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半竜の研究者は世界の秘密が知りたい  作者: 紺ノ
信頼と裏切りと金色の二人
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正装、身も心も

 メリアのおつかいを終えた俺は宿に戻った。

 少しでも『妖精郷の王子』を読むためだ。


 パーティーには俺も出席しないといけないらしいので、時間まで読もうと思ったのだ。


 それが間違いだった。


「なんだよ、これは」


 反吐が出る。


 序章の数ページしか目を通していない。しかし、これほど胸くそ悪くなる物語があるだろうか。 

 戦争直後に書かれたからか、作者のどす黒い感情が転写されたのか不明だが、呪いの羅列だった。

 

『妖精郷の王子』という名前なのに、悪魔の視点から始まった。そして、最初の一文は『幸せな世界なんて滅びてしまえ』だ。


『精霊の旅路』が『精霊物語』と呼ばれ、現代も親しまれる本なのに対して、この本は酷すぎる。

 本でありながら身体と心を確実に蝕んでくる。


 俺は気持ちを落ち着かせるために本を閉じる。


 ――ラッドのやつ、これを本当に読破したのか?


 目元を摘んで、息を吐く。


「時間が掛かりそうだな・・・・・・」

 

 俺は本を睨んだ。

 

 外から複数の足音が聞こえた。

 そのうちの一つが俺の部屋の前で止まった。


「ただいま!」

「おかえり」


 メリアが元気よく部屋に入ってきた。


 ――正直、助かった。


 重く、暗い感覚が少し抜ける。


 いつものようにメリアがヒョコヒョコ近づいてきた。


「なんか疲れてる?」

「お前のおつかいのせいだよ」

「イヴァンはそれくらいで疲れないでしょ」


 ラナティスに入る前の俺を知っているメリアは俺の嘘を見破っていた。


「まぁな。で、俺の部屋に来た意味はなんだ」

「話題そらされた」


 メリアが口を尖らせた。


 本の内容を口にしたくないんだから許してくれ。


「この後のパーティーに出るための準備をしようと思ったんだよ」

「準備で俺の部屋、っておかしくないか」

「メリアさん、言われた物を持ってきたぞ」


 半開きのドアにクウェイトが足をすべり込ませて、開ける。

 両手が大きなメリアの旅行鞄で塞がっていた。


 俺の部屋の真ん中に旅行鞄が置かれる。


「ありがとうね。それじゃ、始めようかな」


 メリアが鞄から黒いものを取り出す。


 黒いものが何か少し認識するのが遅れた。何故なら、女が旅行に持ってくるようなものではなかったからだ。


「燕尾服、か」

「そうだよー。さぁ、着替えてもらおうかな」

「なんでだよ」

「だってパーティーだよ? ちゃんとした服装しなきゃ笑われちゃうよ。一応、私たち、ラナティスの一員だからちゃんとしなきゃね」

「俺は違うんだが」


 ラナティスで研究はしているが、実際はメリアに雇われているだけの野良研究者だ。

 だから今まで外の行事に参加できなかったのだ。


 ――まぁ、元々参加するつもりもなかったが。


「ふふふ、実はね。この度、イヴァンは正式にラナティス研究員となりました! はい、拍手!!」


 メリアとクウェイトが拍手をする。

 全力で拍手をするメリアに対して、クウェイトは戸惑いながら流れでやっているだけのようだ。


「聞いてないんだけど」


 俺の知らないところで話を進めるなよ。


「イヴァンは半年前、魔素乱調(マギ・パニック)を発見したでしょ。あれがどうも野良にしておくのには惜しい、って話があったんだよ」

「要はそれ、人材を逃がさないための首輪みたいなものだよな」

「ちなみに私が提案しました」


 ペロッ、っと舌を出しながら笑顔で話すメリアに俺は言葉も出なかった。


「と、いう訳で――クウェイトさん、取り押さえて」

「あ、あぁ」


 俺の両脇に腕を通して、捕縛された。


「ちょ、ちょっと待て。何をするつもりだ! クウェイトも何やってるんだよ!」

「おそらく、仕事だ」

「疑問に思う仕事ならやめちまえ!」

「さーて、ぐふふふ」


 悪い顔をしたメリアがじりじりと寄ってくる。


「あー、もうわかった! 着るからお前ら出ていけ!」


―― ◆ ―― ◆ ――


「着替えたぞ」


 廊下に追い出した二人を再び部屋に入れようとしたが、メリアがいない。


「これは、意外と様になるものだな」


 クウェイトが少し頬を染めながら、感想を漏らしていた。

 

 この手の服は過去に二度、着たことがある。

 両方、師匠の弟子ということで無理やり連れて行かれたときだ。

 

 その時から思っていたが、動きづらいし、首元が息苦しい。

 あと、靴の皮が堅いからつま先が動かしづらい。


 まともに動ける気がしない。


「白衣じゃないイヴァンっていつ以来かな」

「多分、四年ぶりなんじゃないか」


 メリアの声が聞こえたので、そちらに顔を向けた。


 そこには白いドレスを着たメリアがいた。

 いつも後ろでただ無造作に括っている髪が綺麗にまとめられている。

 化粧も少ししているのか、妙に大人っぽい。


 子供のメリアはそこにはいなかった。


「あとは」


 メリアが俺に近づく。

 俺の胸ポケットに銀細工を取り付けた。


 ――ルーペの形をした銀バッチ。


 それはラナティスの一員なら誰でも持っているものだった。


「これでオッケーだね。さぁ、パーティーに行こうよ」


 俺はメリアに手を引かれて、つんのめる。

 

「わかったからそんなに引っ張るなって」


 見た目は変わっても中身は変わらないじゃないか。


 そんなことを考える俺には本を読んでいた時の暗い感情は消えていた。

投稿頻度が下がっています。


エタらせるつもりは毛頭ありません。


ちょっとずつでも更新します。

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