誰が天才ですか?
「全部ガラスの破片集め終わったッス」
ちり取りの上にはガラスの破片が山を作っていた。
俺は鞄から魔導陣を描いた紙を取り出す。
「なんで俺もガラスの処理手伝わなきゃならないんだ。――生成」
ガラスの破片が溶けて、窓のあった場所に張り付く。スライムのように動く溶解したガラスは板状になって固まった。
「いやー、申し訳ないッス」
褐色肌の女が頭を下げた。
校長のオッサンは興味津々に俺の魔導陣を見る。
「変わったものをお使いになるんですね。魔力の性質を偏らせる記述の無い魔法陣は初めて見ました。それに魔法の限界である『時間の限界』も無視した魔法ですか」
魔導陣の構成を校長のオッサンに解読された。
俺の魔導陣は簡単に解読できないように魔導陣としては不要な図を組み込んで暗号化している。不要な図さえ判別できてしまえば俺の魔導陣は円と直線だけ。
魔法陣が書ける者なら瞬時に理解する基本構成のみになってしまう。
魔法学校の校長というのは伊達ではないらしい。
「無視はしてないぞ。割れたガラスを溶かして、新しい窓ガラスを作っただけだ」
元のガラスよりも薄くなってるかもしれないが何もないよりマシだろう。
「魔法って本当に便利ッスね」
褐色肌の女が俺の作った窓ガラスをコンコンとノックして確認していた。
「ヤシュヤ先生、自己紹介を」
「押忍」
俺の方に褐色肌の女が向く。
腰のあたりで肘を曲げて変わったポーズをとった。
「自分はヤシュヤ=ベオンと言います。担当は武術ッス。これから一緒に授業の手伝いをさせてもらうッス」
袖の無い服を着ているヤシュヤの二の腕を見る。
引き締まっているが筋肉がついているように思えない。
動きやすそうなハーフパンツから出ている太ももも同様だ。
胸の方がメリアよりも小さいから脂肪より筋肉が多いことは推測できる。
「あの、あんまジロジロ見られると照れるッス……」
「すまん。武術と聞いたら筋肉だらけの人間しか思い浮かばなくてな」
魔法学校ときいて魔法だけ教えていると思っていた。
もしかしたら魔法が使えない場合を想定して教えているのかもしれない。
「俺はイヴァン=ルーカスだ。ラナティスで魔法の研究をしている」
「よろしくお願いします!」
ヤシュヤに右手を取られて強制的に握手させられる。
手の平に皮の堅いところがあった。
――これが武術家の手というものか。
「ルーカスさんには魔法師の資格試験対策の授業を担当していただきます。こちらが担当していただく生徒の情報と寮の鍵です。明日からよろしくお願いしますね」
校長のオッサンから生徒の特長や今までの成績を記載した紙と鍵を一本を受け取る。
「寮生活なのか」
「はい。校内にある寮で暮らしていただきます。本来であれば教師寮を使っていただくのですが、用意できる部屋が学生寮しかありませんでした。すみませんね」
謝られた理由がよくわからない。
毎日街から学校まで歩くぐらいなら教師寮でも学生寮でもどちらでもいい。仮に街から歩くことになったら竜化して街から走っていただろう。
――謝る理由はなんだ?
「何かあったのか」
「諸事情がありましてね」
校長のオッサンが言葉を濁した。
――俺が関係しているか、部外者だから言えないかのどちらかか。
「ヤシュヤ先生、彼を寮まで案内してください」
「押忍」
俺とヤシュヤは校長室から出ると鐘の音が鳴った。
「何の知らせだ」
「授業が終わった合図ッスよ。といっても今日は自由登校なんでカンケーないんスよね。あ、こっちに寮への道があるんで」
ヤシュヤが頭の上で手を組んで歩く。
「自由登校だからこんなに静かなのか」
「いつもは走り回ってるヤツもいますし、魔法失敗したときの爆音とかも聞こえるんでこんなに静かなのはかなりのレアものッス」
似た扉ばかり並ぶ廊下を歩いていると、何かが弾けるような音がした。
音が聞こえた方を見ると、俺よりも歳が下と思われる少女が二人いた。
制服を着た二人の前には木製の板がある。そこに目がけて魔法弾を撃ち込んでいた。
落ち着いた雰囲気を持つ眼帯少女は時間をかけて魔素を分解し、正確に的の中心に五連続で魔法弾を当てた。
もう一人の丸顔でおっとりしてそうな少女は魔素の分解は早いが、安定してないまま魔法弾を出すから一発も当たらない。
「自由登校でも来てる奴はいるんだな」
「的にガンガン当ててる方がロシェトナ=リッターさん。なかなか当てれてないのがユン=エンバウトさんッス。両方、ルーカス先生の担当する生徒ッスよ」
俺は慌てて校長のオッサンからもらった資料を読み始めた。
――ロシェトナは特待生で筆記試験は常に満点。ついでに授業免除者。右目の眼帯は……怪我が原因か。ユンは筆記そこそこ上位で精神の脆さから魔法の発生が不安定になる癖アリ、か。
「いやー、二人とも真面目ッスね。ロシェトナさんなんて入学当初から魔法師の試験は合格間違いナシって言われてる天才なのに」
「どこに天才がいるんだよ。俺には二人して足掻いているようにしか見えないが」
「あれれ? 生徒の才能に嫉妬ッスか?」
わかりやすく煽ってくるヤシュヤ。
「嫉妬するならユンの方だな。ところで、ルーカス先生ってなんだ」
「いや、明日からルーカスさんは先生じゃないッスか」
――オリフィスが師匠のことを『先生』って呼んでたから違和感あるんだよな。
「え、もしかして研究職の人を先生って呼ぶのマズいんスか?」
「そんなことはない。好きなように呼んでくれ」
先を歩くヤシュヤは曲がり角を曲がった。
俺は少し足を止めてロシェトナとユンを眺める。
――なんで俺にこの仕事を任せたのか、なんとなくわかったぞ婆さん。
8/4に更新できたらいいなって