教師の仕事とはなんですか?
ラナティス代表――ネルシアの婆さんの研究室。
黒革の椅子のもたれかかっているネルシアの婆さんの言葉で俺は立ったまま固まった。
――俺の聞き間違えか?
「婆さん、次の仕事内容をもう一度言ってくれ」
「聞こえなかったのか。なら、よーく耳の穴かっぽじって聞きな」
――むしろ耳栓をしたいぐらいだ。
「三か月間、ルヴィアにある魔法学校の臨時教師として働くことを命ずる」
「断る。研究者のする仕事じゃないだろうが」
俺は即答した。
ネルシアの婆さんが険しい表情をして、指で机を叩き始める。
「野良研究員のまま竜の小娘の下にいたんだったらそれで良かったが今はラナティスの研究員だ。胸についてるバッチは飾りじゃないよ」
俺の白衣についているルーペの銀バッチを指差した。
前までは嫌な仕事はすんなり断れたのに今の立場では出来ないらしい。
三ヶ月も仕事に拘束されると『世界の秘密を曝く』ための研究が出来なくなる可能性が高い。
ネルシアの婆さんを説得して切り抜けるしかない。
どれだけ俺が今回の仕事に向いていないか話せば誰かが行くことになるはずだ。
「俺は俺が教師に不適切な人間だと思う。まず態度が悪い。マナーとか礼儀とか言われても俺はロクに知らない」
「そこは向こうも了承済みさね」
初手から失敗。
まだ説得の材料はある。
「次に俺は魔石を使った魔法が使えない。現代の魔法は魔石を使用した魔素分解が主流である以上、魔法陣で魔法を使う俺は何もできないぞ」
「それも伝えてある。魔法学園側が必要なのは『正確な魔法の知識と指導の手腕』と回答をもらってる。エルの弟子なら魔石が使えなくても教えるだけの魔法の知識はある」
師匠から魔法の知識は叩き込まれている。もちろん魔石を使った魔法に関することも理解している。
――諦めるのはまだ早い。どうやってでも研究時間を捻出してやる。
「しかし指導の手腕が必要なら、なおのこと俺は適任じゃない。俺はメリアみたいに人前で講演会を開いたこともなければ多人数に教えるようなこともしたことがない。経験が足り無さすぎる」
相手の要望に応えられないなら、話をなかったことにする流れを作ることが出来る。
――諦めやがれ婆さん!
「本職が研究職である孫弟子には基本、サポートの現役教師を付けるそうだ」
椅子の上で勝ち誇った笑みをするネルシアの婆さんを見て俺は察した。
初めから俺以外に教師の仕事を任せる気がない。
そして、先読みされている。
「ただ専門は魔法以外のことらしいから生徒への対応やら教え方限定のサポートだね。で、他に何かあるのかい?」
「意地でも俺にその仕事させてぇのかよ、婆さん」
俺は腕を組んで婆さんを睨む。
ただでさえサルベアから戻ってきてから仕事漬けでまともに自分の研究が出来ていない。
ストレスが溜まって仕方が無い。
――ん? 仕事?
説得の新しい切り口が見つかった。
「俺が教師の仕事で街を離れるとなると一つ問題が起こる。俺が抱えてる仕事は誰がやるんだ」
俺は今、近隣の街や村の水質調査をしている。
水に含まれる魔素の濃度や状態から生活水として使用可能か不可なのか判別する仕事だ。
毎日のように水の入った小瓶が大量に俺の研究室へ運ばれてくる。その処理をする俺がいなくなったら誰がやるのだろうか。
「出張中は教師の方に専念してほしいから孫弟子にやってもらってる仕事は別の誰かに回す予定さね」
「やっぱり俺がやるしか――え、専念だと」
「アンタが教えることになるのは魔法師の資格試験を受ける子たちだ。ちゃんと面倒見てやりな」
俺は教師の仕事だけで別の仕事はやらなくていい身分になるということだ。もしかしたら研究できる時間がラナティスにいるときよりも多くとれるのではないだろうか。
ラナティスでは本来『世界の秘密』に関する研究は禁止されている。他人の目を盗んでするしかなかった状況から誰の目も気にしなくて良い環境に置いてくれるらしい。
ネルシアの婆さんの目を気にせずに研究できるのは大きい。
綻びそうにそうになる顔を引き締める。
「教師の仕事中以外はもしかして自由時間か」
「そうなるかねぇ。といっても仕事をさぼって良いわけじゃないよ」
確認は取れた。
――最高の環境じゃないか、教師の仕事。
「婆さん、教師の仕事引き受けるわ」
「……掌返しが気になるところだけど、来週から頼んだよ」
「任せろ」
――待ってろ、最高の研究環境。絶対に研究を進展させてやるからな。
6/23までに更新出来たらいいなって