己の夢、キッカケは確か――
夕日がアルヴ・スースの白い塀を鮮やかな橙色に染めていた。
「いいのか、本当に」
アルヴ・スースの裏口で俺はほんのり温かい紙袋をケイオスに見せた。
紙袋にはアルヴ・スースのマフィンが入っている。
ケイオスが持たせてくれたのだ。
何故か代金もいらないと言われた。
「もちろん。今後も贔屓にして欲しいし、クゥの知り合いだからね」
ケイオスの言葉に甘えるとしよう。
元々持っていた紙袋とマフィンの入った紙袋を左右別々に抱え込む。
「クゥ、今度からはマメに顔を出してくれないかい。じゃないと昔、木登りをして降りられなくなった話とか、つまみ食いをして母さんに怒られた話とかをイヴァンさんにしてしまいそうだから」
「全部言ってますからね! もう言ってしまってますから!」
クウェイトが眉を吊り上げていた。
ケイオスはどこ吹く風といった様子で笑っていた。
――きっと家族とはこうあるべきなのだ。
「あ、そうだ」
ケイオスが俺に耳打ちをしてくる。
「クゥが変に丁寧になったり几帳面になったらそれは嘘を付いているときだからね」
心当たりはいくつかあった。
事実、アルヴ・スースに来るときになっていた。しかし、理解出来ない。
「俺にそれを教えてどうしたいんだ」
ケイオスの考えがわからない。
クウェイトの癖を教えられても俺には利点がない。ということはケイオスにとって何らかの利点があることになる。
「さぁね。ただ、望んでいる光景に君がいたらいいかな、と思ったんだよ」
理解力が足りないらしい。
さっぱりわからない。
「気にしないでいいよ。これも私の勝手だから」
この言葉を最後にケイオスと別れた。
俺は別れた後もケイオスの言葉の意味を考える。
わからない、というのは気持ちが悪い。これは研究者という仕事柄なのか、俺の気質なのか。
来た道を半分無意識の状態でただ歩く。
横のクウェイトが咳払いをした。
「ケイ兄さんとは何を話していたんだ?」
部屋を追い出されてからの出来事が気になるらしい。
オリフィスの事件のことは話てもなんら問題はないが、ケイオスが騎士団をやめたこととクウェイトが家を出て護衛ギルドに入っていたことは問題がある気がする。
かといって、下手な嘘をついてもクウェイトは嘘がわかるようなことを前に言っていた。
妙な波は立てたくない。素直にいこう。
「半年前の事件とケイオスが騎士団をやめたことかな」
クウェイトの歩調が一瞬狂ったのか、俺の横から一瞬離れた。
「そんな事を話していたのか」
少し落ち込んだ顔をしていた。
「あとはクウェイトが護衛ギルドに入った経緯を少し聞いた」
「私は誰にも話したことはないぞ」
「でもケイオスは知ってたようだな」
クウェイトが腕を組んで、完全に立ち止まった。
「ケイ兄さんはなんと言っていた」
「クウェイトは私の夢を叶えようとしている、とか言ってたな」
俺の答えにクウェイトはため息で返した。
またゆっくりと歩き始める。
俺は戸惑った。ため息で返されるとは思ってもみなかったのだ。
「私は私の考えでこの仕事を選んでいる。ケイ兄さんはキッカケでこそあれ、全てじゃない」
力強く断言された。
「ケイオスはそうは思ってないみたいだぞ」
「そのようだな。始まりは確かに兄の夢だ。私も街を守りたい。人を守りたいと思ったからだ。でも、今私の中にあるものは私のモノだ。私の夢だ。誰のモノでもない」
クウェイトの透き通った声が俺の中に波紋を広げる。
夢に対する俺の考え方とクウェイトの考え方の明確な違いを感じた。
――俺は胸を張って自分の夢だと言う自信はないかもしれない。師匠の夢は師匠の夢。俺はそれを叶えたい。だが、突き詰めると『叶えたいだけ』だ。
ラッドの言っていた『楽しいか?』という質問に答えを出せなかった理由が分かったかもしれない。
師匠の夢を叶えたいという俺の願いは変わらないし、間違っているとも思わない。
「間違ってはないんだよな」
「何がだ?」
「いや、こっちの話」
口から漏れだした言葉は嫌な重みがあった。
前にマイロが酒場で『研究者をやめたくならないか?』と俺に尋ねてきたことを思い出す。やめることなんて頭になかった。教科書を作ることしか考えていなかった。
――俺はいつだって師匠の夢で頭がいっぱいだった。俺は今まで自分のことは考えてなかった。
思い返そう。俺は今まで何をしてきた。何があった。何を思った。自分という存在は師匠の夢だけで構成されているはずがない。
クウェイトは言っていた。『ケイオスはキッカケだった』と。
なら、俺の場合は――。
「イヴァンさん、急に笑ってどうしたんだ?」
「俺、笑ってたか」
「あぁ。紛失物が思わぬ所から出てきたときのような顔をしていた」
「まさしくそんなところだ」
クウェイトが片眉を上げた。
まだメリアに頼まれたものはまだ少し残っている。
「さっさと買い物を終わらせるか」
夕焼けに照らされる坂道で、俺は少し駆け足になる。
「私が案内しないと場所はわからないのではないか?」
クウェイトが俺にすぐ追いついてくる。
六時のタイムリミットまでおそらく一時間もないだろう。
「クウェイト、中央通りってどっちだ」
「言ったそばから……」
呆れた声が坂道を突き抜けていった。
全力遅刻マン。どうも、紺ノです。
多分、HJネット小説大賞用の作品ができるまで更新頻度は週一。多くて二になります。
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読んで下さってる方、ありがとうございます。
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なんとかかんとか続けていくので、これからもよろしくお願いいたします。