最短の方法、魔力の始点
「この辺り一帯の魔素の量、黒竜くんならわかるでしょ?」
写本の言葉を聞いてすぐに魔素の量を確認する。
人に害が起きないレベルの魔素濃度。俺も写本も魔素を分解したから平均よりもかなり下回っている。
魔法は魔力を使う。その魔力を生み出すために必要なものは魔素。
――魔素が枯渇しかかってて、拘束している魔法が維持できなくなりそうなのか。
「わかった? いくらボクが街を簡単に守れても魔素がなくなれば守れなくなるってことが」
「片やこの土人形は魔石をエネルギーにしているから周りが枯れようがお構いなしに動く。その上さっきの魔法を使うことができる。質が悪い冗談だ」
二発目の竜の息吹が終わる。
竜型土人形はすぐに三発目を撃つ準備をしていた。
「そういうことだね。キミお得意の魔導でこの竜の魔力を全部操作してみるかい?」
無理やり魔力を引きはがしたら魔力の暴発が起こりかねないのに恐ろしいことを言ってくる。
「馬鹿なことを言うんじゃねえ」
暴発を回避するために魔石と竜を繋いでいる魔力の経路を切り離そうとしている最中だ。
竜型土人形の表面に刻まれた無数の魔法陣の中から魔石との連携を取っている核となるものを見つけ出さなければならない。
考え事をしていると竜型土人形の口からまた魔力の光線が放たれる。
写本は魔法陣を素早く展開していた。
街への被害は今のところなさそうだ。
「あと何発耐えれそうだ」
「多分六発ぐらいはいけると思うよ」
ほぼ連射の魔法を六発となると時間がますます惜しい。
魔法陣を解析していくのはあまりにも非効率に思える。それでも解析の手は止めていられない。
「この竜の胸にある魔石の大きさ的には三十発は軽く撃てるだろうけどね。まったく、こんな大量殺人兵器なんて作って、今の人間は魔法をなんだと思ってるんだ。ボクは悲しくなるよ」
写本が文句を言う余裕を見せてくる。
――俺が防ぐのギリギリだったのになんで余裕なんだ。
魔法を行使する人間と発生する魔法の距離が開いていれば開いているほど制御が難しい。遠方で魔法を使う場合、魔法へ魔力を送るのに必要な経路を正確かつ安定させた状態にしなくてはならない。
経路の維持に神経を割かれてしまう。
長時間魔法を行使し続けるとなると、さらに難易度は上がる。
俺たちと街までの距離は数十km離れている。
普通の魔法師ではまず魔法を届かせることすらできない。
写本が普通ではない事を理解していたつもりだが、竜型土人形よりも遥かに恐ろしい存在のようだ。
「化物本が」
「ボク、すごく頑張ってるんだけど?」
思っていることが口から漏れてしまった。
俺は目線を逸らしてなかったことにする。
「待てよ」
次の魔法陣の構成を解析する手を止めた。
魔力経路の維持について頭の中で反芻する。
師匠はよく魔力を水と表現していた。そして、魔法は水で動く水車だと。なら土人形を動かしている水はどこからやって来るのか――。
「――なんだ。解析なんて面倒な方法やらなくていいのか」
俺は竜の胸にある巨大な魔石を見る。
「見ただけじゃ流石に分からないか」
「魔石を見ている余裕はないと思うんだけど?」
一番余裕がありそうな存在が俺の横で浮いていた。
「ちょっとお前の魔力借りるぞ」
「え、今!?」
写本の周りにあった魔力の一部をもらう。
ほんの僅かではあるが、街を守る障壁が揺らいだ様な気がする。
「危ない危ない。急にそういうのやめて! 下手したら魔法が解けちゃうから!」
「俺が魔素分解した方が解除の可能性が格段に上がるだろうが」
魔力はわずかだが貰った。
あとは俺の問題だ。
竜の胸へと跳びながら向かう。
目の前に広がる緑の光。
俺は魔石の荒く削られているところを探して掴む。
「さすがに接触してたらわかるだろう」
魔石の魔力を感知する。
竜の内部には無数の魔力の糸があった。糸はすべて魔石から出ている。内側から糸が土を引っ張り、ずらし、緩める。本当に操り人形のようだ。
糸の中に何本か太い糸があった。合計で五本。この五本だけはずっと張ったままだ。
魔力の流れも濃い。操るための糸ではなく、魔力を供給するための糸――魔力の経路だ。
「これさえ俺が奪ってしまえば」
俺は写本から奪った魔力を魔石に流し込む。
流し込んだ魔力を操って、太い糸全てに絡みつける。
――これで俺とも繋がった。
息を吐いて、気持ちを落ち着ける。
「全力操作、開始!」
本来、土人形に流れるはずだった魔力を俺の方に横流しする。
奪い取ったそのまま魔力は俺の方で発散していく。
発散する魔力量が多いせいか空気に青い光が見える。
今まで操作したことがない量の魔力が身体に流れてくる。
身体に熱が籠もっていく。
霧散させて数秒で糸の一本が痩せていく。
そのまま糸を俺の魔力で無理矢理引きちぎる。
竜の息吹が細くなったのが確認出来た。
――いける。
痩せた糸からどんどんを引きはがす。
引きはがす度に竜の息吹は弱っていく。
「最後の一本」
息を切らせながら五本目の作業を終わらせる。
竜の息吹が消えた。
土人形の動きもゼンマイの切れかかったオモチャのようになる。
今残ってる分の魔力を使い切ったらもう動かないはずだ。
俺は寝転がれそうなスペースのある場所まで土人形の表面を登った。
横になると朝日が俺たちを照らしていた。
日の光の中に湯気が見える。
俺の身体から噴き出しているようだ。
身体の中にある溶岩のような熱のせいなのか、魔力の霧散によってなのか理由はわからない。
ただ視界がぼやける。
全身の筋肉も緩み切っている。
魔力の操作を一気に行った結果だろう。
――もう、動けねえ。
それでも魔力の霧散だけはやっている。
想定以上の量だ。
何時間で終わるのか見当がつかない。
「魔法陣の解析ではなく魔石から流れる魔力で経路を導き出したんだね。よくできました。花丸をあげましょう」
写本が俺の耳元でふざけたことを言った。
――よくできました、だと? まさかこいつ、最初っからこの方法が一番早いって分かってたんじゃ……。
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