午後の授業はなんですか?
「練習場の鍵借りてきたッスよ」
ヤシュヤが手に持った鍵を振りながら駆けてくる。
「助かる。ついでに頼んだモノは」
「もちろんあるッスよ。でもなんで過去のテストの問題なんて必要何スか?」
「ちょっと天才児とお話しようかと思ってな。そのネタだ」
――教科書を見たときから問題の内容が気になっていたのもあるが。
午後の授業が始まるチャイムが鳴る。
練習場の扉の前にはロシェトナ以外の三人が鍵が開くのを待っていた。
「あ、先生だー!」
「午後は何するんですか?」
ユンとリオンがパタパタと走って寄ってくる。
ダリウスは壁にもたれかかって俺を似睨む。
頬の右を見ると赤く腫れている。
――俺の魔法のせいか? だとしたら鼻から全体に赤くなるはず。何かが当たったのか?
「顔腫れてるがどうした」
「……アンタにはカンケーねぇだろ」
あまり俺とは話したくないらしい。
「そうだな」
俺は腰に付いている鞄から塗り薬の入れ物を出した。
「これでも塗っとけ。マシにはなる」
入れ物ごと軽く投げる。
ダリウスは難なく塗り薬をキャッチする。口元を歪めて困った顔をした。
「さて、午後の授業といくか」
ヤシュヤが練習場の鍵を開けた。
学校の中央にある練習場は天井がない。
昨日ロシェトナとユンが使っていた的がある。今日は使う予定はない。
「今からやるのは魔法を使った頭の体操だ」
俺の言葉を理解していないであろうユンが首を傾げた。
頭の体操をする前に煙が出てきそうだ。
「無理に今分かろうとしなくていいぞ」
魔導陣を四枚を出して魔素を分解する。
――頭に想い浮かべるのは『消えない火』。何にも干渉されず何にも干渉せず、ただ燃え続ける炎。
「生成」
ユン、リオン、ダリウスの三人の足下に火が現れる。
野宿するときに用意する焚き火のようなものが四つ地面にゆらめく。
「びっくりしたー」
「普通の炎ですかね」
「なんだこれ」
「今俺が魔法で出した炎を消すのが午後の授業だ」
ダリウスが鼻で笑う。
「消す? 簡単だろ」
火を思い切り踏みつける。
そのまま足首を捻って火を消そうとする。
「ほら、消え――ねぇ!?」
「服も燃えてませんね」
興味深そうに炎を覗き込むリオン。
ユンがおそるおそる指先を火に近づけた。
「全然熱くないよ。お風呂ぐらいの熱さだー。あったかーい」
「そういう火を創ったんだ。魔法は『想像』次第で常識を越えたモノを生み出せる」
三人の視線が俺に集まる。
「現実では起こりえない現象を発生させる魔法を高級魔法という。逆に現実に起こる現象なら低級魔法だ。今出した火は『消えないし傷つけない火』――火という現実で起こる現象に本来持ちえない性質を加えた中間の魔法だな」
「消えない火を消す……矛盾してませんか、先生?」
「魔法の原理を理解してたら案外簡単にできるぞ。それを今から考えてもらう」
「あのー、火が四つあるんですけど」
今この場に生徒は三人。数が合っていない。
「一個はロシェトナの分だ」
「え、でも授業免除で」
「わかってる。確認だ確認。免除されるだけの知識持ってるかだけでも確認しとかないとな」
魔素の分解を続けて光っている魔導陣をすべて鞄にしまう。
「ちなみに、火を消した時点で授業終了だから勝手に帰っていいぞ。俺とヤシュヤ……先生で不正しないように監視はさせてもらう。じゃ、始め」
俺の開始の合図とともに水を作る魔法を行使する生徒たち。
水は火に当たっているが変化なし。地面が濡れるだけだ。
「言いづらかったら先生つけなくていいッスよ?」
「していいならしたいところだな。どうにも『先生』って呼ぶたびに嫌な顔がちらつく」
「何か学校で嫌な思い出でもあるんスか」
練習場に入る前に受け取った過去のテストを見ていく。
「そういう訳ではないんだがな」
テストの問題はいたって普通。
基礎的な魔法の理論と技術的なことが問われている。
ガリオンの教科書を丸暗記すれば百点満点中、八十点は固い。
ただ残り二十点は教科書だけでは絶対に無理だ。
――やっぱり教え足りない部分はこうするよな。
一番最後の記述問題――教科書のどこにも載っていなかった魔法の応用問題を見て確信する。
俺はテストの問題用紙を片手に練習場の扉へ向かう。
「トイレなら校舎に戻らなくてもあるッスよ」
ヤシュヤが練習場の端を指差す。
「トイレじゃない。天才児さんと話をしに行く」
「ロシェトナさん図書室にいるか寮にいるかわからないッスよ」
「問題ない。天才児さんは熱心に俺たちを覗き見してるから」
顎で上の窓を見ろ、とヤシュヤにやる。
窓から俺たちを見下ろす眼帯少女ロシェトナがいることをヤシュヤもわかったらしい。
「じゃ、監視よろしく頼むサポーターのヤシュヤ」
「魔法の質問とかされたらわからないんでなる早で戻ってきてほしいッス」
「善処する」
9/29に更新できたらいいなって