肩すかし、夢へ宿へ
「竜の鱗や骨の加工方法についてだよ」
魔法師がそんなことを聞いて何になるのだろうか。
竜の鱗などは未加工の状態で流通するのが普通だ。加工品となると骨が折れるらしい。
高価かつ職人の腕が一番試される素材が竜なのだとか。昔、メリアが偉そうに言っていた。
「まさか、教えたんです!?」
ヴェルデも知っているようで、驚きの声を出した。
「んなことしねぇよ。飯の種を教えるかよ」
店主のオッサンの言葉を信じるならあの男は何の情報も得ることなく立ち去ったことになる。
ラッドの注意を気にしすぎたのだろうか。
「教えてくれてありがとうオッサン」
俺は情報料として銀貨を一枚指で弾く。
店主のオッサンはびっくりしながら銀貨をちゃんと手で受け止めた。
宿へ向かおうと身体を反転させる。
歩を進めると、ヴェルデがついて来た。
まだ何か俺に用があるらしい。
「兄ちゃん!」
店主のオッサンが後ろから薄っぺらい何かを投げてきた。回転しながら飛んでくるそれを俺は指で挟んだ。ギリギリで取れた。
何が飛んできたのかと思えばさっき買った髪飾りにと同じ素材で出来ている薄い板だった。
意図が読めずに店主の顔を見る。
「やるよ。研究者なら本とか読むんだろ? 栞に使ってくれ。ありがとうな」
オッサンは良い笑顔だった。
厚意というものだろうか。されるようなことをした記憶はない。
貰えるならありがたく貰うが。
俺は無言で手を振るとオッサンも返してくれた。
少し離れたところで呟く。
「なんでこれ貰えたんだ」
原因があって経過があり、結果がある。
それは物事における原則で、研究をするときに考えるべきことだ。
オッサンの行動の原因がわからない。
「あなたが褒めたからです。それに値段交渉をしなかったです」
理解しているらしいヴェルデが無表情のまま言葉を発した。
俺が原因らしいが、何のことやら。
「欲しい物を買うと言っていたじゃないですか。欲しいと思っている物を作れたというのは職人にとって嬉しいものなのです。あと、普通は値引き交渉して買うものです。言い値で買うのはバカのやることです」
「そういうものか」
「あなた、お金で苦労したことないんです?」
質問の返答に俺は困る。
俺は師匠が亡くなってからラナティスに入るまで物々交換で生活していた。俺は自作薬。相手はそれに見合った品を持ってくる。大体は食料と布、紙と交換だ。
薬の材料は自力で採取していたので、お金とは無縁の生活をしていた。
俺の知らなかった一般常識はある程度メリアに教えて貰ったから今は生活する上で問題はない。
――メリアに出会う前の俺は田舎者以前に常識を知らないガキだったわけだ。
「良い暮らしをしていたんですね」
何も返さずにいるとヴェルデは勝手に結論付けた。
訂正する気もないので、放置する。
しかし、ヴェルデのやつは何処まで着いてくる気なのだろうか。
宿まで着いてこられると面倒だ。
俺は本の内容が変わった原因を調べたい。そういうときは一人でいたいのだ。
「どこまで着いてくるんだよ」
「宿まで着いていってメリア様が寝たベッドの匂いを嗅いでからです」
「真顔で言うなよ」
「冗談です。嗅ぐだけで止めないです。止めれるはずないです」
「今すぐ帰れ」
あと頬を赤らめるな。
「これだから逃げられるんだろうが。メリアの下で働くのが夢なんだったら自重しろ」
ヴェルデがぽかんと口を開けていた。
「意外です。まるでワタシがメリア様の下で働くことが嫌ではないみたいに聞こえるです」
「実際、そうだからな」
人間性に難ありだとは思っているが、メリアの研究をちゃんとサポート出来る。なら、いる方がいいに決まっている。
「ワタシ、あなたの敵ですよ?」
「一度だって敵だと思ったことはないな」
「眼中にないということですか」
声に怒気が籠もっていた。
「ワタシ、本気ですよ。絶対にメリア様の下で働くです」
夢を否定されたと思ったのか。
――そんなことしねぇよ。
「なら、頑張れ」
「へ?」
「俺はヴェルデの夢を笑わないし否定しない」
ヴェルデの顔がなんで、と言っていた。
「だって今ココでお前の夢を笑ってみろよ。俺は俺の夢を笑った奴を気持ちよくぶん殴れないだろう」