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2018/05 其3 『美女と野獣Ⅱ』

「全班が突入して五分が経過しました。各班の様子はいかがでしょうか?」


 フラワーショップは外で待機しているオペレーターと細かく情報を確認していく。

 全体を把握することは現場の責任者としての責務。オペレーターからの情報を手帳に事細かく記していく。


「ふむふむ。多少手こずる特異性を持つアトラクションもあるようですが概ね順調と。ミラーハウスの特異性ですが増殖したエニシの身体能力については何か報告が? 確認をお願いします。……まあミラーハウスだけがエニシ化していれば危険性もありますがアトラクションの一部ともなれば完全再現とはいかないでしょう」


 パタリと手帳を閉じ、周囲を一瞥する。そこにいるのはフラワーショップを含む第十三班。

 縁起が悪い数字をフラワーショップは率先して請け負った。日本で言う四や九については個人的に任せられる実力者を宛がっている。

 既に十三班は戦闘を終えていた。残っているのは夥しい植物に浸食されたティーカップアトラクション。

 フラワーショップのチームと組まされた新人のエニシ狩り達の表情は、彼の強さに完全に委縮してしまっている。


「これがフラワーショップさんの……。どんな体力だよ……」


 モルギフトの特異性を発動するには体力と精神を消費する。それらのリソースは特異性を発動させる範囲、規模、時間、それらによって比例的に増加する。

 モルギフトから得られる身体能力の向上も、特異性を発動させることに比べれば消費は少ないが常に運動している状態並には消費する。

 そんな条件でアトラクション一つを巻き込むモルギフトを発動させ、敵を殲滅。その間当人は片手間に現場責任者としての仕事もこなしている。

 見た目で侮らなくて本当に良かったと彼らは内心で思うのであった。


「ああ、御心配なく。後々に調整しやすいように先に私がやりましたが、私達が行く次の担当アトラクションはそちらのチーム主体で頑張ってもらいます。サポートはしますのでしっかりと経験を積んでくださいね」

「は、はい!」


 十三班の面々は次のアトラクションへ向け、移動を開始する。遠くではあちこちで銃火器を始めとした戦闘の音が響いている。


「うんうん、皆さん頑張っていますね。良いことです。実に良いことです。化物退治はこうでなくては、蹂躙こそが常でなくては」


 フラワーショップはそんな音に耳を澄ませながら、穏やかな笑顔で頷くのであった。


 ◇


 迫りくるエニシへ先手を打ったのはアクロ。迷うことのない発砲はアーモボックスに変化したエニシの頭部を撃ちぬく。

 エニシはダメージを受けたように頭部を抑えるが、再び前に出てくる。

 姿形こそ人間を模っているがエニシには脳といった内臓は存在せず、分身体ともなればコアすら存在しない。


「アモカンもアレくらいタフになってくれりゃ、私も楽ができるんだがな」

「頭を吹っ飛ばされても動ける化物と組みたいの?」

「見た目では判断しない主義だからな。しかし九ミリじゃ弱いか」

「ならコイツはどうだ」


 ベルがSAM-Rから五・五六×四十五ミリNATO弾を撃ちだす。弾丸はアクロと同じく頭部に命中するが、その破壊力はエニシの頭部を完全に吹き飛ばした。そして頭部を失った分身体のエニシは力なく崩れ、塵となっていく。


「あれくらいで良いのか。九ミリなら数発いるな」

「さて、私は乱戦が苦手だからな。前方はラ・ベーテ、君に任せよう。後方はアクロバット、私は適度に両方をサポートしよう」

「必要ない。お前にはずっと背中を向けてなきゃいけないんだ。後方から狙撃とか気が散るだけだ。相方でもサポートしてろ」


 通路での戦闘のため、敵が攻めてくるのは前方と後方のみ。その点では守りは容易いが、この場所で延々と戦い続ける消耗戦となれば、不利となるのは人間であるアクロ達となる。

 手数を前方に集中し、進みながら出口を目指すプランで全員が一致した。


『アーモボックスさん、今連絡が入って分身体の性能を確認して欲しいとのことです』

「うーん、多分エニシっぽく最低限の戦闘力はあるっぽいね。でもモルギフトで強化されてるアクロ達よりは下かな。武器は刃物だけ再現できて銃は出来ていない。数が多いのが面倒だけどこの面子なら十分に蹴散らせるね」

『了解です。でも本当に大丈夫ですか?』

「アクロは言うまでもないけどね。美女と野獣のコンビも大概だよ」


 アーモボックスは視線をベーテへと向ける。ベーテはコンツェシュを構え、優雅に前に歩み出ている。


『ベーテさんって近接武器しかないんですよね?』

「うん、だけどベーテはモルギフトを二つ持つ。その身体能力は申し分ない。それにその特異性も戦闘向けだしね。ほら、早速使うようだよ」

「――さあ、まずはこの耳障りな曲から変えていきましょう?」


 ベーテは指にはめられた指輪型のモルギフトを軽くコンツェシュへ叩きつける。

 同時に全員の耳に届いていた遊園地のBGMがフェードアウトしていき、周囲からオルゴールのような曲が流れ始める。

 その異変は遊園地の外でモニターをしていた悠にもハッキリと認知することができた。


『あ、あれ? 急にパソコンから音楽が!?』

「これがベーテのモルギフト、『演奏は常に傍に有りて』だ。自らの周囲に望んだ音楽を響かせる。音楽を流す媒体にも干渉して全ての曲を塗り替えちゃうんだ。何もないところでもなぜか高音質の音楽が聴ける超便利な特異性だね」

『凄いですけど……それだけですか!?』

「うん、それだけ。電気の要らないラジカセみたいなものだよ」

『えぇ……』


 ベーテを模したエニシが、本人であるベーテへと迫る。振るわれた剣をベーテは苦も無く回避する。

 攻撃直後の隙ができたのを悠はカメラ越しに確認した。しかしベーテは反撃をせず距離をとる。


「ダメね、そんなリズムじゃ全然ノらないでしょ?」


 曲調が変化する。フラメンコギターとパルマが加わり、アップテンポな演奏へと熱が入り始める。

 両の靴でリズミカルなステップを踏み、その動きに合わせ衣装も左右に揺れる。

 剣を流れるように振るい、体の一部のように扱う。流れる曲に合わせ、全身を激しく揺らしていく。


『まるで踊っているみたい――っていうか踊ってます!?』

「フラメンコだね。いつ見てもキレが良いもんだ」

『いやいや、そんなことをしている場合じゃ――』


 踊っているベーテに二体のエニシの攻撃が迫る。しかしベーテはその攻撃を踊りながら軽やかに回避する。そしてその踊りの中で振り回された剣が一瞬で二体のエニシの頭部、胸部を貫いていく。

 崩れ落ちるエニシ、それを気にもせずにベーテは踊り続ける。流れる曲は徐々に激しさを増し、そのリズムに合わせてベーテの動きもより加速していく。


「ベーテのもう一つのモルギフト、『狂おしく踊れ』。彼女は踊ることでその身体能力が向上する。その踊りの難易度が上がれば上がるほど、常軌を逸した次元へと引き上げることができる。身体能力を強化する特異性の中でもかなりの性能を誇るモルギフトだね」


 本来ならば達人の域の者が全力で行うような踊りを、ベーテは楽しそうに、笑いながら踊る。

 モルギフトによって多重に強化された身体能力は、人には不可能な速度での動きすら可能なものとする。

 曲のテンポを上げ、踊りの激しさを増し、ベーテの動きは更に早くなっていく。


「――さぁ、行くわよ?」


 曲のリズムに合わせベーテが駆ける。その速度は重力の縛りすら無視し、壁、天井をステージのように飛び回る。

 そしてエニシ達とすれ違う度、反応すら許されないコンツェシュによる刺突があらゆる部位を貫いていく。


『凄い……』

「さぁさぁ! もっともっと昂りましょう!? 血を沸騰させ、肉を躍らせ、骨を軋ませて、魂の叫びを体現させてちょうだいな! あは、あははっ! あははははっ!」


 野獣のような眼光、歓喜に満ち溢れ歪んだ笑顔、その戦う姿は踊り狂う怪物を彷彿させる。


『でも……ちょっと怖いですね』

「あの人戦闘になると脳内麻薬マシマシでトリップしちゃうからね。一度勢いがつくと手が付けられなくなるのよ。純粋な身体能力だけならモルギフトを七つ保持するアクロよりも高いと思うし」

『そうなんですか……ってアクロさんってモルギフトを七つも持っているんですか!?』

「まあ、あの子はあの子で規格外だったりするからね。直接身体能力を上げる特異性は持たないけど、全部のモルギフトがアクロの基礎能力を向上させている。生半可な強化型の特異性持ちよりも強いよ」


 そう言いながらアクロの方へと視線を向けると、ナイフの一振りでエニシの首を刎ねるアクロの姿が入る。

 崩れ落ちるエニシの背後からベルの姿を模したエニシがアクロの肩を掴もうとするも、放たれる蹴りで二メートルはある巨体が吹き飛ばされる。


「いつの時代も女性は強いってことだね」

『私はあんなに物理的には強くないですよ……。ベルさんもやっぱり凄いんですか?』

「ベルのモルギフトも凄いね。そろそろ使う頃だと思うし、よく見ておくと良いよ」


 アーモボックスは視線をベルの方へと向ける。ベルは前方に突出しているベーテの方へと銃を構えている。

 そしてベーテの攻撃範囲に届かない位置にいるエニシの頭部を狙い、精密に撃ち抜いた。


『……普通に撃っただけのように見えますけど』

「いやいや、しっかり発動していたよ。じゃあもう一度見ててごらん?」


 ベルは再び次のエニシへと狙いを定め、引き金に手を掛ける。

 悠はその様子をモニター越しにしっかりと見つめるが、これといった変化を感じ取れないでいた。


「悠ちゃん、目を閉じて」

『えっ、えっ!?』


 アーモボックスの合図の直後、ベルは発砲してエニシの頭部を吹き飛ばした。

 結果は先程と同じ。だがアーモボックスの言葉により、悠にもその違和感を理解することができた。


『今のって……』

「さらにもう一度、今度は目を逸らしてごらん?」


 ベルの発砲、結果は同じ。狙撃されたエニシの頭部が吹き飛ぶ。その光景を悠は全て見ていた。

 アーモボックスに突如指示され、目を閉じようとした。助言に従い視線を逸らそうとした。

 だができなかった。彼女はベルが発砲するその姿を瞬きすることすらできずに見つめてしまっていた。

 同時に気づく。ベーテよりも奥にいるエニシ達もまたベルの狙撃の瞬間に視線を囚われ、動くことができないでいたのだ。


『目が……離せない?』

「ベルのモルギフト、『そして我が姿を刮目せよ』。特異性を発動している彼を見た者は、まるで見惚れてしまうかのように、その全ての動作に目を奪われてしまう。視線を逸らすことができないため、満足な防御回避が封じられる。そしてその真価はベーテと組むことによって発揮される」


 ベルがモルギフトを発動した際、ベルを視線に入れているエニシの全ては視線をベルへと注がされてしまう。

 動きが止まるのはベルが発砲する僅かな時間のみ。だが前線を駆け抜ける猛獣を一瞬でも見失い、その動きを止めるということは、その喉笛を差し出すことと同義。

 ベーテが地を這う獅子の如くに駆け、動きの止まったエニシ達を次々と刺殺していく。

 エニシ達がベーテの動きに対応しようとすれば、再びベルのモルギフトによりその動きが止められる。

 戦いの場であれど、縦横無尽に動くことが許されるのは踊り子のベーテのみ。


『でもベーテさんはベルさんを視界に入れていないんですか? うっかり動きを止めてしまえば敵の傍にいるベーテさんが無防備になってしまうんじゃ……』

「ちょくちょく入れているよ。むしろベーテはよくベルを見ている。だけどベルは決してそのタイミングではモルギフトを発動しない。踊り子の邪魔をすることはしないのさ」

『あれだけ素早く動いているベーテさんに、ベルさんが合わせているんですね』

「その通り。そしてベーテはベルを完全に信用している。だからあの二人は強い。エニシ狩りがチームを組むってのはこう言うことさ」

『――凄いチームワークなんですね!』

「惚気も凄いけどね」

『惚気?』


 悠はベルとベーテの戦い方をまじまじと観察し、アーモボックスの言っていたことの意味に気づく。

 ベーテはベルの姿を模したエニシに一切剣を向けない。ベルもベーテを模したエニシには一切発砲しない。

 それだけではない。ベーテは都度ベルの方へと熱い視線を向け、ベルもまたその時にベーテを見つめ返している。

 二人は互いの雄姿を見つめ合い、戦いの中でも目に焼き付けているのだ。


『――うわぁ』

「ね?」

『でもちょっと羨ましいです。あんなに仲が良いパートーナーって』

「見せられ続ける方は胸焼けするんだけどね。それに比べ……」


 アーモボックスが視線をアクロへと向ける。アクロはアーモボックスを模したエニシの頭部を鷲掴み、地面へと全力で叩きつけ、トドメと言わんばかりにブーツで踏み砕いた。


『――うわぁ』

「この躊躇の無さよ。少しはパートーナーの頭を踏むことに抵抗くらいあっても良いのにね。ほんっと野蛮人だわ」

「聞こえているからな!」


 アクロが後方からの敵を抑えている間、ベルとベーテによって前方の道が徐々に切り拓かれていく。

 第四班はそれに合わせ迷路を進んでいく。殿を務めるアクロも状況を見極めつつベーテ達の方へと移動する。


「あらアクロバット、後ろの敵が随分と溜まっているじゃない? こっちは移動しやすいように処理してあげているのに」

「お前らみたいにちまちまやるのは好きじゃないんだ。ここらが曲がり角か、ならそろそろ使うか」


 アクロはそれまで手にしていた銃をホルスターへとしまい、血弾の込められた銃を取り出す。そして後方から迫りくるエニシの大軍へと発砲した。

 銃弾は手前のエニシを貫く。貫かれたエニシがアーモボックスの血液のウイルスにより苦しみ、悶え始める。

 だがそれは手前だけではない。後方にいるエニシ達も同様に苦しんでいる。

 アーモボックスの血弾はフルメタルジャケット弾と類似している。

 弾芯が硬い金属で覆われているこの銃弾は破壊力よりも貫通力に優れている。

 通常の弾丸との違いとして、命中時に弾丸の中にある血液カプセルが破壊され、全方向に空いている小さな穴からアーモボックスの血液が漏れだす仕組みとなっている。

 骨を持たない小型のエニシならば数体以上貫通することは容易。そして微量でも銃弾から漏れ出すアーモボックスの血液がその体内に付着すれば、エニシを確殺するウイルスは十分に機能する。

 手前のエニシ達が崩れ落ちた瞬間に、アクロは次の血弾を撃ちこむ。そしてさらに貫通を繰り返し複数のエニシをまとめて仕留めて行く。


「いつ見てもずるい弾ね、それ。ベルに持たせればもっと貫通力があるのに」

「そりゃあ狙撃銃と比べられたらな。先を急ぐぞ」


 続く血弾により、アクロの倒したエニシの数は容易にベーテ達のカウントに追いつく。

 美女と野獣のチームの連携レベルは高く、個々のスペックも相当なものである。だがアーモボックス達の連携も決して劣ることはない。

 それぞれのチームの個性を知り、悠はモルギフトの影響を受けずとも目を離せないでいた。


「分岐だ、どうするアーモボックス?」

「右だ。この迷路は巨大になっているけど構造まで激変しているわけじゃない。位置が正しければこっちで良い筈だ」

「見取り図で見たルートか。なるほど」

「よく覚えているな。私はもう覚えてないぞ。後ベーテ、前の処理が遅い。獲物を奪われたくなきゃ急げ」

「勝手に取らないでよ! 敵の間隔が広くなるとテンポが崩れるのよ!」

「もう少し絶え間なく攻めてくれれば支障はないのだがな。ラ・ベーテの殲滅力を抑える必要が出るとは皮肉なものだ」


 ベーテの『狂おしく踊れ』は踊ることで身体能力が向上、その状態でさらに踊ることで段階的に性能を上げていく。だが間隔が開きすぎるとその踊りの勢いは失われ、その効力を失ってしまう。

 移動が入ったりしても勢いは落ちる。攻撃の手が途切れれば初期状態に戻ることもある。

 一度に大量に攻めてくるか、一体の強力な敵相手に持久戦を挑む時には強力な効果を生み出すが、中途半端な相手の場合には中途半端な性能で終わってしまうことも多々あるのだ。

 ベーテの肉体強化を高水準で維持するように立ち回るのも、パートーナーのベルの役割となっている。

 移動が遅れないように要所の敵を狙撃、ベーテの進むラインを綿密に生み出していく。


「良い仕事よル・ベル! さあ、テンポを戻して一気に駆け抜けるわよ!」


 ベーテがエニシの間を縫うように駆け巡る。残されるのは全身を貫かれ、崩れ落ちていく亡骸達。その速度は後方で走っている者達をギリギリ突き放さない程度を保っている。

 勢いに乗った第四班は一気に迷路を進み、視線の先に出口を見つける。


「出口ね。――それにボスも登場かしら?」


 先行するベーテは出口の前に立つ一体のエニシを見つける。

 他の分身体は第四班の何れかの姿を模しているが、そのエニシだけは遊園地のマスコットキャラ『ダンシングジェイソン』の姿をしている。


「ダンシングジェイソン、この遊園地のマスコットキャラクターだ!」

「パンフレットを見て全員が無視をしていたが、遊園地にホラー映画のマスコットキャラはどうかと思うな」

「ベルちゃん、いまさらそれを言う?」


 ダンシングジェイソン、コンセプトとしてはホラー映画のような怖い世界の住人でも思わず踊りたくなるほどに楽しめる、魅惑のアトラクションが詰まった遊園地といったものだが、中高年にしか人気がなかったという悲しい秘話があることをアーモボックスは調べ上げていた。ただそれをわざわざ言う機会はなかった。


「何にせよ、アレを倒せばこのミラーハウスの特異性も解除されそうね! ベル、援護を頼むわ!」

「了解した」


 ベーテが疾走し、その背後からベルが狙撃の体制を取る。敵からの殺気を感じ取ったダンシングジェイソンのエニシは手に握られたマチェットを振り上げる。すると左右の鏡に映っていたベーテの像から新たなエニシが湧きだし、瞬く間に通路を塞いで行く。


「そんなもの――!」


 ベーテは跳躍し、自身を模したエニシ達を足場にダンシングジェイソンへと駆け寄る。

 しかしその増殖はあまりにも夥しく、天井まで届く肉壁となって進路を塞いできた。


「っ、私を壁にしようなんて良い度胸じゃない?」


 コンツェシュを肉壁に突き立てるも、ベーテの突進は阻まれる。ベーテは肉壁を足場に跳躍し、後方へと下がる。


「地道に切り崩すしかないようだな」

「しかし君の姿で造られた壁ともなると私としては撃ち難いのだが……」

「そうね。ベルは動きを封じるだけで良いわ。あんな壁、私が本気のリズムで削り切ってみせるわよ!」

「――そんなの待ってられるか」


 再度飛び掛かろうとしたベーテの直ぐ傍を、白い軌跡が流れる。

 白い軌跡は壁に当たり、天井に当たり、勢いを衰えさせることなく迷路の中を跳弾していく。

 そして僅かに空いていた肉壁の隙間をくぐり抜け、その奥へと侵入していった。

 それをベーテ達が確認した次の瞬間、全てのエニシ達が苦しみだした。

 崩れていく肉壁の奥、そこには頭を撃ち抜かれたダンシングジェイソンの姿があった。

 対象の反発係数を限りなく一にし、望んだ間だけ運動エネルギーを保持し続けるアクロのモルギフト『因幡の白兎』。

 アクロは肉壁の隙間から見える白い軌跡から弾丸の位置を特定し、ダンシングジェイソンへと命中するタイミングを見計らい、その特異性を解除した。

 そして放たれたアーモボックスの血弾は精確にダンシングジェイソンの頭部を撃ち抜いたのだ。

 アトラクションの主が死亡したことで、ミラーハウス内の景色が揺らめきだし、元の殺風景な景観へと戻っていく。アクロはそれを確認し、銃をホルスターへ戻した。


「良し、次に行くぞ」

「ちょ、ちょっと!? 何を勝手に横取りしてるのよ!?」


 本気を出そうとした矢先に、獲物を奪われたベーテは怒り心頭といった雰囲気で、コンツェシュを向けつつアクロへと歩み寄る。だがアクロは平然とした顔のまま答える。


「横取りも何も、アレを倒せばこのミラーハウスは終わりなんだろ。ならさっさと終わらせるに限る」

「まあ、一理あるな。ラ・ベーテにもあの壁を突破することはできたが、それが可能な速度に達するまでの時間は今よりも長かっただろうしな」

「ル・ベル!? 貴方までそんなことを言うの!?」


 ベルはベーテの背後へと歩み寄り、その大きな腕で優しく肩を抱きしめる。

 そしてもう片方の腕でベーテの頬を撫で、そっと自分の方へと顔を向けさせる。


「怒らないでくれ、ラ・ベーテ。君の踊りを見届けたい気持ちを私は誰よりも抱いている。だが今回は他のエニシ狩りも加わっての合同作戦だ。ここで時間を掛け、他の班が合流するようでは私達の立場が侮られるものとなる。君を満足させることも果たしたいが、君の立場を護りたいのも本心なのだ」

「それは……そうかもしれないけど……」

「君の本気の踊りは二人だけの時に、私にだけ独占させてくれないか?」

「ル・ベル……貴方がそう言うのなら……」


 ベーテはベルに体を預け、嬉しそうにはにかみながらコンツェシュを降ろす。


「(ちょろいな)」

「(ちょろい)」

『(ちょろいんですね)』

「貴方達、その眼は何よ!?」

「気にするな、ラ・ベーテ。情熱的な恋心を理解できぬ若輩者が、嫉妬心を抑えながらもようやく向けられる精一杯の視線だ」

「――そうね、冴えない男に、枯れた女にはお似合いの顔だわ」


 イチャイチャしだす二人を前に、アクロとアーモボックスは何とも言えない顔をするのだった。


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