相談、竜と信者の組み合わせ
「ったく、曲者にもほどがある」
おそらく、ラッドとヴェルデに聞いていなければ俺はあの本を嫌々読み続けていた。夢のためだ。仕方がないと妥協していた。
本の中身が丸っきり変わってしまうなんて誰が予想できるか。
「ふざけるなよ」
「ふざけないで欲しいのはこっちですぅ!」
キーン、と耳の中がなる。
「おい、耳がおかしくなるだろうが」
俺は左にいる犯人に向かって睨む。
「こっちが何度も何度も呼んでるのに無視するからです!」
ヴェルデが手を腰に当てて不満そうな顔をしていた。
何故俺の所にいるのか。
「用事があるんだろう。さっさと済ませてこいよ」
「そこから聞いてなかったんです!? 記憶力だけではなく耳まで残念ですぅ!」
俺はどうして罵倒されているのだろうか。
「ワタシ、相談があるので聞いて欲しいと言ったはずです」
「そんなこと言ってたっけ」
本の内容の齟齬があるとわかってから、何の条件で本の内容が変わったのか原因究明に集中していた。
街の地理は買い物をしたときに覚えていたため、身体が勝手に宿まで歩いていたようだ。
初日にメリア・フィーバーを起こした露店の並びが見えるので、宿まであと十分ぐらいだろう。
「もう一度だけ言うです。メリア様とお話しするにはどうしたらいいですか?」
「メリアに話しかける。以上。相談終わり」
「それをやったら逃げられるから相談してんですぅ!」
ヴェルデの態度がメリアの嫌いな部類だから当たり前の反応と言える。
メリアは特別視されることを極端に嫌う。どうしてかは知らない。しかし、その事実はメリアに出会ってからずっと変わらないものだ。
「なんで魔法の研究者のあなたなんですか……。竜の研究者なら、ワタシなら、助手としてメリア様のお手伝いがもっと出来るのに……」
俯いて声がどんどん小さくなっていた。
ドレスの裾を握りしめている。
俺がメリアの下で働いているのが納得出来ないらしい。
本来、研究者の上と下は同種あるいは類似の研究している者同士だ。俺とメリアのような組み合わせは異端中の異端で他の研究組織を探しても見つからないと思う。
「相談相手の人選ミスだ。大体アンタにとって俺は敵なんだろう」
「うるせぇです……。敵だろうとなんだろうと夢のためなら利用できるモノは利用するんです」
――夢のため、か。
「メリアのやつとちゃんと話したかったら、ちゃんとメリアを見て話せ。アイツも馬鹿じゃないからそうしたら話ぐらい聞くだろうさ」
喋るだけ喋ってから、お節介も良いところか、と思ってしまう。
「どういう意味ですか?」
「研究者なら思考しろ。答えは思考の先にしかないんだからな」
「答えるなら最後まで答えやがれですぅ!」
喧しいヴェルデの声が聞こえないように耳を指で塞ぐ。完全に無音にはできずにうっすらと罵声が入ってくる。
無視を決め込んで歩いていると、ある一件の露店のところにいる男が気になった。
腕に巻いているブレスレット。紛れもなく魔石のみが使用されたものだ。
一般人がそんなものを着けることは絶対にない。着けるとしたら馬鹿な金持ちか魔法師ぐらいだ。
男は無駄な装飾品を持っているわけでも、高級な生地の衣服を身に纏っているわけではない。
知識のない俺でも一目でわかる。
露店の店主のオッサンと何かを話しているようだが、今の俺は聞き取れなかった。
俺は耳の栓をとる。
「話を聞きやがれですぅ!」
「ちょっと黙ってろ」
「口を開いたと思えばなんですか!?」
男が露店から何も買わずに離れていった。
少しでも盗み聞き出来た会話があったかもしれないのに、ヴェルデの声でかき消されてしまった。
ラッドの言葉通り魔法師はこの街に入ってきているようだ。それでも十人と言っていた魔法師の内の一人にこんなに早く出会うものではないはずだ。元々ユビレトにいる魔法師の可能性もある。
――入ってきたのが十人ってだけで、実はこの街にもっと魔法師いるんじゃないか、これ。
俺は露店の前まで歩みを進める。
「何か買うんです?」
敷物の上に色とりどりのネックレスや指輪が不規則にならんでいる。その横にメリアが喜びそうな竜の鱗や牙が少し値札なしで置かれている。
椅子に座った店主のオッサンが目を細めて俺を注視する。
「あんたはマイアットさんを怒鳴っていた……」
店主のオッサンの小声が耳に入る。
怒鳴っていた? 初日のメリアフィーバーのときの話か。
――あ、思い出した。メリアが滞在費で竜の鱗買おうとしてたときの露店だ。
『メリア様の敵だ!』とか叫ばれてもすぐに対応できるように逃げるルートを考える。
オッサンは俺の胸元をまじまじと見て笑う。
「ラナティスの研究員だったのか。まぁゆっくり見ていってくれよ」
見られていたのはラナティスのバッチか。
思いもよらないところで効力を発揮していた。
「騒がないんだな」
「誰でもマイアットさんを追いかけたりするワケじゃねぇさ。馬鹿馬鹿しい」
メリア・フィーバーのことはやはり知っているようだ。
「もう少しマイアットさんのことを考えてやれば誰でもわかることだろうによ」
「オッサンみたいな奴が増えればいいんだけどな」
ヴェルデをちらりと盗み見る。
竜の牙を手にして目を輝かせていた。
――ま、こっちは置いておこう。本題だ本題。
「さっき男と話していただろう。何を話していたんだ」
「何も買わないなら話さんぞ」
商人の笑み見せるオッサン。
こういうのは商売上手というのか、駆け引き上手というのか。もしくは俺が下手なのか。
買う分には問題ない。使わないものを買うことだけは避けたい。
品を見ていくが、俺には無用そうな装飾品ばかりだ。薬の調合に使えそうなものでもない。
腕を組んで悩ませる。
手に当たる服の生地の感触が白衣と違うこと違和感があった。
ふと俺は燕尾服の袖を見る。
この燕尾服を買ったのはメリアで、着ているのは俺だ。別に装飾品を買った人物が身につけなくてもいいのでは?
メリアが着けていそうなモノは敷物の上には見当たらない。
「オッサン、髪留めとかあるか」
「髪留め? あるにはあるが、使うほど髪長くねぇだろ」
「いや使うのはメリアだ」
「なるほどねぇ」
店主のオッサンはニヤニヤしながら後ろを向いて木箱を漁り始めた。
表に出ていない商品があるらしい。
横脇腹にパンチを食らう。全然痛くはない。
「なんだよ」
「そうですか。メリア様に……ふふ、ふふふ。やはりあなたは駆除すべき対象のようです」
「意味のないものを買いたくないだけだ。俺が装飾品なんてつけるかよ」
威嚇をする獣のようにシャーというヴェルデに俺は頬を掻く。
「兄ちゃん、これなんてどうだ」
琥珀色の飾りに紐がついていた。飾りをよく見ると月の光を乱反射している小さな何か無数に入っている。
赤や緑と色鮮やかに輝くそれらは俺を引き付けた。
「綺麗だな」
「だろ! 砕いた竜の鱗を木の樹脂の中に入れてあるんだ。オレの自信作だ」
竜の鱗が入っているならメリアも喜ぶだろう。
「それをくれ」
「値段きかねぇのかよ」
「欲しいから買う。それだけだろ」
主人は満面の笑みで太もものあたりをぱんっと力強く叩いた。
「金貨六枚だ」
メリアが買おうとしていた竜の鱗は金貨十八枚だったはずだ。
「竜の鱗を使っているのに安いな」
「元々商品にならなくなった鱗を利用してるし使ってる量もたかが知れてるからな。金が足りないなら言いな。売らないで取っておいてやるよ」
「いや、払える」
俺は燕尾服の内側から金貨を六枚出す。
店主のオッサンとヴェルデが目を丸くしていた。
「ありえないです……」
「兄ちゃん若いのに金持ちだな……。研究者ってのは魔法師より給料いいのか?」
「そんなことはない。あっちの方が倍以上もらう」
これは半年前メリアから貰った金だ。使うのを躊躇ってしまい手を付けていなかったのだ。
メリアの物を買うから今回は特に何の気兼ねもなく使える。
商品を受け取った俺は髪留めを燕尾服の内ポケットにしまう。
「――さて、本題だ。オッサン。さっきの男と何を話していたんだ」
なんか長くなってた