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半竜の研究者は世界の秘密が知りたい  作者: 紺ノ
信頼と裏切りと金色の二人
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すべてを終えて、また走り出す

 あの事件から二日経った今日もまだユビレトに滞在している。


 俺が宿のバーカウンターで買い足した薬を鞄に詰めていると、エントランスからよく知る三人が入ってきた。


「今帰ったぜ」

「式中の護衛疲れたわ。マジで」


 スーツ姿のラッドと護衛とは思えないほど軽装のオリバーが宿に戻ってきた。

 メリアも一緒だ。ただメリアは白衣を着ている。ドレスが土塗れで使えなくなったせいだ。


 誘拐騒ぎで中断された表彰式を予定していた内容から大幅に変更・縮小して今日、行われた。日程の再調整をすればいいのではと思ったが、ラッドとメリアが半ば無理やり開催したのだ。


 ちなみに俺は参加していない。

 

 今回の事件に巻き込まれた人間がまだ催眠魔法にかかっているかの検査と治療に追われていた。

 宿に戻ってきたのも、ついさっきの話だ。


「おかえり」


 口を尖らせたメリアは俺のことを一瞥した。


「……ん」


 ただいま、の代わりだろう。

 俺は頭を掻いて、部屋に戻るメリアを眺める。


 ――まだ怒ってるのか、メリアのやつ。


「メリアの嬢ちゃん、ずっと機嫌悪いんだけどなんかあったのか?」

「あの土人形を止めるのにサルミアートの写本に条件付きで力を借りたんだが、どうもその条件で俺が死ぬものだと思っていたらしい」

「なら生きてる今を喜ぶものだぜ」

「初めから死なないとわかってた、と伝えたらあんな風になった」


 契約や儀式で的に身体の一部を使う魔法がある。

 土人形(ゴーレム)と戦闘に入る前に写本へ確認したら案の定だった。魔法の詳細までは知らないが『ボクの都合で黒竜くんを殺すつもりはないよ』と言ったので、信じることにした。

 

 俺の身体の一部を渡す条件として俺の質問には嘘偽りなく答えることを俺から写本に提示している。写本もそれを了承したので口約束ではあるが、契約が成立している。


「わかってたんなら言ってやれよ。落ち込んで泣いてたんだぞ?」

「言葉足らずは罪だぜ、イヴァン君」


 オリバーとラッドの言葉に俺は唸る。


 メリアが必死だったのは見ていてわかっていた。ただタイミングがタイミングだった。

 一分一秒を争うときに契約魔法のことを頭から説明していている時間がなかった。


 ――それに、柄にもなく熱くなっていたからな。


「ところでその写本は何処にあるんだ。見当たらないぜ?」


 ラッドの質問に胸を叩く仕草で返す。


「疲れたから寝るんだとよ。俺の身体はベッドじゃねぇっての」

「むしろ本棚じゃない?」

「今度は俺が泣くぞ」


 薬瓶をいじっているとオリバーが俺の横に座った。

 

「ハーヴェン、どうだった?」


 あの事件以降、クウェイトは護衛ギルドの支部にある一室で療養中だ。

 もちろんクウェイトの様子も診てきた。


「結論から言うと異常ありだ」

「マジか。意識不明とかか?」

「足が動かせなくなってた」


 オリバーの顔があからさまに曇る。


 医者も呼んで診てもらったが、医学の観点からは問題ないとのことだ。

 膝下を叩いたとき、足が少し上に上がっていた。年齢的に考えると振れ幅はかなり小さいが反射があった。


 なら魔法的なことか心理的なものだろう。


「色々と俺の方でも調べた。確定ではないが、アレは自分の意志による足の動かし方を忘れてると判断した。歩くリハビリをして動かし方さえ思い出せば普通の生活が出来る」


 催眠の後遺症としては軽い方だ。

 他の被害者たちは食欲の減退や睡眠障害が主な症状だった。筋肉が細くなるまで催眠魔法で強制労働させられていた結果としては順当なもの。

 

 栄養剤と睡眠薬は全員に渡しておいたので、ひとまずは大丈夫だと思っている。


 ――健全でないにしろ、心が死んでないだけマシだろう。


「そっか。ならよかった」

「今はハロルドのオッサンとケイオスの二人が無理にリハビリをしないようにクウェイトを見張ってる」

「目に炎がメラメラしてた?」

「メラメラっていうよりギラギラだ。掴むものか杖が近くにあれば歩く練習を始めやがる」

「ハーヴェンらしいや」


 オリバーがククク、と笑っていると急に顔が横に伸びた。


「いてててて」

「うーん、取れないね」


 後ろからメリアがオリバーの顔を引っ張っていた。


「なんでそんなことするワケ!?」

「オリバーさんがオリフィスじゃないかなーって思ってさ。でも違うみたいだね」

 

 俺の前に現れたら、殴り飛ばされる事が分かっているから来るはずがない。 

 メリアと目線が合った。


 ふん、と鼻を鳴らして顔を逸らされた。 


「メリア様! 今日の夜お帰りになるって本当ですかぁ!!?」


 騒がしい声がエントランスの扉をぶち壊して入ってくる。


「最後に! 最後に抱擁を!!」

「この人は敵じゃないからいいか」


 白衣に眼鏡を掛けた女――ヴェルデがメリアを追いかける。

 オリバーは俺の横で頬肘をついて傍観を決めていた。

 

「大人しくなったと思ったのになんでこうなるかな!」


 ばたばたと宿屋のテーブルを中心に走り回る二人。

 

 ――どっかで見たな、この光景。


「イヴァン君、ちょっといいか?」

「なんだ」


 ラッドが小声で話しかけてきた。


「実はな記録石(スフィア)が見つかった遺跡の第二回調査が来年予定されている。一緒にやろうぜ、調査」


 悪戯を楽しむ子供のような笑顔をするラッド。


 俺は喉を鳴らした。

 大声を出しそうなのをぐっとこらえる。


「行って、いいのか」

「最初の調査にもイヴァン君を連れて行こうとしたんだぜ?」 

「へ?」 


 初耳のことで変な声が出た。


「メリア=マイアットの助手って肩書はデカいが、それだけじゃ連れていけなかった。だいたいラナティスの正式な研究員じゃなかったから外部調査の選考に名前が挙がりもしない。でも今は違う。魔素乱調(マギ・パニック)を見つけたラナティスの正式な研究者だ」

 

 ――だからメリアとラッドは俺の名前を表彰式で出したのか。


「決まったら連絡してやるから待ってろ」

「予習しとくから情報をくれ」

「場所とかこんなところで言えないんだよ。色んな組織が絡んでる上に国も絡んでる。一応、国の最高機密だぜ」


 ――納得した。メリアが言えないと言っていた意味が、今わかった。


「面白くなってきやがったな」


 俺の言葉にラッドがきょとん顔をした。


「前はわからんとか言ってたぜ? どうしたよ」

「ちょっと忘れていたことを思い出しただけだ」

「なんじゃそりゃ」


 鞄の薬瓶の整理の続きを俺は始める。

 俺の鞄の中から不要なものが出てきた。


 ――まだ渡してなかったな。


「助けて、イヴァン!」


 さっきまでへそを曲げていたメリアが半泣きで俺の腰にしがみつく。

 ヴェルデが息を荒げて襲いかかるポーズをとっていた。


「お前さ、前にも言ったけどそういうの止めないとメリアの助手にして貰えないぞ」


 ヴェルデが突然静止する。

 

「ぐぬ、ぐぬぬ、ぐうぬぬぬ……」


 今度は顔に腕を巻いて、腰を振る奇妙な踊りを始めた。

 助手になりたい気持ちと抱きしめたい気持ちが戦っているのかもしれない。


「と、止まった?」

「理性はあるからな」

「私にとっては欲望の塊にしか見えないかな」


 メリアが慌てて俺の腰から手を離して距離を取る。

 不機嫌継続中らしい。


 俺は黙ってメリアの手を取って、渡してなかったモノを握らせる。

 これで機嫌が直れば俺としては言うことはない。


「なにこれ?」


 メリアが手の中にあるモノを見る。

 目を大きく見開いて俺とモノを交互に確認する。


「髪飾り? 髪留め? え、くれるの? しかもこれ竜の鱗入ってない? ちょっと待って頭が追いつかない」

「ほー、やるねぇイヴァン君」

「何がだ」


 情報を得るために買った髪留めだ。竜の鱗を砕いて使っている。

 原型のない竜の鱗を見抜くあたり、さすがと思う。


「やる。俺には不要だ」

「夢じゃないの? 頬が、痛い。現実だ。イヴァンがくれた。夢じゃ、ない!」


 にやにやしたメリアがスキップを始める。

 ヴェルデが踊りを停止させ、恐ろしい顔で俺を睨んでくる。


「目標変更。害虫、駆除!!」

「お前、俺の方に走ってくんな。薬あるから危ないだろうが!」

「あのさー、これ以上騒ぐのはやめた方がいいと思うワケよ、俺」


 オリバーが横で気だるそうに言った。

 

 俺も止めれるなら止めたい。けど害虫害虫と言って椅子を振り回すヴェルデがいるから無理だ。


「今日は最高の日だね! メリア=マイアット史上最高の日だよ!!」


 大声で窓付近でメリアが叫んだ。

 

「メリア様の声がしたぞ」

「ここから?」

「したな」


 壊れたエントランスから人間の頭がひょこひょこ出てくる。


 ――あ、嫌な予感。


「メリア様はここだぞー!!」


 誰かが叫んだ。


「こうなると思ったワケよ……。ほら、裏口から逃げようか」


 オリバーが先導する。


「メリア! お前が騒ぐからだ!」

「騒がずにいれるはずないかな!」


 宿の入り口に押し寄せる人間たち。

 

 ――メリア・フィーバー再来。


「あぁ、くそ! メリアとユビレトには二度と来ないからな!」


 俺は今日、ここに新しい誓いを立てたのだった。


 ◆ ◆ ◆


 メリア・フィーバーが収束して二時間後――。


「最後の最後で疲れたわ」


 護衛ギルドのユビレト支部。

 オリバーは自室のドアを開けると、糸目の青年――トリトンがコーヒーを飲んでいた。


「なんか街が騒がしかったのん」

「色々あったんだよ。――錬成(ライズ)


 オリバーは魔力を作り出して、顔を覆った。

 そして顔の皮を剥ぐ(・・・・・・)。次にカツラを取った。


 とったカツラの下から銀色の長髪がだらりと出てくる。

 

 皮とカツラはそのままゴミ箱に投げ捨てられる。


「言うとおりにちゃんと魔力性の接着剤使って行ったのねん。関心なのん」

「ま、じゃないとバレかねないしナ」

「過保護は大概にしとくのん――オリフィス」


 予想していた言葉にオリフィスはげんなりする。


「あの頑固者がこれからも選択を間違えないならオレも大人しくしてるつもりなンだけどねェ……」

「それは彼次第なのん」



どうも、紺ノです。


何とか二章終わりました。


続けてこられているのはブクマとアクセスがあるからです。本当にありがとうございます。


色々書きたいのですが、そういうのは活動報告の方で書きたいと思います。


ここからしたは三章のあらすじ的なものです。

見たい人は『◆ ◆ ◆』の下を見てくださいな。


次回は6/9更新予定です。


 ◆ ◆ ◆


ユビレトから戻ってきたイヴァンはラッドからの連絡を待っている間も『空白の歴史』や『世界の秘密』について調べる毎日――という訳にもいかず、正式なラナティスの一員として魔法や魔素に関する調査をしていた。


ハイペースでやってくる調査依頼に嫌気がさすイヴァン。

そんなある日、ラナティスの代表・ネルシアが仕事の話を持ってくる。

仕事の内容は『三ヶ月間、魔法学園の臨時教師として働くこと』だった。


研究者のやる仕事ではないと断ろうとしたイヴァン。

しかし、ラナティスを離れれば余計な調査依頼もせずにやりたいようにできるのでは、と考える。


イヴァンは自分の研究のため、この三か月を利用しようと仕事を引き受けることにする。


学園では魔法師資格の対策クラスを受け持つことになるらしい。


――そういや教師って何するんだ?


次回『竜と魔導と教師のお仕事?』


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