幕間 お掃除をする二人
――これはイヴァンが白竜に出会った頃のお話。
「ふひー、なんでお休みなしで外部からのお仕事入るかな……」
ガルパ・ラーデで表彰式が終わってから竜の研究に関わる人たちがラナティスへ依頼を引っ切り無しに申請してくる。その九割が名指しで私――メリア=マイアットへの依頼だった。
受ける依頼を絞っても三か月はほとんど休みなしだ。
今日は一週間ぶりにラナティスに帰ってきたのだ。
イヴァンを連れて行こうとしたが、ラナティスの代表のネルシアさんに止められた。曰く『ラナティスの正式な一員になった以上、イヴァンの仕事はラナティスで割り振る』らしい。
「間違っちゃいないと思うけど、私の助手で私のイヴァンだよ。いいじゃん別に……」
グチグチ言いながら私は街の南にあるイヴァンのいる研究室に辿り着く。
不機嫌な顔を笑顔に変えて、ドアノブを握った。
「たっだいまー! イヴァン!!」
「孫弟子ならいないよ」
いつもの素っ気ない声で『おかえり』が返ってくるものと思っていた私の前にマスク姿のネルシアさんがいた。
「えーと、ネルシアさんがなんでここに?」
「孫弟子がいない間、掃除してやってるのさ。結婚していたり恋人がいる奴ならいいけど孫弟子はそういうのいないからねぇ」
ハタキで本棚のホコリを落としていくネルシアさん。
床に水をいれたバケツと雑巾があった。
「書物の管理が雑すぎさね。紙が痛むよ」
「イヴァンがいないっていうのは」
「依頼で長期の仕事中だよ。魔法の学校で先生やってるはずさね」
――長期? 学校で先生? 私知らないんだけど?
「なんでイヴァンをそんなことに仕事振るかな!? 私のイヴァンだよ!」
「今は『ラナティスのイヴァン=ルーカス』だよ」
掃除に集中するネルシアさんは私と目を合わせようとしない。
「働く場所が場所だから断る理由もなかったからね」
「大問題だよ! イヴァンの魅力に女生徒がメロメロになったらどうするかな! 若さと気力に任せてアピールしまくりだよ! 」
ネルシアさんは積み重なった本を持ち上げようとするが持ち上がらない。
背筋が伸びていてハキハキ喋るから時々忘れそうになるけど、六十歳をこの人は超えている。
「手伝います」
「助かるよ」
私がふらつきながら本を五冊持ち上げる。
イヴァンなら両脇に挟んで軽々運ぶ量だ。いつも簡単そうにラナティスの資料室から何十冊も資料を南の端にあるこの研究室まで運んでいる姿を見ている。
――イヴァンは人の姿でも力持ちなんだなぁ。
小分けに運んで、テーブルの上に置く。
「あの女の気持ちが分からない孫弟子のことを好きになるとは思えないねぇ。いや、その辺はエルもそうだったかね」
エル――エルシー=ルーカスのことだ。
「イヴァンのお母さん?」
ネルシアさんのハタキを動かす手が止まった。
「見た目もそこそこ整ってたし、サバサバしてるところがあったからエルはそれなりにモテてたんだけど本人は気が付いてなかったね。例えばエルに物を送ったら『わたしはお前を知らない。何故、そんなわたしに物をくれるのか説明してくれ』って返すからね」
「うわー……」
「お前が好きだからと言った根性のある奴もいたけど次の瞬間『そうか。わたしにとってはどうでもいいことだ』で息の根を止めにかかる」
「かわいそうすぎないかな!?」
「エルはそういう奴だったから法団から追放されて姿を消した後、どっかで子供作ってる可能性なんて考えなかったさね」
笑っていた。
マスクをしているからネルシアさんの表情をすべて見えるわけではない。しかし、私の眼には孫を見るお祖母ちゃんのように見えた。
「竜の小娘が孫弟子と結婚すれば流石にアタイも変に仕事は振らないさね」
「けけけ結婚!? いやーそれはちょっと早いかなーって。でもイヤってわけじゃないしイヴァンがその気なら。えへ、えへへ」
「孫弟子を一瞬でも赤面させてからそういうのは言いな。デレデレすんじゃないよ気持ち悪い」
「気持ち悪いって酷くないかな!?」
ネルシアさんの返しがイヴァンも言いそうなことだ。
血は繋がってなくても何か別のもので繋がっているのかもしれない。
「次からイヴァンに仕事振るときは一応私にも連絡欲しいかな、って」
「善処するさね」
――絶対善処してくれないやつだ。
床のふき掃除を始める私とネルシアさん。
インクをこぼした後や白いチョークの跡が模様みたいになっていた。
雑巾と床の木が擦れる音しかしない中、ドアがノックされた。
「すんません、ネルシアさんいます?」
「勝手に入りな」
入ってきたのはラナティスの警備兵――マイロくんがだった。
「マイロくん久しぶり」
「メリアさん今日もキレイっすね」
「アタイに用事があったんじゃないのかい?」
腕を組んで威圧的になるネルシアさん。
「すんませんした。これ、なんか早急にってことだったんで」
マイロくんは便箋をネルシアさんに渡した。
住所の横に『緊急』と赤い判が押されていた。
「ありがとう」
ネルシアさんが便箋から手紙を取り出し、読み始める。
「雑巾持って何やってるですか?」
「お掃除。マイロくんも手伝ってくれるかな」
「喜んで!」
マイロが勢い良く手を上げる。
「竜の小娘、街を出る支度しな」
「へ?」
マスクを取って、険しい顔をするネルシアさん。
「孫弟子が意識不明になったらしい」
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