無駄に終わるでしょうが」


 ◇


 振り下ろされる武器の風圧が肌を撫でる。アクロは瞬き一つすることなく繰り返される攻撃を全く同じタイミングで回避してみせる。


「偉そうなことを言ったが、ボチボチ辛いところだな。おい乙女、さっきのもう一度行けるか?」

「無理だ。これ以上秒数レベルの使用をすれば意識を失う」

「涼しい顔しておきながら限界寸前かよ。まあ結構使ってたっぽいしな」


 ベルが遊園地に突入してから使用したモルギフトの使用回数は既に三桁を超えている。

 アクロを立ち直らせた連続での長時間使用を考慮すれば、その消耗は通常の戦闘時の比較ではない。

 狙撃による動作の妨害こそ可能だが、モルギフトによる行動阻害は後数度が限度と言ったところである。


「そろそろ震えが邪魔になって来たな……一か八か蹴り飛ばすか?」

「いやその必要はないよ!」

「――アモカンか、野獣の準備は整ったのか!?」


 後方に現れたアーモボックスへ、アクロは視線を逸らさずに大きめの声を投げかける。


「いやーどうだろうね!ベーテには入口で踊らせているけど、万全を期すならあと三分くらいは躍らせた方が良いんじゃない!?」

「正直持たないぞ!乙女の方もガス欠で、私の方もそろそろ回避に専念が出来なくなる!」

「大丈夫、ベーテの準備はまだだけど、策の用意なら済んだ!」

「――で、どうすれば良い!?」

「十秒後、入口まで一気に戻ってくれ!後はこっちで済ませる!それじゃ!」


 アーモボックスはベルを引き連れて先に走り出す。これで完全にアクロとダンシングジェイソンの二人きりとなる。

 アクロは攻撃への回避距離を広げ、一気に開く。ダンシングジェイソンは空振り後、真っすぐにアクロへと迫る。


「十秒か。それだけで良いってんなら……!」


 アクロは銃を抜き、発砲する。九ミリ弾はダンシングジェイソンの肉体を前に容易く弾かれる。

 しかしそれでもアクロは射撃を止めない。引き金を連続で引き、弾を撃ち続ける。

 その全てがダンシングジェイソンへと命中するも、その動きを止める役目を一切果たしていない。

 カートリッジの弾丸が尽き、カチカチと空撃ちの音が響く。だがアクロはその状況を確認し、笑う。


「お化けを驚かすのも一興だな。吹き飛べっ!」


 アクロが叫びつつ、モルギフトを発動させ引き金を引く。今までの発砲ではアクロは銃の反動をほとんど受けていなかった。

 しかし、今度の発砲ではまるで大型口径の銃でも扱ったかのように両腕を大きく跳ね上げた。

 ダンシングジェイソンは何かを感じ取ったのか、咄嗟に両腕に握った武器で頭部を護ろうとする。

 何か巨大な一撃が襲ってくる。コアを護れとエニシとしての本能が反応していた。


「――?」


 だが何も起こらない。ゆっくりと武器を降ろしたダンシングジェイソンはアクロを見る。アクロは既に背を向け、逃走を始めていた。


「悪いな。今のは『嘘』さ」


 アクロが放ったモルギフトの一撃、それは『オオカミ少年』と呼ばれるもの。相手に嘘を信じ込ませるモルギフト。銃弾をものともしなかったエニシでさえ、それが『危険な攻撃』だと誤認させることができる。

 ただしこのモルギフトは同じ相手に何度も通用しない。徐々に植え付けられる認識に抗えるようになり、最終的に『嘘である』と認識されてしまった場合、自分におぞましい幻覚が返ってくるという副作用が発生する。

 それ故、安全に使用できるのは敵一体につき一度だけ。それ以上は自らが自爆する諸刃の剣となるモルギフトである。

 ダンシングジェイソンは初めて経験する危機感に戸惑うも、目の前の敵が逃げ出した状況を把握し、追跡を開始する。


「あの足なら余裕で十秒は――おいおい、本当かよ」


 銃のカートリッジを交換しつつ、振り返ったアクロが目にしたのは先程よりも素早い速度で走り出すダンシングジェイソン。その速度はモルギフトで強化されたアクロにも匹敵する。


「走れたのかよ!くそっ!別の意味でビックリさせやがって!」


 様々なポイントを通過し、アクロは逃走を続ける。距離こそ縮められないがこのままでは入口に向かっているアーモボックスに追いついてしまう可能性が高い。


「時間的にはギリギリ稼いだと思うが……ッ!?」


 アクロは曲がり角を抜けた先にアーモボックスを発見してしまう。

 一直線の狭い通路の先、マットレスの上にいるアーモボックスは手を振ってアクロを迎える。


「馬鹿!何やってるんだ!?」

「馬鹿はお前になるなよ!こっちまで飛べ!」


 アーモボックスの叫びにアクロはマットレスのあった場所のことを思い出す。

 助走はほどほどに、地面を思い切り蹴りアクロは跳躍する。そして一気にアーモボックスの頭上まで届き、そのままアーモボックスを下敷きにマットレスへとダイブする。


「ふべっ!」

「おい、ちゃんと受け止めろ!」

「マットレスあるでしょ!?なんで人の上に飛び降りるの!?」

「お前がこっちまで飛べって言ったんだろうが!ってそんな場合じゃない!」


 アクロは銃を構え、後方のダンシングジェイソンに備える。しかしダンシングジェイソンはマットレスよりも遥か先、曲がり角を曲がった直ぐの位置で動きを止めていた。


「あら、流石に自分の家のことはよく御存じで」

「おい、どうするんだアレ。時間稼ぎには良いかもしれないけど、そのうち私みたいに飛んで来るぞ」

「いいや、そんな知恵は与えないさ――」


 アーモボックスは胸元から取り出したロザリオ型のモルギフトを握りしめている。


「おい、まさか――」

「ベルちゃん、今だ!」


 アーモボックスが叫ぶのと同時、ダンシングジェイソンが突如咆哮し、アーモボックス達の方へと駆け出す。

 しかしそれよりも早く、ダンシングジェイソンの後方で動くベルの姿をアクロは見逃さなかった。

 ダンシングジェイソンの首元に何かを引っかけ、そしてそのまま通路の端へと何かを投げた。

 ダンシングジェイソンは通路をそのまま進み、突如割れた地面の底へと落下する。その場所は最初にアクロが落ちた落とし穴。

 その深さは然程ではない。ダンシングジェイソンならば問題なく昇り上がることができる。

 しかし、ダンシングジェイソンは落とし穴に完全に落ちることはなかった。


「あれは……」


 アクロは通路の端から突き出している骸骨の腕に視線を注ぐ。落とし穴に落ちないように端を通ろうとしたベーテを突き落とした仕組みのソレから、一本のロープのようなものが伸び、ダンシングジェイソンの首へと続いている。


「ミイラ男の包帯さ。骸骨の手はスイッチを押し続ければ出しっぱなしだからね。荷物を置いておいた」

「いや、包帯なんかじゃ直ぐに――」

「忘れたのかい?ミイラ男の包帯はアトラクションと同じ扱いで破壊不能のオブジェクトとして特異性の恩恵を受けている。この場所で最も頑丈なロープなのさ」


 ダンシングジェイソンは首吊り状態のままもがくも、その包帯はビクともしない。人型ではあるが、血管などのないエニシにとって首吊りによる命の危険性はないにしても、その動きは完全に塞がれている。


「それは分かったけどさ、あの乙女、いつの間に後ろにいたんだ?」

「吸血鬼の棺桶に入ってもらってたのさ。目に付く敵を追うなら隠れておけば早々気づかれないだろうからな」

「見つかったらどうするつもりだったんだ」

「そこはアクロがどうにかフォローしただろ?」

「……はぁ、もう良い」

「と言うかそろそろどいてくれない?重いんだけど」

「疲れた。動きたくない」

「あのねぇ……」


 無理やりどけようとしたアーモボックスだったが、アクロの体には驚くほど力が入っていないことに気づく。

 恐怖を与える特異性を受け続け、一撃でも当たれば致命傷ともなるような攻撃を間近で回避し続けていたアクロの体力はすっかりと弱り切っていた。

 アーモボックスは溜息を吐きながら暫くの間そのままにしておくことにした。


「さぁ、準備良いわよ!」

「ラ・ベーテ。奴は落とし穴のところに引っかかっている。コアは頭部らしいが念を入れることは忘れないように。それじゃあ一気に仕上げてくれ」

「ええ、一気に決めさせてもらうわ!」


 入口から閃光が奔る。もはや人の目には光しか目に映らない。それほどの速度でベーテは通路を縦横無尽に駆け抜け、一気に落とし穴の位置にまで到着する。

 そして宙にぶら下がっているダンシングジェイソンの首、四肢を一瞬で斬り落とした。

 落とし穴へと落下する胴体と首。しかし首だけはアクロが落下前にキャッチする。

 そしてアクロは無表情のまま切断面に腕を捻じ込ませ、ダンシングジェイソンの頭部の中身をかき回す。


「ん、あった」


 引き抜かれた腕に握られていたコア、手のひらサイズの結晶体の中には一本の鍵が埋め込まれていた。

 コアを取り出したことでダンシングジェイソンの首、落とし穴に落ちた胴体は徐々に塵へと還っていく。


「鍵か……鍵会社の名前や刻印から見てマスターキーかな。多分だけどこの遊園地のマスターキーだろう。取り壊しが決まった時、此処に持ち込んだんだろうか……」

「そうだろうな。創立者にとってこの遊園地は自らが生み出した子供と同じ、手元に置いておくには忍びなかったのだろう」


 アーモボックスとベルは鍵に込められた想いを想像し、しみじみとした気分になるも、アクロだけはそのコアを手元で弄びつつ呆れた目で鍵を見つめる。


「鍵がなけりゃ解体業者が困るだろうに迷惑な話だ」

「あーもぅ、アクロってばすーぐそういうロマンのない話をする!スペアキーがあれば十分でしょ!?」

「アーモボックスもアーモボックスでそういう現実的な案を直ぐに考えつくがな。ところで……ラ・ベーテはどこだ?」

「野獣なら着地に失敗して落とし穴の底だ」

「ちょっと!?人が折角気配を消してたのに!?」


 落とし穴の中にあったクッションを吹き飛ばしつつベーテが姿を現す。

 その顔は非常に真っ赤であり、ほんのり涙目になっている。


「ラ・ベーテ、最高速度での攻撃の後だ。フィニッシュの難易度が難しいのは当然のこと。恥じる必要はない。君のフィニッシュへの最後の疾駆は私の目にしっかりと焼き付けられている」

「ル・ベル……」

「最後に壁を蹴ろうとして足を滑らせた時のビックリ顔、多分録画されてると思うけどね」

「アーモボックスゥッ!?」


 その後コアを持つエニシが消滅したことで遊園地に付与されていた全ての特異性が解除され、アーモボックス達が外に出た時には寂れた遊園地へと元の姿を取り戻していた。

 コアは外で待機していたフラワーショップの手へと渡り、それぞれのエニシ狩り達は撤収の準備を始めていた。


「アーモボックスさああん!良かったですぅ!」


 控えのテントに戻ってくると同時に、悠がアーモボックスに涙目で抱きついてくる。

 その突進力は突入前にベーテに押し倒された勢いと同威力。当然アーモボックスにそれを受け止めきれる力はなく、再び押し倒される形となる。


「ごふっ……ゆ、悠ちゃん、落ち着いて……」

「だって、だって!途中から音声も途絶えて……何も!」

「そんなことは……あ、イヤホンマイクのスイッチが切れてる」

「私がアモカンの上に着地した時だろうな」

「そりゃあ心配させちゃうか。ごめんね悠ちゃん」

「いえ……本当は他の班の通信からコアを回収できたって……聞いていましたけど……でも無事な姿を見たらつい……」


 アーモボックスは頭を掻きつつ苦笑いをする。そして悠の頭に手を置いて優しく笑う。


「心配してくれてありがとう。嬉しいよ」

「……はい」

「実際アモカンのことを心配する奴がほとんどいないしな」

「ちょっとっ!?」

「同業者の安否を心配することなどなかなかないからな。むろん私はラ・ベーテのことは常日頃から心配している」

「まぁ、ル・ベルったら……」

「そりゃあ人の顔見たら襲い掛かるようじゃなぁ……」

「あん?決着をつけたいのね?良いわよ、いまいち勝敗がはっきりしなかったのだから今ここで――」


 騒がしくなり始めた四人を眺めつつ、悠は涙を拭いて笑う。オペレーターとは言え、初めての実戦への参加。彼女が今まで張っていた緊張が一気に解れていくのをアーモボックスは横目で優しく見守っていた。



「次こそははっきりと勝負をつけるわよ!良いわね!」

「ではまた会おう。息災でな」


 美女と野獣の二人は既に次の依頼が用意されており、足早に別れることとなった。それを疲れた顔で見送るアーモボックスとアクロ。


「私としちゃあもう会いたくもないけどな」

「ベルちゃんとだけなら楽しく話せそうなんだけどなぁ……無理だよなぁ」

「あの二人が離れている光景が思い浮かばないな」

「違いない」


 二人は数日間の休日を与えられた。厳密にはアーモボックスにである。今回のエニシ殲滅でアクロが使用した血弾はカートリッジ一つ以上、アーモボックスの左腕の装置に入っていた予備の血液以上に消費している計算となっている。

 そのことを聞き、ならば一緒に食事でもと悠に誘われた。その悠は現在撤収作業を済ませている最中でその場を離れている。


「焼肉だな」

「またぁ!?」

「血が減ってるんだろう。レバー食え、レバー。私は上カルビを食べる」

「自分だけ良い物食べようとしてない!?」

「上レバーがあれば頼んで良いぞ。……あるのか?」

「さぁ……」

「あるなら食べてみたい」

「あったらね」

「――元気そうで何よりですね」


 会話に割り込んできたのは今回の作戦の指揮を取っていたフラワーショップ。ペコリと頭を下げ、アーモボックスの傍へと歩み寄る。

 アーモボックスは普段通りの顔だが、アクロはこれでもかと嫌そうな顔を見せた。


「フラワーショップさん。今回もお疲れ様です」

「ありがとうございます。アーモボックス君もコアの回収、お見事でした」

「いえいえ。実際に働いたのはアクロや美女と野獣の二人ですし」

「そんなことはないだろ、アモカンも知恵は出した」

「おやおや。随分と変わられましたね、アクロバット。以前では口にもしないようなことを」

「――ふん」


 視線を逸らすアクロを見てフラワーショップは笑う。そして手帳を取り出し、何かを書き込んでいく。


「ですが大変喜ばしいことです。今回の戦闘内容を確認させていただきましたが、もしも貴方が昔のままなら、自分の命を危険に晒し、結果としてコアの破壊を選択していたでしょうからね。良い成長です」

「私は昔と変わっちゃいない。変わったつもりもない」

「そうですか。まあ、確かにそうかもしれませんね。ならば喜ぶべきはアーモボックス君、貴方が彼女のパートナーとして成長したことでしょうね」

「戦闘能力に関しちゃ、全く伸びてないんですけどね……。あ、でもスモークグレネードを暴発させることはなくなりましたね」

「そんなことは髪型を変えた程度の違いしかありませんよ。私も変わりませんが。――おや、今のは爆笑必須の自虐ギャグだったのですが、耐えましたね」


 頭髪の薄い頭をポンポンと叩くフラワーショップ。アーモボックスは口を抑えてギリギリで噴き出すのを堪えていた。


「不意打ちは卑怯ですよ……」

「しかし随分と立派になられた。チーム結成時のお二人は、それはもう見ていて不安にさせられましたからね」

「まあ、そうですよねぇ……」


 アーモボックスは昔のことを思い出しつつ、苦笑いをする。フラワーショップはそんな姿を見て、満足そうに頷く。


「過去の未熟さを笑えるようになれば十分一人前です。十年後、今の自分を笑えるように精進してくださいね」

「善処しますよ」

「お食事でも一緒にと思いましたが……お若いお二人にオーガニックのサラダビュッフェは合わないでしょうしね」

「あ、ちょっと興味ある――」

「この後はアモカンの血液補給のために焼肉だ」

「なるほど。私は菜食主義者ですのでご一緒は無理そうです。それでは、また」


 フラワーショップは会釈をしてその場を離れていく。アクロは不機嫌そうに見送り、アーモボックスは僅かに名残惜しそうな顔をしていた。


「サラダビュッフェ……オーガニック……」

「焼肉屋にも野菜くらいあるだろ。我慢しろ」

「そろそろしんどいのに……。ま、フラワーショップさんが一緒だとアクロが食事に集中できなさそうだしな」

「そんなことはない。お前らを無視して黙々と食べるだけだ」

「一緒に食べに行くんだから少しは交流しない!?」

「あの男とはウマが合わない」

「もう……。エニシを喜んで倒すところは一緒でしょうに」

「そうだな。だけどあの男はエニシを微塵も憎んじゃいない。化物を退治する人間に酔いしれてるような奴だ。私とは全然違う」


 アクロは忌々しそうに吐き捨てる。フラワーショップの件は振るべき話題ではなかったとアーモボックスは内心反省する。


「――その辺はまあ人それぞれだからな。俺もエニシを憎んじゃいないし」

「それはお前がエニシを憎みたくなるほど、エニシに何かを奪われていないだけだろ」

「お、懐かしい台詞だな」

「懐かしがるな。――ま、そこで黙らないだけお前はふてぶてしくなったよ。その点は評価してやる」

「そいつはどうも。まあ掘り下げてもご飯が美味しくなくなるだけだし、話題を切り替えようか」

「悠の奴は美味い焼肉屋を知っているのか?」

「切り替えたと言うより進めただけじゃん!?一応近場を検索しておきますかね」

「そうしてくれ。後から探し回るのは腹に酷だ」


 アクロは隣に座り、スマホの画面を必死に見つめるアーモボックスの横顔をそれとなく眺める。


「――私も変わったんだろうか」

「何だよ急に」

「いやなに、最近スマホを弄るのが面倒になってきたからな」

「あーそりゃあ若さが失われてるな!ようこそ衰えの年代へ!」

「こんの……まだ若いっての」

「ごふっ」


 躊躇なくアーモボックスの脇腹に肘打ちを入れ、悶えるアーモボックスを横目にアクロは不器用に笑うのだった。


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