ブンブンブン、記録石さん
二冊の本と記録石をベッドの上に置いて、頭を悩ませていた。
本来ではあり得ない現象が起こっていたから原因究明のために魔力の経路を追った。追ってわかったのは、俺の目の前にある物たちは魔力回路を形成していることだ。
記録石の魔石としての機能を利用して魔素を分解、二冊の本へと渡す。その後、記録石にまた魔力を返すという一種の魔力回路だった。
一点気になるのは、本に渡って記録石返ってくるまでに魔力が消費されている点だ。
魔力は霧散する。それでもしっかりとした経路が形成されていれば、一気に霧散することはない。かといって、魔法が使われた痕跡もない。
――魔法が使われていれば、もっと早くに気が付けたか。
魔導を使う俺なら違和感なり、魔法発生時の魔力の変化を感じ取っていたはずだ。
「魔法なしで魔力の消費の正体はおそらく、あれだな」
俺は揮発性の高い二種の薬と塗り薬、底の深い鉄の器を鞄から出す。オリフィスのときに使った魔力遮断薬を調合するためだ。
手早く薬を器の中に混ぜていく。今回はスライム状にはしないので、器の中には油のような液体が出来上がる。
薬に紙を数枚浸していく。
――準備ができた。
紙を記録石に貼っていく。隙間ができるとそこから魔力の経路を作られかねない。隙間になりそうな所には紙をちぎって、埋めていく。
最後に濡れ紙玉となった記録石を持って――全力で振る。
塗り薬は魔力遮断の成分。他の薬品は遮断力と記録石への密着度向上の役目がある。最大限に生かすには乾燥させる必要がある。
乾燥に魔法が使えたら楽なのだが、魔力遮断薬に魔法を使っても効果が薄いから右手に持って、肩を回している。
腕がつりそうだ。
「イヴァン! ただいまー!」
騒がしい音をドタドタと立てながらメリアが部屋に来た。
ドレス姿でよく走れるものだ。
「お帰り」
俺は記録石を全力でブンブン振る。
「何やってるの?」
「実験」
少し乾いてきたのか、手に濡れていない紙の感触がする。
「実験って、ん? ん?」
メリアは首を素早く動かす。
俺は記録石を動かす。
「ちょっと! イヴァンが持ってるの何!?」
「記録石だが」
「貴重なものに何やってるかなっーー!!?」
一度動かすのを止めて、乾き具合を確認する。
目に見えて最初の濡れ紙玉とは別物だ。
「もういけそうだな」
俺はベッドの上にある『妖精物語』の表紙を開ける。
「人が怒ってるのに、なんで本を開けてるのかな」
「やっぱりな」
「無視して読むの止めないかな!!」
――本の内容が変わってる。
あの悪魔の冒頭ではなく、妖精の王子が剣術の練習をしているシーンが冒頭になっていた。
「イ・ヴァ・ン!」
「あ、がっ」
耳元で大声を出されて耳の奥が痛い。
「耳が馬鹿になったらどうするんだ」
「バカなことをしてるのはイヴァンじゃん! 実験とかいって記録石に変なことしてるしさ」
「いや、割と真面目に実験してるんだけど。これ簡単に取れるぞ」
記録石についている紙を爪で剥がしていく。スライム状のもので包んだら、洗わなくてはいけなくなるのでこうはいかない。
ほらな、と無傷で出てきた記録石を見せる。
「そういう問題じゃなくてね?」
どうも俺が前に記録石に砕くだの削るだのと言った辺りからメリアは敏感になっているらしい。
「言われなくても壊したりしないって。せっかくの手掛かりなんだからな」
俺は本に目を落とす。
「なんだこれ」
文字がうようよと無数の虫のように蠢いている。
「え、気持ち悪っ!」
メリアも本を見たようだ。
魔力の経路が繋がったから本の中身が変わっている最中らしい。
見ていて気持ちのいいものではない。
本を閉じようとしたが、俺は手を止める。
一瞬、図形が浮かんだ。それは魔法陣で使われる図形の一つ。目を表すものだった。
あの悪魔の冒頭が完成するまで眺めていたが、二度と図形が現れることはなかった。
「気のせいか?」
「まぁ、問題ないならいいけど。ねぇ、お腹空いたからご飯食べたいんだけど、頼んだものどこかな?」
「宿に頼んで保管してもらってる」
「そっかそっか! じゃ、一緒に食べよっか」
メリアが決定事項のように腰に手を当ててそんなことを言っていた。
「実験が途中で」
「休憩は大事だよ。ほら、準備する!」
「俺の部屋で食うのかよ」
汚した俺が言うのも変だが、俺の部屋は紙が散らばってるいるし、薬の匂いがするしで飯を食べるような空間ではない。俺は平気だけど。
「外に行こうよ。イイ所知ってるんだよ。あ、クウェイトさんたちには内緒でね」
「はぁ? お前が歩いたらどうなると思ってるんだ」
初日の悲劇を忘れたのか。
「イヴァンならきっと大丈夫だし。ほら、急いで」
俺はメリアに急かされるまま、実験を中断させられるのだった。