消沈、生きていた黒竜
俺、イヴァン=ルーカスはまた着たくもない燕尾服を着ている。
メリアの表彰式に出席するから仕方がない事と言えばそれで終わりだ。
――燕尾服云々よりも、最悪の事態になっているのだ。
控え室の隅っこでしゃがみ込んでいる。
どうやったらここまで事態が悪化できるのか、教えて欲しいところだ。
「あー……」
「何、あの魂の抜けたイヴァン君。俺、初めて見たぜ」
俺たちを迎えに来たラッドが控え室の奥にある更衣室に問いかける。
「私もまだ詳しくは聞いてないんだよね」
ドレスに着替え終えたメリアが更衣室から出てくる。
メリアがヒールの音をさせながら俺の前に立った。
「何があったのかな?」
「言わなかったんじゃなくて言えなかったんだよ、宿じゃクウェイトたちがいるし」
今は俺とラッドとメリアだから喋ることができるけど。
「護衛ギルドの連中に聞かれたらまずいことって――記録石関連か」
ラッドの察しが良くて助かる。
「実はな、ラッドから借りてた本二冊と記録石が消えた」
「「はぁーーー!!?」」
メリアとラッドが同じ顔、同じ声で驚いた。
「いやいやいや、え、本はいい。またどっかで買えばいい。記録石はシャレにならないぜ!?」
「ホントに泥棒が出たの!?」
「待て待て、結果を先に言っただけだ。内容はもっとややこしいんだよ」
俺は昨晩あった出来事を嘘のような本当の話をする。
二人は真剣に耳を傾けて聞いてくれる。
話を終えると、ラッドが唸った。
「記憶と知識を写した本、か。で、その本に雷魔法当てられて気を失っていた間にすべて部屋からは消えていたってことか?」
「簡単に言えば」
俺は本の魔法で死んではいなかった。
魔法で意識を失った俺は夕日が出るまで宿の自室で倒れていた。
メリアが表彰のリハーサルの前にドアをノックして起こそうとしていたらしい。
しかし、起きてこなかったから寝ていると勘違いされて放置したのだそうだ。
本番前になっても俺が起きてこなかったので、あわててオリバーが針金一本で鍵を開けたらしい。
――針金一本っで開けれるってオリバーは何者だよ。
「部屋の中で倒れてるイヴァンを見たときはみんな青ざめたよ。慌ててたら時間が来て、こっちで着替えることになるし」
「俺は記録石なくなったことに現在進行形で青ざめてるんだけどな」
昨日の出来事をあらかた話したが、二人に話していないことがある。
――写本の魔法で何かを身体に仕込まれている。
俺の中に何かがあるのだ。それは魔力の流れでも認知しているがはっきりとは分からない。
写本が作った意味不明の魔法陣が一つあった。
原因は間違いなくあの魔法陣の魔法。俺の状況から推測はできるが確証がない。だから喋らなかった。
――二人に期待させるのも悪いし、はずれたら俺はさらに落ち込むしな。
「俺たちが世界の真実に手を出すのは『まだ早い』って神様が言ってるのかもしれないぜ?」
ラッドが研究者らしからぬ台詞を吐いた。
「神なんて論理的じゃない」
「こちとら考古学者なんでな。昔の人々が信じているなら俺も信じるぜ。その方が楽しいだろ?」
子供のような顔をしてラッドは控え室を出て行く。
「私たちも行こっか」
「俺、記録石探したいんだけど」
「ダメ! これが今回の私たちの仕事でしょ?」
メリアに言ってもダメそうだ。
表彰の最中、抜け出せそうなら抜け出して探しに行こう。
今は大人しくしておこう。
「行くか」
「素直でよろしい」
――どこが素直なんだろうな。
俺とメリアは表彰式の会場へ歩き出す。
途中の廊下で俺とヴェルデにケンカを売ってきたガリオンがラッドと揉めていた。
声を聞くだけイライラする。
ラッドには気の毒だが、俺たちは無視するのが正解だろう。
ガリオンの後ろには魔法師と思われる男が二人。先ほどまで魔法を使っていたのか、霧散しきっていない魔力が男たちを包んでいた。
「あれがイヴァンに文句行った人?」
あからさまにメリアが不機嫌になる。
「気にするな。関わるだけ面倒だ」
「ちょっと行ってくる」
「だーかーらー、行こうとすんなって」
俺はメリアの脇に腕を突っ込んで持ち上げる。
昨日おぶったときより重い。
「お前、太った?」
俺は顎に頭突きを喰らう。
ひるんで腕の力が緩んだ。
「イヴァンのバカ!」
――バカはないだろう。
俺は目眩から壁に保たれていた。