何で知ってるんですか?
地面の上に座り込んでいる俺の前には『アーバンヘン魔法学校』の大きな鉄柵の校門。
背中には夕焼け色に染まったルヴィアの街が木々の隙間から覗かせていた。
街で見た人間たちの姿は学校の前まで来ると裸眼で識別できそうにない。
サルベアから魔導列車に乗ってルヴィアの街までが半日。そして街から学校まで徒歩で二時間半掛かった。
――そこそこ街から離れているな。
近くを見ても森しかない。
人工的な建造物は学校のみだと思う。
「まだ中に入れないのか」
迷うことなく学校に着いたところまでは良かった。しかし、何かの手違いで俺は今日ではなく明日来ることになっていたのだ。
結果、学校の中に入ることが出来ずに校門前の木陰で待機している。
校門の隙間から校舎と思われる二階建ての建物が見える。
外壁を一部塗り直しているのか、白色が褪せている部分がある。
アーバンヘン魔法学校は百年続く古い学校らしいので、修復しながら校舎を使っているのだろう。
「ルーカスさーん」
校舎の方から身長の低い小太りのオッサンが走ってくる。
学校についてすぐ出会った学校の関係者だ。
麦わら帽子に汚れてもよさそうな黒の服。畑仕事をしている人間が履く長靴。
――よく薬と野菜を交換した農家のオッサンみたいな格好だな。
俺は隣に置いていた鞄を持って立ち上がった。
「こちらのミスで待たせてしまって申し訳ありません」
「別に構わない。で、結局俺は中に入れるのか明日出直した方がいいのかどっちだ」
「大丈夫ですよ。中に入って下さい」
オッサンが校門の鍵を開ける。
俺は言われるがまま学校内へと入る。
「校長とやらに会いたいんだけど、何処に行けばいいか知らないか」
仕事を受けた後、ネルシアの婆さんに『もっと詳しいことはアーバンヘンの校長に聞きな』と言われた。この学校には仕事で来ているため、最低限のことはやっておかないとラナティスに戻ったときが怖い。
もちろん一番の目的は世界の秘密を調べるためだ。
「校長ですか。なら、校長室までご案内しましょう」
「助かる」
前をゆっくりと歩くオッサンについて行く。
校舎の中は思ったよりも静かで人気が無い。
学校というのはもっと活気がある場所だと思っていた。
「学校まで来るの大変だったでしょう? こんな辺鄙なところに立っていますから」
「街から離れていて正解だ。街のど真ん中に学校があったら、魔法が暴発したとき被害が甚大だ」
学校で魔法を使うのは魔法を学ぶ人間たち。つまりは未熟な魔法を使う人間だ。
どんな失敗をするかわからない。
正しく魔法を使えば便利なもの。間違った魔法は危険なもの。
学校を建設した人間はそれをよく理解している。
周囲に建造物がないことも同様の理由だろう。
「では、仕方が無いことだと?」
「仕方が無いというか最善手だろうな。俺がもし魔法の学校を建築する立場なら同じことをする」
「ほっほっほ、そうですかそうですか」
機嫌良く笑うオッサンに俺は首を傾ける。
「ここに来た人はだいたい文句を言うのですよ。街に造らないのはなんでだと」
俺は鼻で笑った。
――魔法の成功が前提。ボケすぎだ。
「そいつは魔法の失敗したことがない天才なんだろうな」
皮肉たっぷりで返すとオッサンは更に大きな声で笑った。
「さて着きましたよ」
木製のドアの上には校長室の文字。
到着するまでにドアをいくつか見たが一番大きいドアだ。
「本当に来たのかイヴァン=ルーカス!」
俺の名を呼んだのは怒りを剥き出しにしたオールバックの男だった。
――どっかで見た顔だな。
「どうしました、ガリオン先生」
俺はガルパ・ラーデのパーティーの時を思い出す。
ヴェルデと口論していた魔法学校の教師だ。
ルヴィアにある魔法学校の先生だとラッドが言っていた気がする。
――そうか、ここの教師だったのか。
「どうかしているのはハルトマン校長です! 魔法師ではなく研究者。それも魔法師の資格を持っていない者をどうして特別講師の一人に選んだのですかっ」
――ん? 校長だって?
校長室の前には俺とガリオンとオッサンしかいない。
「私が聞いた限り、適任だと思ったからです。事実、彼は学校の立地をちゃんと理解しています。魔法の知識は最低限持っていると言えるでしょう」
農家のオッサンがガリオンに強い口調で言葉を返した。
――オッサン、あんたが校長なのかよ。
「何より『ルーカス』ですよ! あの忌々しい『魔法の破壊者』と同姓ではないですか。間違った噂で『エルシー=ルーカス』を我が校に呼んだとなったらどうするんですか!」
魔法の破壊者。
久しぶりに聞いた呼び方だ。
魔導を公表したときに付けられたと師匠は言っていた。
魔導の性質上、他人の魔法や魔力を制御する。やり方次第で魔法を相手の意図しない形で発生させたり強制的に不発させたり出来る。そこから『魔法の破壊者』となったらしい。
さらに派生して『魔法の冒涜者』『魔法師殺し』『魔王』と呼ばれることもあった。呼ばれる度に師匠は『格好いいだろう?』と胸を張っていた。
本気で格好いいと思ってたんだろう。
――にしても相変わらずこのガリオンとかいう人間、師匠のことをちゃんと知らないのにゴチャゴチャ言いやがって。
まだ身体は勝手に竜化していないが胸の中でふつふつと湧き上がる感情がある。
「来年度以降の入学者の数が減ってしまいますよ!」
ガリオンが抗議をする。
校長のオッサンは動じない。
「そこは生徒の魔法師試験合格という成果で洗い流せば良いのです。私は彼を信じることにしますよ」
「なっ!?」
ガリオンは驚いた顔で変な声を出す。
俺も声が出そうになった
校長が優しい顔で俺を見る。
「ルーカスさんが魔法に関して変なことを教えることはありませんからね。ルーカスさんの師匠はそういう人でしたから」
言いたいことをぼやかしているのだろう。しかし、はっきりと分かる。
校長のオッサンは俺の師匠、エルシー=ルーカスのことを知っている。
早ければ6/30。遅くとも7/7に更新予定です。