幕間:竜の研究者たちは思いを語る
パーティーが終わり、人目がない廊下の端で私は伸びをする。
ようやく竜研究のお爺さんお婆さんたちから解放された。
竜の話をするのは楽しいけど私の顔色を窺うような空気だったのが少し悲しい。
もっと純粋に楽しく話したい。
あと、話してばかりでパーティーの料理が何も食べれなかった。
口にしたのは水だけだ。
パーティーの最中、お腹が鳴らないようにするのに必死だよ。
人前ではちゃんとしないといけないというのは私にとって辛いこと。
ラナティスの中にいるとき。特にイヴァンが近くにいるときは気が楽だ。
妙な気を張る必要がない。
「お疲れ様です。マイアットさん」
「ハロルドさんとクウェイトさんもお疲れ様」
二人は私の周りから離れず、ずっと警護してくれていた。
おかげでいつもみたいに変な人に絡まれることなく済んだ。
代わりにイヴァンが絡まれていたらしいけど、大丈夫なのかな。
ラッドさんから先に宿に戻っていると聞いている。
「こちらはこれが仕事だ。ところでイヴァンさんの姿が見えないが?」
「先に帰ったんだって」
イヴァンのこういうところは嫌いだ。
あの黒髪の竜は気がついたら、見えない翼を羽ばたかせていなくなっちゃいそうな気がする。
夢のためなら何もかも捨てて、どこへでも行ってしまうと思う。
「オリバーと一緒という訳ではないのですね?」
ラッドさんからはイヴァンのことしか聞いていない。オリバーさんも一緒に帰ったのならラッドさんが教えてくれたはずだ。
「多分、一人だと思うよ」
「そうですか。ハロルド、どう思います?」
「きっとどこかで遊んでますね」
「だろうな」
クウェイトさんは青筋を浮かべ、ハロルドさんは困った顔で首を横に振った。
「どういうこと?」
「オリバーがどこにもいないのです。まったく……彼は昔から変わりません」
大丈夫かな、護衛ギルドの人選。
「私たちも宿に帰りましょう」
「あ、ほうっていくんだね」
「何処にいるか分からない人物を探すのは手間が掛かるので。――見つけたら罰として私の新技開発にでも付き合って貰います。もちろんオリバーは的です。ふふふ」
めちゃくちゃ怒ってるよクウェイトさん! オリバーさん絶対に死んじゃうよ!?
ハロルドさんはなんで横で祈ってるのかなっ!?
「帰るの、待って貰えないです?」
視界外にいるはずなのに誰からの声か分かった。
――隠れる場所! 隠れる場所っ!! なんでこういうときにイヴァンはいないかな!?
ひとまず、クウェイトさんの後ろに身を隠し、顔だけ出して声の主を見る。
ドレスを纏った女性――ヴェルデさんがそこにいた。ユビレトで平穏に過ごせなくなった原因。周りのことを考えず、私を追いかけ回してくる困った人。
なのに今回は追いかけてこない。これまでになかったことだ。
「……何か用かな?」
警戒は解かずに質問をする。
ヴェルデさんは一瞬嬉しそうな表情をしたけど、すぐに悔しそうに唇を歪ませた。
「少し、お話がしたい、です」
話を聞かないヴェルデさんからそんな言葉を聞くことになるとは思わなかった――とは失礼かな。でも過去の実績がマイナス要因しかないから仕方がないよね、うん。
「少しならいいけど」
「あの、それと」
チラチラと私以外の二人を見ていた。
突然、ハロルドさんが大きな声を出す。
「隊長、私はオリバーを探しに行きます」
「しかし警護が」
「隊長」
ハロルドさんが強めの口調と同時に顎でどこかを指していた。
「あ、あぁ。そうですね」
不自然な返事をするクウェイトさん。
――え、私の警護は? 一番の驚異が目の前にいるんだよ? 今まさにピンチだよ?
「少し離れたところで見ていますので、ご安心を」
私の耳元でクウェイトさんが囁いた。
これは二人きりで話す状況を作ってもらったということではないだろうか。
「ムリムリムリ」
「何かあればすぐに助けますから。では」
会釈して去って行くクウェイトとハロルド。私はその場で去りゆく二人の背中に手を伸ばしたが届かなかった。
「メリア様」
名前を呼ばれた私は観念した。
今日一番疲れるイベント発生だ。
「で、話って何かな?」
「教えて下さい。イヴァン=ルーカスをどうして助手にしたんです? 竜の研究者じゃない彼を。無名の研究者である彼を」
「知っても何も変わらないと思うよ。私はヴェルデさんを助手にしないもん」
私の気持ちをヴェルデさんに鋭く投げつける。目の端から涙を流していたが私の気持ちは変わらない。
「それでも、聞きたいです。ワタシ、彼に負けてます……。よくわからないけど負けた気がしたんです。彼は何で笑顔で他人に夢を応援できるんですか……。彼は、何なんですか……。考えてもわからないです」
――そっか。ヴェルデさんも感じたんだ。
四年前の私もそうだった。
ラナティスに入る前、私は自由気ままに竜の研究をしていた。
その中で訪れた村でイヴァンから薬を銀貨で買おうとして「銀は用途が少ない。食い物か布だ」と言われたのが始まりだった。その後、再会して、仲良くなった。
あるとき、私は愚痴ったのだ。
色んな研究組織が私をスカウトしてくることを。私じゃなくて私の能力欲しさに躍起になって誘ってくることを。
イヴァンは相づちだけをして最後まで話を聞いてくれた。そして、一言。
「メリアの楽しめるところに行けばいい。やりたいようにやればいい」
十四の少年からの言葉に目から竜鱗が落ちた。
羽振りがいいところを選べと言われたことはあったが、イヴァンのようなことを言う人は誰もいなかった。
私の心に違和感なく、すとんと落ちた。それと同時に感じる敗北感。ただ、私の感じたものはヴェルデさんが感じた物よりもっとすっきりしていて少し甘いものだと思う。
「きっと、イヴァンがイヴァンだから助手にしようと思ったんだよ」
――誰にも取られないように。傍にいてもらえるように。
「なら、ワタシはワタシですから、助手になれないですね」
「うん。ごめん」
きっと私は酷いことをしている。
ヴェルデさんを傷つけている。
「わかりました。ではワタシ、第二助手を狙うです」
――ん?
「一番はイヴァン=ルーカスに譲るです。でも、二番なら空いてますから」
「え、ちょっと」
ヴェルデさんは涙を浮かべながら、笑顔で何処かに走っていく。
「ワタシ、諦めませんので!」
力強く私に宣言して、廊下から姿を消してしまった。
私の否定を聞かずに。
――あれっーーーー!? 何も変わってないよね!!?




