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2018/05 其4 『美女と野獣Ⅱ』

「エニシ狩りの人達って、やっぱり凄いなぁ……」


 悠はミラーハウスの無力化に成功したアーモボックス達の映像を眺めながら息を吐く。

 息の詰まるような窮地の中、彼らは与えられたミッションを無事に成し終えた。

 画面越しで見ていた自分が最も手に汗を握り、緊張していたに違いないと思った。

 悠が最も凄いと再認識したのはやはりアーモボックスだった。彼はモルギフトの恩恵による身体能力の向上を得られていない。さらにはそのモルギフトも容易に使えない状況ときている。

 彼の血液だけはその限りではないが、あの戦場においてアーモボックスの立場は悠となんら変わりないのだ。

 自分だけがエニシに抗う術を持たず、最前線に立ち続ける。そんな自殺行為のような真似が果たして他の者にできるだろうか。

 自分があの場所で前後から迫りくるエニシと対峙していたら、そんな光景をイメージして身震いをする。


「あ、そうだ。他の班に情報共有をしなくちゃ」


 悠はモニタリングをしながら手元のパソコンで他の班へと情報を伝え、同時に他の班の様子も確認していく。

 既に幾つかの班は最初のターゲットを攻略しており、第二のポイントへと向かっていた。

 苦戦する班はあれど、今の所これといった被害は見られない。

 エニシ狩りは生存術に長けている者が多い。座学で学んだことは嘘ではなかったのだと悠は一人納得していた。


『悠ちゃん、他の班の様子はどうだい?』


 そこに移動中のアーモボックスから連絡が入る。モニターには次のアトラクションに向けて移動しているアクロ達の映像が映っている。


「はい。大体半数の班が第二ターゲットへと移動しています。ただ一部の班の第二ターゲットは他の班の第一ですので、そこも終わっている班は第三、もしくはコアの捜索に移っています」

『その辺は稼働系アトラクション組だろうね。こちらの第二ターゲットの幽霊屋敷を第一にしている班は?』

「いえ、ありません。第三のアイスワールドは第五班が対応していますが、想定以上に気温が低いらしく、暖を取りながら進まざるを得ない状況らしいです」

『うへぇ、暖房装備の手配をお願いしても良いかい?』

「既に第五班の申請で遊撃の班が道具を取りに入り口に向かっています。アーモボックスさん達が合流する頃にはアイスワールド入口前に装備が届いていると思います」


 一部の班はオペレーターの指示に従い、他の班に合流する遊撃班として行動しており、合流するまでは物資の準備なども請け負っている。

 遊撃班は主に直接戦闘に特化していないエニシ狩りなどが担当している。


『良い連携が取れているね。好調にいけばお化け屋敷で終われそうだね』

「そうですね。でもお化け屋敷のエニシって……怖そうですね」


 ミラーハウスでは中に入った者達の姿を模したエニシが発生した。ならばお化け屋敷に発生するエニシはやはりお化けということになる。


『お兄さんお化けは平気な方だけど、ビックリはちょっと心臓がなぁ』

『何を情けないことを言ってるんだアモカン』

『アクロだってお化け屋敷は相性悪いでしょ』

『私がお化けなんかに怯えるように見えるのか』

『いや、急に来たら反撃しちゃうでしょ? 普通のお化け屋敷でそれやったら警察沙汰だよ?』

『……なるほど。相性悪いな』

「微塵も否定しないんですね……」

『私は平気――いえ、怖いと言う方が女性らしいかしら?』

『ラ・ベーテ、君が何かを恐れるようなヴィジョンを思い浮かべるのは、どう足掻いても無理な相談だ。――ただ正直な話、私は少し苦手だな』

『あら、ベルちゃんはお化け怖いとか?』

『霊的な物を恐ろしいと感じることはない。だが霊と言った存在は死者を想う者達が作り出した幻想だ。それをアトラクションとして楽しむのはどうも畏れ多い』

『ああ、そういうことね』


 悠は聞こえてくる会話に毒気を抜かれつつ、アーモボックスのスマホにお化け屋敷の見取り図を送信する。


「アーモボックスさん、お化け屋敷の見取り図を送っておきました」

『ああ、ありがとう。一応写真で取っておいたけどデータの方が見やすくてありがたいね。ミラーハウスの迷路も見取り図が役に立ったし、お化け屋敷の内部も拡張されるようなら見取り図の出番はありそうだ』

「あ、今他のオペレーターから連絡がありました。お化け屋敷も人型を模したエニシの可能性が高いと思われるので都度調査結果を報告して欲しいとのことです」

『はいよ。やっぱり人型がいると神経質になっちゃうよねぇ……』


 エニシはそのフォルムによって様々な個性を持つ。そしてその中で最も警戒されているのは人型とされている。

 人間はその知恵により様々な偉業を成し遂げてきた。人型のエニシもまた他のエニシに比べ賢い場合が多い。


「でもミラーハウスのエニシ達は、数こそ脅威でしたけど個々では微妙でしたよね?」

『あれは人型と言うより、鏡像のエニシだろうからね。本体だけはダンシングジェイソンだったけど。そうだ、他のアトラクションでの無力化の条件ってどれだけ分かっている?』

「ええと、メリーゴーランドはエニシ化した全ての乗り物を倒すことで無力化。パイレーツは海賊風の人型エニシを全滅させた後に現れた船長エニシを倒すことで無力化。売店のエニシは売り子だったダンシングジェイソンを倒すことで無力化。と言った感じです」

『売店が同じ条件か。個性のないアトラクションにはダンシングジェイソンが付き物なのかな』

「その可能性は高いみたいです。今も交戦中の班からはダンシングジェイソンを見かけたとの連絡が届いています」

『――となると次のお化け屋敷がコアの可能性もあるね』

「そうなんですか?」

『悠ちゃん、パンフレットに書かれているダンシングジェイソンの説明は読んだかな?』

「あ、いえ、しっかりとは……」


 悠はそっと手元にパンフレットを取り寄せ、マスコットキャラの紹介ページを読む。

 そのページではコミカライズされたダンシングジェイソンが自己紹介をしていた。


 やぁ、僕はダンシングジェイソン!

 かつてはとある湖で人を驚かせていた怪物さ!

 だけど人を驚かせ過ぎて湖には誰も寄り付かなくなちゃった。

 暇になっちゃった僕は仲間を連れて遊びに行くことになったのさ!

 その場所とは、そう遊園地!そこで色々なアトラクションに心を奪われちゃってね。

 僕達も人間を驚かすだけではなく楽しませてあげようと自分達で遊園地を造ることにしたのさ!

 僕を怖がっていた人達も、今では一緒に楽しく遊ぶお友達さ!

 ちょっと見た目は怖いけど、ダンスの腕は一流さ!

 色んな場所で僕を見かけるだろうけど、その時はぜひ一緒に踊ろうね!

 あ、でもお化け屋敷で出会う時は僕本来の怖さを教えてあげるよ!

 』


「お化け屋敷で本来の……、勘繰りたくなりますね」

『ダンシングジェイソン推しだと考えるとね。となると縁人はこの遊園地の運営に携わった人かな? ここ最近、関係者の死亡情報とかがないか確認してもらえるかな?』

「はい、わかりました! でもそこまで直ぐに考えつくなんて凄いですね!」

『フラワーショップさんのことを考えれば候補には上がっていたと思うよ。実際に全体的な調査をしないことには判断できないから確信はなかっただろうけど』


 悠は早速専用端末を起動させ、情報の確認を行う。

 遊園地の関係者の名前をリスト化し、国から提供されている国内の死亡者リストと照らし合わせて行く。

 同姓同名の死亡者の情報がピックアップされ、日付が若い順に表示されていく。


「ありました! 遊園地を設立した会社の会長さんが今年に亡くなっています。遊園地を設立したころは社長だった人ですね! 早速共有を――」

『ああ、その必要はないよ。フラワーショップさんが遊園地の関係者を調べていないはずもないし、コアが確認されるまでは推論でしかないからね』

「そ、そうですか……」

『ただまあ、俺達に担当させたあたり、結構高い線で見てるんだとは思うけどね。さてと、到着だ』


 モニターに映された光景には、お化け屋敷らしい建物が見えている。悠は唾を飲み込み、そっとマイクのボリュームを下げることにした。


 ◇


 悠との通話を中断し、アーモボックスはお化け屋敷を観察する。

 ダンシングジェイソンがマスコットキャラクターとだけあって、和風ではなく洋風の造りとなっている。

 古びた洋館を滑稽にしたような印象があるが、古びた看板に描かれている怪物達のインパクトはそれなりにクるものがあるなとアーモボックスは内心呟く。

 看板には『心臓の弱い方、お年寄りはご遠慮ください!』との文字がある。


「洋風かぁ……グロテスクよりなんだろうなぁ……ビックリ系なのは変わらないだろうけど」

「流石に怪物の特異性を全部引き出してくることはないだろう。精々牙や爪が脅威な程度か。ミラーハウスで武装したアクロバットやラ・ベーテのコピーの方が脅威だろう」

「そうなんだろうけどね。ただお化け屋敷の特異性ってのを考えるとなぁ」


 アーモボックスは入口の暗幕を捲り、ライトで中を照らす。中は道を歩くのに最低限の明かりだけが薄暗くついており、その奥は直ぐに曲がり角となっている。


「小心者ねアーモボックス。どうせなるようにしかならないわよ」

「さいですね……では行くとしましょ」


 四人は暗幕を潜り、中へと入っていく。戦闘をベーテ、殿をアクロが担い、慎重に進んで行く。

 そして四人はその特異性を即座に体感する。四人の持つライトが突如消えたのだ。


『アーモボックスさん!? 急に暗くなりましたけど大丈夫ですか!?』

「ああ、うん。そんな予感はしていたんだけどね。どうやら明かり持ち込みは厳禁らしい」

「ライトは軒並みダメだな。アモカン、火はどうだ?」


 アーモボックスは懐からジッポライターを取り出し、火をつけてみる。

 着火こそすれど、その火は周囲を一瞬だけ照らしたかと思いきや即座に消えていった。


「ダメだな。風に強いはずのジッポの火が勝手に消される。後続の班には暗視ゴーグルを持たせても良いかもね」

「いらないわよ。私達がサクっと終わらせるのだか――らぁッ!?」


 先頭を進んでいたベーテが突如三人の視界から消える。ベルとアクロは即座に銃を構えるが敵襲の気配は無い。


「ラ・ベーテ、無事か!?」

「だ、大丈夫よ……何よこの段差!? ドッキリの方向性違わない!?」


 それぞれが視線を下に向けると、そこには地面に倒れていたベーテの姿があった。

 通路の途中が見え難い段差となっており、その地面には転倒を予期されてのマットレスが敷かれていた。


「なるほど、お年寄りご遠慮の意味はこれか。転んだら危ないもんな」

「ご丁寧にトリックアートとして描かれていて、意図的に転倒しやすいように作られている。初見の人間なら高確率で引っ掛かるだろうな。さあ、大丈夫かラ・ベーテ」


 ベルは段差を丁寧に降りた後、ベーテを優しく抱き起こす。


「いきなり酷い目に遭わされたわね……このマット、ちょっと質感良くて地味に悔しいわ」

「どんくさい奴だな」

「うるさいわね!? なら貴方が先行しなさいよ!」

「とろとろ歩かれても迷惑だからな。そうさせてもら――うぉふ!?」


 マットレスを越え、先に進もうとしたアクロ。今度は何の変哲もない床の上だからと油断していたら周囲の床が綺麗に割れた。

 深さが二メートルもない落とし穴で、中には大量の小型クッションが敷き詰められている。

 アクロの下半身は見事にクッションの山の中に埋まっていた。


「……普通の落とし穴まであるのか」

「警戒はしていたのだが普通に見抜けなかったな。意外とこのアトラクションを造った人物は職人なのではないだろうか」

「ぷっ、ざまぁないわね! あははは!」

「こんの……」


 アクロは視線の先に落とし穴から這い上がるための取っ手を見つける。蛍光塗料が塗られており、暗闇の中でも仄かに明るい骨を模した取っ手だ。

 アクロは舌打ちをしながらクッションの中を進み、取っ手を掴む。


「通路の隅を歩けば落とし穴には落ちないようだな。そっちは這い上がれそうか?」

「こんなくだらない仕掛け、造った奴は相当性格が捻じ曲がっ――たァっ!?」


 取っ手に一定の体重を掛けた時、取っ手がすっぽりと外れ、アクロは再びクッションの中へとダイブする。

 手放された取っ手はロープで繋がれており、ズルズルと元の場所へと収納されていく。


「うわぁ、二段仕込み」

「よく見ろ、蛍光塗料の塗られている取っ手の上にもう一つ、普通の取っ手がある」

「あははは! ははははっ! 傑作よけっさ――くぅ!?」


 落とし穴の横を通っていたベーテが突如落とし穴へと落下する。

 不意に突き落とされたかのような姿勢でクッションの中へと消えていくベーテ。

 アーモボックスはその位置を確認すると床にスイッチのようなものを発見する。

 足だけを延ばしてスイッチを踏んでみると、先ほどベーテのいた箇所の壁から模様に偽装していた骸骨の手が突き出された。

 ベーテはスイッチを踏み、骸骨の手に押し出されて落下していた。


「ミラーハウスからは想像もつかない技巧の凝らせ方だな」

「物理的な罠が多いともなれば歩む速度は嫌でも遅くなる。なるほど、怖がらない客を恐る恐る進ませるためのギミックか」

「ベルちゃん冷静に分析するねぇ」

『昨今じゃ色々クレーム来そうですね……』

「芸人を招くイベントとしては良さそうかもね?」



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