竜と研究者
初投稿です。
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女の声が寝ていた俺の意識を覚醒させる。
「なんで竜の鱗ってこんなにいいのかな!」
目を開けると、自室代わりにしている研究室の屋根が見えた。
どうやら床の上で寝ていたようだ。
姿勢が悪かったのか、背中に痛みが走る。
「最高よ。この黒さ。この硬さ」
蕩けた声で女は呟いた。
俺の左腕には人肌の温もりと柔らかさ。その原因である白衣を着た女は悦に浸った様子で俺の左腕に頬ずりをしていた。
女の後ろに括った金色の髪が左右に揺れる。
「おいこら、何してる」
女は頬ずりをしながら、煩わしそうに答える。
「竜の鱗の感触を楽しんでいるのよ。わからない?」
頬ずりをやめる気はないらしい。
物言いにイラッとしたが、この程度で怒ってたら身が持たないのを俺は知っている。
俺は怒りを静かに飲み込んだ。
頬ずり継続中の左腕を確認すると、腕は人間のものとは全くの別物になっていた。
指先から肩に掛けて黒い鱗が覆っていたのだ。
爪は指先を守る役割を捨てて、攻撃的なかぎ爪になっている。
竜の腕、と形容するのが相応しい。
常人なら、腕の異常さに驚愕すること間違いなしなのだが、生まれて十八年間付き合っている身体なので、俺は驚かなかった。
「理解できない。てか、この手は俺のだ」
まだ左手から離れようとしなかったので、少し左腕に力を入れて、女を振り払う。
女はこちらに抗議の目を向けていたが、俺の知ったことではない。
頬ずり女の名前はメリア=マイアット。不本意ながら、俺の上司ということになっている。
さらに付け加えるなら、無類の竜好きで、世界に名を知られている竜専門の研究家ということぐらいか。
「もうちょっとだけでいいから、その竜の腕を触らせて! いえ、舐めさせて!」
「冗談も大概にしやがれ」
「あぁ!?」
メリアが悲痛な叫びを上げたのは、俺が腕を竜から人へ戻し始めたからだ。
黒い鱗があった腕は肌色の皮膚となり、爪は少しずつ短く、丸みを帯びていく。
左腕が竜から人へ戻るまで、約五秒のことだった。
「イヴァン、なんで『人化』させるのっ!? 早く『竜化』させてよ。『竜化』! 『竜化』!! 『竜化』!!!」
――『人化』と『竜化』。
メリアがそう呼ぶのは俺の体質のことだ。
俺は身体を竜に変えたり、人に変えたりできる体質を持っている。
名前の通り、『人化』は竜から人へ身体を変えること。『竜化』はその逆だ。この体質を獲得した全貌は分かっていないが、主な理由としては俺の父親が竜で、母親が人間だからだろう。
それはそれとして子供のように駄々をこねるこの上司をどうにかしないといけない。
メリアが俺に会いに来ると言うことは仕事の依頼があるということだ。
さっさと聞いて帰ってもらおう。精神衛生上、それがいい。
俺がそう決意をすると、『竜化』を連呼する声が止んだ。
――やっと落ち着いたか。
仕事の話が進められそうである。
メリアが深刻そうな顔で俺と目を合わせた。
今回の仕事、相当面倒なのだろうか。
「朝ご飯食べてなかったから、おなか減ったよ。なんか用意してくれない?」
笑顔になったメリアから腹の虫が静かになった部屋に響いた。
「いい加減にしろよ、このマイペース女!」
俺がやかましくなる番だった。