それは攻撃ですか?
大股で立ち去っていくガリオンの背中を見る。
背中には不満のオーラが漂っていた。
「追い返して良かったのかよ」
「いいんですよ。彼が言っていることもわからなくはないですから」
校長室の扉を校長のオッサンが開ける。
「そう言えば、なんで俺に師匠がいることを知ってるんだよ」
「ネルシアから聞きました。魔法に携わる者で『ルーカス』の姓を堂々と名乗る人物はそうそういませんから確認の意を込めてね」
校長のオッサンは校長室に入ってすぐにある帽子掛けに麦わら帽子と首に巻いているタオルを引っ掻ける。
横には皺一つ無いベージュのスーツが掛けられている。同じ生地の帽子もある。
「普通は偽名使うんだったか」
「そうですね。魔法の世界で生きていくなら隠した方が賢明です」
俺は偽名を使うつもりはない。しかしネルシアの婆さんは嘘を言うこともできたはずだ。
――おそらくネルシアの婆さんが俺の名を偽らなかったのは校長のオッサンが師匠を知っていたから。
「エルシーは魔導の開発によって、法団から罪人扱いで永久追放。同姓というのは親族だと勘ぐられます。貴方は、そこに関して気にすることもなさそうですね」
「よく知ってるんだな。俺のことも、師匠のことも」
校長のオッサンは大きく頷く。
ガリオンとの言い合いで見せた優しい顔がまたそこにはあった。
「追放処分直前、彼女はここで教師をしていました」
教師をしていたことは知らなかった。
師匠と話したことと言えば八割が魔法のこと。残りの二割は世界の秘密についてだ。
昔のことを師匠に訊いたとき「大したことはしてなかった」と言っていた。それ以上、師匠は語らず俺も質問しなかった。
「たった半年でしたが、本当に面白い人でしたよ。魔法の訓練と称して生徒全員で追いかけっこをしたり昼寝をしたり普通はしないことをしていましたから」
昔、俺もやったことがある。
言葉で教えるのが下手な師匠だったが、遊びの中で教えるのは上手かったと思う。
遊んでいてちゃんと力が付くのだから反則だ。
「エルシーは今何をやっているのですか?」
師匠の最期は知らないらしい。
「病気で死んだよ。もう十年近く前になる」
「なんと……! そう、ですか」
校長のオッサンは目頭を押さえる。
師匠の死を伝えた人はメリアとネルシアの婆さん、校長のオッサンで三人目だ。
「もう一度、ここで働いて欲しいと思っていたんですけどね……」
「随分と師匠を高く評価してるんだな」
「長い教師人生の中で彼女ほど魔法に詳しく、生徒と友達のように接する人に出会ったことがありません」
師匠のことを絶賛されたのは初めてだ。
ネルシアの婆さんとの会話でたまに師匠の話題が出るが、苦労話しか出てこなかった。
「だからこそ期待してしまうのでしょうね、エルシーの弟子である貴方に」
「生憎、俺は誰かに教えるなんて数えるほどしかしてないぞ」
教える相手もメリアやマイロぐらいだ。決まった相手に教えるのはあまり経験になっていないような気がする。
「サポート役をつけますからそこは安心してください」
「そういう話だったな」
「しかし遅いですね。ここに来るように言ったんですが……」
目端にある校長室の窓に影が映る。
影はそのまま窓ガラスに直撃。
部屋に割れたガラスが舞う。
「攻撃か!?」
「いえ、貴方のサポート役です」
「えっ」
窓ガラスを割った張本人は頭から血を出して笑う。
「申し訳ないッス! 窓から失礼するッス!!」
癖の強い髪と褐色の肌を持つ女が元気すぎる声を出した。
「ルーカスさん、貴方のサポート役です」
「二度も言わなくていいぞ、校長のオッサン」
――大丈夫か、この学校。
7/21に更新できたらいいなって