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半竜の研究者は世界の秘密が知りたい  作者: 紺ノ
過去と未来と新たな誓い
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確かめたい話

「あばばばばば、竜が! 竜が降ってきたぜ!?」


 外で屋根の補強をしていたラッドが金槌を片手に、慌てた様子で家に戻ってきた。開きっぱなしの玄関の扉から冷たい空気が入ってくる。


「知ってる。つか、風呂上がりで寒いから閉めてくれ」


 俺は背中の鱗に引っ掛からないように上の服を着てから、手紙に入っていた指輪を持って、玄関へと向かった


「なんでイヴァンくんは冷静なんだぜ!? 紅い竜の手先かもしれないぜ?」

「そのときは死ぬだけだ」

「アッサリ言い切ることじゃないぜ!?」


 ラッドの後ろで雪とは違う白さを持った影が動く。白ヘビのように細長い身体の背にある光を透すカーテンのような翼を大きく動かしていた。身体をすっぽりと翼で隠して、カーテンの中でヘビの影が人型へと変化していく。


 俺は同じ光景を見たことがあった。


「俺たちの目の前に現れた竜は良き隣人を(エリム・リンダード・)見守る白竜(ウラ=ホロン)。グリムワンドの地下で会った蒼竜(サイファ)の仲間だ」


 腕を組んでラッドが曇った顔で頭を傾けた。


「写真みせてもらっただろうが」


 写真でようやく思い出したのか、晴れやかになったラッドが手を軽く叩く。

 

「エリカって呼ばれてた女性か!」

「その名前は捨ててしまったよ」


 外から懐かしい女性の声。人型になった白竜(ホロン)は前回会ったときと同じ白いドレスを身に纏っていた。背中には人間にはない竜の翼。翼は小さくなっているが、細い白竜(ホロン)の肩幅のせいで十分に大きく見えてしまう。


 容姿だけ見れば、白竜(ホロン)の女王という見た目なのに、元は人間の研究者だったというのだから驚きだ。


「久しいな。黒竜(ズー)の子よ」

「挨拶は後でいいだろう。何のためか知らないが、用があって来たんだろう。中に入れよ」

「では、言葉に甘えるとしよう」

 

 白くて長い髪を揺らしながら、白竜(ホロン)は雪の中を素足で歩いていた。ラッドの前で一度止まり、白竜(ホロン)は軽く会釈をして家に入る。


「テーブルの周りの椅子だったら好きに座ってくれ。床は冷たいからオススメしない」

「竜になってから冷たいと感じることはそうない。床でも構わないが」


 白竜(ホロン)は不格好な丸太椅子を見て、くすりと笑った。


「せっかく人の姿になったのだ。たまにはこういったモノに座るのもよいかもな」


 白いドレスのスカートの横にある切れ込みから、一瞬だけ長くて白い足が覗かせた。


「う、美しいぜ……」


 ラッドは顔を赤らめて、白竜(ホロン)の背中をずっと目で追っていた。


 椅子に座っているだけで絵になりそうな白竜(ホロン)からは大人の余裕とは違う印象を受けた。俗に言う色気というものだろう。


 見事にラッドは色気にやられているようだ。


「アレ、言っとくがどこの誰よりも年上だ。でもって竜」

「わ、わかってるぜ!?」

「わかってるっていいながら釘付けじゃねぇかよ。さっきまでやってた屋根の補強は終わったのか」

「まだだぜ」

「ならさっさとやってこい」


 俺はラッドの身体を押して、雪の降る世界へと追い返した。ドアを閉めるまで、ラッドが白竜(ホロン)から目を離すことはなかった。


「あの婚期遅れまくり、綺麗だったら竜でもなんでもいいのか」

「見た目は竜になった二十八からほぼ変わっておらぬ。普通の人間であれば結婚していてもおかしくはない年齢だ。もっとも、本当の年齢はもう千を軽く超えているがな」


 白竜(ホロン)が流し目で俺のことを見つめていた。


「何かあったのかな? 騒がしかったけど……」


 料理がまともにできないはずのメリアが奥にあるキッチンから顔を出した。しかもエプロンを付けている。


 嘘だろ、と口に出しかけて俺はあることに気付く。白竜(ホロン)は翼が竜のままなのだ。


 メリアも白竜(ホロン)の背中に視線が向いてしまっていて、グツグツという液体が沸く音がキッチンの外まで聞こえているのに、気が付いていない。


「すまない。突然の訪問で皆を驚かせてしまったな」

「竜だー!!」


 目を輝かせて白竜(ホロン)に抱き着こうとしたメリアの腕を掴んで、捕まえる。


管型(くだがた)の竜の特徴の膜翼と呼ばれる薄いベール状の羽。白い鱗。白竜(ホロン)の中でも珍しい系統よ! こんな組み合わせ私は知らないわ! 研究させてぇぇぇぇ!!」

「もうちょっと早めに気づけばよかった! 白竜(ホロン)、背中の翼をこの竜狂いの前から隠せ! 話をする前に研究材料にされちまう」


 ジタバタと暴れるメリアは今までどこに隠していたのかわからない力で少しずつ白竜(ホロン)へと前進していく。


「難しい注文だ。黒竜(ズー)の子も身体の一部を人間の姿にできないであろう? 我の場合、翼がソレなのだ」

「俺の肩の鱗と同じかよ」


 白竜(ホロン)しか見えなくなってしまったメリアを取り押さえ続けるのは苦労しない。ただ、このまま暴走したメリアを放置しているのはよろしくない。


 ウィン・ホートの森に着いてからは家の中に軟禁状態。竜の研究どころではない現実。俺が寝ぼけて竜化して触りにくることもラナティスではたまにあったが、今の俺は基本マキラバにいる。絶対に触れないのである。つまり、絶食ならぬ絶竜したメリア。


 そんなメリアの前にやってきた白竜(ホロン)。我慢なんて出来るはずがないのだ。

 

「とりあえず隠せばいいんサ?」


 言葉とともに白竜(ホロン)の翼が消えていった。


 長い銀髪を後ろで纏めたオリフィスが灰色の魔石を握って、立っていた。


「視認は出来なくしたサ。でも実際はあるからぶつけないようにしてほしいサ」


 オリフィスが忠告している最中に俺の腕の中で暴れていたメリアが完全に停止した。そして、濡れ始める俺の袖。


「ああ……あぁぁぁぁぁぁ! 白竜(ホロン)の! 竜の鱗と翼がぁぁぁぁぁぁ!!」

「泣くなよ!」

「だってぇ! だってぇ!!」

「あーもうわかった! 竜化した俺の腕を触ってていいから白竜(ホロン)には何もせず、大人しくしてろ!」


 左腕を竜化させて俺はメリアの前に突き出す。黒い鱗のついた人の腕にメリアは鼻をすすりながら抱き着いた。


「我慢、する」

「どういう意味だ」

 

 メリアが左腕を撫でまわす。泣いていた顔を神妙な顔になり、鱗を叩いてくる。それは鱗の硬度を確かめているようだった。


「前と鱗の感触も硬さも違う。なんで?」

「そうなのか」

「前の鱗は幼体の竜に近かったのに、鱗の形も少し違うよ。成長してる気がする」


 ――成長、ねぇ。してるよな。三枚に。


「魔臓を使うようになったからじゃろうな」


 メリアの疑問に答えるように白竜(ホロン)が言葉を発した。


「竜は成長する環境によって、姿や性質を変える。竜としての成長がようやく始まったのだ」

「……竜として……だと」


 白竜(ホロン)は立ち上がって、俺の腹部を丁寧に触り始めた。


「前に出会ったときは魔臓を活性状態で維持したことがなかったのに今は短時間ではあるが魔臓が活性状態で動いた形跡がある」

「最近、魔臓の使い方覚えようとしてるからかもな」

「なるほどのう。上手く使えぬだろう。竜の魔力は」


 見透かしたように笑う白竜(ホロン)。言い方から察するに白竜(ホロン)も同じ道を歩いたことがあるのだろう。つまり、先駆者だ。


白竜(ホロン)、俺に魔臓の使い方を教えてくれないか」

「その言葉の意味、わかっているのか? 紅い竜となったグレンと戦うということだぞ?」

「戦わなくていいなら戦う気はねぇよ。でも、戦わなきゃ大切なモノを失うっていうなら戦う。今は、戦うときだ」


 俺は白竜(ホロン)を真っすぐ見つめると、白竜(ホロン)は小さく三回、手を叩いた。拍手というにはかなり控えめだった。


「我がここに来たのはグレンと戦う気があるのか、ないかを確認しに来たのだ。戦う気があるのであれば教えねばならぬことが山ほどある。もちろん、魔臓の使い方もな」

「なら!」

「教えてやるとも。その前にサルミアートを呼べ。彼奴(あやつ)を交えて話さねばならぬことがある」

 

 白竜(ホロン)の言葉に反応して、俺の胸から写本の表紙が現れる。


 写本は浮遊して、テーブルの上にのった。


「一応、黒竜くんの中で話は聞いてたけど、直接話したいってこと?」

「そうだ。貴様の意見を訊きたいのだ」

「エリーがそういうときって大体面倒なことなんだけど……何?」

「先日戦った紅い竜。あれは、本当にグレンだと思うか?」


 意味の分からない質問を白竜(ホロン)は写本に投げかけるのだった。

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