表彰式、金色の宣言
表彰会場には昨晩のパーティ以上に人がいる。
椅子が綺麗に並んでいるが、数が足りないのではないだろうか。
奥には表彰用に作られた舞台がハッキリと見える。
部屋の端から端まで台があるので、演劇ができそうだ。
俺は会場の入り口でそんな光景をだるく感じていた。
――すぐに抜け出そう。酔いそうだ。
回れ右をすると、俺と同じように燕尾服を着たオリバーがいた。
オリバーも俺に気がついたようで、寄ってくる。
「どこ行こうとしてんだよ。もうちょっとしたら始まるだろ?」
「俺は本来ここにいるべきじゃないから出ていく。上司の護衛は頼んだ」
手を振って会場の外に出ようと歩く。
一歩、二歩といつものペースで前に進んだところでオリバーに肩を掴まれる。
「今はやめといたほうがいい。アレ、見てみ」
オリバーが顎で指した先にはガリオンと男が二人いた。
「また絡まれるぞ」
「今回は知らぬ存ぜぬじゃないのか」
――昨日は頑張れと言って放置した癖に。
「一応、マイアットさんに頼まれたんでね。仕事増やさないでほしいワケよ」
変なところでメリアが気を遣ってきた。
荒事は問題ないことを理解しているはずなので、ガリオンとのことを気にしてのことか。
変な監視がいて、抜け出しづらくなってしまった。
すぐにでも記録石と喋る本をどうにかしないといけないのに。
「席は……ないな」
オリバーも席が足りないことに気がついたのだろう。
会場の椅子取りゲームがほぼ終わっている。
見えている空席もみるみる埋まっていく。
「式中立ってるしかないだろうな」
一時間程度で終わるはず。
山の中、薬草を採取しに行くよりも遥かに楽だ。
「えぇー、足が痺れるからオレ嫌なんだけど。ていうかなんで椅子足らないのかなぁ。椅子はちょうど用意したって聞いてるんだけど」
俺はガリオンとラッドが揉めていたことを思い出す。
「ガリオンとかいうのが二人ほど連れてきたりしてたな。他にもそういう奴がいるんじゃないか」
「警戒対象が増えるとかマジで勘弁して欲しいんだけど……」
クウェイトとハロルドのオッサンも当日の変化に戸惑っているかもしれない。ハロルドのオッサンはわからないが、クウェイトの実力があれば問題はないはずだ。
「もうそろそろか」
オリバーが呟くと、会場の入り口が閉まった。
会場がゆっくりと暗くなっていき、舞台だけが明るくなる。
演出だろう。
表彰式には不必要だと俺は思ってしまう。
普通の人間は違うのだろうか。
「ちょっと聞きたいことあるんだけどさ」
オリバーが入り口の扉に背を預けていた。
俺も同じようにする。
「なんだ」
式中の暇つぶしにはなると思うので、オリバーの質問に小声で返す。
視線は舞台に向けたまま。
舞台の袖からラッドが出てきた。
「大変長らく、お待たせいたしました。えっと、ただいまより表彰式を始めさせていただきたいと思います。あーっと、その前に少しお話がありまして――」
どうも司会らしい。言葉遣いが慣れていないのか、たどたどしい。
――それにしても、ラッドは燕尾服似合わないな。浮いてるぞ。
「研究者にとって、研究って命より大切なものなのか?」
「人によって違うだろう」
オリフィスに研究成果盗まれて自殺したやつなら、命より上だ。
脅されて自分の研究を差し出すなら命未満。それだけだ。
「アンタは?」
オリバーが何を知りたいのかわからない。
だが、質問に答えるならば――。
「俺の存在理由そのもの。命と等価だ」
「なーるほどね」
オリバーは表情を変えずに頷いた。しかし雰囲気は少し寂しそうに思える。
「――えぇ、前置きはこれぐらいにしておいてっと。メリア=マイアットさん、お願いします」
ラッドがいなくなると入れ替わりでメリアが出てきた。
会場が拍手の音で埋め尽くされる。
背筋を伸ばし、まっすぐ舞台の中央にメリア立つ。
顔の筋肉が固まっている。
メリアでも緊張するらしい。
ゆっくりと音が静かになっていく。
「表彰式、だよな。これ」
想像していたものと違う。
表彰して、でっちあげた研究の経緯をちょっとメリアが話して終了。そんなスマートなものだと思っていた。
「マイアットさんがアンタのことで話したいことあるんだと」
俺は一言も聞かされていない。
――これはあれか。メリアお得意の連絡なしか。記録石のときといい、俺のラナティス正式雇用といい、色々やってくれてるからな。
昔のことを掘り返せばそれこそ山ほど出てくる。
大体、後処理を手伝わされる。
「今回は何をやらかすつもりだ」
メリアが舞台の上で何かを探すように首を左右に振っている。
首の動きが突然止まった。
メリアの視線が明らかに俺を捕らえている。
――なんで笑うんだ。シャキッとしろ。
「私、メリア=マイアットは今回の表彰を辞退します!」
『はぁ~~!!??』
会場全員の声が広がり、騒がしくなり始める。
立ち上がる奴がいれば、ふざけるなと叫ぶ奴もいる。
俺は辞退宣言で一瞬、思考が吹っ飛んだ。
大事な仕事だと言ってた張本人が引っ掻きまわしてどうするのか。
ラッドのやつもラッドのやつだ。この件を知っててやってるなら正気じゃない。
表彰式の出席者たちがパニックになることなんて目に見えていただろう。
「アンタの上司、何やってんの?」
「やってくれたな、メリアのやつ……!」
俺は顔を手で覆い隠して、呻くしかなかった。