お喋りな写本、ですか?
「――っていうのが、白竜との出来事だ」
「喋ったの? 白竜が?」
学生寮の自室。
白竜の話を終えた途端、メリアは質問してきた。
ベッドの上に転がって、納得がいかなそうな顔をしている。
「普通に喋ってたぞ」
「魔法を使う竜は少数だけど確認されてるから人の姿になるのはまだ納得できるんだよ。でも喋る竜なんて私は知らない」
――竜の研究者。その先駆けであるメリアが『知らない』だと?
「知ってる奴を呼び出した方が早いか」
「そんな人いるの?」
「答えてくれる可能性はゼロに近いけどな」
気乗りしない俺が呼び出そうとすると、胸か革表紙の本が生えてきた。
「胸に本が刺さって、え!?」
「やあやあ、小さな竜の研究者さん。お久しぶりだね」
「写本さん……?」
――呼ぶ前に出てきたぞ、写本のやつ。
「君たちの疑問にどう答えたものかなぁ」
「教えてくれるの!?」
声を大きくして笑みを浮かべるメリアの横で今度は俺が納得いかない顔をした。
「どういう風の吹き回しだ」
「黒竜くんが白竜に出会い、その腕輪をもらったという事実。竜との会話の疑問の二点から答えるべきだと判断しただけだよ。とはいえ、あまり多くも話せないからどこまでにするか悩ましいけどね」
左腕の白い腕輪を俺は見た。
「えー、全部は教えてくれないのー?」
「答えてもキミたちは納得もしなければ信用もしないよ」
写本の口調が急に冷たくなる。
「俺の鱗の所在知ってて喋らなかったな。お前は一体何を気にして語らない。すべて知ってるのに教えない理由はなんだ」
椅子に座っている俺の太もも写本が載った。
「――キミたちは無知であることで幸せになれるなら無知のままでいたいかい? それとも知識を得て不幸になりたいかい?」
『知らぬことが幸せかもな』と白竜が似たようなことを言っていた。
知らないことで幸せになることなどあるのだろうか。
仮にあったとしても幸せかどうか判断できないと俺は考える。知ることで不幸を回避できる可能性もある。絶対に不幸になるとは思えない。
「俺は知ることで何かは変えられる可能性は生まれると信じている」
「私はわかんない。竜のこと知りたいだけだし」
「――なるほど」
写本がふわりと音もなく浮かび上がる。
顔色が伺えないのは不便だ。
沈黙の中、適切な次の言葉を探すことが上手くできない。
「白竜――エリーは普通の竜じゃないからだよ。竜には大きく分けて二種の成り立ちが存在するんだ。彼女は珍しい事例の方でね」
「ま、待って!? 二種!? 『竜はどこからやってきた』って世界の秘密の答えじゃないかなっ!」
ベッドが軋む音がする。
興奮してメリアがベッドの上で立ち上がっていた。
「そうだね。『どこからやってきたか』の答えが出ないのは『成り立ちが一つ』であることを前提とした話の進め方をするから分からなくなるんだ」
「証明したくても二つの方法が混在するからってことかな?」
「そういうことだね」
「じゃあ、その方法って何かな!」
「そこは考えておくれよ。結構ギリギリまで喋ってるんだから」
急にメリアがベッドの上で崩れた。
「期待したのにぃー……教えてくれてもいいじゃんケチー」
枕を抱きしめて壁の方を向いてしまった。
写本がここまで教えてくれると思わなかった。
今なら色々聞けるかもしれない。
「『インバール』って言葉の意味はなんだ」
気になっているが調べる手がかりもない。
少しでもヒントが手に入ればいい。
「直訳すると『異物』だよ。――侮蔑の言葉さ。この言葉にいい思い出はないね」
人が首を横に振るように写本は空中で左右に揺れた。
「最後に俺の肩の鱗の持ち主は一体何者だ」
「自由と世界を求める黒竜のことかい? 彼もエリーと一緒、とだけしか言えないね」
喋って、人になれる珍しい成り立ちの黒竜という意味だろう。
俺の肩に何故そんな竜の鱗があるのか謎である。
「喋ること喋ったから休むよ。外に出るとすごく疲れるんだ」
写本は俺に向かって飛んでくる。
重さなど感じることなく、そのまま俺のお腹に溶け込んだ。
「ねぇねぇ」
俺の中で写本が話しかけてくる。
「なんだ」
「キミが竜になりかかってたことは彼女に教えなくていいのかい?」
『浸食』の件だ。
俺は写本との契約魔法がなければ竜から人に戻れなくなるところだった。
――戻れなくなる? もしかして『半竜』と同じなのか。白竜も鱗の持ち主の黒竜も。
心の言葉で写本に話しかける。
「はは、はははは!」
俺の中で写本の高い笑い声が響く。
耳障りな笑い声が止まると何故か拍手のような音が聞こえた。
「惜しい! 実に惜しい! 今の黒竜くんは三十点だ。もっと奥の奥を知らないとね。例えば、魔導のこととかね」
ぷつん、糸が切れるような感覚と共に写本の声が途切れた。
「写本の奴何が言いたいんだ」
「何が?」
メリアが寝返りをうって俺に視線を合わせていた。
写本の声が聞こえていなかったのだろう。
「いいや、別に」
俺はこの後も写本の言葉と『浸食』のことは口にすることがなかった。
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